1-42.第三戦
さぁ、今日から忙しい1日が始まるね。
こういう、大きなイベントがあるとさ、実は後片付けの方が大変。
文化祭も体育祭もそうだったじゃん?
先ずは……。
親としては、子供を第一に考えたい。
リチャードは一週間くらいで帰ってくる予定だけども、公共交通機関も時計も無い世界での予定なんて、何時になるのか判らない。だから、朝食はリサとシオンと私の3人で食べる。
朝食の雰囲気次第では、シオンとの会話を大切に積み上げたいね。
「リサ、シオン、おはよう。体調が悪くなければ3人で朝ご飯を食べよう?」
リサもシオンも昨日変な物を食べて、衝撃的な経験をしたとは思うけれど、普通の子供に戻ってる。まぁ、元が普通じゃないから、普通が何か分からないけど。
「「お母さん、おはようございます」」
ふたりとも元気。何故か私を馬鹿にしないで丁寧語。何故?
「二人とも体調は?」
「「大丈夫。朝ご飯を食べます」」
気味が悪いくらい普通。まぁ、いっか。
「うん。じゃぁ、ジャガイモのポタージュと柔らかく煮た野菜。味付けはコンソメ系だよ。お母さんの特別料理は、また今度ね」
「「ハイ」」
うん。怖いぐらいに素直。何かオカシイ。
でも、まぁ、他の仕事に取り掛かれるなら、それでも良いかな。
台所で3人でご飯を食べ終わってから、二人をメイドさんに預けて、私はモリスと一緒にスチュワートさんと面談をする。
ーーーー
次の後片付けだね。
「スチュワート様、昨日は大変失礼しました」
と、私から切り出す。
「ヒカリさん、昨日は大変失礼しました」
と、スチュワートさんが返す。
うん?何があった?
分かんないから、チラッとモリスへ視線を向ける。
「ヒカリ様、ヒカリ様が名義上の領主であることを、スチュワート様に説明させていただきました」
と、モリス。
なるほどね。ただのメイドじゃないってことで良いわけだ。
とすると、リチャードが王子で、私の旦那さんってことも説明済みかな?
「エスティア王国の王子とご結婚されているとは存じ上げず、大変失礼しました。また、過去にはステラと共に冒険もされて実績も金銭的な余裕もあるとのこと。
無礼をお詫びさせて戴きます」
「あ、はい……」
相手が素直に謝っているのだから、それを一々掻きまわす必要はないよね。こちらも素直に受け取っておこう。
じゃぁ、シオンとリサと奴隷商人の件は片付いたってことで良いと思うから、あとは第三戦の勝負の話でいいかな。
「スチュワート様、モリス、妖精の長のウンディーネ様を賭けての第三戦が残っているはずだけれど、どうしましょうか」
「ヒカリ様は、飛竜族をご存じでしょうか?」
「うん?」
スチュワートさんなりに何か考えがあるだろうから、第三戦を始める前に話を聞くことにするよ。
「飛竜族が加護の印与えることが出来ることを初めて知りました」
「はぁ……」
「上位の魔物であり、危険な生物として認識しております。催眠などの方法により捕獲し、呪術などで強制的に従わせることができるというのがエルフ族の認識です」
「はい……」
「昨日、リサ様には奴隷の印ではなく、加護の印がついておりました。それも飛竜族と見受けられます。ひょっとすると人間と同等以上の知性を持っている可能性があります」
「そう……」
「シオン様が森の中でウンディーネ様にお会いに成られたように、リサ様もどこかで飛竜と出会い、加護の印を貰った可能性があります」
「なるほど。それで?」
「もしも、もしもですが。リサ様が飛竜と交信できるとなりますと、ユグドラシル到達の難易度が格段に下がります」
「ユグドラシルとは、南の大陸にある世界樹のことでしょうか?」
「その通りです。各種族がユグドラシルの調査とドリアード様の加護を求めて
日々しのぎを削っています」
「え?」
「そのですね。端的にいいますと、ユグドラシルの調査には飛竜攻略が重要なポイントでして、その支援にリサ様のお力を借りれ無いかという話です」
「いや……。それは、ちょっと……。リチャードにも本人にも確認を取らないと……」
「不都合がございますでしょうか?」
スチュワートさんの要望には色々な壁がある。
それより何より、スチュワートさんが何処まで知っているかを確認する必要があるよ。
モリスに確認を取った方が良いね。
「モリス、何処まで説明してあるの?」
「ヒカリ様が、本当はリチャード王子とご結婚されていて、この領地の領主であることです。
蛇足ではございますが、ヒカリ様がヒカリ・ハミルトン卿であることも、同時にお伝えしております」
「あ、じゃぁ、サンマール王国からエルフ族へ渡されている金貨5000枚の話も終わってる?」
「私は詳細を存じ上げませんが、ヒカリ様が絡んでいることは状況証拠から明白です」
「エスト達の話は?」
