1-30.エルフ族接待(2)
「すみません。突然のことで私としても直ぐに判断ができかねます。
先ずは朝食を召し上がって頂きながら、補佐役の私に開示可能な情報を頂くことは可能でしょうか。
また、毒見役をご用意できませんので、私どもが同じものを食することで、ご了承頂けますでしょうか」
「モリスさん、大丈夫よ。毒のことは人族よりエルフ族の方が詳しいし、慣れてるわ。いつも通り給仕頂ければよいわ。
ヒカリさん、ゴードンさんに四人分の朝食をお願いしてきてくれるからしら。それが終わったら、貴方も同席してくださいね」
「はい」
モリスとステラにこの場を仕切って貰って、私はメイドとしての職務を全うする。もし、私がヒカリ・ハミルトンと分かっても、人族の間で情報統制を敷いている「王族に見初められたメイドの小娘」の位置づけは印象付けられるから問題無いよね。
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「ステラ様、ゴードンさんに4人分の食事の手配を済ませて参りました」
「ヒカリさん、ありがとう。スチュワートの話に心当たりがあるかモリスと一緒に話を聞いて貰いたいのだけど、良いかしら?」
「はい、承知しました」
まず、どっちの話からになるのかな。
エスト達のことを奴隷と勘違いしてるだけなら、メイドの情報網で知り得た知識ってことで何とか対応できるけど、他に奴隷の使役があるかは予想できない。
サンマール王国の話になると、メイドの小娘として設定されている私が余計なことを言ったら不味いよね。
まぁ、その場の成り行きだよ。
「スチュワート、私の知る範囲で、ハミルトン卿の領地の中でエルフ族の者が奴隷として捕らえられて、使役に用いられている話は知らないわ。
良かったら、詳しく教えてくれないかしら」
「うむ。ステラなら知っていると思うのだがな。
エスト・アトーリア、
イスト・コリンティア、
ミスト・ドミニコ
この3名ことなんだが……。
エルフ族の婚約者の元へ手紙が届くのだ。ステラはその内容を知っているか?」
「いいえ。あの子らは、私の直接の指導はなく、森の住人や領主と一緒に様々なことをしている様ね」
「そうか……。
ステラの与り知らぬところであれば、領主に直接話を通させて頂くしかないな……。
1つ。領主主催の力試しの試技で優勝しても褒美が貰えなかった。
2つ。10倍の戦力を前に戦闘を強いられた。
3つ。奇妙な薬品で革の製造や製紙作業を請け負っている。
と、到底貴族の子女にさせる様な内容ではない。
それどころか、本人たちに『ここから離れたくない』と、婚約者の元へ帰ることを拒絶するような内容の手紙を書かせている様子なのだ」
「モリスさん、ヒカリさん、何か心当たりはあるかしら?」
と、ステラの問いかけに、モリスが反応してくれた。
「ステラ様、私の理解と想像の範囲でお答えさせて頂きます。
1つ目の話は、領地民の為に領主様が主催した力試しの試技の事だと思われます。それにエルフ族のお三方が参加されました。
あくまで領主様の招待枠でしたので、ご本人達も賞品が貰えないことを承知の上で、ご参加いただいたと認識しております。きっと、『優勝したけど、賞品は貰えなくても仕方ない』といった、内容が手紙に記載されていたと想像できます。
2つ目の、10倍の戦力との戦闘に関しましては、これも領地内で行われた模擬戦のことと想像します。
当初はエストさん達がその模擬戦に参加する予定はありませんでしたが、本人たちの希望のより、当初の予定から変更し、模擬戦に参加いただいたと認識しております。
当然、わが領主様の率いる部隊の圧勝であり、双方の怪我人は0名と、危険なことはございませんでした。
3つ目の過重労働に関しましては、私も詳細を把握できておりませんが、本人達の意思を尊重する形で、各種の依頼を受けて戴いている次第でして、待遇が一般的な奴隷のような扱いとの認識はございません。
また、こちらの領主様は無闇に奴隷印を新規に付与することを良しとしておりませんので、何らかの言葉の齟齬によるものと思われます。
私の知る範囲では、ご本人達はここでの暮らしを楽しんでおり、離れたくないのかと想像しますが、私の言葉を信用でき内容であれば、私どもが居ない場でご面談頂くのが宜しいかと思います。
こちらの朝食が終わった後で宜しければ、直ぐにでもセッティングをさせて戴きたいと思います」
と、私に代わって話を綺麗にまとめて報告してくれた。
「スチュワート、私もモリスさんの肩を持つわけではないけれど、同じような認識かしら。エルフ族の婚約者側の申し入れがどういった内容か判らないけれど、スチュワートが彼女らから直接話を聞いた方が良いと思うわ。
その上で、エスト達3人を国元へ連れて帰るべきと判断したなら、私からもここの領主に話をしてみるわ。それで良いかしら?」
