幕間:クレオの契約
半年ほど前のこと。
私は北の大陸からやってきたという、貴族らしき婦人と、護衛らしき武人の二人と面談することになった。
当時、私は万事屋に登録しつつ、貴族の護衛から冒険者パーティーの付き添いまで、様々な指名依頼をこなしていた。
自分でいうのもなんだけれども、Bランク以上の冒険者証を持っている人はそれほど多くなく、貴族からの指名依頼を引き受けることができる冒険者の数も限られている為、私に指名依頼が来ることは多かったので、そのときも特に驚くことは無かった。
尚、この王都でもBランク以上の冒険者は20人ぐらいしかないない。これは単に武力だけでなく、その他の要因で制限されていることが問題だからだ。
武力試験、冒険者としての実技試験、2言語以上の会話能力、パーティー引率能力、Bランク冒険者2名以上からの推薦状、そして年間金貨5枚を支払える能力。
腕の立つ者達だけでパーティーを組んで、ケガだらけで帰って来るのでは、安心して依頼することも覚束ない。依頼内容によって、秘匿性もあるのだから、その保証として金貨5枚程度を預けられる人でないと、情報を売ってしまったり、依頼主を脅迫したり、強盗まがいのことをすることがあっては大問題だ。
だからこそ、Bランク以上の冒険者登録証を所持していることは、金貨5枚では買えない価値があると言える。
そんな風に、自分の持つ資格に多少は自信があって生活をしていたときに、面談をしたのが、マリアと名乗る婦人とクワトロと名乗る護衛者だった。
二人とも貴族の服装ではなく、冒険者や狩人といった様相が似合う人たちだった。
また、婦人と護衛と推測したのは、夫人は指に結婚指輪らしきものを付けていたが、護衛の男性には、その対となる指輪が見当たらない。そして、会話の主導権は常に婦人が取る形だったので、護衛者と推測した。
「クレオさん、私たちの北の大陸の言葉が判るかしら?」
「はい。北の大陸の言葉は、ある程度理解しております。方言や特別な単語は、都度教えて戴く必要があります」
「それは助かるわね。第一段階は合格ね。腕は立つのかしら?」
「人並には武術の心得もございます」
「それだけでは判らないわね。クワトロ、彼女の腕前をこのギルドの裏庭で確認できないかしら?久しぶりに本気を出せるなら出しても良いわよ」
「承知しました。ですが、ヒカリ様と同等な人など、そうはいらっしゃらないかと……」
「それなら、それで仕方ないわよ。そこの子が護衛に足りるかを良く見極めて頂戴」
依頼主になるであろう人の試験なので、万事屋ギルドとしては武力の試験を受け入れざるを得ない。本来であれば、自分達に武力が無いのだから、護衛者を雇う。それはつまり、自分達より腕が立つ人を見極めることが出来ず、相手の言うがままになってしまうのも仕方がない。
けれど、この人たちは私の腕前を試すという。
まして、本気を出すまでもないような会話が為されている。舐められない様に最初から本気を出せるように準備をしましょう。
ーーー
魔術による攻撃は、色々と制約があって、見極めるのが面倒だとかで、武力に係わる補助魔法のみを利用可能。相手から一本を取るか、参ったと言わせたら勝ちという簡単な内容で3本の勝負を行うことになった。
決闘のような立ち合いではないため、武具は軽装で、武器も一般的な練習に使う木刀だった。条件はお互いが同じなので、武具の差で能力の差が見極め難くならないように配慮されているが良い。
裏庭の20m四方程度の空きスペースで二人で向かい合う。
万事屋ギルドの人が審判をする。「始め」の合図が掛かる前に、身体強化、剛力、索敵を発動しておく。
索敵の応用で相手の体を流れる魔力を見ると、とてもスムーズに体全体を巡っているのが判る。この人は身体強化というレベルを超越した体内の循環を可能にしているのかもしれない。
二人が5mぐらいの距離を置いて、開始線に並んで立ち、それぞれが上段の構えをとると、「始め」の合図が掛かった。
二人とも最初は動かない。
私も相手の身体強化による魔力の流れが見えているので、下手に手出しは出来ない。魔力の流れに乱れが出来たり、体位に隙が出来るのを見極めて、じっと待つ。
見つめ合ったまま、1-2分が経つと、相手から提案があった。
「クレオさん、私を警戒して動けないのか、それともタイミングを見計らって動けないのか、それとも単に動かないのか判りません。
先ずは、クレオさんの攻撃能力を見せてください」
そう言われては仕方ない。
