0-04.シオンの準備(2)
「呼んだ?」
俺の耳の傍でハッキリと女性の声が聞こえた。
<<助けて欲しい>>
と、その声に無意識に答えた。俺の声が出ていたかは分からない。
「判った。このままだと話が出来ないから、私の部屋へ移動するよ」
と、返事が来た。
ーーーー
俺は『私の部屋』と言われる場所へ女性によって移された。そこは壁も天井も無く、白い床と簡素な机と二脚の椅子があるだけだった。少なくともトラックに引きずられている状態からは解放されて一安心だ。
だが、普通に考えて、これは死後の世界への道案内なんだろうな。臨死体験とでも言おうか。
「ここは私の部屋。貴方の『助かりたい』という願いの全てを受けられないけど、何か質問あるかな?」
と、天使だか、女神様だかが言う。
取り敢えず、助けて頂いた事への礼は述べるべきだ。あとは、この先の自分の行先を教えてもらうことぐらいか……?
「女神様、助けて頂きありがとうございます。ところで、私はこの後どちらへ連れて行かれるのですか?」
「うん~。女神、女神、女神……。
そっか。この世界だと女神っていうのか。
その設定で話を続けようね」
なにか、この女神様が独り言を呟いている。助けてくれた命の恩人なので、悪くいうつもりは無い。女神で疑問があるなら、天使様とでも呼べば良かったのだろうか……。それとも、まさか死神か?まぁ、ご本人に支障が無い様だから話は続けさせて貰えそうだが……。
「それで、元には戻れないけど、どうする?」
と、女神様。
トラックに引きずられている自分を女神様の部屋に連れてきた。そこで話をすることにしたのは女神様の方であって、俺には選択権は無い。もしあるなら、元に戻りたいが、その回答は先に封じられた。
だったら、俺には他の選択肢が思いつかない。問いに問いを返すのは失礼かもしれないが、答えが無いどころか、選択する物すらない。
「どういうことでしょうか?」
「貴方が『助けて』という呼びかけに私は答えたの。
ここまではいいかしら?」
「はい」
「あのまま、あそこで話を続けていると、貴方の体は擦れて無くなってしまうので、貴方と話をする時間を作るために、私の部屋に呼びました。
これもいいですね?」
「はい」
「私は貴方に2つの選択肢を与えられます。
1つは、先ほど出会った直後の状態に戻すの。この場合、私が貴方の『助けて』との呼びかけに対して、私がキャンセルを受け入れる形になるわ。
もう一つの方法は、私が貴方の魂を別の世界へ案内する形で、貴方の魂の呼びかけに答えることができるの」
「私が助かるのは、異世界ということですか?」
「そういうことね」
ああ、まさかな。
子供たちがアニメやライトノベルで楽しんでいる世界が現実になるとは……。
馬鹿にしてる訳ではない。自分の世界と異なる世界があってもいいと思うし、死後の世界に対して、魂という考え方があるのであれば、俺の魂だけを何処かへ運ぶことが出来るのかもしれない。 輪廻転生とチョッと違う感じなのかな。
まぁ、それはそれとして……。
「あの、女神様すみません。私がお願いをキャンセルして元の体に戻った場合、どうなるのでしょうか?」
「魂と肉体の分離作業はおいておくとして、分離した後の貴方の魂がどうなるかは貴方の世界の神様が決めること。私には判らないわ」
「わかりました。それでは、女神様の案内で異世界へ移動したらどうなるのですか?」
「貴方の魂を別の世界の人型の器に移し替えることになるわ。このような魂の取引は、貴方の世界の主神と私の管轄する世界で交換できる契約になっているの」
「あ、あの~。魂を移し替えるのですか?」
「貴方の体ごと案内したら、器が壊れてしまっているので、魂もすぐに消滅してしまうでしょう?
