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1-38.モリスの思い

モリス視点です

「モリス殿、メイドを管理する立場である領主補佐として、どのようにお考えですか?」


 さて、困りました。

 スチュワート様は分析能力が非常に高いようです。武具の装飾品の目利き、奴隷制度、人族の職種と収入まで……。


 リチャード様は本日は帰宅されない予定。サイナス、ロメリア、ナポルの3都市を視察しに行きましたので、馬をどれだけ乗り継いでも、この領地にお戻りに成られるまで5日間は掛かるでしょう。そのため、時間を延ばしても結論は出ません。


 ヒカリ様はこの領地の正当な領主ですが、街道の修復中の様子を念話で聞いている範囲から察するに、街道とその周辺の被害は相当な様子。自ら神器を持ち出して、妖精の長達の全面的な支援を戴いていながらの報告ですから、見た目以上の被害だったのでしょう。

 今晩中に復旧できるか微妙とのこと。


 そうであれば、補佐官である私がこの場を収める。

 この難題、何とかしてみせましょう。


「スチュワート様、込み入った話になりますので、食事をしながらでも構わないでしょうか。

 出来ましたら、エスト様、リサちゃん、シオンくんもこの場で一緒に夕食を同席させて戴く許可を戴ければと思います」


「そ、それは……」


 人族の習慣からすると、貴族や王族待遇の客人を迎えて、メイドの子達がその客人と一緒に食事をするのは在り得ないことですね。ですが、領主補佐がその有り得ないことを客人に申し出ている。

 この意味を理解頂けるでしょうか?


「スチュワート様、何か不都合なことがございますか?」

「わ、私は構わないのだが、ステラやエストはどう考えますか?」


 此処が敵陣であることから、人族の文化に詳しい者たちに意見を求めるのは良い判断です。ただ、それは自分で決断出来なかったことを相手に見せてしまう訳ですが。


「私は構いませんわ」と、ステラ様。

「はい。大丈夫です」と、エスト様。


 元々、お二人にとってリサちゃんとシオンくんは、あのヒカリさんのお子さんたちなのだから、確認するまでも無い事なのでしょうけれど、先ほどの奴隷商人の見解から、場の支配を私に委ねてくれているのはやり易いですね。


「スチュワート様、宜しいでしょうか?」

「は、はい。お願いします」


 と言う訳で、リサちゃんとシオンくんは私がこの場で面倒を見ても問題無いでしょう。

 普段であれば、「私が面倒を見ましょうか?」と提案させて戴きますと、ヒカリ様に「私がやる!」と、怒られてしまいますけれども。別に、ヒカリ様がお母さんの仕事を出来ていないことを指摘しているつもりはなうのですけどね。

 今日は勘弁していただきましょう。


「リサちゃん、シオンくん、今日はお母さんは後片付けで忙しいので、スチュワート様、ステラ様、エスト様と一緒にご飯を食べましょう。いいですね?」

「「ハイ」」


 二人とも私には礼儀正しい良い子です。

 人を見ているのか、躾が素晴らしいのか私には判りません。

 ですが、ヒカリさんに接する態度とは明らかに違いますね。


 この場で夕食会を開くことを了承して貰えましたので、廊下に控えているメイド達に手早く指示をだします。客人として招いているエルフ族の人達の事、ヒカリ様、リサちゃん、シオンくんのこと。そして、ここに居る6人分の食事を貴族の接待用レベルで出してもらう様に指示を出しました。


 ヒカリ様のレシピ、ヒカリ様の冷凍輸送技術、ヒカリ様が蓄えた海や山の幸、そして最近になって潤沢に手に入るようになった出汁の元である乾物類。そこにゴードンの料理技術とセンス、そしてサポートとしてのマリア様のメイド達が指示に従う。


