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1-26.海岸の工房(1)

 お母さんは、ドワーフの人とリサお姉ちゃんに挨拶をして店を出ると、今度は市場みたいなところへ向かった。


 人混みで商店に並ぶものがよく見えないことを考えてか、お母さんは僕を肩車して、道の両側に立ち並ぶ店を僕に見せながら話しかける。「あれはハーブ類、あれは野菜、あれは魚の干物、そっちは干し肉で、あそこのは羽が毟られた鳥」とか、一つずつ説明してくれる。


「シオン、そろそろ乾物を扱うお店が並ぶ路地だよ」


 といって、移動しながらの見える物の説明とは別に、今度は僕に注意を促して、じっくりと店の商品を眺める時間をとる準備であることを事前に知らせた。

それぞれの店で扱っている物と特徴を知りたいのもあって、僕はコクリと頷いた。


 昨日、台所で出汁を取ったような煮干し、エビの小さいのを干したもの、ワカメ、大きな魚を塊で干したものもある。その他にも貝やイカが干したものもある。


「シオン、何か気になる物はあった?」


 と、お母さんが乾物屋の路地を一周してから僕に尋ねた。僕としては、他の乾物屋を見たことが有る訳もないのに、何故か乾物としての品質が良い状態に見えなかった。

 ただ単に買い上げたものを並べていて、それを道行く人が値切り交渉をしながら購入しているだけ。ゴードンさんが管理している食糧倉庫に入っていたような品質の物は見当たらなかった。


「ゴードンさんの食糧庫の方が良い」

「そう……」


 お母さんは何故か悲しそうに返事をする。

 でも、質が悪いのはお母さんのせいでも、このお店の人のせいでもなくて、作り方そのものが問題なんだから仕方ないと思う。店が違っていても並んでいる品物の質は似たり寄ったりなんだから。


「おかあさん、作っているところまで見に行ったら?」

「シオン?判るの?」


 お母さんが僕の反応に少し驚いている様子。

 そっか、お母さんはひょっとしたら、この乾物をどこかで加工してるってことを知らないのかもしれない。そうだとしたら、僕の言ったことに驚いているのも仕方ないかな。


「おかあさん、ここは海に近くて港もあるから、きっと近くに海産物の加工場もあると思うよ。行ってみようよ」

「そう。そしたら、リサの武器が完成するまで、もうちょっと散歩してみようか」


ーーーー


 お母さんは、僕を肩車したまま市場を抜けて、さらに馬車を預けたまま街の門を抜けて、海岸を歩き始めた。

 人は歩いてなくて、家もほとんどない。海岸はゴツゴツした岩場だったり、砂利だったりで、遠浅な砂浜になっていないので、海水浴を楽しむような雰囲気じゃないね。


 こういうところだと、昆布とかの生育に良いと思うけど、あとは水温や海流次第で海藻の種類が変わるのかな。素材さえ良ければ、あとは日々の管理方法さえしっかりすることで、ちゃんとした昆布が出来ると思う。


「シオン、ここは昆布を作っているところだよ。まだ市場には並んでないけど」


 一軒の大き目な平屋にたどり着くと、お母さんが小屋の主人に挨拶をして、昆布を干したり、平らにして保管したりしてる様子を見せてくれた。


 しっかりと日本の技術に遜色ないレベルで昆布を丁寧に乾燥させて保管している。乾燥から保管までに工程に問題はなさそうだから、十分良いはずだけど。


 そっか、お母さんは昆布が一種類しかないと勘違いしてるのかもしれない。昆布にもいろいろな産地ごとの特徴があって、料理によって使い分けする必要があるんだけどさ。


 一通り見学が終わったら、お母さんが僕に話しかける。


「シオン、ここの昆布はどう思う?」

「肉厚で丁寧に加工されていてとても良い状態だと思う。

 だけど、お母さんがいろいろな使い方を試したいなら、昆布の産地も変える必要があって、それには違う加工場も見に行った方が良いと思う。ここには一種類の昆布しか置いてないから」


「そっか。シオンありがとうね。今日はこの一種類しかないから、これを買って帰ろう。今度また来ようね」


 そういうとお母さんは、僕を肩車から降ろして、リュックもおろす。開いたリュックから革袋を取り出すと、その中から金貨10枚を取り出して昆布工房の主人に手渡した。

 金貨10枚が安いのか高いのか良くわからないけど、おねえちゃんの武器に比べれば随分安いのかな。


 加工場の主人は代金を受け取ると、店の奥から、長さが2mぐらいで、両手に抱えきれないぐらいの、いくつもの束の昆布を持ってきた。


 お母さん、昆布の束は長さが2mもあって、リュックに入るわけがないよ。馬車までどうやって持ち帰るつもりなんだろう?両手に抱えきれない量なんか、手にぶら下げて持って帰ることもできないよ。


