1-39.誤算
スチュワート様視点です
「でも、でも……。
そ、そうなんです!
私の首の後ろには、奴隷印が付いているんです!
何か、私のではない魔力の印を感じるんです!」
これはとんでもない発言が飛び出しましたね。
項に奴隷印を感じるというリサちゃんの感知能力も相当なものですが、此処まで巧みに議論を誘導していたモリス殿が率いる皆様のチームワークにも感服致します。
私はリサちゃんのこの発言を聞いたときに、モリス殿とステラの表情が僅かに動いたのを見逃したりしません。何も議論は話者のみでされるものではありません。話者への周囲の反応も大きな情報となるのです。
さて、どこから切り崩しましょうか……。
モリス殿は堂々と答えるでしょうけれど、ステラと共同戦線を張っている可能性があるので、そこは注意したいところですね。
「リサちゃん、それは大変なことだね。良く調べた方が良いかもしれないね。
モリス殿、この辺りの国々の奴隷制度は、数十年前に変わった、奴隷の印を項に登録することで良いのでしょうか?」
「未登録の孤児が奴隷の様に扱われているケースを除き、商品として流通している奴隷は、スチュワート様の理解で宜しいと存じ上げます」
「モリス殿、多少の魔術の心得が有る者であれば、誰でも簡単に奴隷印の有無を確認できるのはご存じですね?」
「はい」
「ヒカリさんは魔術を使えるのだから、奴隷制度を知っていれば、奴隷印の確認もできることになる」
「はい」
「子供に奴隷印が付いていて、それを無視できる親などいるのでしょうか?」
「親が子供を奴隷として売っていないのであれば、大問題でしょう」
「モリス殿、ありがとう。私の見解と同じです。ステラは奴隷印について、何か意見はあるかな?」
「ヒカリさんは奴隷を複数所持しているわ。でも、どうでもいいじゃない」
と、ステラが少し的を外した答えをする。
さらには、少々不機嫌そうな態度。
何か議論したくないことがあるのでしょうか?
「ステラ、私はメイドであるヒカリさんが奴隷を複数所持しているかどうかは尋ねてない。
だが、奴隷はある種の雇用契約のようなもの。管理費が発生する。複数の奴隷を維持するとなると、定期的な収入とメンテナンスが必要でしょう?」
「そうね。でも、大丈夫よ」
「何がでしょう?」
「気にしてないもの」
「確かに、奴隷商人が奴隷を転売目的で奴隷を所有しているのであれば、収入や奴隷に対する管理も最低限で良いですね」
「スチュワート、どうでもいい話題だということが判らないかしら?」
「確かに、私はステラとヒカリさんの世話になっている身だ。よそ様の家庭事情に口出しをすべきではないかもしれない。
だた、リサちゃんが可哀想だろう!」
ステラの発言は上から目線とでも言いましょうか。
確かに彼女なりに判断の根拠があるのでしょうが、それでは話が相手に伝わりません。少々語気を荒げてしまいました。
「可哀想?誰が?食事が美味しくないわね。
モリス、私はヒカリさんを手伝ってくるわ。食事は後で食べるので捨てずに残しておいて頂戴」
「ステラ、どうして君は相変わらず上から目線なんだ。
どう考えても立場が弱いのはリサちゃんだろう。
奴隷印が付いていること。
母親に売られてしまうことを気にして悩んでいる。
誰も気が付いてあげられていないじゃないか!」
「スチュワート、ごめんなさい。私、疲れているんだわ。他に私に聞きたいことが無ければ、ヒカリさんを手伝いたいの」
「わ、判った。今日は色々あった。
リサちゃんの奴隷印だけは確認しておきたい。
皆、良いだろうか?」
「ハイ(ALL)」
ステラは、もう呆れ顔で、軽蔑の眼差しを送ってきています。
ですが、この部屋にいる全員の了解を得たのだから良いでしょう。
ステラも、これで自分の間違いに気が付いて、少しは自分本位の考え方を修正するきっかけになってくれれば良いのだろうけれども。
ただ、才能に加えて、多大なる努力を重ねて上り詰めた経験がある以上、なかなか皆と同じ視点で考えることは難しいのかもしれないですね……。
「リサちゃん、ちょっと、こちらに来て項を出してくれるかな。私が奴隷印の所有者を確認してあげます」
「はい」
リサちゃんは、食事の席を立って、私の椅子の所までやってくると、まだ短い肩に届く程度の髪をかき上げて、すこし頭を下げる姿勢をとって、私に項を見せる。
……。
…… ……。
こ、これは、加護の印です!