 リチャード王子殿下とヒカリ様の結婚の儀に出したコース料理より品数は少ないですが、少人数向けの希少部位を用いた料理を出すことが可能になります。

 エビのきもをソースに用いたパスタは大人数には提供できませんし、パスタを提供するまでにどうしても茹で上がり時間に差が出てしまい、丁度良い加減の歯ごたえで提供が困難です。

 デザートで提供するアイスクリームなんかも、柔らかい状態での提供となりますと、融けてしまうか、硬めに保存するかの加減が必要となり、味は楽しめますが、その口融けの滑らかな食感を堪能して頂くには、こういった少人数ならではの料理がだせるというものです。


 さて、スチュワート様へ静かなる攻撃の始まりです。


「では、皆様お召上がりください」


 最初はガラスのカップにゼラチンで固めたコンソメスープです。スープと言ってもぷるるんとした食感と、口の中で融けて広がる野菜と乾物から抽出される風味と香りを兼ね備えた絶品です。


 スチュワート様を除いた皆さんはスプーンで掬って、食べるだけです。

 ですが、朝のジュースに引き続き、ガラス容器が様々な食材の盛り付けに用いられていることが珍しい様子。透き通ったうつわに、透明感のある茶色の液体らしきものが入っています。

 澄んだ色と透明な容器だからこそなしえる演出です。このような食事の提供を受けたことなければ、スチュワート様が驚くのも当然でしょう。


 次に、そのカップからスープをスプーンで掬おうとするわけですが、そこで液体と思い込んでスプーンの先から伝わるぶにょんとした感触に驚きます。液体として見えていたものが、液体として捕らえられない訳ですから。

 スチュワート様はテーブル全体を見渡して、ご本人を除く全員が静かに、驚く様子も無く、スプーンで塊を掬って粛々と食事をしている様子を確認して、さらに驚きます。


 最後に、一欠片ひとかけらをスプーンに載せて口に含むと、その味に目を丸くします。

 口の中でその食感と口融けと味わいと鼻に抜ける香りを目をつぶって堪能しています。美味しいものを上品に召し上がって戴けて、尚且つ、その料理の裏側で手の込んだ調理がされている素晴らしさを感じ取って頂けるのであれば、接待する側としても嬉しい限りです。


 そして、「ハッ」とした表情で、改めてテーブルに座る他のメンバーを見渡します。私は先ほどから全体を見ながら静かに食事をしていますので、驚く様子を示すのはスチュワート様だけです。


 一口しか食べていないガラスのカップをシゲシゲと見つめて、もう一度辺りを見渡した後、私の方を見つめて、私が目を合わせるのを待ちます。

 私の視界には先ほどからその様子を捉えているのですが、敢えてこちらから問いかけるのでは無く、言葉をかけて欲しいというスチュワート様の懇願を持ってして、あたかも初めて気が付いた素振りで話かけます。


「スチュワート様、如何されましたか?人族の料理にはお口に合いませんでしたか?」

「い、いや……」


「ああ、私としたことが申し訳ございません。毒見役をご覧に入れるのを失念しておりました。

 もし、無礼のほどお許しいただけるのであれば、私どもが食事を済ませた後から召し上がっていただくのが宜しいかと。

 ただ、その場合、折角の料理が冷めたり、形が崩れて食感や風味が保てず、私どもと似て非なる物をしょくすることになること、ご了承ください」


 判っていますとも。

 毒見役の件は今朝にステラ様から説明がありましたから。

 まぁ、スチュワート様がこちらの領地に到着されて1日目ですので、スチュワート様を狙った毒殺を試みることは理論的には可能でも、実行できる情報も手段も無いので、気にする必要は無いのですが。

 私の姑息な誘導に騙されない冷静さを保った返事を戴けますでしょうか。


「モリス殿、今朝、ステラから説明もあったと思うが、人族が使う種類の毒物であれば、エルフ族でほとんど理解していますし、その検知魔術も所有しています。なので、それなりの魔術を学んだ者であれば、食事への毒物混入に対して無用な心配をしません。


