1-25.ドワーフの工房(2)
お留守番のリサ視点になります
「お嬢ちゃん、どうして泣いてるんだい?
お母さんが居なくて寂しくなっちゃったかい?」
「違うの。良いの。判ってるから、大丈夫」
鍛冶屋のおじさんが泣いてる私に優しく声を掛けてくれる。
でも、私は知ってる。
私はこの人か、その知り合いに売られてしまったということを。
ーーーー
昨日、私はスープを残した。
だって、いつもと違って、何か魚臭かったんだもん。
その後、ユッカさんと一緒に剣術の訓練をしていたところに、お母さんとシオンがやってきて、「3人で買い物に行こう!」って言い出した。
どう考えてもオカシイ。
メイドをしているお母さんが朝ご飯で驚くことが有ったからといって、突然、勝手に暇を貰って、買い物なんかに行ける訳が無いでしょう?
もし、シオンの言う通りに特殊な食材を買いに行くことが目的なら、料理長のゴードンさん自身が選ぶ必要があるし、普段の食材で良いなら領主の館に出入りをしている専門の商人さんが調達してくれている。
だから、お母さんが買い物に行く理由は無い。
やっぱり、私がスープを残したことが、売られる子供に選ばれた理由だ。
シオンは男の子だし、今は剣術が得意でなくても、いずれ私は追い抜かれると思う。
お父さんがあれだけの実力を持っているのだから、シオンもきっと立派な護衛とか騎士団員に成れると思う。
女性の騎士団員なんか、貴族の婦女子が王族の世話をする名誉職みたいなもの。実際に戦地へ出向くことなんてない、お遊びだもの。
そして、私は生前のような治療魔術が今は使えない。
だって、まだ指先も器用じゃないしから複雑な印を結ぶことも覚束ないし、言葉もたどたどしいから複雑な妖精召喚の魔術も使えない。
だから、私が双子の片方として、頭数減らしの為に売られるんだ。
スープを残してお母さんを怒らせてしまったのがトドメだったのかな……。
私は、せめてもの抵抗として、「剣術の勝負」をユッカさんの立ち合いでしてもらうことにした。
私はこれまでユッカさんの指導のお陰なのか、この生まれ変わった体なのか、それともお父さんの血を引いているのか判らないけれど、身体能力が普通の大人以上に優れていることが判った。
お母さんは多分気が付いていないはず。
大人だって油断していれば、今の私に勝てないはず。
私が勝って、一緒に買い物へ行かなければ、今回は売られずに済むかも知れない。もし、奴隷商人を連れてこられて、直接売られちゃうけど、それはそのときだ。
ところが……。
油断して、隙だらけのお母さんに一撃を入れる前に転んでしまった……。
靴が滑ったのか、何か地面が滑りやすかったのか判らない。
ユッカお姉ちゃんとの稽古どおりに構えて、足の運びと上体のバランスを意識して踏み込んだ。
2-3歩駆けると、突然右足がフワッと浮いて、上手く着地出来ず、そのまま転んじゃった……。
靴がしっかりと踏ん張ってくれていたら……。
ユッカさんが「大人げない」とか呟いていた。
滑ったのは私のせいなんだけどさ?
もし、お母さんが私の靴に滑る仕掛けをしていたなら、それは大人げないと思うけれど、靴に異常は無かった。
地面も濡れてたり、ぬかるんでいる様子も無かったし。
もし、お母さんが風の魔法で私の足元を掬ったっていうなら凄いよ。
大人げないとか、そういう問題じゃないよ。
子供の足をそっと、風も吹かせずに絡めとることが出来るんだったら、試合で立ち合ったら、お母さんには誰も勝てないってことになる。
そう、そんなわけない。
そんな魔法が使えるなら、領主様のメイドなんかしないで、子供を売りに行こうなんて考えなくても生活できるだけの地位に就けてるはずだもん。
今日になって、お母さんとシオンと私の3人で家を出発した。
お母さんは、お金が無い。
門番に通行料を支払えなかったもん。
お母さんはお金を手に入れた。
だって、冒険者ギルドのような場所で、受付嬢からお金が入ったと思われる革袋を受け取っていた。
メイドが金貨なんか持っていると怪しまれると思うから、きっと大量の銀貨だったに違いない。
これは、私を売った代金だ。
これで、シオンと買い物に行けるはずだね。
お母さん、良かったね。
そして、今……。
私は悔しくて、悲しくて涙がでる。
お母さんが居なくて寂しいわけじゃない。
お母さんに勝てなかった。
お母さんに私の実力を見せるチャンスが無かった。
シオンは料理長のゴードンにも認められるぐらいの才能があって、それをお母さんに認められたんだ……。
もしも、もしも私が成長して、ユッカさんのような冒険者に成ることが出来たとしたら、冒険者として良いパートナーに成れたと思う。それぐらいにまで成長していれば、回復魔術を前世の記憶を頼りに使いこなせるだろうから、シオンを連れて行くかは別だけど。
そうしたら世界各地を周って、お宝を見つけてきてお母さんとお父さんに報いることが出来たと思う。
それか、世界各地を周って、本物のステラ・アルシウス様に出会って、弟子入りすれば、輪廻転生の神様に報いることが出来たと思う。
だって、本物のステラ様は、きっとどこか他の地に居るに違いのだから。さもなければ、メイドのお母さんに対して、「ヒカリさん」なんて、親友に呼び掛けるような言葉遣いをする訳が無いもの。
あとは、冒険が出来るぐらい強くなったら、聖女のシルビア様を探す旅に出かけることが出来たかもしれない。
でも……。
そんな夢は全部奪われてしまった……。
明日から私は奴隷として暮らすことになる……。
ーーーー
と、俯いて泣いていると、鍛冶屋のおじさんから、また声が掛かる。
「お嬢ちゃん、お菓子でも食べるかい?