それも、多分、飛竜族の……。
「スチュワート様、どうされましたか?」
と、髪をかき上げたままのリサちゃんが、何もしようとしない私に尋ねてきました。
「あ、ああ……。触らせてもらうね」
確認しました。
完全に加護の印です。
飛竜族の物で間違いありません!
何なんでしょう……。
今日は何という日なのでしょう……。
「スチュワート様?」
リサちゃんが、髪をかき上げたまま、再度私に問いかけます。
変な姿勢では腕も疲れてしまいますね。
「リサちゃん、奴隷の印は付いてないよ。安心して。皆で食事を続けましょう」
リサちゃんは、髪を降ろして振り向くと、驚愕の眼差しで私を睨みます。『この人も騙されている。私の味方では無かった』という様に、
リサちゃんは、私から視線を外すと、俯いて、トボトボと元気なく元の席に戻り、着席しました。俯いた顔からは、テーブルへ雫が垂れています。丸めた背中はクック、クックと震えています。
リサちゃんは泣いているのでしょう。
ここに居る誰もがリサちゃんの味方でないと思わせてしまった……。
隣に椅子を並べて座るシオンくんが、背中をさすりながら、お姉ちゃんへ声をかけています。心配しているのでしょう……。
さて、私は何を言えばいいのでしょうか……。
「スチュワート、気が済んだかしら?
ヒカリさんの好意で、ここに居られるのよ。
私はヒカリさんを手伝ってくるわね。
モリス、私は席を外すので、後は任せるわ」
私はステラが、そう言い残して出て行くのを止められない。
私は……
私は、今日、何をしていたのでしょうか……。
ーーーー
「ヒカリさん、修復代わりますわ。そして応接間に戻ってあげられないかしら」
って、食事をしてるはずのステラが助けに来てくれたよ。
折角、スチュワートさんが来てくれたんだから、久しぶりにゆっくりしてれば良いのに。私の手際の悪さが心配になっちゃったかな?
まぁ、何はともあれ、この惨事は初めて見る難易度だよ……。ステラが来てくれたら助かるし、とっても心強いよ。
先ずね、折角土を固めていたのに、そこから土の大砲がいっぱい出てるの。ファンタジーの世界であっても、質量保存の法則は成り立っているみたいでさ、その大砲の分だけ、元の固めてあった土がえぐれちゃってる訳ね?
ちゃんと、大きな神器級のこん棒で叩いて固めて整備してあったのに、魔術の前には何ら効力が無かったってことで……。
次にね、大砲みたいな土の筒から高火力な何かを爆発させていたみたいでさ、土が欠損してるのと、大砲の周りが焼け焦げたり、ガラス化したり、もう焼き煉瓦みたいに変質しちゃってるの。その状態が入り交ざってるから、煉瓦とガラスと焦げた砂の混合物っていう、最悪な状態。
単に、土の粘土質を利用して、叩いて滑らかにすれば良いって話じゃなくなっちゃってる。全部除去して、石畳に作り直すか、穴を掘って、土の部分と交換して固め直すか……。
そいで、最後が竜巻の通った後の森の状態ね。土を掘り起こされてるから、周囲の地面も緩くなっちゃったみたいなのね。木が抜けかかってる。あるいは、捻じれて倒れ掛かっちゃってたり。
日本の街路樹みたいなものでは無いけれど、日光の杉並木とか、北海道の農地間の風を遮るための防風林的な意味合いもあって、街道の脇にはちゃんと木々を残してあったのさ?