5mの距離を詰めよりつつ、体のバランスを故意にずらして、フェイントを掛ける。そして、視線や腕の構えから、上段右側からの逆袈裟切りを狙う。それが跳ね返されることも想定し、中段の薙ぎへと変化を付けることを作戦として織り込む。
ところが、いきなり上段切りを避けられた。
受けたり、流したりされずに、そもそもの攻撃が空振りした。
慌てて、左足で踏ん張り距離を詰めて、体勢を建て直し、そこから返す太刀筋で左下方から相手の肩に向けて切り上げる。
これも避けられた。
避けられると、自分のエネルギーを全て自分で支え直す必要がある。それが出来ないと、こちらがバランスを崩した隙だらけの状態になる。当然、避けられる前提のフェイントであれば、こちらに隙は出来ないが、最初の一振り目も、返しの刀の二振り目も避けられてしまうと、体の軸はぐにゃぐにゃのブレてしまう。
残っている右足の荷重を利用して、片足で全力でバク転を行って相手からの距離をとる。
これは厳しい。
フェイントも効かず、受けて貰うことすら出来ない。
このような達人に敵う訳が無い。
不合格か……。
距離をとり、正面に木刀を構え直してから、再度踏み込もうとすると、また相手から声が掛かった。
「クレオさん、攻撃面の実力は判りました。
今度はこちらの攻撃を3回ほど、受け止めて頂けますか。避けても結構です。反撃出来れば反撃して貰っても結構です」
相手の言葉にこちらが無言で、目を離さずに、軽く顎を下げるだけで肯定の意を伝えた。
相手も軽くニヤッと笑って、伝わったことを認めると、軽く顎を引いて合図を返した。
始まる!
気配察知により魔力の流れを追えば、フェイントには騙されない。残像による反応の遅れも最低限で済ますことができる。あとは相手の意図を先読みして、そこを交わすか受けるかすれば良い。
が、しかし……。
速すぎる!
予測し、構えて、身体能力の限界を超えた情報を取得していたにもかかわらず、いきなり目の前に身体強化された魔力の塊が現れる。
正面上段に構えていた木刀を慌てて斜めに受けて、左足を一歩下げて速度に乗った攻撃を受け流そうとする。
木刀に物凄い衝撃が走り、手がビリビリとするが、このままでは木刀を持っていかれてしまう。体ごと後ろに沿って体の軸を更に斜めに回転させて一撃目を流しきる。
敵に背を向ける訳に行かないので、右手で木刀を構えつつ、左手で地面をプッシュして、その反動で起き上がって、相手と対峙する。
が、既に起き上がった所へ、隙だらけの左から横薙ぎの一太刀が襲い掛かる。右足へ重心を移してステップしつつ、木刀を持った右手を頭上に上げて、左手を木刀の腹に当てて、流さずに受け切ろうと踏ん張る。
両手でガードしつつ、側方へ飛ぶ重心移動していたが、受ける力も流す力も耐え切れず、体ごと側方へ吹き飛ばされた。
木刀を手放して、肩から受け身を取り、転がった勢いで起き上がり、素手で相手に構える姿勢をとった。此処までが私の出来た限界。
正直判らない。
何が起きているか判らない。
速さも力も敵わない。あれだけの大柄の体躯であるにも関わらず、身体強化した私の視力よりも高速に動けるのが信じられない。
ハハッ……。
座った姿勢で正面を睨みつつ、口から自虐的に笑いが漏れた。
この圧倒的な差では、何を言われても仕方ない。
そんな甘い訓練をして過ごしてきたつもりでは無かったのにな……。
「クレオさん、立ち合いありがとうございました。
攻撃面、防御面、そして護衛がどうあるべきかの姿勢も伺い知ることが出来ました。ありがとうございます」
ーーー
再び万事屋の面談室に戻ってきて、面談の続きが有った。
言語、武力の次は、貴族関係の情報を尋ねられた。「王族の関係者は?」とか、「近親者に貴族の関係者は?」とか、「過去の貴族の指名依頼の達成状況と、その後の繋がり」とか。
とにかく、上位階級とのコネクションついて詳しく尋ねられていた。私は農村の出身で、体格に恵まれたことと、村の傭兵として雇われていた冒険者に、自衛のための手ほどきを受けたことが有ったので、冒険者家業が上手くこなせていて、貴族の指名依頼も特に問題無くこなしていたことを伝えた。
同じ貴族の方からの指名依頼は当然起きるが、だからといって身分の差があるため、濃密な関係にはなっていないことも伝えた。
そして最後に、婦人から質問があった。
「貴方、この先、1ー2年で専属の契約があったり、どこか遠くへ冒険に出発する予定や、結婚する予定は有るのかしら?
