1-28.帰宅
リサ姉ちゃんを鍛冶屋に迎えに行ってから帰ることになった。お姉ちゃんの剣と靴がもう少し時間が掛かるってことで、お母さんは3人分の昼食を買ってきてくれた。
3人で仲良く食べたのだけど、お母さんはなんだかソワソワしている。難破船から戻ってくるときに、お姉ちゃんが心配だったのは判る。だけど、もう3人で合流したのだから、お姉ちゃんの装備の仕上がりをゆっくり待つだけなのに……。
リサお姉ちゃんの剣と靴が出来上がったのは夕方になってからだった。お母さんは「馬車を置いて、乗合馬車で帰る」とか言い出す。それだけじゃなくて、3人分のフード付きのローブとか買ってきて、僕らにも着るように言う。
なんか、どこかの犯罪者みたいな恰好になってる。剣と靴が手に入って喜んでいたお姉ちゃんの機嫌が明らかに不機嫌になった。お母さんが責任取ってよね?
一応、「なんで?」ってお母さんにきいてみたんだけど、「今日は疲れたし、暗くなって危ない。寒くなって、二人に風邪を惹かせるのが嫌だからローブも羽織っておいて」って、それなりにまともな返事が返ってくる。
う~ん。
お母さんがまともなときは、何かあるんじゃないかな……。
メルマの街を出て門番さんの所を通り過ぎるときに、さっき難破船の所にいたエルフ族のスチュワートさんの姿を見かけたよ。何やら話をしてるみたいだけど、街に助けを求めに来れて良かった。お母さんが失礼なお別れの仕方をしてたけど、ちょっと安心したよ。
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「モリス様、ただいま~」
「ただいま~」
「ただいま~」
と、お母さんに続いて、リサお姉ちゃんと僕の3人が執事長のモリス様に帰宅の挨拶をする。何せ、メイドのお母さんのご主人様ってことになるからね。挨拶はちゃんとしなくちゃね。
「ヒカリさん、リサさん、シオンくん、お帰りなさい。買い物は楽しかったですか?」
「あのね!剣と靴を買ったの!」
「僕は昆布工場を見学したよ。あと、エルフ族の人にも会ったの」
「そうですか。お母さんと一緒に楽しめた様でよかったです。
ヒカリさんは、如何でしたか?ところで、うちの馬車と、そのローブはどうされましたか?」
「身バレしないように、逃げてきました」
「ヒカリさん?乾物の買い物に行ったはずですよね。何をされたんです?」
なんか、モリスさんがちょっと怒って問い詰めているっぽい。
おかあさんが、疲れたとか言って、領主様の馬車を置いてくるなんて、勝手なことをするからだよ。
「あ、あ、あの……。夕食のときでも良い?」
「ヒカリさん、ですから、昨日あれほど皆様が止めましたよね?」
お母さんは、どうして、こう、会話が滅茶苦茶なんだろう。ちゃんと素直に謝ればモリスさんも許してくれると思う。
「モリス様、今日ね、僕が海で難破船を見つけて、お母さんがその船を助けるために急いでたら、転んでびしょびしょになっちゃったんだ。
だから、馬車の運転も疲れちゃったし、帰りの乗合馬車で僕らが風邪を惹かないようにって、ローブも買ってくれたんだよ」
「シオンくん、丁寧に教えてくれてありがとう。それで、その難破船にエルフ族の人達が乗っていたのですか?」
「そうだよ。だけど、鍛冶屋にリサお姉ちゃんが待ってるから、直ぐにお別れしちゃったけどね」
「シオンくん、そのときお母さんは、何かおかしなことをしませんでしたか?」
「ううん。おかあさんの知り合いの海人さんが、近くに居たみたいで助けてくれたの。お母さんは見てただけ。スチュワート様に挨拶をして、直ぐに分かれたよ」
「シオンくん、スチュワート様って誰ですか?海人族の方でしょうか」
「あ、えとね!助けたエルフ族の人だよ。スチュワート・アルシウス様って言ってた。伝説のステラ様と同じ苗字だね。エルフ族ではよくある名前なの?」
「そうでしたか。
伝説のステラ様と同じ姓を持っているとしたら、位の高い方かも知れません。良いことをしましたね。きっとエルフ族の方達も喜んでいることでしょう。
ヒカリさん、そういうことでしたら仕方ありません。ステラ様には後で知り合いかどうか確認しておきましょう」
「は、はい!モリス様、お願いします」
モリスさんは、僕の説明でちゃんと分かってくれた。お母さんは大人なんだから、逃げたり隠したりせずに、ちゃんと説明すれば良かったのに。なんだか、ますます、お母さんの評価が下がるよ……。
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その日の夕食会は久しぶりに大人数だった。
ステラ様、ユッカお姉ちゃん、モリスさん、お母さん、ニーニャ様、リサお姉ちゃんと僕。全員で7人だよ。
今日はお父さんはお出掛けだから一緒じゃないけど、みんなで夕ご飯を食べるのは楽しいね。
「ヒカリさん、皆様にご報告があるのですよね。伺っても宜しいでしょうか」
「はい……」
「私が言う」
と、口ごもるお母さんの次の言葉を待たずに、リサお姉ちゃんがこの場の主導権を握ったよ。
「あのね。お母さんは私に剣と靴を買っくれたの。
でもね?
