7-46.パイスの就職
パイスさんが来てくれることになったよ。
本人はどんな気持ち?
私は妻のことが忘れられない。
自分の不甲斐なさに囚われているのかもしれない。
あのとき、今と同じような知識をもって看病にあたっていたなら。
あのとき、確かに私は治療用の薬草の入手は間に合っていた。
あのとき、魔族の占領領域に出向いて、盗賊まがいのことまでして入手した薬草。
あのとき、それがそのままでは治療薬として役に立たたないと分かった。
あのとき、教会、商人の伝手、冒険者ギルドを訪ねたが情報が不十分だった……。
教会は寄付金額の大きな人を優先に救った。
気持だけでは高価な治療薬を手に入れる方法が見つからなかった。
勉学のための書物は王族や貴族の蔵書になっていた。
冒険者Cランク程度では貴重な情報に接する機会はなかった。
もし、エミリー様が魔族討伐に向かわれていなかったなら……。
もし、エルフ族のステラ様がぶらりと街中を訪問してくれていたなら……。
彼女らの記した写本にあるような秘伝技術を用いて妻が救われただろうに……。
しかし、今日から新しい人生が始まるかもしれないと期待している。
過去の自分と決別できるかもしれない。
何故なら、素性のしれない自分であるにもかかわらず、「治療薬の普及に努めて欲しい」という依頼を出している出資者が見つかったからだ。
薬草の栽培、採取、その下ごしらえはエミリー様の写本で学んでいる。簡単な治療薬は畑さえ作れれば自力で生成出来るようになるだろう。これは出資者の意向にも沿うはずだ。
強いて言うならば、過去の盗賊まがいの行為に言及されないかと、この先魔族の領域へ赴いて、種子や根の採取活動を許可して貰えるかどうかだろうな。きっと、この辺りの情報は既にヒカリというメイドから領主の所へ情報が上がっている事だろう。
これが吉とでるか凶とでるかは、そのとき次第。賢い領主であれば、秘薬に必要な薬草の入手にも理解を示してくれることだろう……。
さて、なにはともあれ、領主様の面接に受かってからだな!
ーーー
未だ夜が明けきらぬ薄暗い中、ヒカリさんと約束した城門の前までたどり着いた。
1日掛けて処分したり、始末したので、荷物は荷馬車一台分だ。
さて、夜が明けて門が開くのを待つか……。
と、まだ開門前の状態であるにも関わらず門番から声がかかった。
「お前はパイスか?ヒカリさんが外でお待ちだ。通す」と。
うん?
城門の門番に指示が出せるレベルの領主だとすると、貴族でも大臣クラス。あるいは大臣クラスと直接話ができる豪商のハピカ殿とか……。
ひょっとして、俺はとんでもない人物と面接するのか?少し緊張してきた……。
「あ、ああ。そうだ。門を開けてくれるのか?」
「荷物はその馬車1台か?速やかに通れ。時間になるまで門は再び閉める」
ど、どういうことだ?
気まぐれで開けたのではなく、わざわざ待ち構えていて、俺が来るのを待っていた?
そして、それを門番自らルールを犯してまで配慮しているのか?
何が起きている?
と、門番にお礼を言って門を通り抜けると、二日前に出会ったヒカリさんが居た。胸には幼女だけを抱きかかえている。
ヒカリさん達の背後に二人の人物がいて、一人ははサンマール王国には似つかわしくない、長袖長ズボンのしっかりとした身だしなみで、中年を少し過ぎたぐらいの男性。もう一人はヒカリさんに近いが、もう一段上の服装で身なりを整えた女性が一人。
想像するにメイド長と領主様なのだろうか……?
「あ、パイスさん、早かったね!門番さんに何か言われた?」
「あ、ああ。ヒカリさん、時間前だけど通して貰えたんだが……」
「そっか。良かったね。このまま領地まで歩きで案内したいけど良いかな?」
「私はこの荷馬車を操縦する必要が有るので、それで宜しければ……」
「うんうん。私は大丈夫だよ。
あ、あと、領主から面接役を任されているモリスさんと、その補助役のカナエさんね。この先、面接に受かったらお世話になることになると思う。
よろしくね?」
「は、はい!モリス殿、カナエ殿、パイスと申します。よろしくお願いします!」
モリス殿はヒカリさんの上司……。きっとカナエさんもヒカリさんの上司に当たるのだろうか……。
というか、カナエだと?
妻の妹の名前がカナエだったはずだが……。
両親の世話をしながら3人で苦労して生活しているはずで……。
妻を亡くしてから、あちらの家族とは音信不通。
カナエ殿が妻の妹なら、親戚関係を再開し、この職を得て支援ができるか……。
まぁ、そのことが今回の面接に影響するかもしれない。
今は黙って、淡々とモリス殿の面接に備えるとしよう。
ーーー
ヒカリ殿について歩くこと15分程度。
こ、これはなんだ?
