2-06.出発の準備(6)
「お母さん、ちょっと別室でお話があります」
「は、はい……」
リチャードとシオンを寝室に残して、台所へと二人で向かう。
応接間とかは広すぎるし灯りも無いし、未だ家族4人で一部屋で暮らしているから、個室とかそういうのは作ってないの。
個室は、そのうち作れば良いんだけど、メイドさん達を抱える人数も増えるし、その世話役を控えさせるための個室も別に作らなきゃいけないしで、結局は街道を挟んだ向かい側にある城に引っ越しすることになると思うんだよね。
今はリチャードに我慢して貰ってる。リチャードもモリスと同じレべのきちんとした格好だし、毎朝好きな時間に運動をして、朝に適温でシャワーを浴びられて、朝に家族で食事を摂れるなんて、結構贅沢だと思うんだよね?
と、リサに呼び出されて、台所の椅子に座ると、明日の仕込みをしているゴードンから声が掛かった。
「ヒカリ様、何か用事がございますか?」
「う~ん。リサ、ゴードンに話を聞かれても大丈夫?」
「ゴードンさんは神様だから大丈夫です」
「ゴードン、大丈夫だって。仕込みと片づけが終わったら、3人分のお茶をお願いできるかな?」
「承知しました」
ゴードンは調理場で手早く指示を出し終えてから、自身の仕事をチャチャっと片付けてから、直ぐに私たちの席に座った。きっと、明日の仕込みより重要なことだと思ったのかもしれないね。
3人が揃って、お茶の入ったカップを持ったところで、リサに話しかける。
「リサ、どうしよう?」
「はい。お母さんには私が前世の記憶を持っていることを言いましたね?」
「うん」
「ゴードンさんは、私の言葉を理解して、南の大陸の修道女が食べる食事を提供してくださいました。お母さんが悪魔なら、ゴードンさんは神様です」
ゴードンはリサの言葉に反応しない。あくまでポーカーフェイスを貫いて、静かにカップに入ったお茶を飲んで、その場を凌ぐ。私も、いちいち話の腰を折っても仕方ないので、リサが思うことを良く聴こうと思うよ。
「それで?」
「私の元の体は南の大陸に保管されているはずです」
「そう……」
「お母さんは驚かないのですか?」
「魂の転生も信じるし、体の保管も出来ることを知っているよ」
だって、ユッカちゃんの両親は保管されてるし。それに、状況は違うけど、ラナちゃんだって魂をクリスタルに封印されてたしね。魂と器が別物って考え方はそんなに難しい事じゃないよ。
「そうですか、流石は悪魔ですね。
ゴードンさん、もし私に何かあったら、お父様に悪魔の正体を告げてください」
「承知しました」
私は悪魔のまんま。
ゴードンさんは正義の味方!
ま、まぁ、良いよ。
話を続けようよ!
「リサ、話を続けて貰っても良い?」
「お母様、私の元の体は魔族によって保管されているのです。知ってますよね?」
「え?」
「え?」
「……え?」
私とゴードンが流石に驚く。
その驚いた反応に、リサが若干遅れて驚く。
「リサ、私は知らないよ。知らなかったよ」
「お母さんが仕組んだのでは無いのですか?」
「リサ、ちょっと待って。
ゴードン、私が悪魔って、誰が知ってるの?」
「私の知る限り、リサ様だけでしょうか。
ただ、ヒカリ様を良く知る人からすると、『ヒカリを怒らせたら人類は滅ぶ』と、認識していますので、それが神なのか悪魔なのかは各人に確認しないと分かりません」
「ゴードン、ありがとう。
リサ、そういうことで、お母さんのことを悪魔と思っているのはリサの誤解だよ。お母さんは悪魔でも魔族でもないよ。
だから、お母さんはリサの転生前の体が何処にあるかも知らないんだよ」
「本当に……?」
「うん。お母さんが悪魔なら、リサも悪魔ってことになるよ。悪魔っていうか、魔族なのかな?」
「私がお母さんの本当の娘である証明がありません」
う~ん、困った。
母子手帳も、DNA鑑定も無いこの時代、何で証明するんだ?