要は、長く専属契約出来るかを知りたいの」
「万事屋に来る指名依頼で私の名前を指名される場合がありますが、それ以外であれば、特に近々に専属契約をする予定はありません。結婚の予定もありません」
「そう、ありがとう。
万事屋のマスターさん、クレオさんの1日当たりの契約料はお幾らかしら?」
「基本は1日当たり、小金貨1枚。すなわち銀貨10枚になります。クレオはそのうちの10%を万事屋へ登録料として納めさせ鱒ので合計で銀貨11枚になります。
その他に、必要経費や危険手当、狩りにおける討伐報酬などは、その都度追加料金が発生しますが、それは依頼を出す側と、クレア本人の裁量で決めている次第です。
ご理解いただけましたでしょうか?」
「そうすると、こちらの万事屋には、2年分=720日分の小金貨と、720枚の銀貨を予めお支払いすることで、クレオさんを私たちと専属契約を結べるということで宜しいからしら?」
「はい、万事屋ギルドとしては構いませんが、72枚の金貨の半額をクレオに先払いで支払う必要があります。残金は前金で無くてもよいですし、契約内容ごとに、必要経費と合算してお支払い戴いても結構です」
私は質問をすることもできずに、婦人とマスターとで話が煮詰まって行った。いつの間にか2年の専属契約で話が進んでいる。
最低限の依頼内容は確認はさせて戴かないと不味い!
「あ、あの、お話し中、申し訳ございません。
契約を結ぶ前に、公開できる範囲で構わないので、仕事の依頼内容をお聞かせ願えませんか?」
「ああ、そうね。
今から半年か1年ぐらいすると、息子家族が遊びにくるはずなのよ。そのとき、孫がまだ幼いから、そのときの護衛をして欲しいの。
護衛っていっても、メイドみたいなこともしてもらうし、観光案内みたいなこともしてもらう必要があるわ。
これで良いかしら?」
なるほど。
幼少期の子供の世話ということであれば問題なさそう。
盗賊や誘拐に気を付けて、散歩や食べ歩きにお付き合いするだけのこと。
その下準備として、家族の雰囲気に慣れたり、メイドとしての仕事の訓練を習っておくということでしょう。
貴族の指名依頼を数多く受けた流れで、ある程度は貴族と接するマナーも習得済み。特別手当に興味が無い訳では無いけれど、専属で2年先まで雇っていただけるのであれば、途中解雇さえなければ、かなり生活としては楽になる。
行く行くは自分自身を鍛えて、ユグドラシルの調査隊に参加したいという夢があるので、そのために実力だけでなく、参加費や調査に必要な機材の準備でも相当な金額が掛かる。
ここまでを数舜で考えてまとめた。
よし!ここは引き受けておくべきでしょう!
「承知しました。ご指導戴きながら、お孫さんの世話をできるように務めさせて戴きます」
ーーー
お二人の名前を改めて伺って、契約を無事に済ませてからは、お孫さんを迎えるまでの半年間、一心不乱に働いた。
何せ、「孫たちが来るまでのお試し期間で、私たちの信用が得られるかどうか判断させて戴くわ。それまでは基本料と経費は別で、特別手当てとして、毎日金貨1枚をお払いするわね」と、言われている。
二人の信用を得ることが依頼である訳で、私はそれに答えるしかない。そして、マリア様の言い方からすると、信用を得て、お孫さん達の世話をする立場になれば、割増手当が付く可能性がある。
よし!やると決めた以上、何でもする!
先ずは、二人の宿の手配や食事の世話。次に長期滞在できる屋敷の借用手配。屋敷の手配が終わると、そこを管理するためのメイドや執事の人員補充。
そして、どこからか運ばれてくる機材を用いて、屋敷の改造の指揮を執った。極秘な機材を使っているとかで、穴掘りや水路、壁塗りといった一般的な事は街中の左官屋や大工に依頼をすることができたけれど、特別な機材の設置については、マリア様とクワトロ様が二人で設置をしていた。
完成した機能は確かに極秘事項に相当する。
お湯が上から出てくる温水シャワー。そして、「トイレ」と言われる用を足す場所。これは、使用した後で水で流すので、嫌な臭いが残らない。そして、陰部の洗浄まで行える機能あり、清潔に保てる。病気が広がり難いとか、なんとか。
そして、「冷蔵庫」と呼ばれる保冷庫。
雪山の中とか、洞窟の奥深くでこういった場所があるのは知っている。けれども、亜熱帯の王都の中に、氷が潤沢に生成されて、食料が保存できるような倉庫など見たことが無い。
確かに、宮廷魔術師を雇って、氷の生成を依頼するか、魔道具を使って氷を補充することは可能かもしれない。けれど、マリア様が持ち込んだ印の描かれた石板では、魔石も魔道具も、まして宮廷魔術師も必要が無いという代物。
マリア様の指揮能力、技術力の高さに惚れ惚れし、クワトロ様との武術の訓練では日々成長させて戴いている。
こ、これは、私はひょとして人生の転機に居るのでは?と、薔薇色の人生を夢見ていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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