 お母さんは、考えが足りないよ。

 きっと、「あ、やっぱり入らないね」とか、言うんだろう……。


 そんなことは無かった。

 お母さんが両手のひらで一掴み分くらいの小さな束に小分けにして、2mの昆布をリュックに入れ始めると、昆布の束の全長がするすると入っていく。


 リュックの中でぐしゃぐしゃになってるのかもしれない。それはそれで、リュックも昆布も台無しになるから、「運べなくて困る」以上に困った結果になる。

 杜撰でガサツで困ったお母さんだなと思う……。


 そんな僕の心配をよそ目に、おかあさんは小さな束を次から次へとリュックへ押し込んでいく。


 あーあーあー。

 もう、昆布が粉々だよ。

 でも、一生懸命なお母さんをとがめても仕方ないし、「粉で出汁をとればいい」とか思ってるんだと思う。

 粉々の昆布を使うと、昆布の中身の部分は溶けてふやけて、デロデロになるから、出汁が濁る原因になるんだけどね。


 いろいろと残念な気持ちでお母さんの作業を見ていると、両手一抱えに余る位あった昆布が全部リュックに入り切った。


「な、なんで?」


 余りの驚きに呟きが自然と漏れた。


「あ、シオンは知らないよね。

 ステラ……じゃなくて、ステラ・アルシウス様が作ってくれたの。便利なカバンでしょ?

 さ、次は鰹節の加工場に行ってみようか」


 いや、ちょっと待って。

 おかしいよ。普通じゃないよ。

 だって、さっき市場を見学してたときも、みんな大きな荷物を抱えていたり、背負っていたり、台車みたいなものに載せて運んでいたもん。ということは、お母さんは普通のカバンじゃないカバンを持ってることになる。

 きっと、「貴重なカバンを貸してもらっている」ってことなんだろうね。ステラ様がそんな不思議なカバンを持っているなら納得だよ。

 

 それはそれとして、メルマの街から随分離れたところまで来てる。ここから次の加工場を見学に行くのはちょっと時間的に大丈夫なのかな。お母さんだって、荷物を背負って、僕を担ぎながらだったら大変だろうし、お昼ご飯もあるだろうし……。


「おかあさん、次の加工場は遠いの?遠いなら、また今度にしようよ」

「うん。近いから大丈夫。それとも、シオンはお腹空いちゃった?」


「僕は大丈夫。お母さんが疲れないかと思って」

「そっか。シオンは優しい子だね。お母さんは大丈夫だよ。ここからちょっと先にあるから行ってみようか」


 確かに、数百メートルぐらい先に別の一軒家みたいのが見える。あそこかな?あそこだったらそんなに遠くないかも。

 でも、なんで近くに建てないんだろう?ご近所同士で助け合いができると思うんだけどね。わざわざ街から小屋に通って工場を運営してるのかな?だったら、別々でもいいんだけどさ。


 そんなことを考えながらお母さんの肩の上から周りの景色を眺めていると、海岸からそう遠くないところに船が見えた。

 こんな岩場のところに、20人ぐらい乗れそうな大きさの帆船が止まっている。数人乗りのボートや漁船ならともかく、あんな大きな船がこんな岩場に入ってきちゃったら、難破するよ。


 って、ものの見事に傾いて止まってる。正常に停泊してる雰囲気じゃないね。お母さんは気付いてないみたい。お母さんでは何もできないんだろうけど、大人なんだから、助けを呼ぶくらいは出来ると思う。一応、お母さんに声を掛けて見ようかな。


「おかあさん、あれ……」

「え?シオン、なになに?」


 お母さんは肩車している僕に返事をしながら首だけ捻って、視線を僕の方向に向ける。そして、僕が海岸の先を指さしているのに気が付いて、そっちに体ごと目を向ける。


「シオン、船が難破してるよ!」


 うん。

 お母さんは隣の加工場にまっしぐらだったもんね。僕を肩車してるから、自由に首を旋回させて周囲を見渡すようなこともできないし。別に、これはお母さんが気が付かなくても仕方ないよ。


 でも、これからどうしよう?



いつもお読みいただきありがとうございます。

週末1回、金曜日の22時を予定しています。

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