「婚約者同士の本人達の問題として片付いており、人族は出来る限りの支援をすることで解決済みです」
「エルフ族との第三戦の話と、昨日の街道の修復の件は?」
「第三戦は、リサ様の力を借りれることで平和裏に片付けたい意向があります。
街道の修復に関しては、ステラ様とユッカ様が指揮を執り、大方は片付きました。残りはユッカ様の騎士団の団員達が処理に当たっています」
「じゃぁ、第三戦だけ?」
「それを平和裏に片付ける条件を提示戴いております」
「モリス、ありがとう。みんなにも宜しく言っておいてね。
それで、第三戦の件なんだけど、提示されている条件はおかしくない?」
「私は昨日からの状況を報告しているに過ぎません。
ヒカリ様のご意向がございましたら、この場で直接伝えて頂いて構わないと思います」
「スチュワート様、リサの件に入る前に第三戦について片づけさせて戴けませんか?」
「第一戦は当方の勝ちでした。第二戦はステラの介入により中止。第三戦をするまでも無いでしょう?」
と、あくまで勝負はルールの範囲でエルフ族の勝利になっているっていう認識みたいだね。この時点で解釈に差があるんだ……。
「少々お待ください。第二戦は私の勝利で終えたはずですが?」
「私が決着をつける前に、ステラとウンディーネ様が移動してしまっては、勝負は不明となってしまうでしょう?」
「私は二人に印を貰った上で、石を元の位置に戻しました。その後から、ステラとウンディーネ様を呼びました」
「姿を消して、私が移動した後で、ステラとウンディーネ様を呼んでくれば、あたかも移動と印を描き終えたかのように、偽装することも可能でしょう?それを不問にするという話です。
もう、第三戦をする必要は無いでしょう?」
むかっ!私の善意を逆手に取られてる!
確かに勝負の停止を申し入れたのはこっちだし、ステラとウンディーネを呼んだのは私だ。だって、街道が滅茶苦茶になったら、領主として責任を果たさないといけないからね。迅速に復旧に当たるのは当然のことでしょ。
どうしてくれよう……。
「ちなみに、第三戦ですが、私は5種族、10ヶ国を訪問して、交流した実績があります。
貴方達がそれ以上の交流の証を示すことが出来れば、第二戦を除いて一勝一敗になります。如何でしょうか?」
スチュワートさんは10ヶ国だって。
私はどうなんだろう?
エスティア王国、ロメリア王国、ストレイア帝国、一応、南の大陸のサンマール王国とも交易しているってことで良いよね。これに、アジャニアを加えて、これで5ヶ国。
種族としては、獣人族、海人族、エルフ族、ドワーフ族、飛竜族の5種族。
あとは、妖精の長達が、水、風、火、闇、光、月の6属性かな。
いい勝負になるんじゃない?
「私は、人族の5ヶ国、その他の5種族、6属性と交流がありますので、負けは無いですね」
「ヒカリ様、念のためですが、妖精を召喚して行う魔法に関しては、属性を確かに操っていますが、交流の範囲には数えませんよ。
シオン様やリサ様のように加護の印を戴いていれば、交流していると考えられますので、2属性分は認めます。
ヒカリ様は5種族の他に、5ヶ国、2属性の交流があるということで宜しいですね?」
ステラには悪いけど、この人嫌い!
外交は上手いかもしれない!頭も良い!理屈も合ってる!
だけど、なんか私の大事な人達をモノ扱いされているようで気分が悪い。
「モリス、私、本気出して良い?」
「ヒカリ様、後のことは私が何とかします。この部屋から外に漏れない範囲でですが……」
「スチュワート様、確かに第二戦の終了方法について疑義が残るのは貴方の仰る通りです。
仕切り直しをお願いしたいのですが、その前に第三戦を片付けたいと考えますが、宜しいでしょうか?」
「ええ、構いません。
昨日モリス殿には10ヶ国訪問し、出入国した際に発行された身分証明書を提示してあります。
モリス殿、宜しいでしょうか?」
「ハイ。確かに昨日拝見しております」
よし、スチュワートさんもモリスも第三戦を片付けることで合意したってことで良いね。まして、妖精の加護は1属性として認めてくれるっていうオマケ付きで。
「では、私の番ですね。
5ヶ国との交易記録は、モリスが管理しているので後で書類を確認してください。
5種族との交易に関しても、交易記録がありますので、そちらを後で確認してください。
あとは、6属性についてですが、この場でスチュワート様にご確認戴きます。但し、各種戦争を引き起こす可能性が高いため、この部屋から出たら口外無用です。
宜しいでしょうか?」
「何を見せて頂けるのか判りませんが、承知しました。拝見させて戴きます」
口外無用の確認が取れた。
まさか、ここでも署名して記録を残した方が良いかな?
