1-34.エルフ族接待(6)
私たちはエストの工房で一旦解散して、分かれて行動することになった。
スチュワートさんとエストは片道2時間ぐらいの道のりを徒歩で移動して、長老の住処を目指す。
イストとミストはそれぞれの工房に戻って作業を続けつつ、エルフ族の婚約者と顔合わせする機会を別途設けることになった。
モリス、ステラと私は馬車を使って領主の館まで戻ってくると、宿屋で待機していたエルフ族の面々とステラが顔合わせをしたり、エルフ族の船の修理にの進め方について、打ち合わせをしたりした。
オイルマッサージの店主との調整?
そこは、一応、エルフ族の人達と一緒にみんなで訪問したよ。でも、そこに長老が居る訳がないもん。形式上の『長老を皆で探してますよ』っていう証拠を残す作業の為だけだね。
ただ、エルフ族の人達にとって、特製ハーブオイルを使った特別なマッサージは本当に効果が有った様で、マッサージを終えて、涼しい場所で冷たい飲み物を飲みながら、ゴロンとしてると、昼飯も食べずにぐ~ぐ~寝だしちゃったよ。
婚約者の無事が確認できたのと、ステラと会えたっていう、精神的な安心感によるものもあったのかもしれないね。
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そして、夕方。
スチュワートさんと、エストと長老の3人が揃って、領主の館に到着した。一方、モリス、ステラ、私の3人は、今朝の応接間でいつも通りの打ち合わせとか作業をしつつ、3人が到着するのを待っていたよ。
だって、スチュワートさんと長老がいつ会えるかわから無いのだから、ただ、ひたすら何日も、手を休めてぼ~~っとしてる方がおかしいでしょ?
私たちはメイドさんから3人が到着したという知らせを受けて玄関の所まで出迎えにいった。
ステラは目を丸くして、3人を見る。目を見開いたまま、普段のステラらしくない大口を開けて、手を当てて、「開いた口が塞がらない」を文字通りの仕草で示す。
その仕草を見て、今朝方より少し日に焼けたのか、赤みが差した顔のスチュワートさんは、涙目になりながら、ステラに向かって無言で頷く。
所謂、以心伝心ってやつだね。エルフの族長クラスが持つ感性だからこそ妖精の長を感知出来る感動的なシーンだよ。
「ステラ、ただいま。
そして、モリス殿、差し支えなければ、皆に聞いてもらいたいことがあるので、今朝の応接間を借りても宜しいでしょうか?」
と、スチュワートさんは、かなり興奮しているはずなのに、なるべく抑揚を抑えて、エルフの族長代行らしく、丁寧にモリスに頼む。
「かしこまりました」
モリスは余計な詮索をせずに、皆を応接間に案内するとともに、メイド達にさりげなく、お茶の用意を指示させる。
私?
私はモリスの特別許可を得たメイドってことで、今回も同伴させてもらって、お茶も一緒に戴くよ。ちゃんとスチュワートさんに同席の許可を貰ってからだけどね。
「モリス殿、大事な報告があります。出来れば、人族の人達は最小限の人数に絞って話をさせて戴きたい」
と、冷静な声色でモリスに要請しつつ、私の方をチラッと見る。
私を単なるメイドと見做しているのだから、「大事な会話」に勝手に加わられたら困るってことなんだろうね。私は席を外して、念話で状況を共有させて貰っても良いのだけど、どうしたもんだか……。
「スチュワート様、それでしたら、私と、そこに控えているヒカリの2名でお話を伺うこととさせていただきます。
ヒカリのことが心配でしたら、ステラ様にご確認戴いても結構でございます」
「スチュワート、ヒカリさんは大丈夫よ。さぁ、成果を皆で共有しましょう?」
窓際の席の奥から、スチュワートさん、その隣にウンディーネ、3番目にエストが座る。向い側はモリス、ステラの順番ね。脇役を着実に演じる私は、何も言わずに無表情で壁際に立って控える。