何か食べたいものがあったら、家内に買ってきてもらうよ」
「いらない」
私はお菓子が欲しいわけでも無いのに。
だから、続けて言葉を繋ぐ。
「大丈夫。何をするの?」
「おお、そうか。大丈夫なら剣のサイズを決めちゃおう。
靴は後で良いから」
何故に剣なの?
ああ、そうか。
ひょっとして、奴隷剣士として育てるのかもしれない。
だったら、剣術を学ぶことは必要だもんね。
納得が出来たので素直に「ハイ」と、返事をする。
「うん。じゃぁ、大きさと重さを決めよう。
お母さんはミスリルって言っていたから、素材はミスリルだね。
ただ、お嬢ちゃんには重いかも知れないから、細身のレイピアとか小型のナイフのような物の方が使い勝手がいいかもしれないな」
「大丈夫。気にしないで」
剣闘士がナイフなんか使わない。
お父さんの様な両手剣の人が多いって聞く。
集団戦に突っ込む必要のあるような騎士だと、鎧や盾をもって、人へのダメージを軽くする前提で装備を整える。
剣闘士は装備より人の命が軽いから、生き残れる剣闘士の装備は最低限で、武器と技に磨きをかけることで自分の体を守る。それに、闘技場で戦うなら、遠くからの矢や投石に備えて、重たい兜を被る必要も無いしね。
剣闘士、王族の招待で呼ばれるお披露目剣舞、後は王国同士の一騎打ちでの大将戦。そんなときでしか両手剣を鍛えるチャンスってないけど、ま、いいよね。
「そ、そうか。
だったら、試しにミスリルよりはちょっと重いが、この鉄の剣を扱えるか振ってみてくれるかい?」
おじさんから手渡されたのは刃渡り70㎝ぐらいの片手剣だった。 私の背丈に合う両手剣が無いのかも。 でも、大人の男性の片手剣は、私の身長よりも長く、十分に長刀の両手剣になる。
ユッカさんとは普段木刀で練習しているけど、鉄の剣を構えたのは初めて。私は両手に持って、重さを確かめる。上段の構えで軽く2-3回振ってみる。うん。問題無く振れる。
今度は全身に身体強化の魔法を掛けてから、背負い被った状態から正面に向かっておもいっきり振る。すると、ブバって風を切る音とともに、巻き起こった風で床のホコリや砂が舞い上がる。
うわ、ちょっとびっくり。
お父さんやユッカちゃんが練習している場所はちゃんと剣術の稽古をするために、整備されている場所だったんだ。こういう家の中で剣とか振り回しちゃ危ないよね。
「じょ、嬢ちゃん……」
鍛冶屋のおじさんがびっくりする。
そりゃそうだよね。
いくら工房で多少は汚れているとは言え、部屋の中に粉が舞っている。
「ご、ごめんなさい!」
ひょっとして、お仕置きされる?
それとも、掃除?
「嬢ちゃん、すごいな……。 流石はヒカリ様の子だ……」
「ヒカリさま?」
「う、ううん。なんでもない。
いま、『ヒカリさん』って、言わなかったかい?
そ、それよりも、お嬢ちゃん凄いな。
その体で、その鉄の剣を軽々と振り回せるなんてさぁ……
早速ミスリルでそのサイズの両手剣を作らせよう
剣を弟子に仕込ませてる間に、靴の確認させて貰っても良いかい?」
今、『ヒカリさま』って、言った。
そして、話を逸らすように靴の話題にした。
なに?お母さんの裏の姿は奴隷商人の元締めだったりするの?
そうだとしたら、大事な剣闘士を育てるのに潤沢な資金を投入するのも当たり前かも?
そっか。
私には剣闘士としての価値があるのかもしれない。
だったら、剣も靴もきちんとしたものを揃えて貰って、奴隷商人であるお母さんを見返してやるんだから!
でも、輪廻転生の神様?
私をシルビア様の住む近所にある、貴族のメイドの家庭に生まれ変わらせてくれるっていう話は何処へ行ったの?
裏で奴隷商人をやっていて、表の顔は貧乏なメイドが貴族に仕えている風を装っているなんて……。
領主様だけでなく、輪廻転生の神様もだませるなんて、流石は奴隷商人なのね……。
リサの勘違いは続きます……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
週末1回、金曜日の22時を予定しています。
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