7-44.カレーを食べよう(1)
これで今晩のカレーと明日のパイスさんの世話は何とかなりそうだね!
「モリス、ただいま~。
カナエさんを連れてきたから打ち合わせをお願い。
カナエさんも私の専属雇用になるので、給金の契約とかもお願い」
「カナエさん、初めまして。
ヒカリ様も悪気は無いのですが、いつもこういった感じでして……。
早速、普通の会話で進めさせて頂きますので、別室にご案内します。
それとヒカリ様、シオンくんは香辛料の調合が終わったとのことで、ゴードンさんとカレー作りに向かいました。共同の調理場へ顔をだしてあげてください」
「モリス、ありがとう。
これからシオンの所に行くよ。
カナエさんの住居とか世話とか色々お願いね。
あと、リサが此処に戻ってきたらカナエさんとの面談もお願い」
「承知しました。
カレーなる食事が出来ましたら、私もご相伴に預かりたい次第です」
「今日は香辛料の調合から始めた試作品だからね。
食べられそうなものができてきたら呼ぶよ」
「承知しました。カナエ様、では早速こちらへ……」
よし、カナエさんの契約とか秘密保持とかはモリスに全部丸投げして調理場に向かうよ!
ーーー
「ゴードン、シオン、ただいま~」
「ヒカリさん、お帰りさなさい」
「お母さん、お帰りなさい」
少し高めの湿度の室内には仄かに薫る出汁系の香り。
そして、その湿度の高い中でも鼻腔と上顎の粘膜を刺激する香辛料の香り。
準備は上々なんじゃないかな?
「随分と下準備が進んでいる様に見受けられるけど、どんな感じ?」
「ヒカリ様、先ずシオン様のご提案により、鳥系の骨やすじ肉から出汁を取っています。並行して、鰹節と昆布の合わせ出汁をとっていましたが、そちらは魚臭くならない様に既に出汁を取り終えてあちらの鍋に取り分けています。
今から、小麦粉と片栗粉をフライパンで乾煎りしつつ、そこへシオン様の香辛料のミックスを合わせていく工程に入ります。ここまでが下準備で、それが終わりましたら肉入り野菜スープの準備になります。
今回は「お母さんは、きっと白いご飯でたべたいはず」と、シオン様が仰られていたので、市場で購入した白米を炊く準備をしております。
ですので、あと30分もあれば、カレーの試作品第一号が出来あがると思います」
「へぇ~。日本風のカレーが出来あがりそうだね。リサやパイスさんが目指す薬膳料理とは異なるけど、私は有りだと思うんだよね」
「お母さん、今のところ準備は順調です。特に指示したいことが無ければ、そこに座って見ていて下さい」
「うん、じゃぁ、ちょっと座ってゆっくりさせてもらおうかな」
今日は朝から色々な所を周って疲れちゃったんだよね……。
少しぐらい休んでてもバチは当たらないよ……。
うん、ちょっとだけね……。
……。
……。
ーーー
「お母さん?」
「お母様」
ん……。
なんか、両側から頬っぺたをペチペチされている……。
なんか、カレーのいい香り。食欲を刺激するよね……。
って、ああ!
異世界で初めてのカレーを作ってる最中だった!
疲れが溜まってたのか寝ちゃったよ!
「リサ、シオン、ちょっと寝てた!カレーは出来た?」
「お母さん、子供の舌では分かりませんが、良い様に思われます」
「お母様、子供には少し辛い香辛料を使いすぎだと思います」
「ん~。ご飯と合わせてみた?
あとは付け合わせのピクルス類とか冷たい水とかも良いんだよ。子供だったら、牛乳やヨーグルトも良いね。
それでも駄目なら、子供用に牛乳とバターを少し合わせて調整するしか無いかな?」
「お母さん、是非味見をしてみてください」
「お母様、私たちのことは良いので、ラナちゃん達に提供して問題が無いかを確認してください」
「わ、わかったよ!味見てみるよ!」
目の前には炊き立てで水稲米らしく艶々とふっくらしたご飯と、少しドロッとした感じの洋食屋さんのカレーみたいのがかかった木皿がある。この木皿は少し深めのカレー皿になっているから、ルーとご飯を合わせて食べるには問題無いね。
一緒に置かれている木のスプーンでひと掬いする。フーフーと冷ましながら香りを嗅ぎつつ、カレーの風味を楽しむ。この時点では香辛料とスープ出汁の濃厚さを併せ持った本格的なカレーだね。
だけど、具がない。スープカレーという訳でもないし、日本の家庭でよく提供されるゴロゴロした野菜や肉の塊が煮込まれている訳でも無い。
ま、いっか。
口の中が火傷をしない程度に冷ましたカレーを口に放り込むと、いきなりガツンときた~~~。
美味しい脂ののった牛肉を塩のみで食べたときの様な、アミノ酸とかタンパク質固有の味わいが脳を刺激する。
タンパク質と脂の濃厚さが口の中に行きわたると、今度は魚介ベースの出汁の味が口の中を豊かにする。この時点でカレーではなくて、濃厚ダブルスープのつけ麺のつけ汁を味わったような感覚に浸る。
このアミノ酸系の刺激が一通り通過して、口の中でご飯とルーを咀嚼すると、今度は自然に吐きだされる口の外からの香りと共に、鼻腔を内側から通過する吐息によって、香辛料の豊かさが脳を刺激する。
曳き立ての香辛料の香りが小麦と共に煎られて風味を豊かにしている。更にはそれが脂に溶けだして、水溶性と脂溶性の両面の香りが相乗効果を醸し出している。
カレーは芸術だね!