念のため、一筆貰っておかないと不味いかも?
「モリス、口外無用の件に関して、スチュワート様から一筆貰ってください」
「どういった形にしましょうか?」
「私の全てを賭けるので、スチュワート様にも全てを賭けて貰ってください」
「ヒカリ様の全てが、スチュワート様の全てと釣り合うかお互いに疑問が残りますが、スチュワート様としても望むところでしょう。
例えば、隷属契約でも宜しいでしょうか?」
「え?」
「ヒカリ様は勝てたら、この部屋を出る前にスチュワート様を隷属契約することを可能とする権利を持つ。
スチュワート様が勝ったなら、この部屋を出る前にヒカリ様を隷属契約する権利を持つことができる。
ただし、その権利を行使するかは勝者に委ねます。
如何でしょうか?」
「私は構いませんが、それはヒカリ様が個人で決めて宜しいのでしょうか?
少なくとも王族が他種族の奴隷契約下に置かれる可能性があるのです。
まして、今回の第三戦は交流が認められない場合や、その証明が不明瞭な場合には、カウントから差し引くことが可能です。
それらのルールも承知の上で、ヒカリ様は賭け金を上乗せするのですね?」
「私は構いません。スチュワート様こそ、エルフ族の族長に成られたばかりで、自らの立場を賭けても宜しいのでしょうか?」
「私の立場以上に、エルフ族への貢献として大きな成果を持ち帰ることができるでしょう。ヒカリ様のご家族だけでも、十分な対価であると考えます」
「それでは、スチュワート様、ヒカリ様、私が契約書を書きますので、そこに署名と自らの血を用いての捺印をお願いいたします。
尚、奴隷契約に際しては、その捺印を元に奴隷契約の印を施すことが可能になりますので、予めご承知おきください」
スチュワートさんも私もモリスの説明に頷く。
モリスは直ぐに契約書を2部作成して、相互にサインと捺印を交わす。
これで準備は整ったね。
「スチュワート様、ヒカリ様、これで準備は整いました。
それではヒカリ様、5ヶ国、5種族との交流以外の交流の証をお示しください」
私はモリスの導きに応じて、コクリと頷く。
そして、昨日から身に着けていた各種装飾品を取り外す。
額のティアラ、両耳のイヤリング、左右の手の甲にあるアミュレット型のアクセサリー。
次は後ろに垂らしている髪をかき上げて、クルリと結わいて、外したアミュレットの紐を利用して髪の毛を後ろの頭頂部近くに団子を作る。
後は、はしたないけれど、腕まくりをして、太ももまでチュニックの裾を上げて紐で垂れ下がらないようにする。
額にはティアドロップ型のウンディーネから貰った、水属性の印
両耳には渦巻き型のシルフからもらった風属性の印
項には、角ばった竜顔の飛竜族の印
左手の甲には光り輝く太陽のようなラナちゃんの光属性の印
右手の甲には、黒い太陽をかたどった、クロ先生の闇属性の印
左手の二の腕には、獣人族のレミさんから貰った黒猫の印
右手の二の腕には、炎をかたどった、ルシャナ様の火属性の印
左の太ももの内側には、ルナちゃんから貰った、月属性の加護の印
8つの加護の印を表に晒した。
飛竜族と獣人族は種族の印になるから、5種族と被るかもしれない。
だけど、6属性はちゃんと判るはず!
「スチュワート様、ご確認できましたでしょうか?」
スチュワート様は何も言わない。
日本語でいうところの、泡食ってアタフタしてる感じ。
アワワ、アワワっていう擬音は、こういう時に使うのかもしれないね。
「モリスは見えないよね?」
「はい。残念ながら確認が出来ません」
「スチュワート様、確認が出来ますでしょうか?」
もう一度念を押す。
シオンやリサの印を確認出来たんだから、私の印が判らないとは言わせない。自分のプライドに嘘が付けるならついてみて?
「モリス殿、私は引き分けだと思う。
なぜなら、ヒカリ様の加護の印を私が見えないと言えば、それは第三者には判定できないでしょう。私が嘘を言ったのか、それともヒカリ様が嘘を言っているのか判断がつかない訳です。
なので、引き分けを申し入れしたい」
うっわ~。そう来る?
自分に嘘を付かずに、勝負を無効にするって訳ね?
確かに、昨日は理由が有って、勝負が無効になるような状況に陥ったよ。でも、今回はスチュワートさんが負けを認めれば良いんでしょ?