リサの髪の色はなんとなく黒いけど、瞳の色も遺伝してないからねぇ~。肌の色も、どちらかと言えばリチャード寄りの白味が掛かった桃色。
さて、困った……。
「ヒカリ様、ヒカリ様にもリサ様にも飛竜族の加護の印があるのでは?」
「ゴードン、私の加護の印は、飛竜族に直接貰ったもので、リサのは私のお腹の中に居たときに貰ったものだよ。証明にならないよ」
「ヒカリ様、飛竜族の加護の印を生まれながらに所持している人は居ません。 飛竜族との間に生まれた子供でしたら有りえるかもしれませんが……」
「そう言われれば、そっか~。
リサは、自分の項に飛竜族の加護の印が有るのは分かる?」
「スチュワート様に、『そこには奴隷の印は無いよ』とは、言われましたが、何があるかは聞いていません」
「リサは、加護の印を見たり、感じたりできるんだよね。お母さんに加護の印が付いているのは分かる?」
「お母さんは何を言ってますか?」
「え……。ほら……。加護の印が判るかどうかって……」
「普通の人族に加護の印が見える訳が有りません。お母さんが魔族か何かだからわかるんです!」
「ゴードン、どうしよう……」
「ヒカリ様、少々お待ちを。
リサ様、良くシオン様の額を不思議そうに擦っていましたよね。あれは何をされていましたか?」
「お母さんはともかく、シオンが変な化粧をしているのはおかしいから、取ろうとしたの。でも、入れ墨みたいに付いてて取れないの」
「リサ様、そうしますと、お母様にも、同じ模様が付いているのをご存じなのですね?」
「人前に出るときはティアラのような髪飾りで隠しているけど、普段は見えています」
「ヒカリ様、私には判りませんが、そういうことでございます」
そっかー。
色々と愕然とする事実が出てくるね。
リサは見えているけど、見えない物が見える訳が無いのだから、汚れとか入れ墨として認識していたんだ。自分の項も鏡で見てみれば良かったのに……。
「リサ、リサは自分の項を鏡で見たことはある?」
「見ません。もし、奴隷の印が有ったらショックです!」
「スチュワート様から、『そこに奴隷の印は無い』って言われたけど、リサは項に何かを感じるのでしょう?」
「きっと、私の気のせいです」
「じゃぁ、お母さんの項に何があるか見て貰っても良い?」
リサはコクリと頷くと、机を周って、私が座る椅子の方まで寄ってくる。私が前かがみになって、後ろ髪をかき上げて、項をリサに見えるようにする。
「リサ、何か見えた?」
「何か、模様があります。
四角や三角が組み合わさった……。伝説の飛竜の顔を単純化したら、こういう形になるかもしれません。
誰に、このような入れ墨をされたのですか?いいえ、お母様なら自分で入れるのかもしれませんね……」
「リサ、これは加護の印だよ。リサにはそれが見えるんだよ」
と、リサに向き直ってから話しかけた。
リサは、その場に立ったまま、私の目をじっと睨んで目を離さない。この年で、嘘か本当かを見極めようとしている?転生前の人生が何年あったかはしらないけれども……。
「お母様の額と、シオンの額にも同じものが付いています。これも加護の印だと言うのですか?」
「うん」
私が即答すると、今度は私の手の甲や腕をまくって、加護の印を確認する。
そして、加護の印を触って撫でている。
何か、感じ取れるのかな?
「ゴードンさん、メイドが入れ墨をしているのはおかしくないですか?それも皆が見えるところに、数多くの入れ墨をしていては、領主様の品格を落とすことにもなります」
「リサ様、残念ながら、私にはそれが見えません。
これまでヒカリ様の知人の中で、それを見ることができているのは、上皇陛下、スチュワート様、レイ様、レミ女王陛下、そしてリサ様とヒカリ様でしょうか」
「ゴードンさん、私の項には何が付いていますか?」
「私には見えないのです。ですが、ヒカリ様と同じ飛竜族の加護の印が付いていると伺っています」
「ゴードンさん、鏡を貸してください」
リサも無茶ぶりだ。
台所に鏡なんて無いよ。
錆が鏡を劣化させるのだから、湿度の高い場所に鏡なんか置かないし、貴重な鏡を散らかしておくわけが無いんだけども。
「リサ、台所に鏡は無いよ。
有っても、良く磨かれた食器ぐらいだよ。寝室に戻れば鏡があると思うよ」
「お母様、判りました。お母様について、南の大陸へ行きます。
もし、もし、もしもですが、無理なく修道院を奪回できる機会がありましたら、私も同行させてください」
「うん。リサの体を取り戻そうね」
私は返事をするとともに、立ったままのリサを抱きしめた。
リサは生まれながらにして修羅場を経験した魂を持ってきているんだね。
これは、私以上に大変なんじゃないかな~。
そもそも、体を魔族に奪われているってどういうこと?
ラナちゃんみたいに、魂を閉じ込められていたっていうこと?
私なら、耐えられずに死んじゃうよ……。
いや……
もし、もしも……。
普通な修道女が魂を封印されて生かされたとしたら……。
リサは、何を観てきた……?
リサを信じて、大切に向き合っていこう!
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いつもお読みいただきありがとうございます。
リサとお母さんが少し近寄れたのかな?と。
出発の準備が終わりました。
また次回からは、週末1回、金曜日の22時を予定しています。
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