9-08.魔族訪問準備(2)
高々300人分の食料調達でここまで困るとは思っていなかった。
さて、どうしたもんかな……。
「ヒカリ様、今日は度々のご訪問ありがとうございます。
今度はどういったご用件でしょうか?」
「300人分の日々の食料を市場の混乱を招くことなく安価に調達したいです」
「なるほど……」
ちょっと、考えている様子。
流石に無理難題だったかな。
引き下がった方が良いかな?
「流石に無理がありますかね?」
「無理ではありません。
ただ、市場での混乱と申しますか、食料品の価格の値上がりが懸念されますね。それも穀類は庶民の基本的な食料になりますので、できればそこに大きな影響が出ないことが望ましいです」
「そうですよね……」
今度は私が納得して困る番だ。
どうしたもんかな……。
やっぱり大規模農園を開墾して、そこで育成するしか無いかな?
もうちょっとサンマール王国の物流基盤がしっかりしているか、農作物の生産量に余裕があるとおもっていたけれど、正確な納税とか国有の食糧庫とか無い感じなのかなぁ……。一応、ハピカさんに確認してみようかな?
「ハピカさん、国有の食糧庫とかからお分けして頂いて、例えば半年後に返却するとか、そういった手法はとれませんかね?」
「ヒカリ様、お恥ずかしい話ですが、私が知る限りにおいてサンマール王国では食料の備蓄倉庫を持っておりません」
「いやいや、流石にそれは無いでしょう。
戦争をするには大規模の軍隊を動かすことになります。その騎士団員や傭兵への食料提供が必要になります。あるいは非常時に備えて何らかの食糧庫があると思います」
「基本、戦争に参加する際は装備も食料も自腹です。報酬は敵国の制圧した領土や接収した品物となります。場合によっては捕虜を犯罪奴隷として商品として扱うこともあります」
これは参った!
戦争に対する概念が違ったよ!
軍拡主義時代の戦争の教本を教えて下さい!
ローマ帝国が軍拡を進めていた頃ってどうやってたのかね?
広げた領地が戦争の報酬だとすると、強い側が常に勝ち続けるんじゃないかな?
武器と人が居れば、後は新しい土地が手に入って、次の戦争に備えることが出来る訳でさ。
これサンマール王国が軍拡に失敗して経済的に破綻しちゃったケースなんじゃないかな。
ということは、敗戦国の処理をさせられているってことで……。
でも、誰も負けたとは思っていないからその事実を受けれ要られていない。
というか、その事実を見えない様にしてきた訳で……。
さて、どうしたもんかな……。
サンマール王国内では短期的な自給率の急増は見込めない。
だったら、外国から輸入するしかないね。
輸入して時間稼ぎをしつつ、自給率を向上させる。
エスティア王国にある私の伯爵領から備蓄してある小麦を緊急解放して、ここに持ち込むしか無いかな……。マリア様とリチャードと相談かな。
「ヒカリ様、例えばですがトレモロ卿の伝手を使って、ストレイア帝国から食料の買い付けをするのは如何でしょうか?
確か属国のロメリア王国は広大な穀倉地帯と牧畜が盛んときいております。半年分程度の食料が調達できれば、その間に開墾と畑からの収穫が期待できます」
「トレモロ卿の高速船でも片道2週間は掛かります。どんなに急いでも往復で一ヶ月程度必要ですね。この30日分はハピカ様の伝手で何とかなりますでしょうか?」
「狩猟によって肉類を調達したり、あるいはバナナなどの他の物を召し上がって頂くことは可能でしょうか?」
「肉類や魚類は色々と準備が整っています。ですが野菜やバナナにしても収穫量に限界があるのでは無いですか?」
「密林に自生している樹々から収穫することになります。
1日1人バナナ3本として、1日当たり1000本です。一房20本程度の実があるとすれば、50房あれば良い計算になります。
毎日バナナだけとはいきませんので、他の果物やジャガイモ類も併用することで考えれば15日x50房を調達できれば良い計算かと」
「50房を2週間調達することは可能ということですか?」
「10人と馬車1台で十分に可能と考えます。馬車は私どもで提供できるとして、10人の人手は、奴隷を短期に購入して宛がっても良いですし、冒険者ギルドに依頼を掛けても良いかもしれません」
「なるほど。それが上手く行けば、市場の混乱も少なく輸入物資が届くまで繋ぐことが出来るね。そして、その後は自給率自体が向上している環境を整えると」
「はい。ご理解が速く助かります」
「いやいや。ハピカさんも短期、中期、長期を切り分けて考えられて素晴らしいですね。
ところで、奴隷の人たちはバナナ等の果実類を収穫できますか?あと、貴族の領地で無断で採取して問題になることはありませんか?」