 当然ながら、モリス殿達がそのような毒物の混入を許すような管理をされていないことは、これまでの振る舞いからも推測できます。ご心配戴きありがとうございます。


 それより不思議なのは、朝食に続いてのこちらの料理です。美味しいです。素晴らしいです。ですが、全く初めての食感であり、味であり、うつわであり、ただ驚くばかりです」


「そうでしたか。もてなす側としても光栄です。領主にその様に伝えさせて戴きます。 それでは、何かご不都合な点がございましたか?」


「これは、 何かの芝居でしょうか?」

「と、言いますと?」


「私を何かの罠に嵌める意図があり、このような夕食の形式をとっているのでは無いかということです」

「何か不自然なことがございましたか?」


「少なくとも、モリス殿、シオンくん、リサちゃんは貴族では無いはずであるにも関わらず、この前菜で出された食事に驚きや感動を示していない」


 私は口を挟まずに、スチュワート様の疑問を黙って聞くことにします。


「私はエルフ族の族長代行として人族の貴族や王族、豪商の方達とも交流したことがありますが、このような食事を提供されたことがありません。

 ですが、『普段から食べ慣れているので驚くに値しない』と、振る舞っているように見受けられます」


「スチュワート様疑問を理解させて戴きました。

 その質問の答えですが、『普段から食べ慣れている』ため、自然に振る舞っているまでです。お客様の感動を共に味わうことが出来ず、大変失礼しました」


「ステラ、エスト、貴方達もそうなのですか?」

「いつもでは無いけれど、驚く物では無いわ」と、ステラ様。

「初めて食べる物では無いです……」と、エスト様。


「そ、そうでしたか……。

 こちらの領主様であるヒカリ・ハミルトン卿に感謝していたとお伝えください。

 ところでモリス殿、やはり、メイドのヒカリさんには何か裏があるのでは無いでしょうか?」

「と、言いますと?」


「高レベルの魔術も使える上に、潤沢な資金を持ち、普通の王族以上の暮らしをしているように見受けられます」

「ヒカリさんは、確かに魔術も使えて、潤沢な資金があり、下級貴族よりは豊かな暮らしをしています」


「ヒカリさんは、メイドなのでしょう?」

「その通りです」


「ひょっとして、王族のめかけであったりするのでしょうか?」

「その様な事実はございません。どなたに聞いて頂いても結構です」


「そうであれば、やはり、奴隷商人などの副業をお持ちでしょうか?

 先ほど、エストもリサちゃんもそのような話をされていましたが」


「私の知る範囲では、そのような暇は無いはずです。

 ですが、念のためお二方から直接話を伺った方が良いかもしれません」


 私が全て説明をして辻褄が合う方が、スチュワート様にとっては疑念が深まるはず。そうであれば、二人に任せても何ら問題無いでしょう。


「エスト、先ほどの話の中で、『ヒカリさんが奴隷商人』という話をしていたのを覚えていますか?」

「スチュワート様、覚えています。私がヒカリさんとの出会いを説明しようとしていた際に、奴隷商人に買われたという話をしていました」


「やはり、ヒカリさんには副業があるということでしょうか?」

「いいえ、違うんです。私の勘違いなのです。

 私たち3人の借金をヒカリさんが肩代わりしてくれて、この領地まで連れてきてくれたのです。

 ですが、私たち3人は宿屋の女将おかみさんに売られて、奴隷商人に連れてこられたと勘違いしていたのです。

 ステラ様とこちらでお会いして、此処に住まわせて貰うことになりました。ヒカリさんにはとても感謝しています」


「そう……、なの……、ですか……?

