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9-05.リチャードの夕食会(2)

 リチャードが迷宮の報告を始めるよ!

「では、皆には夕食を食べながらゆっくりと聞いて貰えればと思う」

「リチャード、そうしたらお父さんの英雄譚をリサとシオンにも聞いてもらう?」


「ヒカリ、子供たちは寝ているのだろう?」

「たぶん。だけど折角の良い機会だと思うよ?」


「ヒカリ、英雄譚は後日にしよう。

 上級迷宮の調査結果と今後の進め方を決めることにこの場の時間を使いたい」


「わかった。では、どうぞ」


「では、報告を始めさせて頂く。

 私はユッカ嬢たちの指導を受けて訓練をしつつ、いわゆる普通の冒険者が資源を目当てに迷宮を探索することが可能かを検証も行った。

 そこで幾つかの課題が見えてきたので、皆もご存じかも知れないが改めて共有させて頂く。


 先ず、消耗品として、水と食料と光の維持だ。

 次に、MAP作成、罠の解除、戦闘といった探索スキルの特殊性。

 最後に、荷物の運搬方法。


 これらの問題が重なり合っているため、訓練された騎士団員を連れて行ってもまるで意味が無い。


 反応が薄い様なので、皆様にはもっと詳しく説明した方が良いだろうか?」


「あ。ええと、リチャードありがとう。

 その他にも、トイレ、時間管理、武器の破損、身体の洗浄といった問題があるけれど、その辺りは、一回限りの探索では気にしなくて良いかもね」


「ヒカリ?」

「なに?」


「私が説明をしている途中なのだが?」

「あ。ええと……。皆の反応が薄いのは、当然のこととして認識しているからだよ」


「どういうことだ?」

「実はレナードさんの街の傍にも洞窟があったり、関所の近くに10階層ぐらいの迷宮があって、そういう場所を攻略している。アジャニアに行ったときも、地下20階層とかの上級迷宮を攻略してきてるから、大体皆が同じ理解になっているよ」


「アジャニアの上級迷宮だと?」

「上皇様にユッカちゃんの身柄を引き受けさせて頂くときに話題に挙がっていたと思う」

「す、すまない。あのときは緊張もあって、全ての話題についていけて無かったかもしれない……」

「ううん。あのときは『どんだけ大変なのか』を説明したって、皇族や王族の人には伝わらなかったと思うよ」


「あ……。今なら上級迷宮の最深部攻略が如何に大変なのかが判る。確かに貴族や王族が幾ら金と人材を投入したところで到達できない」


「うん。ありがとう。やっとリチャード同じ目線で会話が出来る様になったよ」


「これが夕食会のレベルなのか……」

「うん?まぁ、全員が全員独りで迷宮攻略が出来る訳では無いけれどね。モリスやニーニャはそういうのが好きじゃないし。


 それで、上級迷宮の資源化の話の続きはどうする?」


「私は無理だと最初に言っただろう?」

「でも、前回の探索時の収集品と今回の分を合わせれば、金貨5万枚相当ぐらいにはなったと思うよ?」


「それは特殊なメンバーがいるからだろう?

 ナーシャ様の光の妖精。

 ステラ様から貸与して頂いている容量も重量も制限の無い鞄。

 ステラ様とニーニャ様が考案した水が延々とでる樽。


 いま挙げた何れかが無いだけで冒険は行き詰まるし、無理して探索出来たとしても2泊程度しか出来ないだろう。

 つまり、それ以上深い階層に潜れないのであれば収集品としての価値は低く、探索の労力に見合わない」


「リチャード、問題点を少しずつ分けて考えよう。

 迷宮での灯りの確保については、光の妖精ではなくても、小さな魔石で魔道具のランプを作ることで対応出来るかな。小さな魔石であれば、地下の浅い階層で簡単にだれでも手に入れられるから入手や費用では大きな問題にはならないと思うよ」


