9-24.魔族との会見(1)
魔族の国の幹部との謁見が始まるよ!
ここは魔族の国の王都。
エルフ族の二人を先頭に何名かの魔族と、その世話係なのか人族の姿もちらほら見える。一団の姿は冒険者の装備や騎士服ではないことから戦闘を目的としないのだろう。かといって礼服の様相でもなく、ゆったりと普段着に近い服装であった。
その軽い気持ちを表してか、和気あいあいと会話をしながら歩いている様子が伺える。観光なのか種族交流会なのか、何であれ楽し気な雰囲気である。きっと、この先にある王宮で昼食会にでも招待されているのであろう。
と、その後方から騎乗した魔族が3騎王宮へと向かっていた。こちらは緊急の伝令部隊といった危機が迫った様子では無く、かといって通常の騎士服を纏った者達による定期巡回とも見えなかった。どこか長旅の様相を呈しており、衣服の乱れと旅の時間を想像させるに十分な汚れや皺が見受けられるグループであった。
どう考えても無関係と思われる2つの集団が王城へ続く道で静かに交わり、騎乗したグループが前の集団を追い抜くタイミングで先頭のエルフ族に声を掛けた。
「おや?そちらにいらっしゃるのはエルフ族のステラ・アルシウス様ではございませんか?」
と、エルフ族語で話しかける。
「あら?エルフ族のステラ・アルシウスより、カサマド・ディアブロ殿下にご挨拶申し上げます。先日は大変お世話になりました」
「ステラ様達はこれからどちらへ?」
「こちらで観光をさせて頂いていたのですが、今日は王宮を訪問させて頂くことになりまして、向かっている最中でございます」
「それはそれは!私共もこれから報告に参る最中でした。歩いてご一緒させて頂いても構いませんか?」
「ええ。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
それぞれのグループがどの様な理由で王宮へ向かうのか傍目には分からない。
だが、構成も様相も全くことなる2つの集団において、たまたま知り合いが居て、偶々行先が同じであるため同行することになった。
ただ、それだけのことである。
2つの集団が合わさり、王城の守衛が検問を行う扉の前に到着すると先着の別の数人の集団がいた。どうやら揉めている様である。
「ですが、我々も、もうかれこれ10日以上は申し込みから経過しております。それにも拘わらず、拝謁する予定日すら決まらないとは何事でしょうか?」
「我々門番に聞かれてもですね……。貴方たちが人族の王族であることは承知しております。ですから日程調整をし、優先順位の変更に手間取っているのではないかと想像する次第でして……」
「確かに、謁見の場を設けようとするのであれば時間も費用も掛かるでしょう。ですが、我々は観光と交流を目的として挨拶を申し上げたいだけの話です。こちらの身分証につきましても何度もご確認頂いているとおもいます。それでもままならないということでしょうか?」
前の数人のグループはどうやら人族の王族が魔族の王都を訪問し、良い機会として王族同士の挨拶を交わしたい様子。そして何故かその時間調整が上手く行っていないことが、通訳係と門番の会話から想像できる。
後から来た集団がその様子を見て、声を掛けることにした様である。
「魔族の通訳の方、どうされましたか?」
「はい。こちらの人族のとある王国の王族の方が挨拶の申し入れをされているのですが、何故か面会の予約がとれず、10日以上経過しておりまして……」
「予約日が2週間先になることはよくあることだが、10日間経っても予定が決まらないのは少しおかしいですな……。少々おまちください」
と、先ほど騎乗していたカサマド・ディアブロという男が集団に戻り、エルフ族の女性と話を始める。いくつか言葉を交わしてから二人で通訳と門番が居るところまで戻ってきた。
「その方達は私の客人扱いで同行させることで通して頂くことは可能だろうか?こちらが私の身分証である。
そしてこちらは、たまたま出会ったのであるが、エルフ族のステラ・アルシウス様御一行であり、同時に受付もお願いしたい」
「こ、こ、これはカサマド殿下!私ども門番に直接お声をお掛け頂き、誠に光栄でございます。殿下の客人としてでしたら私どもが申すことは何もございません。
ですが、警備のため、それぞれの種族とお名前と人数、そして可能であれば身分証を拝見しても宜しいでしょうか?」
「うむ。当然のことである。いつも通りに身分の確認と危険物の持ち込みが無いかなどの所持品のチェックを行うが良い」
と、小さなグループが3つ合わさり、総勢15名ほどの大き目の集団が受付を済ますことになった。他国の王族間の交流への配慮であれば、カサマド第三王子がされたことは特に不思議なことでは無いし、身分証の提示と所持品チェックも通常通りに行われているのであるから、門番としては止めようもない。
