1-19.不思議なカバン(4)
「二人から元気な返事が聞けたから次のステップへ進むね」
「「ハイ」」
「物質をエーテルに変換して格納することが出来るとするでしょ?
今度は、【どうやって、個人を特定するか】が必要になるの。
だって、アリアが入れたものはアリアしか取り出せない。例え、私がカバンに入れる物を二人に良く見せて、イメージを共にしてても、二人は私が入れたものを取り出せないでしょ?」
「「ハイ」」
「うん。
だから、私はあのカバンの入り口には【個人認証システム】が組み込まれてると思うよ。
指紋とかDNAとか、あるいは血管の静脈パターンとかね」
「ヒカリ様、また判りません。きっとステラ様も同じ質問になると思います。
【個人認証】という意味は何となく想像がつきます。
けれども、【指紋】とか【DNA】とか【静脈パターン】と言われても何のことだか判りません!」
と、アリア。
あ、そっか……。
工学だけじゃなくて、生物学も未発展の世界だよね。
細胞が何かを発見出来たのは顕微鏡が発明されてからだもんね。
さて、どうしたものか……。
と、私がアリアからの答えに考えあぐねてると、ステラからフォローが入る。
「ヒカリさん、
ひょっとして、血流の静脈とは、血の流れのことでしょうか。
そして、そのパターンは個人ごとで変わっていて、そう簡単に変わらない物なのではないでしょうか?」
流石はステラだ。
血管の縫合とかして止血したり、傷を治療できるだけのことはあるね。
まぁ、私もユッカちゃんに教わって、エーテルの可視化で出来る様になっただけなんだけどね。
「うん。それそれ。ステラので合ってる。
あとね。指紋も簡単に説明できるよ。
みんな、自分の指を見てみて?
指の表面が渦を巻いてるような、川の流れの様な模様になってるでしょ?
それが指紋なの」
ステラとアリアが自分の手のひらをじっと見つめる。
そして、二人でお互いに目を合わせる。
次に、お互いの手のひらを差し出して、自分の手の指紋と相手の指紋が違うことを確認する。
これが家族だったりすると、似た形になるんだろうけど、種族も地域も違ってたら、指紋の形は全然違ったのだろうね。
「「ヒカリさん!」」
二人から同時に呼び掛けられる。
「なに?」
「ヒカリさんは、何を知ってるのですか?」と、ステラ。
「ヒカリ様は、本当に女神様なのですか?」と、アリア。
「ううん。
アリアには言ってなかったけど、ステラは知ってるよね。
私はこの星とは別の世界から縁があって転生させてもらったの。
そのときに主神って人に助けて貰ったのはあるけど、私自身は神様でも何でもないよ。
私が住んでいた世界では、長い年月を掛けて科学技術が発達していたの。
望遠鏡も顕微鏡も、ユッカちゃんが使うような医学もそう。
今、二人が確認した指紋に関する知識なんかもね。
私が住んでいた世界では魔法が使えなかったの。
人は魔法が使えないから、科学の力で戦っていたよ。
その辺りは、アジャニアへ行った時に、科学教の人達と出会ったけれど、私がいた世界ではエネルギーすら、魔力や魔石に頼らずに自然の世界から取り出す技術を発明していたのね。
だから、私が知っている科学の知識はこの世界の知識より全然進んでいると考えて貰ってもいいかな?
