9-16.魔族訪問(4)
あと一週間から10日間程度でカサマドさんが王都に到着をすると思う。
そのときに備えて、いろいろと準備を進めておかないとね!
一週間で500枚分のカジノチケットを使い果たしたリチャードから夕食後に声が掛かった。少し神妙そうだから、なにか考えることがあったのかな?
「ヒカリ、相談があるんだが、少し時間をとれるか?」
「リチャード、何かな?」
「忙しくて時間がとれないなら仕方ないが……」
「大丈夫だよ。時間が掛かる話なのかなって思っただけ」
「俺は賭け事に向いていないかもしれない」
「どういうこと?」
「ヒカリからも貰ったチケットを使い果たしてしまった。もし、これを魔族の金貨で賭け事をしていたら、魔族の金貨500枚分だ。人族の金貨に換算すると5万枚分になるぞ?少しショックを受けている……」
ああ……。
これで「次また勝とう!」って考えていないだけマシかもしれないね……。
もう少し本人の話を聞こうかな?
「もっとカジノのチケットが必要なの?金貨は手元にないけれど、チケットだったらメイドとして稼いだ分があるから渡せるよ?」
「うむ……。
特に観光もせずにカジノに入り浸っているのが悪いのかもしれないな。気分転換に観光に行くのもいいかもしれない」
「それも良いんじゃないかな?
王族の身分を明かすと面倒なことが多いかもしれないけれど、冒険者の身分で私達4人が動く分にはいろいろと見聞を広められるはずだよ」
「わかった。ヒカリがそれで良ければそうしたい。
だが、メイドとしてここで食事を作る方は問題無いのか?」
「調理器具も材料も揃え終わったし、ある程度は作り溜めしてステラ製の鞄にしまってあるから大丈夫。家族の分を作る程度ならそんなに手間は掛からないよ」
「ステラ様達の分はいいのか?」
「ステラはコーヒーとチョコレートが手に入って喜んでいるみたいだし。2、3日私が留守にしたからって別に文句を言われるのは私じゃなくて、カジノのレストランの話になるね」
「それで……、カジノチケットと賭け事の方なんだが……」
「うん」
「俺は賭け事との向き合い方を考えさせられた」
「そうなの?」
「ヒカリは不満は無いのか?」
「何が?」
「俺は連日、『明日こそ勝つ』と言っておきながら結果が出せてない。
一方で、スチュワート様とアリサ様の様子を見ると、かなり派手に勝利を収めている様だ。あれはステラ様の資金だけで勝てている訳ではないと思う。何かが違う」
「それで?」
「いや、だから、ヒカリのチケットを使い果たしてしまったことが悔しくも有り、申し訳なくもある……」
「賭け事依存症っていう心の病気があるんだって。常に賭け事のことだけを考える様になっちゃって、それ以外のことを考えられなくなるみたい。
脳は勝ったときの快感が強く残って、負けたことは忘れちゃう仕組みがあるみたいだよ。だから、リチャードが自分でその症状に気が付いて、そこから抜け出そうとしているのは良いことだと思うよ」
「ヒカリ、不思議なのは、ゲームの確率が1/2で起こることなら、これほど負け続けることは無いんじゃないのか?」
「ん……。
私も詳しい訳じゃないけれど、基本的にカジノの運営者側が少し有利な様にルールが出来ていて、カジノはその場の雰囲気を楽しみにいくべきものだって聞いてるよ。だから、一攫千金を求めて賭け事に夢中になっている人は、運営者側の罠に嵌ってしまい、負けが込むと思う」
「俺がここ数日負けたルーレットだが、あれは『0』という緑の目がある以外は確率で支配されていると思う。そしてゼロが出る確率は非常に小さい」
「リチャード、今更だけど、ルーレットの出目はディーラーっていう、球をいれる人がコントロール出来ているんだよ。そのコントロール出来る腕の立つ人があの場に立つことが出来る。
他のカードゲームなんかも、ちゃんと管理されていないカジノだと、ディーラー側だけが判る目印がついていて、その場の勝ち負けをディーラー側がコントロールできる様になっているのね。
そこから、『如何に参加者のやる気を維持したまま、ゲームの魅力に引き込むことが出来るか』ここがカジノの運営者側とディーラーの腕の見せ所だね。