ここまでなんらおかしなことは無く、王都における王族の訪問者建ちの日常的な1コマである……。
ーーー
小集団の一行が王宮内の玄関を抜けた広間に通されると、そのまま左脇にある小部屋に案内された。係の者にカサマド殿下が用件を伝えると、その言付けを得て係の者が調整に向かった。ここれ本当の順番待ちとなった。
王宮内はエアコンディショニング機能が拡充している様で、熱帯雨林の屋外を歩いてきた人たちにとっては、汗が乾いて気持ち良い段階を通り越して、段々と肌寒くなってくる。
温かいお茶と膝掛けが欲しいと、申し出ようか迷う頃になって、先ほど出て行った係の者が数名をの騎士を連れて戻ってきた。
「カサマド殿下と査察官の3名はあちらの騎士と共に王の執務室へご案内させて頂きます。他の方達は国王と殿下の報告会が終わるまでの間、王宮内をご案内頂くとともに、軽食を召し上がってお待ち頂ければと思います。
宜しいでしょうか?」
案内の者の指示に異を唱える者はなく、大きく2つの編成に分かれて行動することになった。そもそも3集団が別々の目的で集まっていたのであるから、何ら不思議な事ではない……。
多くの人数が残った集団の様子を追跡することとしよう。
案内の騎士が一人と集団の前後の各所に一人ずつで合計4名の騎士団員に連れられての王宮内の観光である。
王宮内は全館空調が効いて閉め切られていたため、要所要所に灯りが灯されている。ランプの様な器から光が漏れているのが分かるが、中が魔石を元にした魔道具で構成されているのか、ガス配管などで燃料が補給されるタイプのランプなのか分からない。もし、このランプの総数を定期的に給油しようとしたならば、常にどこからしらで給油を行っている照明係の人を見かけてもおかしくないだろう。
暑さを遮り、日光を遮って得られた空間は確かに快適と考えられるが、そこに使われる魔石の量や燃料のことを考えると、なかなかの物資の消費と資金の流出が起きていると想像できるが、観光する側からすれば、それが王宮による威厳の見せ方として歓心を買うことができるのだあろう……。
肖像画であったり、有名な戦士の甲冑であったり、儀式で使われたであろう王冠や装具、装飾品、場合によっては衣服の展示もあった。それぞれに歴史があり、由緒ある品々であることを案内の騎士から説明を受けていた。これだけの資料を記憶しているのだから、この騎士も相当記憶容量と案内係としての訓練を多分に受けていることだろう。
ーーー
西側半分の大雑把な見どころを紹介して頂き、最初の控室に戻ってきた。ここで一度休憩を挟み、報告会のメンバーの様子次第で西側の案内をして頂くこととなった。
「こちらで、休憩をしながらお茶の時間とさせて頂きたいと思います。
皆様の方で何か飲んでみたい飲み物などございますでしょうか?」
普通であれば、王宮での観光案内を受けての話なのだから、王宮側が用意しいているものとか、魔族の国の特有のお茶などを賞味するであろう。
と、ここでエルフ族の女性から声が掛かった。
「こちらの王都の宿泊施設や遊戯施設で2週間以上滞在させて頂いております。王宮ならではの飲み物やお茶うけがございますか?」
案内係はニッコりとほほ笑んで、「分かりました」とばかりに、会釈をしてその場を後にすると全員分のお茶と軽食の準備に向かった。
10分もすると、案内係に連れられて、執事とメイドの7人のグループが部屋に入ってきた。貴賓室や応接間では無いのだけれど、椅子と壁際の狭い空間をなんとか通路の様に使って、種族が入り混じった12人の集団へお茶を注ぎつつ、小皿にお菓子を載せて配っていく。
執事とメイド達は王宮内で働いているだけであって、口数も少なく、お客様達との距離も適切に取りながら、所作も整っている。 全員へとお茶とお菓子の配膳が行われ、執事が案内係へ完了したことを告げると、案内係から皆へ「どうぞお召し上がりください」と声がかかった。ここまで誰も不平や不満がある様子は無かった……。
が、しかし……。
机に腰かけていた集団のうちの誰一人として、お茶にもお菓子にも手を付けようとしない。通訳係の魔族の人が2人もいるにも拘わらずである。仮に魔族特有の食文化があり、見慣れない物であっても、礼儀として口を付けて感想はいう物だろう……。
「あの……。すまないが、お茶を交換頂くか、試しに我々の前でこのお茶を飲んで頂けないだろうか?」
と、エルフ族の集団で通訳係を務めていた魔族の者から申し出があった。
この言い様は余りにと言えば、余りな言いぐさであろう。だが、全員が手を付けない以上は何等かのこの場の打開策が必要であったのかもしれないが……。
「その……。どういったことでしょうか?」
と、今朝から案内役を務めていた案内係が不思議に思って聞き返した。