「そうですね……。
マリア様が購入された土地ですと、マリア様の許可になりますので問題無いと思われます。確か農地の開墾と街道の整備もされるとのことですので、時期が合えば馬車での輸送もスムーズに進むと考えられます」
「ん……。そうなりますか……」
「ヒカリ様、短期的にはヒカリ様とマリア様にて密林から食材を調達して頂く。その後、トレモロ卿による食料の輸入に期待し、最終的にはマリア様の農地を活用して自給して頂く。
私どもでトレモロ卿所有の交易船に連絡を取った方が宜しいでしょうか?」
「お気持ち感謝します。調達量、価格交渉、着荷のタイミングもあると思いますのでこちらで調整を進めさせて頂きます」
「承知しました。また何か私どもでお役に立てることがございましたら、いつでもお立ち寄りください」
「ハピカさん、どうもありがとうございます」
ふむふむ。
人を大量に移動させるときは、ちゃんと食料のことも考えようねってことで。
ただ、サンマール王国の食料自給率というか備蓄を当てにしていたのは、こちらの検討不足だったね。よくよく考えればエスティア王国だって、食料を輸入に頼っていた訳だしね。
よしよし。気を引き締めて頑張ろう。
ーーー
二度目のハピカさんのお屋敷訪問を後にして、奴隷商人の所へ向かう途中ペアッドさんから質問があったよ。
「ヒカリ様、今朝調達した奴隷は調理補助や配膳を主とした人材を選定しました。今ハピカ殿とお話した感じですと、食料調達用の奴隷を10人ほど追加した方が宜しいでしょうか?」
「ペアッドさんからみて、エスティア王国から連れてきた騎士団員たちと、サンマール王国で暮らしている奴隷さん達を雇うのではどちらが楽かな?」
「食料調達能力だけ評価するのであれば、きっとエスティア王国の騎士団員達の方が有能であると考えます。
ですが、サンマール王国内での食料自給率の向上までを考えますと、奴隷として囲われている方達に仕事を与えたいと考えます」
「いいね!
とすると……。特殊な道具を使えずに、精々身体強化レベル1ぐらいとして、何人ぐらい雇えば、密林から300人分の食料を調達出来る様になりそうかな?
これは直ぐにでも必要だよ。だから、『皆のスキルが上がれば、最低これくらいで出来る様になる』みたいな希望的な観測は不要。
逆に、短期的な食料調達が終わっても、食料の自給率向上や運搬する人を雇う必要がでてくるから、今から多少は多めに雇っていても良いと思う」
「奴隷の買い付けのし直しになりますが、20名程度必要と考えます。それと彼らが自由に使える馬車2台と馬4頭も必要になります」
「いいよ。それも買って帰ろうか。
ただ、買った後、リーダーを立てて、ペアッドさんの手数が掛からないようにしてね。指揮官クラスとして役に立つ奴隷も調達する必要があれば、そういう人材も調達するから、ちゃんと遠慮せずに言ってね?」
「ヒカリ様……」
「うん?」
「私は明日死ぬのですか?」
「え?」
「私は不要なのかと。
ヒカリ様に関する多くの秘匿情報を存じ上げております。
ですので、今日を最後に処分されるのかと」
ん……。なんだ?
私が情報を秘匿する目的で人を殺してるんだっけ?
なんの誤解が生じてるんだ?
宜しくない状態だねぇ……。
と、なんかペアッドさんが立ち止まってメモを書き始めてる。
うちの拠点ではメモ用の紙を沢山渡してあるし、ペンや鉛筆はまだ開発していないけど、木炭を細く加工して簡単なメモがとれる工夫を提供してあるよ。
まさか、遺書?
いやいや、ちょっと早すぎ。てか、ここで死なないで。
「ペアッドさん、ちょっと待って。まだ待って」
「ええ……。買い物でご迷惑をおかけしないように、選定した奴隷の候補をリストにしております。また、午前中の買い付けの際に目ぼしい奴隷候補も居ましたので、追加20名のリストも作成中です。
こちらがあれば、ヒカリ様も明日から困らないかと」
なんでそうなる。
自分が居なくなる前提で話をしないで欲しい。
こちとら、一生懸命人材を確保している最中なのに勘弁して欲しいよ。
私の指揮が悪い?待遇が悪い?なんなんだ……。
「ペアッドさん、ちょっと休憩しよう。
そこいらの露店でお茶を飲んで休憩しよう」
「最後の晩餐ならぬ、最後のお茶会ですね。承知しました。
できれば苦しまない毒を用いて頂けると有難いのですが」
「いや、全然違うし。好きな物を好きな様に食べて。お店もペアッドさんが自分で選んで良いから!」
「流石はヒカリ様ですね。この程度の市場は全て掌握されていると……」
どこの吟遊詩人が語っているとそうなるの?
