1-33.エルフ族接待(5)
「エスト、久しぶり。工房を見せて貰いたいの。突然のことで悪いのだけど良いかしら?」
と、工房の前に到着すると、先ずはステラだけが挨拶をして、残りの3名は大丈夫かどうかを待機して待つ。いくらエルフ族の族長代行が来たからと言って、工房で仕事を受け持っている以上は、作業内容次第では手が空かない場合だってあるしね。
実は、既に作戦実行中な訳だけども。
「ステラ様、お久しぶりです。最近は研究に忙しかったとかで、暫く顔を見せに来ていただけませんでしたね。皆が寂しく感じていました。
さぁ、入って下さい」
「エスト、ありがとう。仕事の邪魔をしてしまって悪いわね。
それで、今日は懐かしいお客様を連れてきているの」
「懐かしいお客様ですか……?」
「ええ、エスト達も良く知っている人よ」
「う~ん。領主様ですか?結構、顔見世には来てくれていますが……」
「いいえ。もっと懐かし人ね。更には、エルフ族よ」
「まさか、私の婚約者が訪問されているとか?」
「惜しいわね。同行されているようだけれど、今は宿で長旅の疲れをとっている最中ね。重要な用事があって、エスト達に会いたいのですって」
「ま、まさかですが、スチュワート・アルシウス様でいらっしゃいますか?」
「ええ、そうなのよ……。突然で悪いのだけど、面会をしたいらしいの。
都合はどうかしら……?」
ステラは作戦があるなんで風を全く見せずに、只ひたすら、突然の訪問で申し訳ないけど、相手をして貰いたい素振りを見せる。
それに、ちゃんと合わせる様にエストも、多少困った風を装いつつ、「重要な人なので、是非とも!」という、返事をする。
これらの会話は馬車までそう遠くないので、良く見える位置で行われたし、というか、私がそういう位置に馬車を停めたし、スチュワートさんの視界に戸口の二人が見える様にも調整してある。
ステラがエストとの遣り取りを終えて、馬車に戻ってくると、
「スチュワート、エストは言葉には出さないけれど、貴方の為に優先して時間を割いてくれるみたい。このまま、イスト達も先に集めてしまっても良いかしら?」
「あ、ああ……。無理をさせてすまない。
このような立派な工房をで何をしているのか興味があるが、先ずは同行した婚約者達の心配もあるだろうから、3人との面談を済まさせてくれないだろうか?
3人が同時に同席することで、なにか隠し事があるような雰囲気だとか、和やかな雰囲気であるかとかも掴めると思う。そして、個別に面談となると、私に警戒して、言いたいことを言えなくさせてしまうかもしれない。
どうだろうか?」
「スチュワート、良いと思うわ。
エストの工房ではハーブ類を作っているの。スチュワートは他の二人が集まるまで、ここでお茶をして待っていて貰っても構わないし、私たちと一緒に他の二人の工房を周ってから、一緒に戻ってきても良いわ。
どちらが良いかしら?
「この馬車は2頭立てだが、そんなに大人数を載せても良いのか?大丈夫なら、他の二人が居る工房も外見だけでも確認しておきたい」
「スチュワート、大丈夫よ。 エストに全員分のお茶の用意を頼んでから、他の二人を集めに行きましょう」
私はステラの指示を受けてから、丁寧に馬車を繰って、イストとミストの工房を周る。それぞれでステラが挨拶をするとともに、馬車に乗せて、エストの工房に戻ってきた。
乗せてきた二人は緊張を装っているのか、それとも本当に族長代行という地位に警戒しているのか判らないけれど、いつもの「ステラ様大好き!」って感じのにぎやかで、ほんわかした雰囲気は無かったよ。
ーーーー
エストの工房の中で、ちょっとした来客者を出迎えるような打ち合わせコーナーで面談が始まった。スチュワートさん1人に対して、エスト、イスト、ミストの3人が向かい側に座る感じ。
ステラ、モリス、私は同じ部屋にある別の4人掛けのテーブルに座って、お茶を楽しむことにした。
スチュワートさん達の声は聞こえてくるけれど、私たちは直接会話に加わらない。何か話しづらい内容が出てきたら、私たち3人は馬車に戻れば良いということで、同じ部屋で待つことを許して貰ったよ。
「エスト、イスト、ミスト、突然の訪問で申し訳ない。
どうしてもこのエスティア王国のハミルトン卿を訪問する必要が事情が出来てしまってな。ついでと言っては申し訳ないが、貴方達3人の婚約者もこの機会に訪問したいと言い出した。
