7-38.カレーを作ろう(6)
リサの生家のある村で本格的に採取を始めるよ!
「リサ、リサ……。そろそろ起きない?」
「(ぐぅ……)」
いや、もう、昨日の夕方から寝て12時間以上寝っぱなしだよ?
お腹が鳴ってるじゃん?
「リサ、お腹空かない?」
「ん……」
この寝ぼけてる感じは子供さながらの可愛さがあるね。
中身がどうあれ、我が子を眺める幸せを独占中だよ!
もう起こさないで、夕飯に続いて朝食も一人で良いかな……。
昨日はスープとパンだったけれど、今日はガッツリ働くことになりそうだから、朝からお肉が良いね。
ハンバーグをパンで挟んでハンバーガーにしよう。ただし、パンもハンバーグも鞄に出来上がった物を入れてあるから、フライパンで焼きなおして、適当な野菜と昨日摘んだ若芽の類と香草類を挟んでお終い。味付けは肉汁と塩コショウだけ。ケチャップとかマスタードとかそういった洒落た物は余裕が出来たら作ることにしよう。
う~ん。小麦の焼ける香ばしさ、肉が焼ける独特の香り。これだけで食欲が増すね。飲み物は牛乳と言いたいところだけど、冷やした牛乳とか保存する器が無いから、果物を絞ったジュースに自家製の氷を浮かべておしまい。
ま、手早く作れてカロリーもバランスも取れてて良いんじゃない?
「さて、頂きます!」
こう、一人でも何となく習慣で声に出しちゃうことってあるよね。
まぁ、誰も聞いてないからドンマイドンマイ。
「お母様?」
え?リサ、起きた?
声がする後ろを振り向くと、小屋の中から目を擦りながら、ボーっと立ってるリサがいる。この辺りの体格は1歳というより3歳ぐらいな雰囲気なんだよね。
眠そうなのに、頑張って立ってる感じが可愛い。
「リサ?」
「お母様は、寝ている子を起こさずに、自分一人で朝ごはんを食べるのですか?」
「起こしたよ?昨日の夜も。でも、リサはお腹がぐぅぐぅ返事するだけで起きなかったよ」
「人のお腹の音を勝手に聞かないでください!」
「怒るところはそこ?」
「私だって羞恥心はあります。色々と気を付けてます!」
「ごめん……。でも、リサが疲れてそうだから無理に起こすのは止めたよ……」
「起こそうとして、結果として起きなかったなら、それは起こしたとは言いませんよね?」
「ん……。リサの体を起こしたし、語り掛けたら、『ん……』とか、返事もしてたけど、直ぐに寝直してたね」
「む……」
「それは怒るところ?」
「本当かどうか判らないので、ちょっと悔しいところです」
「そっか。昨日の夕飯と今朝のハンバーガー、どっちも直ぐに出せるけど、どっちがいいかな?」
「何でも食べられます」
「そう。じゃぁ、これまだ口を付けてないから先に食べてて。
その間に昨日の夕飯を温めなおす。ついでに私の分も追加で作るよ」
「待ちます。(ぐぅ……)」
「リサ、『待てないって』お腹が……。あ、なんでもない!」
「待つって言ったら待つんです!(ぐぅぐぅ)」
「わ、わかった。半分ずつに切って一緒に食べよう。食べながらお替わりを作るよ」
まな板を出して、さっき完成したハンバーガーをナイフで簡単に半分に切る。
リサに半分を渡して、私も残り半分に噛り付く。
リサは幼児にとっては大きなハンバーガーを小さな口でもちょもちょと食べ始める。
私も片手でハンバーガーを齧りつつ、鞄から鍋と昨日作ったスープ、あとはさっきのハンバーガーの材料一式を取り出して、順番に温めていく。
「リサ、昨日の夕飯は小さなお肉が入ったスープにしたよ。パンが欲しければ出すけど、先ずは朝食のハンバーガーを食べ終わってから追加にしようか。
それとまだ食べられるようなら、フルーツジュースとフルーツ盛り合わせも残ってるから言ってね」
「お母様、一度にそんなに食べたら動けなくなるか、お腹が痛くなります」
「ん~。リサは休んでていいよ。心配なら、指示だけ出してくれれば私がやっておくよ」
「お母様、なんで私が食べ過ぎて休む前提で話を進めますか?」
「育ち盛りだから、良く食べて、良く寝た方が良いかなって思っただけだよ」
「分かりました。今日はこの家の周りの採取が終わったら教会に行くつもりでした。
もし、私が寝てしまっていたら、教会に行く準備が出来ときに起こしてください」
「リサ、この家の周りの採取は終わってるよ。ただ、植物を根の土ごと運ぶ可能性があるから、何本か元気なのは周囲の草だけ刈り取って残してあるよ。
リサが元気なら今から教会へ行こっか」
「お母様、この家の周りにもそこそこ広い面積に採取できる植物が植えてありましたし、それらの見分け方も必要であったかと思います。
お母様には申し訳ありませんが、巫女の経験が無く、植物の見分けが出来ないとなると、必要な植物を含めて刈り取られてしまったか、あるいは逆にほとんど手を付けられなかったのでは無いでしょうか?」
「その辺は上手くやったと思うよ。
ある程度までで、その先は完全な雑木林になっていたから、採取と刈り取りは止めて寝ちゃったけどね」
リサは私の言葉を信じられないらしく、座って食べていた半分のハンバーガーを持って立ち上がると、周囲を見回し始めた。周囲の草がほとんど刈り取られていることを確認すると、今度は浮遊術を使って上昇し始める。
って、リサ、ハンバーガー落ちそう。手が緩んでる!