その様子を見ていたスチュワートさんは覚悟を決めたのか、唾をゴクリと一飲みしてから立ち上がって、報告を始めた。
「こちらにいらっしゃる老人は水の妖精の長である、ウンディーネ様でいらっしゃる。エルフ族の念願である妖精の長との面談に成功したのです!」
ウンディーネとして紹介された長老は、立ち上がってちょっと恥ずかしそうに白髪頭をぼそぼそと撫でながら、皆にペコリと頭を下げる。
その報告を受けて、ステラとエストも席から立ち上がって、涙ながらに拍手を始める。それに釣られるようにして、モリスと私も拍手をした。
「皆、ありがとう。話を続けたいので、再度ご着席戴きたい。
ステラには悪いが、私が発見したということで良いだろうか?当然ながら、ここに居る皆さんの支援あっての成果であるため、何らかのお礼はさせて戴きたい。
もし、ステラが認めてくれるのであれば、次期エルフ族の正式な族長への推薦状を作成したいのだが、良ろしいだろうか?」
「スチュワート、本当におめでとう。当然、貴方の成果よ。そして、私が証人として署名させて戴くわ。モリスさん、羊皮紙とペンを戴けないかしら?」
「承知しました」
と、モリスは返事をすると、私には声を掛けずに、廊下に控えるメイドに直接指示を出してから、直ぐに部屋に戻ってくる。
メイドが羊皮紙を持ってくるまでの間を利用して、ステラがスチュワートさんに、大きな成果をほめたたえる様に優しく話しかける。こんなステラを見たことが無いよ。
「スチュワート、貴方は凄いわ。私は2年もの間、何をしていたのかしら……。
人の意見をよく聞くいて、その情報を分析する能力。推論を元に決断し、直ぐに行動へ移す実行力。そういった才能の融合がもたらした結果なのかしら。 やはり、男の人ね。素晴らしいわ……」
ステラ、あんまり褒め過ぎるのは、反って疑われちゃうんじゃないかな?それとも、ギャップを出すことで、その喜びを心から称えている気持ちの変化を表しているの?
2年間一緒に行動しているから、いろいろ表情のステラを見てきたけど、今のステラが演じて行動しているのか、もし、本当に相方が今回のような大きな成果を出したなら、このように認めている態度をとるのか、その辺りは全く読めないよ。
スチュワートさんが接待されているって思わなければ何でもいいけども。
「確かに、最初にウンディーネ様を妖精の長として発見したのは私かもしれないが、その断片的な情報は皆が夫々に抱いていたわけでしょう?
また、この土地に長く暮らしていたエスト達が居たからこそ、この地を捜索する結果に繋がったのだとしたら、エスト達や彼女らを滞在させてくれた領主殿にも感謝しなくてはならない。
到底、私一人の成果であると自惚れてはいけないと思うよ」
「それは、そうでしょうけれど……」
と、二人の会話が続く中、メイドさんが書きこむ前の羊皮紙の束と筆記用具を持って入室してきた。
モリスが速やかにそれらを受け取り、メイドを廊下へ下がらせつつ、スチュワートさんが推薦状を作成する準備を整える。
エルフ族の文字は、ナビを経由してダウンロードしてないから判読できないけれど、きっと、水の妖精の発見報告と、その証人の署名をエストとステラがしたみたい。同じものを2通作って、一通を控え、一通をエルフ族の族長会に送付するとかなんとか。
「ステラ、我々の船の修理が終わったら、一緒にエルフ族の村へ帰るのだろう?」
「どうしようかしら……」
「ど、どういうことだ?ウンディーネ様を発見した事実はエルフ族の大イベントだろう?そこにその知らせを持った族長が帰還しないのは、どういうつもりなんだ?」
スチュワートさんはステラの返事に相当動揺してるね。最初と最後で同じ質問をしてるよ。本人も話してて気が付いてないのかも?