全部整備し直しだよ……。何年かかることやら……。私が生きてるうちには無理かもね……。
「ステラ、ありがとう。みんなでゆっくりしててくれても良かったのに?」
「なんか、久しぶりに人間関係の醜さに当たって嫌気がさしたの。私にも手伝わせて欲しいの。体を動かせば気も晴れるでしょうし」
ステラが饒舌なのと、鼻息が荒いのはそうそう見ない。
修復工事をする前に、何があったのか、ちゃんと聞かないとね。
「ステラが感情を表に出すのは珍しいね。何かあったの?」
「上から目線のスチュワートに、私が上から目線って言われたわ」
「ううん?わかんない」
「ヒカリさんのことも、ヒカリさんのお子さんのことも判って無いのに、『自分が正しいことを知ってる』と、言ったわ」
「へぇ~。私に関係することは、スチュワートさんはほとんど知らないはずだよねぇ」
「ヒカリさんが奴隷商人で、子供を奴隷として売るという設定になっていたわ」
「……。」
「でしょ?」
うん。酷い。
街道修復の手が止まる程度に酷い。
もう、ここの修復はエルフ族の罪として、連帯責任取って貰おうかな?
「そもそも、シオンとリサのどっちを奴隷にするのさぁ!」
「リサちゃんが、自分のことを奴隷と思っていたみたいね。
ほら、リサちゃんには飛竜の加護の印があるって、ヒカリさんが言ってたでしょう?あれを奴隷印と勘違いしているみたいなの。この領地にはあからさまな奴隷なんていないのに、どうやってそんな知識を蓄えて、その判断に至ったのかは分からないけれども」
「シオンも何か前世の記憶みたいのを持ってるから、リサもそうなのかもしれない。色々と面倒だね……」
「ヒカリさんみたいに、異世界から来てるのですか?」
「分かんない。こっちも二人には色々隠していることがあるから、そこまで深い会話はこれまでしてこなかったよ」
「ということで、
スチュワートはリサちゃんの味方になって、ヒカリさんを奴隷商人として暴こうとしたのだけど、奴隷の印が見つからないどころか、飛竜の加護の印を見つけて大事件ね。
面倒だから、モリスさんに押し付けてきたわ」
「な、なんか、スチュワートさんが来てから、この領地が物理的にも感情的にも荒れ始めてない?」
「彼は彼なりに一生懸命なのよ……」
くぅ~~。
一生懸命な力が明後日の方向へ向いてしまうと、その修正は大変なことになる。まして、その力が種族の族長クラスで使命感を帯びていたなら増々大変なことになる。
それが、この有様だよ……。
色々と返事に困っていると、ステラから前向きな提案があった。
「先ず、リサちゃんを宥められるのはヒカリさん、貴方しかいないわ。お母さんなんだもの。そして、魂の転生を信じられるのも貴方しかいないわ。シオンくんの話は別の機会でいいかもしれないけれど……。
次に、この惨状ね。
私が指揮を執っても良いかしら。あと、ユッカちゃんとその騎士団の力も借りるわ。こう、何ていうか、全力で暴れたい気分なの!」
「ステラ、ステラ、ステラ。
ええと、リサのことは私が行かせて貰うね。
そして、ここの指揮もステラに任せても良いかな?」
「ええ、喜んで」
不味い。
今までに見たことがないステラが本気モードを発動してる……。
スチュワートさんを尊重しつつ、ちゃんと接待しようとしたんだけど、反って裏目に出ちゃったかな……。
でもなぁ……。
リチャードが不在の状態で、妖精の長がたくさんいて、エルフ族の宿命が達成して、ステラが帰るわ、妖精の長達が連れて行かれるわとかなったら、後で、滅茶苦茶怒られるのは、私だよ?
挙句、「何でそんなことになった」って、何も私が悪くないのに私のせいにされるのさぁ……。
先ずは家族の絆から回復したいね。
簡単には信用して貰えないけど、本当のことを言うしかないかな。
よし!二人の救出からだね。
いつもお読みいただきありがとうございます。
第一章終了まで、連日の22時投稿を予定しています。
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