要は、たまに来る手紙だけでは様子が判らないので、直接会って話をしておこうという話だ。
婚約者達も同行しているのだが、先ずはエルフ族の族長代行として、人族との関係が劣悪なものでないかを冷静に見極めたい事情がある。
なので、もし私に出来ることであれば、些細なことであっても人族への要望を述べてくれて構わない。また、領主補佐のモリス殿が居る場では言い難い事柄があれば、席を外してもらうことも了承している。
このような背景があるのだ、宜しいだろうか?」
スチュワートさんの面談内容の宣言に対して、3人とも、少し緊張した面持ちで、コクコクと頷く。
「では、先ず確認したいのだが、それぞれは各工房で何をしていたのだ?貴族の子女が工房に買い物へ来るなら分かるが、まさか働いていた訳でもあるまい」
3人は今度はお互いに顔を見合わせて、何かいい難そうな素振りを見せる。
「うん?どうした?もし、人族の者達に聞かれたくないなら、席を外してもらうが」
「そ、そうじゃないんです。人族の方達には良くして戴いておりまして……。
それにステラ様には、日ごろから私たちが何をしているかは知って戴いておりますので、問題とはならないのです。
ですが、エルフ族の村から来られたばかりのスチュワート様にはなんと説明をすれば、誤解を招かないかが困りどころでして……」
と、言葉に詰まる状況をエストが代表して説明する。
すると、スチュワートさんも何が困りどころなのか判らずに首を傾げてしまう。
「どういうことだ?やはり、奴隷として扱われているのか?
そして、なにか制約のようなものを掛けれらているのか?」
「違うんです!違うんです!
奴隷商人に売られそうになったのを助けて戴いたのです。
そして、食事の提供から、私たちが知らない世界を教えて頂き、この領主の元で人族との交流をするために滞在を許してもらっています」
「もし、その奴隷商人に売られそうになったのを助けて貰った恩があるとしても、この領地に滞在し続ける必要は無い。憶測にはなるが、きっと、工房で働かせられているのだろう?」
「それも誤解なのです。
この領地にステラ様が滞在していたので、私たちも、その間こちらで滞在できないか相談をしたのです。
ただ、宿代などが支払えないことを伝えると、自分たちのしたいことをしながら過ごせばよいということで、自主的に得意分野を生かして、人族へ貢献する形をとっているのです」
「うん?
とすると、ステラは約2年間も、種族の宿命として妖精の長を探すという旅の目的を忘れて、人族と交流し、安穏と過ごしていたということか?」
「あ、あのですね。
ここ半年くらいは、こちらに滞在しているようです。ですが、ステラ様はいろいろな情報を入手すると、各地を訪問していたので、詳しくは私たちにも判りません。
あちらにステラ様がいらっしゃいますので、この領地に不在中の出来事に付きましては、直接伺っていただいても宜しいでしょうか」
「なるほど。その辺りはステラに直接訪ねるとしよう。
だが、ステラが不在であれば、貴方達もこの地に留まる必要はなかったであろう。何等かの人族による枷があったのではないかと、疑念が残るのだが?」
流石は族長代行だね。表面上の辻褄合わせであるかどうか、ちゃんと確認している。それらを頭の中でいったん整理して、全体の話の整合がとれているかを確認するための質問をしているね。
ただ、こちらも、そういった全体のストーリーは事前に紙面で説明ずみだけども。ただ、まぁ、想定外の質問が飛んで来たら、そこはエスト達に任せるしかないね。
「ステラ様も、『ここに何か不思議な物を感じる』と、仰っていたことと、ここが南への大陸の玄関口にもなっているので、4人でエルフ族の村へ帰還することになったら、合流しようという話になったのです。
なにせ、ここに辿りつくまでは、ステラ様も私たちも相当ひどい目に遭いましたので……」
ここに来るまでの行きの苦労はスチュワートさん自身も同じような目に遭ってるから、いちいち確認する必要はないだろうし、此処が南の大陸との玄関口という認識も有っているんだろうね。
人族同士の交易であれば、トレモロさん経由のナポルになるのだろうけど、異種族交流のことは距離が近いことが優先事項なのかもしれない。
あとは、スチュワートさんがキーワードである【不思議な感じ】に言及を始めて、そこに自ら誘導されてけば、この後の展開に上手く嵌るんだけどね?
