1-15.出汁を作ろう(4)
エイサンと昆布の確認が終わってから、私は海藻の世話とお土産のクッキーづくりに勤しんだ。その間にエイサンとモリスで打ち合わせを始めて貰ったよ。
ちなみに、貰った魚は冷凍庫で急速冷凍。明日にでも時間が出来たら、ナビから鰹節の作り方をダウンロードしてもらって、鰹節作りに挑戦してみようっと。
この辺りの下準備を終えてから、今日の夕ご飯についてゴードンと打ち合わせを始めた。
「ゴードン、今日の夕ご飯に、海藻のコンソメスープを出してもらっても良いかな?コンソメにテングサとワカメを入れるの」
「ヒカリ様、昆布で出汁を取らずにコンソメを使うのですか?コンソメとは?」
「あ~。いろいろ、ゴメン。
コンソメは今朝話をした、野菜や肉をベースに煮詰めた出汁のことね。
で、昆布は今日貰ってきて、さっき洗って、今干してあるものだけど……。
昆布の海藻の滋味と、海藻の滋味が重なって、折角のテングサやワカメの仄かな香りが、全部昆布の出汁の強みで消されちゃうんだよ。
あと、野菜や海藻ばかりでは、味に深みやコクがでないから、なんか、海藻の食感ばかりが気になって、バランスが取れないっていうね……」
「ヒカリ様、実は朝の打ち合わせの後から、野菜類を用いた出汁と肉類を煮詰めて作った出汁を別々に用意してあります。まだ、どういった効果があるか判りませんが、ひょっとしたら、今のコンソメというものに使えるかもしれません。
その上で、昆布出汁とコンソメとで今日のスープを決めるのは如何でしょうか?」
「うんうん。両方やってみよう。それで皆で試食してみよう!」
結果から言うと、やっぱり、コンソメにテングサやワカメを浮かべた方が評判がよかった。
肉の旨味と脂成分を海藻のスッキリ感が殺してコクがあるのにスッキリしていた。
あとはテングサ独特のコリコリした食感に纏わりつくヌルヌル感の妙。そして仄かに香る磯の滋味。ワカメについては、茶色の海藻が茹でることで綺麗なエメラルド色への変化に驚いていた。そして、テングサより磯の香が薄い反面、食べた時の海藻としての一体感が有って良かった。
まさに、スープと素材の絶妙なバランスってやつだね。
夕飯の後で、『昆布を出汁だけとって捨てるのは勿体ない』って、声も挙がったけれど、それって、醤油とか別の味付けを足さないと、ぶにょぶにょの塊を食べるだけになっちゃって、お腹は一杯になるけど、美味しさは無いんだよね。
まぁ、コンソメにしても、現代の贅沢な考えなのかもしれないし。この辺りは追い追い考えて行くことにしう。
「ヒカリ様、出汁の素晴らしさを体験させて戴くとともに、料理の素材に引き立て方の幅の広さを改めて実感しました。ソースや調味料ではなくて、出汁も重要なのですね……」と、ゴードン。
「うん、まぁ、そんな感じ?
ただ、私も全ての組み合わせを知ってる訳じゃないから、いろいろな出汁やソースと組み合わせることで、素材を生かす新たな発見とかもあるかもね?」
「判りました。
では、海藻を干すことと、明日からでもヒカリ様の指示で鰹節の製作に取り掛かりたいと思います。
コンソメ系の出汁に関しましては、普段の料理を作る際に、良く洗った野菜の屑や肉を捌いたときにでる切れ端なんかを上手く活用していこうと思います」
「うんうん。まだまだ食料自給率が100%を超えてないからね。潤沢に食材があって、贅沢な料理をいつでも楽しめる状況じゃないからね。
無駄にならない様に気を遣いながら、研究して行こう」
と、私がゴードンと試食結果を受けて話をまとめると、今度はモリスから声が挙がった。
「ヒカリ様、海人族との交易についてですが……」
「うん。モリス、いろいろ宜しくね」
「領主であるリチャード様の許可は別途調整を進めます。
ですが、実際問題、人目につく可能性がある海藻類や魚の運搬方法は厳しいと言わざるを得ません。
ヒカリ様としても、乾物を手に入れられたいとのことですので、メルマ周辺にそのような加工が出来る工場を建てて、そこで製造するのは如何でしょうか?」
「モリス、ナイス!それで行こう!
