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0-03.シオンの準備(1)

 俺は代々続く乾物屋を継いだが、最近は流行らない。


 店は古くからの商店街の一角にある。シャッター街とは言わないまでも高齢化が進んで、車がある若い家族は郊外のショッピングモールへ買い物と娯楽を兼ねてお出かけ。近所のおばちゃん、おばあちゃんたちが付き合いで顔をだしてくれる。お客様は神様。お客さんは悪くない。だからといって、このままじゃ先が無いのは分かっている。

 2人の子育ても終わり、子供たちはこの家業を継ぐつもりもなく、それぞれの道を歩み始めた。40半ばになり、第二の人生をチャレンジして良い頃合いだろう。

 

 先ずは、ネットで調査を始めたところ、ニッチな市場で通販営業をする方法があることが判った。各地の拘りのある昔ながらの製法にしか出せない味わいを出す調味料を乾物屋として取り扱えば、新規顧客の開拓が出来るだろう。


 最初はネットで情報を掲げているようなサイトで調査をして、例えば昆布であれば北海道地方、鰹節であれば、鹿児島、高知、静岡など。そこから派生

する醤油となると、原料と産地独特の発酵菌が関わっていることが判ってきた。

 調味料の世界は奥が深い。だが、ネットで調べられる情報だけでは本当の味は分からない。もし、自分の感覚に頼らず、ネットや図書館で調べられる情報だけを元にして、代理店として商品を扱うだけであれば、直ぐに大手に真似をされるか、ネット通販に慣れた先行者たちに追い越されてしまうだろう。


 自分の感性や味覚に頼ったオリジナルの情報があってこそ、ニッチな客層を掴むことができるだろうし、自分が自信を持って推薦できることでお客様との信頼関係を築くことができるはずだ。現地に行って、その土地ごとの本当の味を知るには自分の舌で確かめる必要がある。


 思い立ったが吉日。乾物屋としての基本ラインナップから、鰹節、サバ節などの魚をメインとした工場を巡った。続いて昆布や魚醤を北から攻めつつ、醤油を南下しながら調査した。原料である塩、麹、大豆の産地も重要。水も重要。塩の噂を聞いて、昔ながらの天日干しの塩田なんかも巡った。


 ただ、そういったニッチな市場に対して、ネット通販で拘りの製法による調味料や乾物を紹介するのは良いが、売り手側が頑固であるため、中々話に乗ってくれない。


 「うちは、近所の昔ながらの付き合いの人に分けるだけで十分だ。工場を大きくする気はない」


 そんな返事ばかりだった。観光客が一見いちげんさんとして買っていく。そして、一度買ったことがある人がリピートで連絡がくる場合があるが、その程度の分量ですら、平気で人を待たせて、出来た時に出荷するような商売の仕方だ。


 だが、そういた拘りのある製法であるからこそ、塩一つをとっても味の深みが全然違う。ニガリ成分が20%ぐらい含まれているらしく、人によっては上澄みのニガリが凝集された部分だけを予約して買いに来る人がいるとのこと。

 少しだけ味見をさせてもらったが、丸みがある味と言える。ツンツンしたしょっぱさが無いのにも関わらず塩味えんみを感じることが出来た。そこにニガリ成分の深みが載ってくるのは興味深い。これは拘りのある層に絶対に受ける……。

 ところが、俺が個人的なお土産として買う分ですら、無いと断られた。次出来るのは2-3ヶ月先で、そのときに居なければ、居た人に売るだけという始末。


 いろいろと苦労はあったものの、何軒かの独特の風味をもった工場と契約を結ぶことが出来た。契約といっても口約束で証書なんかない。欲しいと言った時に、あるだけを売ってくれる。定期的にちゃんと出してくれるかは、契約した工場の気分次第。

 でも、それですら、俺にとっては大きな進歩だった。


ーーーー


 そんな、知識と経験を求めて日本中を巡って1年近くが経過した。調査結果をまとめに久しぶりに自分の店に帰ってきたある日。


 「契約はできたけど、次はネットで広告を打って客を探すことだな」


 独り言をブツブツ言いながら、夜中に自宅の前を掃除していた。昼間は歩行者天国で封鎖されるようなアーケード街で、道幅も広くない。夜は、花街で無いため多くの商店が店じまいをしてて、通りの周辺は薄暗い。


 そんな暗闇を一台のトラックが走行してきた。


「な、なんだ?」


 確かに深夜だから歩行者天国の封鎖は解かれているし、夜中に荷物を運ぶトラックが通るのは当たり前だ。だが、無灯で商店街を小型のトラックが突っ込んでくるとか有りえない。


 ありえないが、避けようもない。

 荷台からぶら下がているロープのようなものに足を取られた。深夜の無灯走行だけでなく、積み荷のロープの軟禁縛りも不十分とは、やってられないな。

 映画の中のスタントマンじゃないんだから、うつぶせで足を取られて引きずり始められたら、走行中のトラックのロープを頼りに荷台にかじりつくなんてことはできない。

 靴が引っかかているのかと、何とか俯せの状態から仰向けに体を捩じって転がってみるものの、足首にがっちりとロープが食い込んでいる。靴が脱げたぐらいでは緩みそうにない。


 俺は車に引っ掛けられて、音もなく引きずられ続けた。車がブレーキを掛けてくれるなり、クラクションを鳴らすなり、あるいはどこかの店に立ち寄って荷物の揚げ降ろしをしてくれたなら、周りの誰かが気付いてくれただろう。

 あるいは運転手が酒気帯び運転で俺に気が付かなかったのならば、何処かの電柱なり壁なりに接触して車は停止したことだろう。


 だが、運転手は俺を引っ掛けていることに気付いている様子はなく、非常に丁寧に運転を続けていた。寂れた商店街の無灯で、静かに走る車では気づく人が居なかった。

 淡々とそのまま商店街を抜けて国道へ出る。そこも寂れた国道で車通りも、人通りも少ない。信号機のほとんどが黄色の点滅なので、ゆっくりと静かに車は走行を続ける。

 俺は頭をガードしていたが、もう手が限界だった。商店街は舗装面が綺麗であったため、ダメージを余り感じなかったが、国道のアスファルトは無理だろう。削られて、跳ね飛ばされて、意識を失うまで痛みに耐えるしか無かった。


 こういう時って、人間が丈夫に出来ていることが嫌になるな。明日はニュースで防犯カメラに映った、荒い画像が流れるんだろうな。『乾物屋の店主が数kmトラックに引きずられました』とかな。 ああ、お客様以外にも神様がいるなら、助けて欲しいもんだな……。


<<誰か、たすけてくれ……>>

<<呼んだ?>>


 俺の耳の傍でハッキリと女性の声が聞こえた。



お読みいただきありがとうございます。

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