「そうか……。
ところで、ステラが感じた不思議な感覚について、同族である貴方達は何か感じる物はなかったのか?」
エスト達はお互いを見合わせて、それぞれの感想を述べ始めたよ。
「その、何といいますか、こちらはエルフ族の村でもないのに、妖精との交流が上手く行くのか、あるいは単純に土地柄の問題なのか、希少なハーブ類が生えていたり、同じハーブでも効能が良かったりするのです」
と、エスト。
「私の場合は、毛皮を作成するときに川の水で晒す必要があるのですが、その洗浄の過程や、鞣し薬の調合なんかが上手く行くのです。
この領地や森を流れる川の水に何か原因があるのかもしれません」
と、イスト。
「私の場合は、人族の技術との交わりによって、【製紙】という工房を受け持っております。この製紙技術には、紙の元となる若木の育成と、大量の綺麗な水の両方が必要な工程あります。
何故か判りませんが、普通ですと1年ぐらい成長に時間が掛かる若木が半年程度で育つのです。私自身が妖精との交流の力が急に成長したとは思えませんので、この土地に何かがあるのかもしれません」
と、ミスト。
3人の説明が終わると、スチュワートさんが腕を組んで考え込んでしまう。
そして、目を瞑って考え込んだまま、冷えてしまったエストのハーブティーを飲んで目を開く。そして、隣の席に座っている私たちに向かって話しかける。
「ステラ、お前の感じる不思議な感覚というのは、やはり、何か妖精や魔力の効能に関するようなことだろうか?」
「そうね。
私はこの地に長く滞在している訳ではないし、森の奥深くまで探検をしたわけではないので、確信が持てていないのだけど、3人の工房で出来る作品は私が想像するよりも良い出来であるのは間違いないわね。
ただ、その理由がこの土地特有なものなのか、妖精の何らかの力が強く作用しているのか、今の段階では良く分からないわ」
「そうか。
モリス殿、この地には妖精に関する伝説のようなものはないか?あるいは古くから森や川に住んでいる不思議な人を見かけたという話を聞いたことはないだろうか?」
「スチュワート様、この地には先代の領主様よりお仕えしておりますが、妖精に関する伝説は寡聞にして聞いておりません。
ですが、森に住む長老という人物については、話を聞いております。気さくな老人でハーブ類に詳しく、我々とも交流して頂いておりますが、それがスチュワート様の求める人物であるか、判りかねます」
「最後にヒカリさん、
シオンくんは、普段ここいらの森や川で遊ぶことがあるのだろうか?まだ1歳程度の体格でそこまで走り回れるようには見えない。
そうであれば、ご両親やメイドの方達と一緒に散歩している可能性があるのだが……。なにか、変わったことは無かっただろうか?」
「スチュワート様、私にとって初めての領地での初めての出産でしたので、あまりよく判らないです。
また、出産後はステラ様とご一緒させて戴くことが多かったため、私の手が空いていないときは他のメイドや近所の年上の子供たちが面倒をみてくれて、散歩などにも連れて行ってくれていた様です。シオンやリサの行動を私が全て把握できておりません……」
「ふむ。
すると、この領地において、シオンくんがどこで何をしていたか完璧に把握している者はいないし、ステラもヒカリさんも知らないところで何かが起きていた可能性がある訳だな……」
と、スチュワートさんは皆の発言を声に出して整理し始める。
「そして、この地にはモリス殿の聞いてる範囲では妖精の伝説は無いが、ハーブに詳しい老人が住んでいる。
エルフ族の感覚では故郷の村よりハーブの生育や水の具合が良い土地柄である……」
「エスト、イスト、ミストらよ。貴方達の中で森に住む老人と交流のある者はいないか? そして、その老人から何か不思議な物を感じたことはないか?」
一通り、頭の整理が終わったようで、再びエスト達に話しかけ始めた。
もう、エスト達が人族によって拘束されているとか、そういった話はどこかに飛んでっちゃったね。作戦は上手い具合に進んでいるね。
でも、これは単に話題を逸らせるための作戦では無いっていう……。
「スチュワート様、私はハーブ関係を取り扱う工房を任せられています。そのため、この土地でハーブに詳しい人を尋ねることがあります。多分ですが、モリス様の話にでてくる長老とは、私の知る人物と思います」
と、エストがスチュワートさんが自ら導き出した答えに向けて、重要なヒントを与えてくれる。
「エスト、そうか!!
