1-20.不思議なカバン(5)
「ふぅ、お待たせ。
色々考え事しながらだとオッパイの味が苦くなるっていうからね。
難しい事考えながらの授乳は避けた方がいいと思うんだよ」
と、授乳を終える私とアリア。
「ヒカリ様、それは本当ですか?」
「うん。良くわかんない。
けど、怒ってイライラしながらだと、母乳の味が変わって、子供が飲まなくなるって聞いたことがあるよ。本当かどうだか知らないけどね」
「そうでしたか……。気を付けます……」
「アリアでもイライラすることってあるの?」
「ええ、まぁ……」
「なになに?相談にのるよ?
アリアには色々してもらってるから、私で助けになるなら手伝うよ」
「いえ、その……」
歯切れが悪いね。
今日はニーニャも何だか問題を抱えているみたいだし……。
モリスに相談かな?
「私で役に立てないなら、モリスに相談しよっか?」
「ち、違うんです!良いんです!大丈夫です!」
このあからさまな否定は絶対に何かあるね。
でも、実父で、この領地の実質的な管理者であるモリスに相談できないことって……?
なんか、私が悪いことしてる?
こういうの、私は鈍感で良くないね……
「ステラ、私が何かアリアに悪いことしてる?」
「いいえ、普段通りのヒカリさんだと思いますわ。
普段のヒカリさんの不思議なことにイライラするかもしれませんけど、こんなあからさまな態度を見せるアリアさんでは無いわね」
「あ、あの、わ、判りました。
ここだけの話にしておいてくださいね?」
「「ハイ」」
と、ステラと私が頷く。
「ちょっと、その……。
子育てと夜泣きで疲れている中、夫から夜のお誘いを受けると、その……」
うん。
アリア、貴方は正しいよ。
でも、ある意味で大事にされてるってことだよ。
私も出産後、この前久しぶりだったしね。
うちは、愛されてないのか、遠慮してるのかは判らないけれども。
まぁ、ここは深く入り込まずに話を逸らすべきだね。
「アリアさん、そういうことでしたら、元気になるハーブティーでも良いですし、殿方の精力を落ち着かせる秘薬もあります。いつでも相談にのりますわ」
と、適切なのかどうか判らないけど解決策にはなりそうなステラのフォローが入る。それに対して、アリアは赤らめた顔を黙って、コクリと頷く。
「うん、分かった。アリアも頑張ろうか。
それで、授乳前の話に戻るけど良いかな?」
「「ハイ!」」
「指紋とか静脈が個人の固有の物ってところまでは、話をしたよね。
今度は、その情報を読み取る仕組みが必要になるね。
私が居た世界では、網膜とか指紋とか手のひらの静脈をスキャンすることで、扉を開くためのカギとして使う技術があったよ。
そして、読み取った個人の情報と、何をエーテルに分解して格納したかの情報を合わせて格納することで、『誰が、何を入れたか』って、記録を残すことが出来るよね。
今度は取り出す人が、既に預けている物の記憶の情報と自分の個人情報が合致すれば、エーテルとして格納したものを物質化して取り出すことが出来るようになるよ。
どうだろ?」
「ヒカリさん、そういうことでしたか……」
と、ステラが妙に納得がいった様子。
うん?
私は私なりの仕組みを説明したつもりだけど、何がステラにとって腑に落ちることだったんだろう?
それと、アリアは何だか色々考え込んでる。
大丈夫かな……。
「ステラは、私の説明の何に納得がいったのかな?