「試しに、執事長とメイドの何人かにここにあるお茶とお菓子を食べて貰うと良いでしょう。見ての通り我々は指一本触れておりません。彼らから提供頂いた者ですので、問題ないとおもいます」
これは毒見を要求していることと同じである。それどころか何らかの方法で毒が盛られていることを確信しているからこそ、その様な物言いができたと考えられる。
こういったお茶への毒の混入経路は、水、茶葉、容器、お菓子、あるいはお茶とお菓子の複合で後から効果を発揮するものなど、香りが豊かなお茶だったり、甘みが強いお茶菓子であっては、なかなか毒の混入に気が付きにくい。そしてその作用も様々なだけでなく、遅効性の成分の場合もあるため、それを食べる前から指摘しているのは物議を醸しかねない物言いであった……。
案内役は執事長へお茶を飲むように促した。
執事長は一番手前の席にあったお茶を立ったままお茶と受け皿を受け取り、少し息を吹きかけて冷ましてから器の半分を一気に飲み込んだ。お茶のカップを左手に持つ受け皿へ戻すとき少し震えている気がしたのは気のせいかもしれないが……。
次に、立った姿勢のままお菓子の小皿を受け取り、それを爪楊枝のような物で刺して口に運ぶと咀嚼して飲み込んだ。
この後、先ほど残ったお茶をもう一度飲み、カップを受け皿へ戻したときには先ほどより目に見える形で確実に手が震えていることが確認できた。
「あの……。そこの通訳の方、これで宜しいでしょうか……?」
と、案内係が通訳へ毒見が終わったことを告げた。
「ええ。そこの後ろから3番目のメイドさん、貴方が提供した茶菓子の試飲と試食をして頂いても宜しいでしょうか?」
指名されたメイドは後ろの方で小さく震えていた。
だが、通訳から指名され、案内係から手を引かれ前の方へ連れて来られると目を伏せるだけでなく、顔も上げられずにガタガタと震えていた。
エルフ族の男性が提供された自分の前の置かれていたティーカップとお菓子が入ったお皿を持つと、壁際を丁寧に歩いて、ガタガタと俯いて震えるメイドの前にそれらを並べて、そして魔族語で、「どうぞ召し上げれ」と、声を掛けた。
指名されたメイドはエルフ族の男性を見上げ、そして周りでそれを止めてくれそうな執事や案内係の方を見たけれど、なんら反応は無く、仕方なくそのティーカップを震える手で持ち上げて、一気に飲み干した。そしてお茶菓子もボリボリ、ボロボロと食べ終えてからゴクリと飲み込んで見せた。
その場で待機させられていたメイド達は、二人が毒見をさせられている様子を見ていたが毅然とした態度で立って見守っていた。普通であれば、何事かと騒ぎ出したり、あるいは上司への報告に向かう所であるが、そういったパニック行動を起こさなかったことは訓練が行き届いているのか、あるいは毒など混入されていないとの自信の表れであったのか……。
執事長とメイドの二人の様子に急激な変化が現れなかったことに案内係も安心し、「二人分を追加で提供するように」と、控えているメイドから予備のお茶とお茶うけを提供するように指示をだした。
二人分のお茶を注ぎ直し、お茶うけのお菓子を提供しなおして、メイド達が元の位置に戻った頃に二人に変化が現れた。
毒見をした執事とメイドが立ったまま居眠りを始めてしまったのである。執事もメイドも毅然とした態度で立ち振る舞おうとしているのだが、目が虚ろになり、膝がカクカクとなり、上手く立っていられない様子。終いにはテーブルに手を突き、顔を伏せたままの姿勢で反応が無くなってしまった。
これは大事件である。
王宮での客人の前で居眠りをしてしまったとか、そういった問題では無い。この後面会が予定されている他種族の族長や王族に対して、睡眠薬を盛ったという証拠にならない……。
「あ……。皆さん静かに。
案内係さん、その扉を閉めて内鍵を掛けてください。
この部屋から誰も出ないでくださいね。
後ろに控えているメイドさん達、大人しく我々の指示に従って拘束されてください。抵抗を試みるのであれば、我々にも戦闘の用意があるので本気で掛かってきてください」
エルフ族側に付いていた通訳係の指示に対して、誰も反抗する様子も無く、寝てしまった執事とメイド含めた合計7人に対して、後ろ手の拘束、猿轡、目隠しを施して部屋の中に拘束が完了した。
このような鍵の掛かった狭い密室とあっては、いくら睡眠薬を飲まされそうになったことを回避できたとはいえ、ここから魔族へ反抗しようにも、脱出しようにも難しいだろう……。この見学をしていた一行には何か策があるのだろうか……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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