王都の城外にこのような職人街ができているとはきいていない。
それもドワーフ族やエルフ族が居る。
身なりからして、騎士団員の様な方達もいらっしゃる。
「パイスさん、ここに荷馬車止めて、そこの家でモリスと面談して。
私はちょっと家族の食事作ってくる。
あ、リサはカナエさんに預けるから、一緒にいさせてあげてね」
と、案内だけ済ませるとヒカリさんは何処かへ行ってしまった。
まぁ、お使い役であれば色々と雑用をするのに忙しいのだろう。
それより、ここからが本番だ……。
「パイス殿、私の主から面接をするように聞いています。
ヒカリさんは薬学のことについて詳しく無いので、私が改めて試験をさせて頂きます。宜しいでしょうか?」
「は、はい!」
「では、早速始めます。
1問目。切り傷において、痛み止めと止血の両方に効果のある薬草又は調合した薬剤のレシピを提示してください」
こ、これは何だ?
確かに、面接があるとは聞いたが試験は聞いていなかった。
いくつかのレシピがあるのは覚えているが、薬効に合わせて薬草の種類、調合もかわる。その上2種類の効能を併せ持つ薬剤のレシピは単体の薬草では難しい……。
ああ……。
確かエミリー様の指南書の写本にあったな……。
あれを調べれば、正解に辿り着けるが……。
すべてを記憶していないと、この試験は失格なのだろうか?
「モリス殿、すみませんが、レシピがあるのは知っている。
けれど、調合する分量や手順までを正確に記述は出来ない。
できれば、私の手元にある写本を見ながら説明したいがそれでも良いだろうか?」
「パイス殿、認めます。迅速にそのレシピの写本を提示して、その記載内容を詳述してください」
モリス殿の回答を得て、荷馬車にある外傷に有効なレシピの束を抱えて部屋に戻ってきた。何せ、羊皮紙のスクロールに写本として記述してあるから非常に嵩張る。この一抱えの中に、問われているレシピがあったはずだ……。
持ってきたスクロールを順番に紐解いていき、幾つかを確認したところで目当てにレシピを確認した。確かにこの薬剤であれば痛み止めの効能と止血の効能の両方があったはずだ。
「モリス殿、こちらのレシピになります。説明をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「ふむ……。カナエもこちらに来て、一緒に確認してください」
リサちゃんを抱えたカナエさんが近づいてきて、モリス殿とカナエ殿の二人に説明を行う。説明を終えると、二人は少し小声で会話を交わしてから何かをメモしていた。
「パイス殿、1問目の回答ありがとうございます。
続いて、2問目の課題になります。
虫刺されが原因で発熱症状があり、喉が非常に乾く。痺れや痛み感じません。そのような症状に効く薬剤又は治療方法を提示してください」
再び荷馬車に戻り、そのような症状に効くレシピの描かれたスクロールを選び出して、先ほどと同様に二人の前に説明をした。
「パイス殿、2問目の回答ありがとうございます。
では、最後の問題です。
山間から吹く風によって、咳と皮膚病が発症します。
そのような症状に効くレシピはご存じでしょうか?」
こ、これは……。
きっと、伝説のステラ様が北の大陸のある街の風土病に有効な治療薬を発案したときの話をしているはず……。あのレシピの写本も何処かにあったはずだ……。
「モリス殿、何処かにあるはずだ。少し時間をください」
俺が所有する多くのレシピは、南の大陸での傷病へ効果のあるレシピだ。だが、僅かだがステラ様のレシピも有名どころは押さえている。まさか、実用上は使うことがない、そんなレシピが日の目を見る機会がくるとはな……。
と、荷馬車でレシピ探しに多くの時間を掛けてしまい、漸く部屋に戻ると緑髪の長身のエルフ族の女性が居た。
ま、まぁ、今回の試験とは関係ないだろうが……。
「モリス殿、お待たせしました。こちらのレシピになります。
ただし、記述の幾つかはエルフ語で書かれていたため、私の翻訳により、人族で使う薬草の名前に代わっている者があるかもしれません」
と、今度はモリス殿、カナエ殿、エルフの女性の3人の前で説明を行った。
俺が説明を終えると、エルフの女性から質問があった。
「ええと、パイスさんと仰ったかしら?