お集まりいただいている皆様には申し訳ないが、エストにその長老の所まで案内して貰いたい事情がでてきたのだが、許可頂けないだろうか?」
スチュワートさん以外の6人は、「一体何が起こっているのかさっぱりわからない」という体を装って、ぽか~んとした反応を示す。
モリスが気を取り直して、その場を取り繕う。
「失礼ですが、スチュワート様、エストさん達との面談は終了で、人族への疑いは晴れたということで宜しいでしょうか?」
「あ、ああ、ああ……。
モリス殿、エスト達とそれぞれの婚約者達とが、どういった結論を出すかは私にも判らない。だが、エルフ族と人族の間に軋轢を生じるような問題は無いと判断できたと言える。
一方で、新たなる問題と申しますか、エルフ族として非常に重要な発見がされる可能性があります。これにご協力頂けないでしょうか?」
「スチュワート様、人族への誤解が解けたようで何よりです。
また、エルフ族の大事への支援は、この領地の領主補佐として出来る範囲でご協力させて戴きます。
具体的には、何をしたら宜しいのでしょうか?」
「うむ……。
エストよ。その老人の住まいは此処から遠いのだろうか。また、大人数で押しかけて問題になるのだろうか?」
「スチュワート様、森の長老の迷惑を省みなければ、何人で押しかけても構わないと思います。ですが、あの方の住まいにこの人数が座れる場所は無いかと思われます」
「なるほど。では、その長老をこの場に呼ぶことは可能であろうか?」
「う~ん、う~ん。どうでしょう……。自由奔放に過ごされていますので、エルフ族より見つけるのが困難かもしれません。
スチュワート様と私とで訪問して、不在であれば暫くそこで待つのも良いかと思います。ただ、いつまで待てば良いのか判りませんし、待っている間、スチュワート様をもてなすことはできませんが……」
「野営の準備をした上で訪問し、暫く様子を伺うしかない訳か……。その人物が次回この工房を訪問する時期は分かるのだろうか?」
「判りません。気ままな方なのと、季節によって育つハーブ類が異なる様で、どのタイミングで珍しいハーブが採れて、それを私たちの工房へ提供して貰えるかは、そのとき次第なのです」
「それは、確かにエルフ族より厄介だな……。他に、どなたか森の長老について、行動に思い当たることは無いだろうか?どうしても接触を試みたいのだが……」
スチュワートさんも、流石に長旅の疲れの中で、他の同行したエルフ族の人達を放置して、このまま野営して、いつまで待つか判らない状況に身を置くのは決断しきれないのかも?
かといって、エルフ族の宿命を達成する可能性のある人物について諦めきれないのも分かるよねぇ……。
長老に念話を通して、たまたま、この工房にハーブを持ってきてくれるような用事を作って貰うのはありなんだけど、その場合、妖精の長を見つけた成果がスチュワートさんの物になるのか、ステラの物になるのか判断が微妙なところ。
確実にスチュワートさんの成果にするには、ステラが同席しない場所でスチュワートさんが長老と出会って貰いたいんだよね。
よし、ちょっと強引だけど、この膠着状態を打開するために、2班に分かれて行動するように、モリスに念話を通して、モリスから提案して貰おう。
「スチュワート様、その人物は領主の館に隣接する敷地にあるハーブオイルマッサージを利用しに来るのだそうです。
ですが、その利用タイミングも定期的な物ではなく、連日通われる日もあれば、一週間以上顔を出さないときもあるそうです。
もし、スチュワート様にとって、とても重要な事柄でしたら、老人の住処と、オイルマッサージの店の両方で待機するのは如何でしょうか?」
「モリス殿、良い案の様に思える。私はエストの案内で長老の住まいを訪ねたい。
ステラはエルフ族の皆への説明を済ませるとともに、そこのマッサージ店の店長と情報を共有するように手配して貰えないだろうか?」
「では、2人分の野営が出来る準備を整えます」
と、エスト。
「私も当然協力するわ」
と、ステラ。
よし、これでスチュワートさんとステラが分離出来たから、妖精の長であるウンディーネ発見の成果はスチュワートさんが独り占め出来て、その証人にエルフ族の貴族の子女であるエストが付いてるっていう最高のセッティングが出来たね。
いい感じで接待出来てるんじゃない?
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