9-20.魔族の国の観光(4)
これは観光です。作戦ではありません!
いや、本当にそうなんだってば!
研究員のお姉さんに導かれて、飛竜の研究施設に到着。
孵卵器のある施設は一般的な平屋の建屋だけれど、窓が閉め切られていて、外からは簡単に見られない位置に建っている上に、中ものぞき込まれない。なんか秘密に研究されているってのは感じられるけれど、飛竜対策が十分って感じでも無かった。
そこを通過して、次は孵化して1年以内の小型の、といっても体長が1mぐらいはある飛竜の飼育施設だった。ここもさっきと同じ感じ。木造の小屋で一般的な建物と変わらなかった。
ここでは彼女が持っていた飛竜用に特別に作られた餌を与えていた。オートミールみたいなドロドロとした何かを、口を無理やり開けさせて、そこに漏斗の様な物で無理やり流し込んでいた。
リサの目つきが怖いけれど、全貌を確認できるまでは我慢してね。
さて、最後の成獣間近と言われる飛竜がいる小屋に向かう……。
小屋じゃなかった。山をくり抜いて作った洞穴だった。洞穴を暫く進むと、高さも奥行きも5mぐらいに大きく掘られた空間が洞窟の通路の左右に幾つもあって、その一つには金属製の柵が設けられていた。
今は最後の一頭らしいけれど、同時に何棟も飼育できる施設として準備されているんだろうね。
「こちらが最後の施設になります。ここにいる飛竜は体高が2m、翼を広げると横幅が3mになります。
夜は大人しい性質のため、普段から陽の光を当てない様に洞窟の奥で飼育しています。この様に灯りを灯して近づくと、餌が貰えることが判るようで起きてきます」
色々と腹が立つ。
この研究員のお姉さんは単に知らないだけ。けれど、私は飛竜族が高等な知能を持つ動物であることを知っている。動物愛護とか色々な考え方もあるだろうけれど、私は奴隷制度とか自由が無いことは大きな不満を抱えることになる。
自制しなきゃいけないんだろうね。でも、どうしても手に力が入る。抱きかかえているリサが手足を硬化させて私の力が入ることを予期して防御に入っているのが分かる。
もし、自分が生まれてこのかた、流動食だけで育てられて、ある程度成長したら、全く日の当たらない洞窟の奥に閉じ込められる。周囲には誰一人いない。他の生物と会えるのは餌係が薄暗い松明をもって食事を持ってくるときだけ。
それを目の前で見ているのって……。
「こうやって人が近づくと檻の窓から顔を出すのです。
顔を出したら顎の下の部分に取り付けられた輪と檻の鉄柵を繋いで固定して、次に鼻腔の鼻輪を窓枠の上側に固定するのです。すると自然に口が開くし、我々を噛みつくことはできません。噛みつくためには鼻の穴がちぎれるか、下顎の骨を砕く必要がありますね」
言ってることは合ってる。
飼育員の身の安全を確保する手段としても正しい。
人命を優先するための仕組みだもんね。
こういった仕組みをつくることで、飛竜を研究するための飼育員も大事にされているってことだよ。
<<お母様!痛いです。身体強化ではお母様の握力に勝てません!>>
リサから念話が届いて、手に力が入っていることに気が付く。
怒りで少し体も震えていたみたい。
リサの念話で、いきなり握力を解放したもんだから、リサを落としそうになって慌てて空中で拾い上げて抱え直す。
「あ、あの……。大丈夫ですか?怖ければ案内はここまでにしますが……」
怖いのは飛竜ではなくて、魔族の飛竜に対する考え方だよ。
ここに閉じ込められている飛竜たちを解放するのは簡単。
けれど、この研究員は一生懸命に飛竜の世話をして賃金をもらっているはず。
飛竜を逃がした責任は彼女たちに押し付けられる。国家戦略級の秘密を抱えられているのだから、喉を潰されたり、目を潰されたりして犯罪奴隷の身分に落とされるんだろうね。ここにいる飛竜たちよりも長く生きることはできないよ。
どうしたものか……。
「あ、あの……、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。飛竜に触っても良いですか?」
この成獣間近の個体なら、ひょっとして念話が通るかも。念話が通るなら、この先の作戦も色々と楽になるし、南の飛竜族の人達との連携も取りやすくなる。
「いや、だめです。万が一にもケガを負われますと責任問題になります。そして私が此処へ関係者以外を連れ込んだことも問題になります」
首を傾げて通訳の人の方を見る。
すると、エスティア王国語で管理責任があるので触らせられないとの説明を受けた。
「餌を一緒にあげてみたい」
なんとか隙をみて飛竜に近づけたらいいんだけどね。
すると、凄く悩んだ末に研究員から「私の指示に全て従ってくれるなら構いません」との特別な許可が出た。
施設の管理者としては半人前の判断だろうけれど、人を持成す気持ちは素晴らしね。こんなところで研究員をさせておくより、メイドとか食堂の給仕係、あとはシオンの作る喫茶店の店員とか、就職先はありそうだね。
飛竜に近づけることの嬉しさより、この子の再就職先を考えている時点でいろいろおかしい。けれども、作戦は全体を俯瞰して立てないといけないからね。
研究員の指示通りに、餌の入った桶から柄杓を使って、開かれた飛竜の口に餌を注ぎ入れる。これなら不慣れな人でも飛竜に近づかない状態で給餌ができるね。
でも、私は飛竜に接触して念話ができるか試したい訳で……。
私は慣れない手つきで、柄杓の柄の部分ではなく餌が入ってる器に近い方を持って、なるべく飛竜に近い位置まで近づく。この時点では止められなかった。
あと1m近づければ飛竜に直接触れるところまできた。
飛竜は人間の頭の位置まで首を下げて、その状態で餌を飲み込まないといけないので体は寝そべっていた。そういしないと、顎や顔を檻に固定されていては餌を飲み込むことは出来ないだろうからね。あるいは身体強化やスキルが使えるなら下を向いたままでも餌を胃まで送り込むことができるかもしれないけれど……。
リサを抱えながら餌をあげることに四苦八苦している様子を見せながら、右手で持った柄杓の餌を飛竜の口の中に注いでいく。餌が流れていく様子と飛竜が飲み込む様子を観察する様にして顔を近づけつつ、研究員の陰になる位置でリサの左手と私の左手を飛竜の顎に手をかける。
よし!接触成功!