「ヒカリ様、スチュワート様の申し入れに対して、私としては中立的な立場をとるしかありません。如何致しましょうか?」
「モリス、さっきの書類は本当に有効なものだね?書類の不備を突いて、無効にできるようなことは無いね?」
「第三戦の勝負の結果に対して、勝者が決まり次第、権利を行使できます。勝負が無効であれば、効力も無いため、破棄も可能になります」
「スチュワート様、貴方も同じ理解で宜しいでしょうか?」
「ええ、同じ解釈です。
けれども、勝負の決着がつくまで、誰もこの部屋の外に出ることも出来ないし、この部屋の中の事は口外無用。
つまり、このままいつまでも待っていても、判定を下せる人がモリス殿のみであるので、決着の付けようが無いでしょう?」
「第三者を呼べばいいのでしょう?」
「何年間の冒険で手に入れた印であるかは分かりませんが、そう簡単に証明できる者は来れ無いでしょう。
まして、貴方がこの部屋から出ずに、口外せずに、どうやって証人を呼ぶというのです?」
「売られた喧嘩は買います。
先ず、第三者がどのような身分の者であれば、その証人となりうるか、スチュワート様の言葉で宣言してください。
次に、残り、いくつの属性の加護の印の存在を証明できれば、スチュワート様がこの勝負での負けを認めるか宣言してください」
「ヒカリ様、判りました。
加護の印を見極められる人物が第三者として登場する。あるいは、加護の印を施した人物が、この場で『ヒカリに加護を与えた』と、宣言してくだされば結構です。
属性数としては6属性欲しいですね。ただし、獣人族と飛竜族は属性ではなくて、種族としてのカウントと重複していますから、その点をお気を付けください」
もう、それって、飛竜族も獣人族も私に加護の印を付けているって、証明しているようなもんじゃん!
だけど、残りの6属性があるかどうか、明言しないのが、本当に厄介だよね……。
まぁ、飛竜族は念話が出来ないと、証明のして貰いようが無いから好都合。獣人族のレミさんやレイさんもこの領地に住んでないから、短時間で来て貰うわけには行かない。まして、小さな赤ちゃんが居るはずだから、簡単に移動できるような環境じゃないもんね。
反って好都合だ。
上皇陛下を連れてきても良いんだけども、ユッカちゃん経由で呼んでもらっても、「途中で何か細工をした」とか、「どうして都合よく上皇陛下がこの部屋に来たんだ?」なんて、また疑われるくらいなら、妖精の長達に直接来てもらった方が話は早い。
「承知しました。お茶も出せずに恐縮ですが、このまま少々お待ちください。
モリス、スチュワート様に疑われる恐れがあるので、部屋の外に出ることを禁じます。お茶などの給仕も止めます。メイドの出入りも禁じます。
良いですね?」
「承知しました」
早速、妖精の長達全員に念話を飛ばした。
みんな、昨日の夜の街道復旧のことがあるから、色々迷惑を掛けてるのは分かる。でも、そこを何とかお願いしたいって伝えた。
最初に来たのは、ラナちゃん、シルフ、それとルナちゃんの、年少の子供達3人組。3人が入ってきた途端に、スチュワート様の表情が変わる。
変わるんだけど、何一つ発言をしないってのは、自分の発言が後で不利な証拠にならないように警戒しているんだろうね。
尚、3人とも無言で入ってきて、無言で椅子に座って、静かに待つだけ。
次に、クロ先生とルシャナ様がお父さんとお母さんらしい大人として登場。二人とも無言で席に着く。スチュワートさんは無表情を繕っているんだけど、腕を組んでる手に力が入っていて、服に皺が寄っているよ。相当なプレッシャーが与えられているね。
最後にウンディーネがエストに連れられて登場。
きっと、長老がエストにお願いして馬車で連れてきて貰ったんだと思う。二人とも飛べないから仕方ないよね。
全員が揃ったところで、私は徐に口を開く。
「スチュワート様、6属性の妖精の長にお集まりいただきました。エスト様には、ウンディーネ様を馬車にて連れてきて戴いたので少々お時間を戴きました」
妖精の長達には念話で事情を話してあるから、みんな余計な会話をしない。普段なら、ラナちゃんからこっぴどく叱られてるところだろうけど……。
「スチュワート様、ご確認いただけますか?それとも、妖精の長達のそれぞれから、私に施した加護の印について、証言を戴いた方が宜しいでしょうか?」
「ヒカリ様、結構です。モリス殿、私は第三戦の敗北を認めます。先ほどの宣誓書に、私の敗北と隷属の権利がヒカリ様に在ることを記して頂けますでしょうか」
「承知しました」
スチュワート様の宣言に対して、あくまで事務的に答えるモリス。
やっと、決着がついたね。
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第一章終了まで、連日の22時投稿を予定しています。
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