 ステラ、念のために聞くが、そういうことなのですか?」


「そうよ。

 当時、この領地では簡単な魔法を使える人を求めていて、メルマの街の万事屋よろずやで、人材の募集を掛けていたの。その一方で、エスト達が求職中で、万事屋に仕事が無いか問い合わせていたのよ。

 その仲介が成立したので、エスト達をここへ連れてくることになったのよ」


「なるほど。モリス殿も同じ理解で宜しいでしょうか?」

「はい」


「ふむ。そうですか……。

 リサちゃん。リサちゃんはどうしてお母さんが奴隷商人だと思ったのですか?」


「お母さんは弱いの。

 メイドの仕事もちゃんと出来ないの。

 マナーも出来てない、失礼な口の利き方をするの。

 お金も無いの。

 だから、私を売ったお金で、私を剣闘士にして売るの」


 これは、少々ヒカリ様が可哀想な感想ですが、身分を隠して母親として接している以上は仕方無いかもしれません。私が下手にヒカリ様を庇うと、反って親子関係がこじれてしまうかもしれませんね。


「リサちゃんは、お母さんをよく見てるんだね。

 シオンくんは、お母さんのことどう思う?」


「お母さんはバカです。

 メイドの仕事をちゃんとしてません。

 エライ人たちに、敬語を使うことができません。

 子育ては他人任せです。

 自分の好きなときに、僕たちを構ってくれます。


 お金は……。

 ひょっとしたら……。

 誰かの魔石を盗んでるかもしれません……」


 これはこれは……。

 シオンくんも中々に辛辣しんらつですね。

 お父さんのことをどう思っているかも今度聞いてみたいところです。

 それはそうと、【魔石】は不味いですね……。

 どうやって、言い繕いましょうか……。


「シオンくん、ありがとうございます。モリス殿も中々苦労していることが推察できます。

 ところでステラ、ヒカリさんは、魔石をどこから入手したのでしょう?」

「……。」


「ステラ?何か言えない事情があるのでしょうか?」

「スチュワート、貴方から見てヒカリさんは弱いかしら?」


「さぁ、手合わせをしたことが無いので判りませんね」

「そう……。

 さっき、石を運んでいたとおもうのだけれおど、ヒカリさんと直接手合わせをしなければ判らないものね……」


「ステラ、そのことと、魔石が関係するのでしょうか?」

「私から見て、ヒカリさんとユッカちゃんが組むと、大概の魔物は倒せるわね。

 だから、アジャニアの観光迷宮では、ちょっとした財産を築けたわよ。

 当然、そのときに回収した魔石が残っている可能性があるわね」


「ユッカちゃん?」

「そう。ユッカちゃんよ。彼女は間違いなく強いわ」


「この中に、ステラ以外でユッカちゃんのことを知っている人はいますか?」

「ユッカちゃんは強いです」と、エスト様。

「ユッカお姉ちゃんは強い」と、リサちゃん。

「ユッカお姉ちゃんは凄いです」と、シオンくん。


 目に見える力は人を惹きつけるのですね。

 少々、ヒカリ様が可哀想に思えてきました。


「モリス殿、モリス殿はユッカちゃんをご存じですか?」

「良く存じ上げております。ヒカリさんとユッカちゃんはとても仲が良いです」


「そうですか……。

 リサちゃん、とっても強いユッカちゃんと、リサちゃんのお母さんは一緒に旅をしたことがあって、そのときに魔石も回収していたみたいだけど。

 そんな話をきいたことはあるかい?」


「ユッカお姉ちゃんは強いです。色々なことを知っています。お母さんと一緒に何をしたかは知りません」


「そうだとしたら、お母さんは昔に集めた魔石を売って、リサちゃんの装備を作ってあげたのかもしれないよ?」


「で、でも、でも……。


 そ、そうなんです!

 私の首の後ろには、奴隷印が付いているんです!

 何か、私の物では無い魔力の印を感じるんです!」


 これは少々困りましたね。

 奴隷印よりも、飛竜の加護の印の方が問題としては大きいです。

 流石はヒカリ様の子。

 加護の印を感じるとが出来るとは流石ですね……。

いつもお読みいただきありがとうございます。

第一章終了まで、連日の22時投稿を予定しています。

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