あと、アリアが何を悩んでいるか、ステラのあとで教えてね」
「ヒカリさん、
ユッカちゃんのカバンがどうして、入れた人でないと取り出せないのかの仕組みが判らなかったのです。それが、物と入れた人物の二つの情報を組み合わせているっていう考え方が全く分からなかったのですわ。
それと、カバンを覗き込んだり、物を外から投げ入れるような場合には単なるカバンとして機能しているのも、人物と物の特定が為されていないと、その格納するための機能が働かなかったのだと思います
このセキュリティー機能は凄いです。
ここに領地マーカーや奴隷印のような所有者の個人情報を備えてしまえば、不思議なカバンが普通のカバンとして機能させることもできますね」
「うんうん。
私もいろいろ仕組みを考えていたんだけど、セキュリティー面から考えると、入れた人物の情報が無いと、誰でも取り出せちゃうからね。
それと、もし、個人の情報として入れたいものでなく、カバンの口に近づいたものを全て格納できちゃうとすると、ここにある空気とか、人の体とか、何でもエーテルに変換されて取り込まれちゃう、ブラックホールみたいのが出来ちゃうね」
「「ブラックホール?」」
「あ、今の無し。
てか、まぁ、ブラックホールっていうのは、ファンタジー的な説明だと、何ても吸い込むことができる穴なんだけど……。
ああっ!!」
「ヒカリ様、どうされましたか?」と、アリア。
「さっきさ、『物質をどう変換して格納するか?』って話があったでしょ。
で、『私も理屈は判らないけど、エネルギーとして存在するんじゃないかな』って言ってたよね」
「「ハイ」」
「今のブラックホールっていうのはさ、綿菓子の綿をギュッと固めた非常に重たい塊の事で、光すらもそこから脱出できないぐらいの高密度の物質のことなのね。
だから、液化させるよりも、もっともっと高圧で圧縮して高密度にしてしまったら、体積がぎゅ~~って、小さくできるの。
ただ、重さは元のままだし、核子間の斥力を遮断する方法が必要になるから、そこは別のケアが要るけどね」
「ヒカリさん、それって……」
「うん。
私も二人と話をしていて、今思いついたんだけど、吟遊詩人のサーガに出てくる元祖伝説のカバンがこれだよね。大きさは小さくできるけど、重さが変わらないって話。
ユッカちゃんと私で重力遮断の膜で覆っちゃったから、そこのところを忘れてたね」
「ヒカリ様、私も判りました!」と、突然元気になるアリア。
「うん? アリアは何か納得がいくことがあったの?」
「ハイ!
ヒカリ様と同じで、どのようにして、膨大なエネルギーをカバンの中に格納しておくのかが疑問だったのです。
私はラナちゃんの高温炉を魔石のエネルギーを利用して使わせて貰っていますが、そのときにも高温の状態を安定して維持し続けるには膨大なエネルギーが必要だと教わっているのです。
そうしますと、何かの物質をエネルギーに変換して格納するということは、魔石の状態でない膨大なエネルギーを何らかの形でカバンの中に閉じ込めておく必要があると感じたのです。
もし、さっきまでのヒカリ様の説明の通りに、情報とエネルギーと物質が等価交換で変換できるのだとすれば、エーテルと情報を交換する仕組みを解き明かして理解していないと、何らかの高エネルギー格納技術が必要になって、そこが気になっていたのです……。
ところが、高エネルギーではなくて、高密度の物質として格納してしまうことが出来たなら、エーテルと情報の等価交換の仕組みや高エネルギーの格納技術を解き明かさなくても済むんです。
ぎゅ~~って、物質を小さな塊にしてもらうことと、その塊にする過程で、元の状態に戻せるようにエーテルに情報を格納しておけばよいのです。
元の状態とは、これまでヒカリ様が説明されていたとおり、格納する物質の情報とそれをカバンに入れた人物の情報を合わせて保管すれば良いと思うのです。
ただ、重たい小さな物質がカバンの中で暴れまわったり、カバンが壊れてしまわないような耐久性を保持したり、誤って、カバンから落としてしまわないような工夫は必要になると思いますが、それは、小さくて重たいものがあることを予め判っていれば良いと思うのです」
そっか~。
私も気が付いてなかったというか、エーテルさんが何でもしてくれるって思いこんでいたけれども、そこの仕組みをちゃんと理解した上でないとエーテルさんは言うことを聞いてくれないもんね。
情報とエネルギーの等価交換を理解するか、何か辻褄が合った形で説明が出来ないと、エーテルさんは作用に応じてくれない。ただ、もしそこの等価交換の解明が進んで、そこで変換された情報がエネルギーを担保してくれるのであれば、高エネルギー格納技術は無くても良いかな。
「ヒカリ様?」
「ヒカリさん?」
「あ、ああ、二人ともごめんね。
アリアの説明に私も納得がいったところ。
最初は綿菓子が圧縮できたように、物質を圧縮して小さくする方向で考えようか。
そして、その状態は小さくなっただけで重さがかわらないけれど、そこに重力遮断の技術を併用して、軽さは別の形で担保させる。
それだったら、ステラもアリアも上手く行きそうな気がしてきた?」
「「ハイ!」」
よしよし!
最初考えていたエネルギーを情報へ変換する方法での物質格納技術はもうちょっと理論的な実証に時間が掛かりそうだけど、別の形で同様な内容を実現することが出来そうだから、先ずは先行技術として物質を小さくして格納する方法で不思議なカバンを実現してくのが良さそうだね。
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