今の説明の中にロックキノコという物がありましたね。
どういった物なのか説明できますか?」
「私が現地へ赴いたわけではありませんが、想像するに断崖絶壁に生え、非常に成長が遅いキノコであると想像されます。ロックキノコはその岩壁に生えるキノコとして、私が人族の単語を当てました」
「なるほど。そのロックキノコの実物は見たことがあるのかしら?」
「いいえ。非常に貴重なため、大変高価らしく、一欠けらで金貨一枚で取引されると聞いております。また、こちらの南の大陸で自生しているという話をききません」
「そうよね~。そうなのよ……。
私もそのレシピ作ったときは、岩キノコの入手に難儀したのよね……。
でも、そのレシピの記載内容はもう古いわ。
だって、岩キノコなら潤沢に手に入るもの」
と、そのエルフの女性は机の上に鞄を置くと、中から皮の小袋とりだして、その中身を机の上に広げた。そこには、干からびた海藻のような、苔のようなものがガサガサと無造作に広げられた。もし、これが今話題にしていたロックキノコのことだとすると、これだけの分量で金貨1000枚以上の価値になるはずだが……。
「どう?」
「あ、え、あの……。どうと申されましても……」
この人は何を言っているんだ?
これが岩キノコ?レシピの情報が古い?
つまり、ステラ様のお弟子さんか何かなのか?
「何か質問があるのかしら?」
「え、ええと……。私がこの写本を作ったのは、かの有名なエルフ族の伝説の族長であるステラ様の直筆のレシピの写しからでして……。つまり、このレシピが古いのは当たり前と申しますか……。
それよりも、そこま詳細にごぞんじであるということは、ステラ様のお弟子さんか何かを経験されたのでしょうか……?」
「弟子……。弟子はとらないのよ……」
「とすると、ステラ様の付き人とか、縁者でいらっしゃるのですか?」
「モリスさん、公開しても大丈夫かしら?」
「実力としても申し分ないですが、契約はまだですので……」
「そう。モリスさん。私の試験は合格よ。
契約が終わったら紹介して頂戴」
「承知しました」
と、ステラ様と何らかの関係があると思われる女性は、モリス殿に合格を言い残して部屋から出て行ってしまいました……。
合格?何がでしょうか……。
「パイス殿、宜しいでしょうか?」
「は、はい」
「試験は3問とも合格です。ですが、現状は過去のレシピより色々な改良が進んでいますので、今後も勉学と研究にも励んで頂きたい要望がございます。
と、こちらの期待はあるのですが、正式に契約を結び台のですが条件の提示に進んでも宜しいでしょうか?」
「は、はい……。合格……。契約……」
「では、一旦、広げられた羊皮紙はお仕舞頂いて、契約書の作成に入りますが宜しいでしょうか?」
言われるがままに、試験のために広げたスクロールの類を丁寧に丸めて戻していく。そして部屋の隅に、分類をある程度分けて積み上げていく。
だが、その作業をしながらも、何か納得がいかない。
門番、城外に突然できた様に見える、種族が入り混じった職人街、モリス殿の薬学に関する試験、突然現れたエルフ族の女性……。この数々の疑問が残った状態で、この場で契約をしてしまって良いのだろうか……。
片づけを終えて、モリス殿と相対して木製のしっかりしたテーブルに腰かける。
「パイス殿、何か考え事をされていますか?
大事な契約になりますので、ご質問があればどうぞお気軽にお尋ねください」
俺は、モリス殿の後ろでスッと静かに立つカナエ殿をチラチラと見ながら、朝からの不思議な出来事について質問を重ねた。
そして、その全ての質問に「主の意向です」と、同じ答えが返ってきた。
いやいや、おかしいだろう?
領主が門番に指示をだせるとしよう。
だが、この土地は人族の土地だ。無闇に他の種族を住まわせて、職人街をつくろうとしたら、王族との軋轢を生む。ここは人族の王姉殿下が絶対権力を握っている土地だ。他種族の族長が来ても融通は利かない。
次に、薬学の試験だ。最初の2問は南の大陸の教会の秘伝のレシピ。それをモリス殿やカナエ殿が判定できる訳が無い。3問目はステラ殿の関係者であれば、その正解に辿り着けた可能性があるが……。
これらの答えが全て、領主の意向だと?
ああ……。
俺はえらい勘違いをしてるのかもしれないな。
ここは自治を認められた職人街であって、そのとりまとめ役が存在しているんだ。その人の意向であれば問題ないことになる。きっと、その人物はサンマール王国から知られていない存在なのだろう。
だとすれば、俺が深く追求すればこの機会を失うことになるし、あるいは暗殺されるかもしれない。
なるほど。
モリス殿は暗黙の了解として、これを俺に教えてくれている訳だ。
そして、その陰の支配者について立ち入るなと。
良いんじゃないか?
これだけ優れた職人たちがいる場所で、求めていた職に就けるのだから……。
「よし!契約しよう!」
おれはモリス殿にキッパリと言い切っていた……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
すみませんが、作者のリアル事情により、更新が遅れました。
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来週以降、なるべく毎週金曜日22時更新の予定です。
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