「私がウンディーネ様に『エルフ族の村までご同行戴きたい』と、お願をすれば、妖精の長は人間のお願いを叶えてくれるでしょう。
それを、私がお願いして良いのかが迷うのよ。
ウンディーネ様自身がこの森で静かに楽しく暮らしてるとしたら、それを私のお願いで断ち切ってしまってよいのかということ。
そして、もう一つはこの領地で営まれている良好な状態の工房の成果や農作物の成果が衰退してしまう可能性が高いこと。
それらを断ち切ってしまうのは、私のエゴでは無いかしら……。
もちろん、エルフ族の族長の立場として種族の宿命の目的を忘れた訳ではないわよ?」
「そ、それは、確かに……。だ、だが!種族の宿命に対する裏切りでは無いか?」
「そうね……。私は責任を取って、エルフ族の族長を降りようかしら。ただのエルフとして、こちらの人族のお世話になろうと思うの。
もし、それでもスチュワートがウンディーネ様を連れて帰りたいと主張するなら、私の代わりにエルフ族の族長として、ここの領主様と交渉して欲しいの。
どうかしら?」
「す、ステラ、それはどういうことだ?」
「言葉通りの意味よ。私からあなたへ族長の座を譲るのよ。私は、その代わり、ここでエルフ族の訪問を受けることにするわ。貴方は族長の座に就けるし、エルフ族もウンディーネ様に自由に会いに来ることが出来るわ。
全てが上手くいくと思うの」
「ステラは族長の座を退くことに未練は無いのか?それに、辺境の人族の地に留まることを良しとするのか?
更には、私がエルフ族の族長として、人族との交渉に成功すれば、ウンディーネ様をエルフ族の村へ連れて行くことも可能なのだぞ?」
「スチュワートの理解の通りでいいわ。女の私では、エルフ族の族長の役目を果たせなかったのよ……」
「ステラ、ま、待ってくれ。私一人でステラの一生を賭けての決断をこの場で決めて良いのか、流石に迷う……。エストよ、エルフ族の一員として何か意見は無いか?」
「スチュワート様、私としましては、ステラ様のご意向に賛成です。この地は妖精の長のお力で色々な不思議な力に恵まれていると感じます。人族の元で約2年もお世話になっているのと、ここでスチュワート様と出会えたのも、ここに住む人族の方達が親切にしてくれた結果であると考えます。
スチュワート様のお気持ちとステラ様のお気持ちが重なり合えば、それが一番良い事かと思われます」
「わ、判った……」
「スチュワート、大きな問題は無いわ。
族長として認められるのは色々と手続きが大変だけれども、族長から降りるのは簡単なのよ。死亡が確認されたり、本人の直筆の署名がされた族長降任の請願書が受理されれば良いのだから。
早速、羊皮紙に記すわね」
と、ステラは、スチュワートさんの意向が揺らぐ前に、書面を作成して、そこに署名まで済ませてしまう。
たった、これだけでステラはエルフ族の族長としての立場を失っちゃったよ。
ステラ自身が言い出したスチュワートさんへの接待作戦とはいえ、本当によかったのかな……。
「スチュワート、私の役目は此処までね。あとは、貴方次第よ。
ここにある書面をエルフ族の族長会議へ提出すれば、私の降任と新族長の就任が速やかに執り行われるわ。
儀式とか、一族への周知とか、そういったお祭りは時間が掛かるけれど、大きな問題では無いわね。人族のサンマール国から貢物があるのだから、資金面では大丈夫でしょう。
いいわね?」
ステラは作戦通りに、スチュワートさんに族長としての権利を押し付けると、もう、後は任せたとばかりに、押し付ける体制に入ったよ。
まぁ、ここまで丁寧にお膳立てしたのだから、スチュワートさんにも素直に受け取って貰いたいところだけどね。
「ステラ、判った。ステラにとって族長の肩書が重荷なっていたことも理解できたし、種族の宿命の到達に対しても、運良くではあるが、私が達成したことになる。
であれば、ステラの気持ちを尊重する意味でも、この2つの書面は私が管理し、族長会に提出することとしよう」
ここで、スチュワートさんは、書類をまとめるのと、族長代行として、この場を掌握するために、一旦区切りをつけてから、再び口を開いた。
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