最後は食感。モクモクと咀嚼すると程よく炊きあがった水稲米のもっちり食感に、濃いめのルーが絡みついて、米とルーという名のソースのハーモニー。
味、香り、食感。
これが一度に楽しめる料理って、カレーの奥深さなんじゃないかな~。
ふぅ~~~。
異世界でクッキー作ったり、醤油塗ったトウモロコシ食べたりと、これまで食事で感動するシーンは有ったけれど、カレーはやっぱり凄い……。
それにしても、シオンは1回目で良くここまでの日本風カレーに到達できたと思うよ……。
「お母さん、戻ってきてください」
「お母様、大丈夫ですか?」
余韻を残しつつ、ゴクリと一口目を飲み込んでから問いかける二人と見守るゴードンに返事をする。
「これは私が故郷で食べていたカレーに勝るとも劣らない味わいだよ。感動しました!」
「お母さん、合格ですか?」
「お母様、ラナちゃんを呼ぶべきです」
「ヒカリ様のお眼鏡に適い光栄です。
ですが、あまりにも材料と工程が複雑すぎて、直ぐにレシピを再現できるか自信がありません。試行錯誤が必要になるので、お時間を頂きたく」
みんな嬉しそうだね。
私も嬉しいよ。
この幸せを分かち合いたくなる気持ちは私も一緒。
けど、ゴードンが言う様に大量生産するためにはレシピ化が必要で、そこを上手くやらないと、とんでもない代物が出来ちゃうっていうね……。
「ゴードン、シオン、今回作ったカレーのルーとご飯はあと何人分残ってるかな?」
「ヒカリ様、大き目の鍋に作りましたので、ルーだけでしたら10人分ぐらいはあるかと。あとは、出汁とか調合済みの香辛料は個別に確保しておりますので、鍋で2回分程度は提供できます。
それよりも、ご飯の供給とレシピの作成の方が心配ではございますが……」
「シオン、今回の香辛料は配合のレシピと素材は確保できそう?」
「お母さん、配合のメモは残っています。ですが、肝心の素材の方がパイスさんから分けて頂いたものがいくつかあり、今回調合した分でおわりになります。つまり、この大きさの鍋で2回分ですね。
そのあとは、リサお姉ちゃんとお母さんで捜索に向かった香辛料のある村ですとか、栽培するとかで入手する必要があります」
「ん~~。コーヒーやカカオよりは楽に作れそうだけど、やっぱり香辛料の栽培がネックになるねぇ……。
じゃ、今回は10人ぐらい限定の試食会にして、残りはパイスさんとカナエさんに栽培してもらった香辛料が収穫できる様になってからお披露目会を開く感じかな?」
「ヒカリ様、そうしますと……。ユッカ様とラナちゃんは如何いたしましょうか?」
「ユッカちゃん、マリア様、クレオさんは迷宮の中だから戻って来れないよ。
妖精の長達と、モリス、ステラ、アリア、カナエさん。これで10人だよね」
「ヒカリ様、本当に宜しいので?」
「ゴードン、何が?」
「上皇様のお孫様と、義理のお母様で尚且つ王妃様でいらっしゃいますよ?」
「ん~~~。
二人がいつ戻ってくるかわからない。料理は冷める……。
でも、次回の食事に提供できる香辛料は無い。
黙っておくしかないんじゃないかな?」
「お母様、マリア様へはカナエさんの報告をする必要があります。
その際にカレーの話が出ませんか?」
「カレー以外の話をすれば良いんじゃないかな?」
「カナエさんとパイスさんにお願いする薬草の畑はカレーの香辛料向けですよね?
そして、私とパイスさんは直接話をしていませんので、治療薬の開発がどこまで進むか分かりません」
「うん。尚更時間が掛かるってことでさ。あくまでカレーは副産物なんだよ」
「ヒカリ様、情報統制がとれない案件になりますよね?」
「まぁ、誰かが喋るか、マリア様達が帰ってくるまでにカレーのお替わりが間に合わないか。そういったときに問題になるね」
「お母さん、ユーフラテスさんにお願いすれば一週間ぐらいで収穫出来ないでしょうか?」
「お母様、ユーフラテス様にお願いすべきです」
「ヒカリ様、もし、シオン様、リサ様の仰る何かがあるのであれば、それに縋るべきだと、私も思います」
「ん~~~~~~~~。
本人達にもカレーを食べて貰って、それから考えよっか!」
なんか……。
おかしいと思うんだよ?
妖精の長達に簡単に頼って良い物だと思わないんだよ。
ただね?
私が頼まなくても、多くの人が望みを伝えたならば、それを実現しようとしてくれちゃうのが妖精の長達の存在であって……。
ん~~~~~~。
ま、いいのか?
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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