質問は終わったかしら?」
本当の死か、魂を残して別世界で新しい人生を送るかの選択という訳か……。
「あ、あの、もう少しお話を伺ってよろしいですか?」
「ある程度の時間はあるわ。何かしら?」
と、女神様。
神様なんていうのは星を作る位なんだろうから、一晩ぐらいどうってことないのかもしれない。神様にとっては一瞬でも俺にとっては新しい生活の心配をしなくちゃならない。死んだ方がマシな人生なんて選択したくない。俺が選択するには情報と考える時間が必要だ。
俺は女神様を相手に情報を集めることにした。
「俺は、転生したら楽しく、幸せな生活が送れますか?」
「私は貴方じゃないから、判らないわ」
「では、俺は転生したら、大変で、苦労しながら人生を全うするのでしょうか」
「私は預言者でもなく、運命を司る能力も無いから、判らないわ」
この神様は『自分の道は自分で拓け』そういいたいのか?生まれ変わった俺に何ができるんだ?家業を継ぐ人生なら今と変わらない。ネット環境があれば、今回契約してきた工場のような取引先をもう一度開拓してチャレンジするのもありか……。
いや、待てよ?
家業を継ぐことなく、自分で好きな職業を選べるなら、自分で自分の人生を選べるだろう?ここは最低限、この女神様に確認して良いんじゃないか?
「あの、すみません。私が転生する先では、そこの家業を必ず継がないといけないのでしょうか?」
「うん?ちょっと質問の意味が判らないので答えられませんね」
「あ、ええとですね。私は乾物屋の長男として生まれました。代々続く家業を継ぐことが生まれながらに定められていたのです。転生後もその様な家系に生まれるのでしょうか?」
「ああ、貴方が生まれる先のご家庭の都合を貴方が受け入れる必要があるかという質問ですね。
貴方は生まれ変わるので、そのような心配はありません。ですが、あなた以外の人の事情によって、貴方が選択できる幅が狭まることは起こり得ます」
「それは、つまり、生まれ変わった先の家庭によって、俺が選べる人生も限られていることになりますね?」
「そう考えて頂いて良いです」
この女神様は魂を助けられる能力があるけれど、運命を導いたり、人の人生を変えるような力は無いってことだな。俺としては助けて貰えるチャンスがあるだけ有難い限りだけれども、本当に助かったと言えるかどうかは転生後の自身の選択次第ってことだな……。
とすると、この女神様は俺を助けて何をしたかったんだ?
「すみません。ちょっと私の転生後の質問から離れてしまうのですが、女神様は何故私を助けてくれようとしているのですか?」
「簡単に言えば、私が楽をしたかったからなの。魂を作るには、とても多くの時間と力を必要とするの。神様同士の話し合いで、救える魂を見つけたら、本人の了承を得て、自分の世界へ移しても良いの。その世界の神様が全ての魂を常に監視して管理できている訳ではないわ」
「神様も大変ですね。何故、私を助ける候補に選んだのですか?」
「『助けて』は、助かりたい、生き続けたい人が発する信号の目印だわ。その上で、その人の生命が終えようとしているときであれば、交渉も成立し易いからかしら」
そうか。確かにな。 死に瀕していて、そこで助かりたいのだから自殺じゃないだろう。トラックに引きずられて助かる見込みのない自分が何故『助けて』と発したんだろうな。
これが即死だったり、意識不明のまま肉体が滅びているなら、こんな交渉の余地もなく、消滅寸前の魂をこの世界の神様から横取りするってことになるな。ある意味、この女神様たちは死神に近い存在なのかもな……。
「女神様、貴方が私を案内しようとしている世界や生まれ変わる場所の候補は既に決まっているのでしょうか?それとも、新しい魂の器としての命が誕生するタイミングであれば、自由に選択できるのでしょうか?」
「ある程度は私が選んでいるわ。折角魂のマッチングをとるのだから、直ぐに死なれたら困るでしょう?」
「私の要望も取り入れて頂けるのでしょうか?」
「無理でなければ構いません」
な、なんだ?転生先を選べるのか
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