「な、なるほどな。食料と水の運搬はどうだ?」

「専属の運搬人を雇うか、王国が認定した人を運搬人として派遣するのだろうね。

 水に関しては、迷宮の退避所とかで樽を設置しても良いし」


「運搬人などいないだろう?」

「いなければ、そういう職業を冒険者ギルドで斡旋すれば良いんだよ」


「そもそもステラ様がそう簡単に鞄を作ってくれる訳が無い」

「鞄1個を金貨1万枚ぐらいで売れば良いんだよ。それか有料で貸し出しするとかね」


「持ち逃げしたらどうする気だ?」

「特殊な印をつけておいて、『迷宮から半径500m以上離れたら無効』とかにすれば良いし、あるいは国家認定の資格持ちに国が貸与すれば良いと思うよ」


「な、なるほど……。その運搬人を連れていくことで、食料も水も帰りの収集品の運搬も問題が無くなる訳だな……」

「まぁ、一般的な食料とか安価な収集品であれば問題無いと思うよ」


「どういうことだ?」

「高価な収集品が手に入ったとき、運搬人が素直にそれを共有財産として袋の中から取り出してくれる保証が無いかな」


「皆の目の前で鞄に入れて、更に記録を残してあれば問題無いだろう?」

「でも、あの鞄から取り出すには本人が生きていて、その品物を思い浮かべる必要があるの。だから、探索したメンバー同士で喧嘩になって運搬人を殺したり、再起不能にさせてしまったら永遠に取り出せなくなるね」


「いや、だから、運搬人が素直に中身を出せば良いんだろう?」

「運搬人が冒険者パーティーのリーダーとは限らないから、報酬を公平に山分けして貰えるとは限らない。不遇の生活が続けば、そのうち『自分も良い目に遭いたい』って、欲望が芽生えてくるよね。そこからは冒険者パーティーと運搬人の駆け引きが始まることになる」


「うむ……。そうか……。仲間を金銭目当てで裏切るのか……。

 その様な短絡的なことをしても、その後の信用が無くなるにも拘わらず……」

「金貨1万枚が手に入るとしたら、多くの人の気持ちは揺らぐと思うよ?」


「金貨1万枚あれば……、多くの人にとって人生が変わるな」

「人生が変わるなら、国外逃亡して生き延びれば良いとか考える人も出てくるね」


「ヒカリ、運搬人という制度は難しいのでは無いか?」

「うん、まぁ、だから資格認定制度にするとか、鞄は国有の物にして、範囲制限をかけるとかしないと駄目だね」


「なるほど。鞄の力が無効化されれば、国外への逃亡をしても意味が無いな」

「うん。ただ、それでも駆け引きが無くなる訳では無いから、万全な策とは言えず、高価な武具が得られたら、それは冒険者パーティーが普通の鞄に入れて持って帰らないといけないね」


「わかった。小さな魔石と運搬人の認定とステラ様の支援があればある程度は問題がクリアになるな。

 だが、地図と罠の解除はどうするんだ?それにボス部屋では戦闘スキルも要求される。残念ながら人同士の戦闘訓練では魔獣は相手に出来ないことが分かった。武具もそれ専用の物を用意する必要がある」


「地図は複製するとして、罠と戦闘は訓練かな。武具は低階層で訓練を積んでお金を稼いでから装備を整えて貰って、少しずつ深く潜れるようになると良いのかな」


「ヒカリ、それでは迷宮が資源としての価値が生み出されるのは、人材育成に相当な時間が経った後のことになるぞ?」

「運河や街道の造成、開墾と農園の作成が終わったら一部の元騎士団員は冒険者の訓練を積んで迷宮に入って貰えば良いんじゃないかな?」


「彼らは元騎士団だぞ?母国に帰り騎士団員としての地位に戻りたいと思う者も多いのではないか?」

「エスティア王国で雇った元騎士団員達はユッカちゃんの奴隷印が付いているし、攻め込まれない直轄地では騎士団員の地位があっても暇だし役に立てないんだよね。

 だから、彼らはここで新たな人生を求めて生活していると思うよ」


「そうか……。だが、訓練は厳しいぞ?」

「身体強化レベル1までなら終わっているし、岩が切れる武具ならニーニャから貸与されて常日頃から馴染んでいれば、冒険者へ転職してもそれなりに役に立つと思うよ」


「身体強化レベル2は必要ないのか?」

「迷宮で出てくるパターン化された魔物相手なら大丈夫だよ。訓練で対応できる」


「ヒカリがそういうと、何の問題も無い様に思えてくるな……」

「まぁ、そうでも無いけどね」


「どういうことだ?」

「やっぱり、収集品の価値の鑑定と売却ルートの確立だと思うよ」


「つまり?」

「例えば、私の前に準神器級のこん棒を持って来られても、金貨10枚を手数料として支払って買い取るぐらい。けれど、エスティア王国やサンマール王国、ロメリア王国なんかへの献上品として考えたら金貨1000枚でも安いぐらいだろうね」