ペアッドさんの話が正しいとすると、私は市場の全ての露店を買収してあって、致死性の毒を店主から提供できる準備が整っているってことだよ?
あり得ないよね?
「ペアッドさん、死なないし、殺されないから好きな物を食べて。その上で私とお話をさせて貰っても良い?」
「承知しました」
二人で露天の前に出されている椅子とテーブルで温かいお茶を頼む。ついでに適当な茶菓子も出して貰う様にお願いしたよ。
出てきたお茶は木の根や葉っぱを抽出した感じの少し苦みのあるお茶。杜仲茶とかルイボスティーとかそんな感じ。お菓子の方は果物の干物と果汁を砂糖で煮詰めて固めた感じのゼリーみたいなグミみたいな食感の何か。
南国ではある意味で砂糖が安く手に入るから出せる物なんだろうね。
それより、どうしたものか……。
「ペアッドさん、私が何か恐怖を与えるようなことをしていますか?」
「いえいえ、とんでもございません。ヒカリ様とお会いできたことを光栄に思うとともに、お別れが近いと思うと至極残念に思います」
「お別れの話は誰が言ったの?」
「誰がって、やはり緘口令を敷いているのですね……」
「ごめん。そうじゃない。誰の考えから、私がペアッドさんを処分することになったのかを知りたいの」
「ヒカリ様の言動からその様に感じ取りましたが?」
「どういう誤解を与えたのか判らないけれど、この先もペアッドさんには頑張って貰いたいです。ですので、その誤解は早いうちに解いておきたいです」
「ゴードンさんがこちらへ連れてこられていますので、私が存在しなくても調理や料理で困ることは無いかと思います。
また、本日の奴隷の買い付けに際しても、2回目の追加の奴隷候補にはリーダー格で指揮を執れそうな人を選ぶように命じられました。つまり、私は不要になると捉えました」
「午前中の会話では、ゴードンさんやペアッドさんが日々の賄いに時間を取られて、カレーの研究が出来ないって話でした。食料の調達も十分に出来ないって課題が挙がって、その問題可決に向けて一緒に行動している最中であるかとおもいます。
この点はどの様にお考えですか?」
「私は犯罪奴隷の身分でありながら賃金を頂いております。私が不要になればその分の賃金が浮くことになります」
「ちっさ!」
「すみません。それはどこかの方言でしょうか?」
「視野というか、考え方が小さい。高々金貨1枚かそこらで重要な人材を囲うことに難色を示すとか、心が狭すぎる。
その考え方に嫌気がさして、吐き出すように喋った言葉が『ちっさ』だよ」
「気分を害した様で申し訳ございませんが、指揮官として収支を気にするのは当然のことではございませんか?」
「じゃあさ、お金の話をしよう。
人を1割効率良く使うことが出来る人がいるとする。その人は自分+他人1人の効率を10%生産性を上げられるのだから、二人分で20%の生産性向上に繋がる。10人の部下を抱えていて、全員の効率を10%上げることが出来れば、その人の価値は二人分以上の価値があるね。
ペアッドさんが指揮する人が20~30人位い居た場合、それだけで指揮官としての価値は人一人を雇う以上の価値があることになるね。
更にはゴードンさんと連携して普通の人にはできない食料事情の改善に力を入れて貰える。
この合わせた価値が金貨1枚以下とか小さすぎる」
「ヒカリ様の期待はそこまであるのですか?」
「なにが?」
「覚えていらっしゃるかと思いますが、私はヒカリ様の指導する試験を辞退して食料調達班に組み入れられることとなりました。その時点で奴隷失格です。
そして今朝はゴードンさんの研究時間がとれていないことを解決することが出来ておりませんでした。私は無能ではございませんか?」
「ん~~~~~!
なんでも良い。生きて!
ゴードンとかモリスに話を聞いて!
とりあえず、今から奴隷買って帰って世話して。
それが全部終わってから、もう一度相談しよう」
「は、はぁ……」
なんか面倒なことだねぇ……。
夕食会のメンバーが凄すぎるんじゃないかな?
サンマール王国の立て直しって、かなり時間が掛かる?
なんか、魔族の国をハネムーンで訪問してユグドラシル登頂の権利を貰うって凄く遠い夢な気がしてきたよ……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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