ところが、私の問いかけに念話が返ってこない。
目の前にいて、接触しているのに会話ができないのは初めての経験。
これ以上接触している時間が長いと研究員に怪しまれる。
<<リサ、離れるよ>>
<<お母様、判りました。大丈夫です>>
何が大丈夫なのかは分からないけれど、ほんの数秒の接触で私では理解できなかった何かが理解できたのだろうね。
私は柄杓の餌を流し終わると、少し興奮気味に「とても素晴らしい体験です」などとエスティア語で話しかけながら柄杓を研究員へ返した。
その後、リチャードも形式上は体験させて貰えるってことで、柄杓で餌をあげていたけれど、作り笑いとリップサービスとしてのお礼を述べるだけで、特に嬉しそうでは無かったね。
ーーー
飛竜の給餌という特別の案内を終えて、研究員や飼育員用の裏口へ案内されて、鳥の飼育施設の園をでることにした。
と、そこで行きに乗ってきた馬車が無いことに気が付く。
まぁ、それもそっか。こんな暗闇の中で馬車を走らせるのは不味いし、周りにも気づかれる。王都に入ることも難しいだろうね。
「行きに使われた馬車ですが、施設の他の者に気づかれると不味いので、馬車と御者には『彼らは宿泊することになった』と、伝えて帰って貰っています……」
この子は気が利く。良いね。
で、私たちはどこに泊まれと?
冒険者を装っているから野宿できる。リサも見かけ上は問題あるけれど、実際には上級ダンジョンの最深部で一週間過ごせる程度には問題無い。
問題は私の鞄の中から寝具類を取り出して、ここで野宿する訳にはいかないこと。周辺を整地して寝床を作る。周囲からの虫とか動物はクロ先生にお願いして、何らかの結界を張っておけば大丈夫かな?
「通訳の人、私たちの馬車はどこ?そして彼女は何と言っていますか?」
「今日のバックヤードツアーの秘密が漏れないように、馬車を返す手配をしたそうです。ですので、我々が今晩バックヤードツアーをしたことは漏れません」
「私たちは冒険者の経験があるから、夜通し10km程度歩いて王都の傍ので夜が明けるまで待つことはできる。通訳の人はそういったことに慣れている?」
「ヒカリ様、少々お待ちください。彼女も悪気があってこの様なことをされたとは思えません。何らかの方策をお持ちのはずです」
「我々家族の秘密が漏洩したり、持ち物が紛失するとえらいことになる。そこだけは十分に注意して交渉してください」
「分かりました。少々おまちください」
結論から言えば、私たちの宿は彼女の実家へ案内してくれるんだって。彼女自身は今晩は仮眠をとりながらの見回り当番だから、部屋が1つ空くらしい。
私たちの存在が多くの人に知られるのは不味いけれど、彼女が飛竜と一緒に消失したとすると、実家の家族は全員拷問にかけられて皆殺しか犯罪奴隷に落とされることになるね。彼女の関係者を知れる良い機会と捉えておこうかな。
鳥の飼育施設から歩いて15分ぐらいの距離にある森の中に、こじんまりとした一軒家があった。家の周囲はある程度木が伐採されていて、陽当たりが良くなるように整備されている感じ。農作物が少し栽培されている感じからすると、狩猟をメインに生計を立てているのかな?ユッカちゃんと初めて出会った小屋を思い出すね。
本当なら夜勤で返ってこないはずの娘が帰宅したことと、客人を5人も連れて帰ってきたので、ご両親はかなり戸惑っている様子。
私としては子供がぞろぞろと出迎えてくれる様な大家族でなくてちょっと安心した。救出する人数は少ないに越したことないからね。
住居の中は狭いということで、私とリサは研究員が普段使っている部屋を使わせてもらえることになった。通訳の人、リチャード、クロ先生の3人は薪を格納している納屋の通路を寝床として提供された。薪の油脂や臭いによって、虫が入ってきにくいんだって。これはこれで有難い。
研究員は餌やりや見回りに戻らなくてはいけないということで、ご両親に私たちの世話のお願いを済ませると、直ぐに鳥の飼育施設の方へ戻って行ってしまった。残された両親と我々は8畳ぐらいのダイニングキッチンでお茶を頂いて、旅の疲れを癒すように温かい言葉をもらって、少しだけ寛ぐ。この家族を飛竜の救出の件で巻き添えにするのは申し訳ない気がしてきた。
それぞれの寝床に案内されてから、「今日は疲れたので、このまま休ませて貰います」と、通訳の人に伝えて貰って、就寝することにした。
さて……。
ここから各所との念話会議のはじまりだね!
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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