「それに奴隷印がついた騎士団員では、自分たちの都合で勝手に売ることは出来ない」

「勝手に売れないし、売るための人脈も無いし、売れたとしてもその代金は奴隷の主の物になるね」


「なんで、こう、面倒な……」

「だから、鑑定してレアだと判明したら、高価な値付けをして、その対価が一定数量に達したら専用の領地や住居を与えて自由に暮らす権利を付与すれば良いんじゃないかな?」

「そんなことをしたら、誰も働かなくなる」

「働かなくても大丈夫な暮らしが出来る金額を稼ぐ頃には、レアなこん棒が高価で取引されなくなる頃だと思うよ」


「値下がりが続けば、冒険者を続けざるを得ない」

「でも、最初のころのレアで贅沢を味わって、それを傍目に見た人からすれば、『次の幸運を手に入れるのは自分だ!』とか、考えるだろうね」


「ヒカリは、こう、なんで、そう……」

「なに?」


「貴族とは異なる考え方を持っているのは素晴らしいな!」

「冠婚葬祭も凱旋のマナーも知らず、すみません!」


「リチャード、ヒカリさん、イチャイチャするのは程々にして頂けないかしら。

 私は商人として、その武具を取り扱うことになるのかしら?

 前回の収集品は殆どをトレモロ卿が船で持ち帰ったわ。今回の私たちの収集品はサンマール王国で販売しても良いのかしら?」


「ええと……。

 マリア様のご判断でエスティア王国で必要な物を取り除いて頂いて、その上でカサマドさんやスチュワートさんに必要な物があれば買い取って貰えば良いのでは?

 更に余剰な分があればサンマール王国のハピカさんと売却方法について相談するのが良いと思います」


「ヒカリさん、エスティア王国を優先する必要は無いわ。だって、カサマド様もスチュワート様もリチャードも同じ訓練生として参加しただけだもの。

 だから、魔族、エルフ族、人族で公平に分ければ良いと思うわ」


「あ、はい。今回の分は今回参加された皆様で好きな様に分けて頂ければと思います」「ヒカリさん、参考までに伺うのだけれど、前回の分はどの様に分配するのかしら」


「売却代金はサンマール王国が負っている借金のうち、エルフ族への返済に充てるとかだったと思いますが」


「ドワーフ族の分はどうするのかしら?」

「魔族から神器の斧を取り返して、返却することでご納得頂ければと」


「ニーニャ様、ヒカリさんはこう言っているけれど、それで宜しいのでしょうか?」

「マリア様、私は構いません」


「ヒカリさん……」

「は、はい、何でしょうか?」


「上級迷宮の収集品が資源となること分かったわ。でも誰も儲からないのでは無いかしら?」

「少なくとも、とある人物が元になった種族間の問題を補填する費用を賄うことが出来ると思います。

 そして、サンマール王国としての経済発展と雇用創出の1要素になると思います」


「ヒカリさん、ハネムーンでサンマール王国を来訪したのでは無かったかしら?」

「リチャードとの旅行ではユグドラシルの樹に登りたかったのがありますね。そのためには、人族の土地であるサンマール王国から登頂の権利を頂きたかったのです」


「だとしたら、サンマール王国の借金はどうでも良くて、早くユグドラシルを目指すべきでは無いかしら?」

「そうですね……。

 ドワーフ族、獣人族、エルフ族の登頂権利は調整が付きそうですが……。

 あとは魔族の登頂権利を被らない様にしませんと、自由に探索期間を設けられない問題がありますね」


「だからカサマド様をお連れして、身体強化レベル2までの秘密を提供することで、魔族からの利権を獲得しようとしているのかしら?」

「いや?それは無いです。

 夕食会メンバーですから共有しますが、カサマド様にはニーニャ様の奴隷印が付いております。もう我々の支配下とお考え下さい」


「「……」」


「マリア様、リチャード、どうかされましたか?」

「カサマド様は魔族の国の第三王子と伺っているわ」


「はい。

 ですが、ニーニャもドワーフ族の中では相当人望があり、憶測ではございますが種族内の内乱を恐れ、種族のミッションを背負うという名目の下で国を出奔されていると想像します」