「ステラ、確かに『百聞は一見に如かず』と言うな。今回は3人の婚約者も連れてきているので、私が面談しておかしな点が無ければ、婚約者達にも面談して貰おうと思っている。
モリス殿、この会食が済み次第、彼女らとの面談をセッティングを頼めるだろうか」
「承知しました」
ふむふむ。
婚約者がエスト達を迎え入れたい都合ってのがあるんだろうね。もう、彼女らが来てから2年近い歳月が経つもんね。エルフ族の結婚適齢期とか文化とか判らないけれど、待ってる側は心配になっちゃうよね。彼女らがそんな話をしなかったもんだから放置してたよ。
「スチュワート様、もしよろしければ、サンマール王国の件について差し支えない範囲で伺っても宜しいでしょうか。私が判る範囲であれば、領主様に伝える前にこの場で対応できる内容もあるかと考えますが……」
と、モリスが次の話題へと誘導する。
流石は優秀な領主補佐だ。
「うむ……。
確かにエスト達の扱いに関しては当方の勘違いの可能性がある。
だが、サンマール王国の件は私の直属の隠密部隊を指揮して情報を入手し、裏をとってある件であるからして……。
かいつまんで言うと、ヒカリ・ハミルトン卿が、ストレイア帝国と何らかの取引を行い、その結果として、この先100年に渡って、サンマール王国からエルフ族の元へ毎年金貨5000枚を支払う約束になっているそうだ。
その何らかの取引内容が書かれた原本を確認することは出来ていないが、ストレイア帝国とサンマール王国の両者の署名入りで、支払い内容を約束する羊皮紙が届いている。そして、契約書だけでなく実際に1回目の金貨5000枚が既にエルフ族の元に届いている。
この件について、何が起きているかを調査したのだが、取引の元となったストレイア帝国に保管されている原本に近づくことはできず、内容も不明なままだ。
エルフ族としては得体のしれない金貨を受け取り続けるわけにもいかず、今回の訪問と面談の申し入れになった次第である。
領内の収支を扱っているモリス殿であれば、この辺りの金銭の流れを把握されているだろうか?」
あ~。
この件は上皇様が片付けたからね~。
私が良くわからなかったのも仕方ないよ。ステラは記憶にあるけど、こんな形になってるとは思わないだろうし。
確かに、上皇様の裁定のときに、『子孫に分けてお支払いください』とは、言ったけど、ニーニャとステラの末裔ってことになってるとはねぇ……。それも、5000枚×100回払いとか……。
100年分割払いで利息を考えたら2種族分になるかも?
そもそも、種族の尊厳を侵害されたのはステラとニーニャだからねぇ……。
さらに言えば、上皇様とユッカちゃんの面会が重大イベントで、その後は結婚の儀とか出産準備へと大わらわだったから、賠償の実効性がない契約書のことなんか、モリスに報告していなかったよ。
さて、どうしたもんだか……。
「ステラ様、本件なにかご存じでしょうか。領主様のストレイア帝国訪問時の活動に関しましては、私は同行できませんでしたので、詳細を把握出来てない内容もございましで……」
「そ、そうね……。
あの人には不思議なことが起こるから……。ちょっと判断が難しいわね……」
ステラが話題から逃げた!
わたしのせいにするの?
ち、違うからね!
でも、黙っておくしかないか……。
まして、ストレイア帝国の上皇様のせいにするわけにもいかないし……。
と、ここで、応接室の扉が半分開いてシオンとリサが顔をだす。
ああ、いけない!
子供たちに朝の挨拶をするのを忘れてたよ。
リチャードは一昨日から泊りがけで別行動って言われてたのに……。
ゴードンやマリア様付のメイドさん達には頼んであるから、まぁ、いっか。
「お母さん、リサお姉ちゃんと遊んでくるね」
と、ただそれだけ。
会話が微妙なところで止まっている状態だったので、スチュワートさんがシオンに声を掛ける。
「シオンくん、おはようございます。昨日は助けてくれてありがとう」
「昨日は大した支援もできず、申し訳ございませんでした。今後とも種族を超えてのお付き合い、どうぞよろしくお願いいたします」
と、どう考えても1歳児とは思えない礼儀を弁えた発言が飛び出す。
だ、誰だ!誰が教えたの?
私よりも貴族らしいんじゃないの?
「シオンくん、今後ともよろしくね。
そうだ。
昨日のお礼をしたいから、シオンくん、ちょっとこっちに来てもらってもいいかな」
「はい……」
「シオンくんは私の命の恩人だから、友達の印を貰ってほしいんだ。ただ、誰にも見えないから、気持ちだけのものなんだけどね」
【友達のしるし】【目に見えない】【種族の族長が与えられる】
それって、まさか、加護の印のこと……?
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第一章終了まで、連日の22時投稿を予定しています。
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