メルマにドワーフ族の工房、海産物の加工場は昆布と鰹節。ただ、鰹節はいろいろと臭いが出るから煙突を建てたり、準備が必要だね。
あとはサトウキビから砂糖を作る加工施設だけど、エイサンに聞いて、何処に加工施設を作ったら、運搬の手間が少なくて済むか確認した方が良いね。きっと、南方で栽培する方と育成条件が整いやすいと思うから、そっちはマリア様と連携した方が良いかも?
あ、大事なこと忘れてた。海人族の人達のメルマの港の使用許可証も手配しておいてもらえる?ランドルさんは念話が使えないから、レナードさん経由の飛竜の念話を通すことになるかも?」
「承知しました。その方向で進めさせて頂きます。
また、交易と特産物、加工施設の権利化も進めさせて頂きます。
そして、正式に海人族との交流に向けてエスティア王国内での調整を進めます」
流石はモリスだよ。
裏も表も実務能力が半端じゃなく出来る。
でも、モリスが生きるのも優秀な料理人が素材を生かしてくれる環境があったり、軍事的な優位に立てる様にマリア様やフウマ達が軍事介入を防いでくれたりする。
そして、工房の類がちゃんと完成していくのはニーニャ率いるドワーフ族のお陰だしね。
本当に皆様に感謝だよ!
「ヒカリ様、念のために申し上げます。
リチャード様はヒカリ様の作られた領地と家族を守るために精一杯戦われております。
国家間や種族間での駆け引きに於いて、有利に、そして相手に舐められないように入念な準備をして外交を行っております。
領地内での経済特区を聞きつけた商人やギルド長が訪問されておりますが、それらの国内での不公平性が起きないように適切な課税を検討するなど、日々領地経営の研鑽を積んでおります。
これは単なる武力による統一国家を作るより、難易度が断然高いです。種族特性、文化の違い、特産品、武力による背景、交易における地域価格差、輸送経路と道中の安全の確保等々。戦うべき相手は正面に武器を構えた人物ではありません。
リチャード様のこれまでの経験とは全く異なる思考が必要ですので、大変もがき、苦しんでいます。どうか、ご理解いただけますよう」
と、モリス。
うん。そりゃ、そうだよ。
封建制度を確立しようする中では、武力制圧が民族統一の唯一の手段として考えられていて、国力を維持するには他国を制圧して奴隷と税収を拡大することが国家運営の目指すべき姿として信じられている価値観だったんだもん。
戦争を起こさずに、領地が成長して、国民が豊かになって行く姿を目の当たりにしているんだから、この新しい国家の統治方法は自分なりに習得していくしかないよね。
「……ヒカリ様……。
ご不満でしょうか?」
あ、やばい。やばい。
シミジミと感じ入ってしまったよ……。
「ううん。
私のせいで、王子に苦労掛けてるんだな~って。
そのことを私に当たり散らさずに、更なる領地の向上に向けて、自ら励んでもらってるなんて……。
そんなことを、考えていました」
「ヒカリ様は結婚の儀と出産がほぼ重なっていたため、ハネムーンと呼ばれる結婚の喜びを月の妖精であるルナ様へ捧げる旅行に行けておりません。
一方、リサ様とシオン様は、ご両親の血を受けてか、普通の子供達より成長が早い様に見受けられます。例えば、ユッカ嬢の様にです。ひょっとしますと、2歳を待たずに、走り回ったり快活に喋ることも可能になるかもしれません。
であれば、家族そろって、ハネムーン旅行に出かけることが出来るかもしれません。私がまだ見ぬユグドラシルの樹など、世界を見聞したお土産話をお願いしたい次第でございます」
「え?え?モリス、どういうこと?」
「率直に言えば、リチャード様はヒカリ様に大変申し訳なく思っている部分が多々ございます。
王族でありながら、正妻をハネムーンに連れて行くことが出来なかったことや、両親の居ないヒカリ様の子育ての文化を理解して手伝うことが出来なかったこと。
そして、疲れているとはいえ、夜中に授乳しているヒカリ様へ寄り添うことが出来ていないことなどです。
であればこそ、いち早く、この領地を安定させ、ヒカリ様を喜ばせるために世界を巡る旅に向けて、準備をされていますこと、心の片隅置いておいて戴けますでしょうか」
「あ、はい……。
じゃ、じゃぁ、私も子育てに専念して、一日でも早く、家族みんなで旅に出かけられるようにならないとね」
「伝えたかったことはそれだけでございます」
あ、あれ……。
な、なんか、なんか……。
私が疲れてるの?リチャードに優しくしてないってこと?