「種族のトップレベルの能力の持ち主同士であれば、奴隷印など関係なく信頼関係を構築できるということかしらね?」

「私はその様に考えております」


「カサマド様の伝手を利用して、ユグドラシル調査権を手に入れられないのかしら?」

「マリア様、カサマド様は第三王子とのことで、国営に関わる重要な決定権を付与されておらず、辺境の鉱山の管理を任されていた様子です。知能、知識、語学、契約書の締結、経営能力など大変優秀な側面がございますが、王族内での地位に恵まれなかったご様子です。

 そのことと、王族とは別に法皇が支配している教会との利権調整が必要な様子です」


「どういうことかしら?」

「魔族の金貨の交換レート、カジノの運営、飛竜の研究といった内容はほとんど法皇が来られてから教会側の提案により、魔族の国で押し進められるようになった政策とのことです。

 きっと、ユグドラシル調査の利権につきましても教会側との調整が絡んでくると予想しております」


「教会とと法皇という存在がそれだけ国政に口出しできる権力を持っているとなると、ちょっとお布施を包んだくらいではこちらの足元を見られるだけね。

 強大な軍事力を見せるか、圧倒的な経済封鎖、更には飛竜族の支援を借りて攻め入るとかかしら」


「教会の件につきましては、ミチナガ様を中心に教会幹部を訪問することで進めて頂いております」


「あら、動きが速いわね。ひょっとして、ステラ様とアリアさんが今日いないのはそういった関係かしら?」

「は、はい。魔族のテイラー様に案内役兼通訳として同行して頂いております」


「分かったわ。私は暫く商人としての役目を果たせば良いわね。農産物の加工と輸出、港湾施設の利権調整、あとは今回迷宮で収集してきた武具や収集品の分配と換金方法ね。

 この先、一ヶ月を目途に調整を進めるわ」


「ありがとうとございます!

 随分と話が発展しましたが、他に何か共有しておきたいことはございますか?」


「ヒカリ……」

「リチャード、何かな?個別で良いなら夕食会は一旦〆るよ?」


「夕食会って、何なんだ?」

「みんなで集まって、色々考える会かな。最初に説明したよね」


「俺は部分的にしか知らない。誰が何をしているかも判らない。自分が何をしていけば夕食会のメンバーの一員になれるかもわからないんだが。

 今後も夕食会に参加することが皆の迷惑にならないだろうか?」


「自衛して、情報を秘匿できることが重要だから。

 あとは、皆の話を聞いて、自分で考えて、それを皆で共有した上で方向性を決める。

 そういった、お互いを尊重して、信用を損なわない人であれば夕食会に参加してもらう意味はあると思うよ」


「つまり、今までの俺では皆から信用されなかったと?」

「自衛も出来ないし、対人戦争以外の強さも理解出来なかっただろうし、多様性も理解できなかったんじゃないかな?

 今はそれが出来るベースが出来たと思っているよ」


「妻のお前に皆の前で言われるとかなり悔しい。だが、的を射た意見であるが故に否定できない。

 そして、ユッカ嬢をはじめとする教師陣に連れられて種族入り混じっての訓練と迷宮調査で色々な考え方があることを知った。

 それを知ったからこそ、この夕食会の雰囲気に以前の私では参加できなかったであろうことも、今なら理解できる」


「だったら、心配ないんじゃない?」

「そ、そうか。

 未熟者ではございますが、今後ともよろしくお願い申し上げる」


 皆がにこやかに軽い拍手をリチャードに贈った。

 全員が全知全能で、武力やスキルに優れている訳じゃない。

 だったら、信用できて、一緒に行動してくれる仲間は増えることは良いことだよ。


 よし!これからも頑張ろう!


いつもお読みいただきありがとうございます。

暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。


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