ディーラーが勝てるからって、常に勝ち続けたらお客さんは来なくなっちゃうよ」
「ヒカリ?」
「なに?」
「知っていたのか?」
「なにが?」
「カジノの仕組みとか、人の脳の仕組みの話だ」
「カジノに来て、その場の雰囲気を楽しめているならそれは良いことだと思う。けれど病気的な症状になっていることに気が付かずに借金が増えて、他のことを考えられなくなってしまうのは良くないと思う」
「知っていたのか……。
そうだとすると、前回の訪問でステラ様達が大きく勝ちを得たり、今回スチュワート様達が勝利を収めているの状況はカジノの運営者にとって望ましくない状態ではないのか?」
「賭け事ギルドの運営者や出資者からすれば異常なことだね。
けれどゲームのルールの範囲内でイカサマ無しのプレイだと、大会の主催者やカジノ運営者側がルールを覆すことは出来ないんじゃないかな?いずれは出入り禁止になると思うよ」
「ステラ様とアリアをこのままカジノに滞在して貰う必要があるとなると、あのままスチュワート様達の勝ちを許容せざるを得ないだろう?」
「まぁ、そうだよね。けれどステラ達の件は勝手に観光して自由行動を許すよりは、多少の損をしてでもカジノに滞在してもらう方が都合が良いんだろうね」
「我々は冒険者として滞在しているから自由に動ける訳だ……」
「ステラ達の件が無ければ、人族の王族を国賓として出迎えていたと思うよ。食事だって、私達の事情が無ければ、十分に贅沢な物を提供して貰えると思うよ。今回の旅のタイミングが特殊だから仕方ないんじゃないかな」
「そうか……。
ヒカリ……、改めて聞くが、この様なハネムーンでヒカリは楽しめているのか?」
「私や子供たちは十分に楽しませて貰っていると思う。ただ……」
「ただ、なんだ……?」
「私の楽しみにマリア様やリチャード達が犠牲になってしまっているのが気になるかな……」
「母のことは、まぁ、あの人なりに不満と遣り甲斐を天秤にかけて折り合いをつけてくれていると思う。
自分に関しては、何というか……。
ヒカリを軽んじず、自由に行動して貰えるようにと思っていた。だが、ヒカリは私の想像を超えて行動しているので、こちらが足かせとなって迷惑を掛けているのでは無いかと懸念している……」
「ええと、ええと……。
リチャードに予め伝えずに色々と行動していることは申し訳ないと思っている。けれど、それはリチャードに伝えることで王族や家族を危険に巻き込まないためであって、軽んじている訳でも、足を引っ張られて迷惑だと思っている訳では無いです」
「その気遣いに感謝する。ヒカリと出会った直後の私は何もわかっていなかった。今はそのことが良く分かる。そしてヒカリが気遣って行動していることも理解できる。だから私で役に立てることがあったら何でも言ってくれ」
「うん。大丈夫。
ここでの食事問題が片付いてきたから、後は自由にやりたいことをやって待つだけだね。何か子供でも楽しめるところとかに行けたら良いね」
「子供と言っても、リサは1歳だ。中身は恐らく成人していたのでは無いか?」
「うん。でも、まぁ、子供が楽しめるような場所なら私達が魔族語を理解出来なくても、なんとなく雰囲気で楽しめると思うんだよ」
「では、明日は通訳の人にそれを頼んでみるか?」
「うん。それと教団の施設とかも、一般の冒険者でも入れる場所があるなら行ってみるのも良いと思うね」
「分かった。リサも連れて行くとしたら、リサに確認した方がいいのではないか?ここの所、常にステラ様を訪問している様だが……」
「うん。迷子になった振りしてステラの所で抱き抱えられているね。でも、お父さんが声を掛ければ私達に付き合ってくれると思うよ?」
「ヒカリじゃダメなのか?」
「駄目じゃないけど、偶には父と娘で交流しておいた方がいいと思う」
「そうか、そういうものか……」
「うん。もう寝てるかもだから、明日の朝で良いかも?」
「わかった」
「よろしくね」
さて……。
明日は家族でお散歩だね。
今までこういう機会って、なかったんじゃないかな?
いつもお読みいただきありがとうございます。
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