あ~~。
リチャードも疲れが溜ってるのかな……。
私も出産のダメージから回復したし、今日は一緒に寝よう。
かな……?
ーーー
久しぶりにリチャードと夜を過ごして、ちょっと気怠い朝だけれども、家族と一緒に朝の準備体操を終えてから、朝食をとる。
そして、ゴードンと一緒に鰹節づくりに挑戦することにしたよ。
先ずは鰹節に適した魚の形が重要ってことが判った。鯛やシイラのような平べったい魚だと、3枚に下した後で、蒸したり、乾燥させていくうちに割れてしまうし、出来上がったカチカチの鰹節をカンナで薄く削るのも困難。
だから、カツオやマグロのような正面から見たら丸太のような形をした魚を選ぶ必要があるんだね。
エイサンが持ってきてくれた体長1mくらいの魚の一匹がマグロなのかカツオなのかよくわからないけど、正面から見たら丸々と太っている魚があった。それを3枚に下してみると赤身だったので、このまま作業を続行することにしたよ。
身を背と腹で分けて4本分に分けた。それから内臓や骨をとって、蒸して、乾かして、干して……。
たった一匹なのに凄い大変!
乾かし方にムラがあったら、ひび割れてくる。そのひび割れには魚のすり身を糊のようにして埋めて補修する。
一方で、並行してアジャニアから連れてきた職人の一人が自前の保存調味料として、鰹節を持ってきてることが判ったので、そこの表面に付着しているカビを少し分けて貰うことにした。
そのカビを培養して増やすんだけど、増やし方としては、鰹節表面のカビをそぎ落としては、新たに増えるの待つっていう地味な作業。
ただ、そこを増やす工程は、パン用の天然酵母を作ったとき同じ要領で、エーテルさんにお願いして、純水培養してもらって効率良く増やした。
何せ、アジャニアまで行ってカビを貰ってくるわけにはいかないからさ?
生乾きのカツオの身と、カビのそれぞれが集まったので、でやっと鰹節の根源となる荒節が出来始めた。本体にひび割れが入らないように管理するには、温度や湿度が重要らしい。あまり付近の住民に見つかると不味いから、領主の館の地下室を拡張して、恒温恒湿槽を作って、そこで管理することにした。
煙突?当然、煙突を作ったし、領主の館の屋根より、かなり高いところへ伸ばしてから煙を排出するようにしたよ。
あ。燻す過程で桜の樹のチップとかで燻すことで鰹節の香りが良くなるっていうんで、煙も出ちゃうのね。
何だかんだで、1匹から4本の鰹節を作るためだけなのに3ヶ月くらい掛かっちゃったね。もっと最初から大量に仕込めば、いろいろ試せたかも知れないけど、マリア様やモリスと約束したハネムーンで世界中を旅行する準備が必要だから、そっちに注力したかったってのもある。
大量に作るためには、モリスに頼んだ海人族との交易の開始とか、メルマの海岸近くでの工場を作ることとか、いろいろ準備が必要だからね。
その辺り含めて、たくさんの鰹節の大量生産はゆっくりと進めることにしたよ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
余裕がなくなったら週末1回のペースにさせて戴きます。
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