お母さんは頭を下げて困るドワーフさんに無理を言って、私の剣を作らせたの。それだけでなく、私の靴も作らせたの」
皆がシーンとしてる。
お母さんが自分勝手にドワーフさんの苦労も顧みずに仕事を押し付けたんだもんね。そりゃ、みんな引くよ。
誰からも発言がないので、ドワーフ族のニーニャ様がその場を引き継ぐみたい。
「リサちゃんは自分の剣を手に入れられて良かったですね。オリハルコンより、ミスリルの方が加工し易いから、身長や筋力に合わせて、打ち直しをすればいいです。
ミスリルは金属の割に軽いし、丈夫だし、魔力も通しやすい。初物としては良い素材を選ばれたと思います。お母さんにお礼は言いましたか?」
「い、言ってない……」
ニーニャ様はドワーフ族だから剣と装備に関する知識が凄いね。その人の成長に合わせて武器を変えていくことまでを考えているんだもん。
一方、リサおねえちゃんは、お母さんの悪事を皆の前で言いつけたつもりなのに、そのお母さんにお礼を言ってないことを窘められて、ちょっと不満気だ。
「リサちゃんは買って貰った剣と靴に不満がありますか?なにかオカシナところがあるなら、私がメンテナンスします」
「な、ないです……。とても素晴らしいものを私の身長と体の形に合わせて作ってくれた……」
「それなら、お母さんにもお礼をされては?」
「いや」
「リサちゃん?」
「嫌な物はいや!」
なんか、リサ姉ちゃんが嫌がって首を横に激しく降り始め所で、お母さんが割って入る。
「ニーニャ様、私が悪いのです。普段何もしてあげられないから……」
「ふむ~。それじゃ、仕方ないんだぞ」
と、ニーニャ様はリサおねえちゃんには丁寧な口調なのに、メイドであるお母さんにはぞんざいな話し方をするんだよね。判りやすくて良いな。
よし、この場の雰囲気を良くするために、僕が別の話題を振ろう!
「みんな、あのね。
僕はね。
お母さんと一緒にね。昆布工場に行ったの。
そしたらね、難破船があって、みんなで助けたの。
お母さんも一緒だったんだよ」
「シオンくん、その助けた船にエルフ族の人が乗っていたって聞いたのだけど、本当かしら?」
と、僕の話題転換にちゃんと乗ってくれるステラ様。この人は美人なだけじゃなくて、皆の雰囲気を読むのも上手いし、大魔法使いだし、とっても素敵だ。
「うん。スチュワート・アルシウス様って言ってた。ステラ様が知ってる人?」
「ええ。とても良く知っている人よ。それで、シオンくんとヒカリさんはその後どうしたのかしら?」
「お母さんには、船の引き上げと乗員の無事が確認できると、リサおねえちゃんが待ってることを伝えて、適当な挨拶をして街に戻ってきちゃったよ。
ドワーフさんの工房に戻った後は、疲れたからって、馬車まで置いて帰ってきちゃったの」
「そう……。
シオンくんはリサお姉ちゃんのことが好きだもんね。一人で残して来たら心配になるから、直ぐに戻らないとね。
じゃ、人助けも出来たし、良かったじゃない。エルフ族の一人としてお礼を言わせて頂くわ。ありがとうね」
このあと、みんなで夕食を皆で楽しく食べながら、リサお姉ちゃんが作って貰った剣と靴の話とか、難破船をみつけて、助けを呼びに行くとき僕もお母さんも転んでびしょ濡れになった話をして楽しんだ。
あれ?お母さんの悪事は、他のみんなはどうでもいいの?
魔石を勝手に売っちゃったこととか、ミスリル銀の塊を勝手に持ち出しちゃったこととか、スチュワート様にちゃんと挨拶をしなかったのとか……。
いくら、貴族に仕えているメイドだって、悪いことをしたらちゃんと叱られるべきなのに……。
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シオン視点は一旦終了です
いつもお読みいただきありがとうございます。
第一章終了まで、連日の22時投稿を予定しています。
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