でも、妖精の長達の自然科学に対する知識と理解は、私の及びもつかない深遠な世界を把握しているよ。それだけじゃなくて、科学と魔術を融合させる知識も持ってるからね。
あの人たちは、本当の意味で神に近い存在だよ」
「ヒカリ様、私は今後ヒカリ様とお付き合いするときに気を付けることは在りますか?」
う~ん。
今まで通りで良いんだけどね。
っていうか、ステラだって私が異世界人だって知ってた上で、私を個人として付き合ってくれている訳だし。
「アリアさん、大丈夫よ。
ヒカリさんはそういうことを気にする人では無いわ。
ただ、今まで通り、ヒカリさんの存在を隠すように、リチャード王子に見初められて結婚した、メイドの小娘という立場であるように皆で隠ぺいすることは続けないといけないけれども」
「ヒカリ様、そうなんですか……?」
「うん。これまで通りで良いと思う。
ただ、この世界では女性の地位は低いし、剣と魔法が力を持つ世界だから、私が幸運に恵まれただけのメイドっていう情報操作は続けておかないといけないね」
「そうですか……。
すると、もし、【不思議なカバン】が完成したら誰の成果になるのですか?」
「先ずは、隠さないとダメだね。
妖精の長、念話、不思議なカバン
この3つは、私の存在以上に隠さないとダメだよ」
「ヒカリ様、隠せてませんよね?」
「隠せてると思うよ?」
「ラナちゃんやシルフはユッカちゃんと一緒に遊んでますし、
クロ先生は毎朝リチャード様やヒカリ様の稽古をつけてくれてます。
ウンディーネ様は、長老とは呼ばれていますが人間臭い生活をされていて、エルフ族のお姉さまたちを弟子にとり、娼館で頻繁に目撃されていると聞きます……。
せいぜい、ルシャナ様とルナ様の生活が地味でここの生活に溶け込んで見えているかなと……」
「アリアさ?
凄腕の魔術師であるユッカちゃん、ステラが居てさ?
王族のマリア様やリチャードが居てさ?
過去にない技術や工芸品を提供してくれるニーニャとアリアが居てさ?
『ここに住む領主の関係者は人間じゃない』
って、皆に思われていると思うんだよ。
だから、多少の事なら大丈夫だよ」
「で、でも、でしたら、念話は……」
「念話の存在を判らない人にとっては、どうやって会話してるか判らないもん。 飛竜と会話している方法が判らないのだから、人同士で念話を使ってるとか想像できない。
想像出来たとしても、自分事にはならないから大丈夫だよ。
吟遊詩人のサーガが1つ増えるぐらいでさ」
「不思議なカバンは、使っていれば分かるのでは?」
「そうでも無いよ。
今の所、森の中のおうちからここへ引っ越しをするときにフウマに説明することが必要だったのと、大航海へ向かうときにトレモロさんに説明が必要だったのと、ルシャナ様から大量に鉱物を貰うときに物を詰め込んだぐらいじゃないかな?
あとは、ステラやニーニャは知ってても黙っててくれるし。
不思議なカバンと妖精の長のことは、マリア様にも言ってないし、念話の事はリチャードにも言ってないもん。
でも、特に問題になってないよ」
「アジャニアで観光迷宮に入って、沢山の収集品をユッカちゃんのカバンに詰めて回収したときに、後でわざわざ大量の麻袋に詰め替えたのもそういうことだったんですか?」と、アリア。
「そうだよ?アジャニアでは、飛竜の血も念話も内緒だけどね」
「判りました……」
と、なんとなく不安ながらも納得するアリア。
すると今度はステラから不安の声が挙がる。
「ヒカリさん、私たちはとんでもない物を作ろうとしているということですか?」
「そうだよ?」
「軍事利用もできますよね」
「できるよ。制限はありそうだけど」
「使用できる人に制限を掛けるのでしょうか?」
「うん。無闇な配布は良くないね。少なくとも念話ぐらい使える魔法の使い手じゃないと、自衛出来ないと思うよ」
「どうやって、制限を掛けるのですか?」
「ステラしか作れなければ良いんじゃないかな。
そうしたら、必要な数しか出回らないし。
それに、これから話すことでいろいろ制限も掛けられるようになるし」
「制限ですか?」
「うん。色々あるよ。
あ、赤ちゃん達が泣いてる。
授乳終わったら続けようね」
こう、なんていうか……。
皆の意識合わせも重要だし、子育ても重要。
なかなか自由なペースでは進まないね。
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