慌てて、リサの所まで上昇して、そっと片手に掴んであるハンバーガーを受け止めると、また元の所で朝食の続きを一人でする。
5分ぐらいしてからリサが下りてきた。
「お母様、これはどういうことですか?」
「うん?」
「私は必要ですか?」
「どういうこと?」
「私が小さいこともありますが、お母様が全て片付けています。
私が居なくても大丈夫ではありませんか?」
「そんなことないよ。ここまでの道案内だって必要だし、どこに何があるかの当たりを付けてくれたのもリサだし、小屋の中で雨風を凌いで寝られたものリサのお陰だよ」
「でも、でも……。この面積をこの様に丁寧に植物の種類を分けて刈り取るためには大人3人で一週間は掛かる作業だと思います」
「ん……。
リサが植物のリストを示してくれたから、雑草と認定しているものと、そうでない物を分けておいて、雑草以外に風魔法のガードを付けて、そのあと、風のカマイタチを利用して雑草をなぎ倒しただけ。立って残っている植物は雑草以外だよ。
確かに刈り取った雑草を集める上手い方法が見つからなかったから、麻袋にぎゅうぎゅう押し込んで、番号を振って、全部鞄に詰め込んでおいた。この時間が大分掛かったけどね」
「いっぱい質問をしたいことがあるのですが……。
とりあえず、雑草を鞄に詰めるのは無駄だと思いませんか?」
「今回みたいに野宿するときに敷布団になるよ。
あと、雑草を残しておくと必要な残った植物が何処にあるか分かり難いから回収する必要があったね。
回収した草を山積みにしておいて、何処かに風で運ばれて、その異常を魔族に知られたら、ここに人が降りてきたことを勘繰られるかもしれない」
「わかりました。
次に、どの様にして雑草とそうでない物を見分けたのですか?お母様の進め方ですと、雑草と必要な植物が混在している状態を確認もせずに、風避けの魔法をそれぞれに掛けたのですよね?」
「リサ、ご飯を食べながら聞いてくれれば良いよ。
まず、この世界の魔法の使い方は正確に頭にイメージをすること。そしてそれをエーテルさんに伝えることが出来れば、その魔法は叶うの。
そのイメージを正確に伝えられるかどうかで、魔法の精度は変わるし、実現の仕方も変わるの。
『水でろ!』
って、簡単に唱えて、水を出すことが出来るけれど、その水の量、きれいさ、温度とかを正確にエーテルさんに伝えられるようにイメージできているかどうかが重要。
この辺りはリサも大丈夫かな?」
「ちゃんとは分かりませんが、きちんと呪文や詠唱を唱えて言葉に出すことで、効果を確定させることは理解しています。同じ言葉を紡ぐので、同じ効果が発現するのです」
「うんうん。
その効果を言葉に出さずに、頭で正確に思い浮かべることが出来れば、同じ効果が得られるんだよ。
まぁ、ここは詠唱するかしないかの違いだし、頭にイメージ出来ることの正確さが重要ってことが伝われば良いからスキップするね」
「次に、植物の同定なんだけれども、索敵と同じ方法で植物にも索敵が使えるの。
危ない動物と危なくない動物を分けて索敵をしているように、必要な植物と不要な植物を分けて索敵することもできるの。
これは良いかな?」
「確かに、毒草がありそうなときは自然に気配を察知してそちらに進まない様に気を付けています。ですが、他の事に集中して意識が途切れると、毒草に触れてかぶれてしまったりします。採取した植物を薬草として用いるときは丁寧に鑑定してから分別しますので、そういったことは無いですが……」
「それが出来たら、その必要な植物に風ガードを掛けるだけだよね?」
「言っていることは何となく理解できましたが、実際にそれを正確にイメージ出来るか、想像できません」
イメージと想像は日本語だと両方同じ内容だけど、リサの中では違う言葉なんだろうね。
魔法を具現化するための正確な論理と結果までのシステム構築を【イメージ】として表現していて、単に頭の中で思い浮かべているだけの状態が【想像】なんだと思う。
まぁ、言葉の定義でいちいち話の腰を折ってても仕方ないから続けよう。
「リサ、そこは色々な情報を整理して正確なイメージを掴むためには訓練が必要なんだと思うよ。複雑な物をイメージするために、それなりに段階を踏む必要があると思う。
リサも複雑な治療をするときにはイメージを構築するのに苦労したと思うよ?」
「治癒魔法がお母様が考えるような複雑な物であったならば、ここまで普及していません。簡単に皆が使える魔法が良いのでは無いでしょうか?
お母様の考え方は理想の錬金術を思い浮かべることに似ています」
ん~。リサとこの場で言い争う気はない。
けど、ステラやニーニャだって、最初は複雑なシステムを構築出来るとは考えていなかったみたい。でも、今の二人は出来る。
ってことは、リサも何らかのきっかけがあれば、考え方や高度な治癒魔法が構築出来るようになるかも知れないね。
ちょっと、この場は話題を先に進めることを優先しよう。
「リサ、とりあえず、今日は皆が使える薬草を集めることを優先で良いかな?」
「はい。教会へ向って、採取と倉庫の中身の確認に行きましょう」
ーーー
「リサ、どう?」
「お母様、身長が変わると、色々と感覚がズレます」
「じゃぁ、空中から探す?」
「ズレている感覚が変わるかもしれません」
教会まで来たものの、草ぼうぼう。
リサの身長では草の中に埋もれて、何が薬草で何が雑草なのかを判別出来ない。
当然、私もリサの指示無しで勝手に探し回る訳にはいかないし……。
リサの脇を持って、ゆっくり浮遊する。
メインの通りから教会へ続く道、そして教会の建物との傍に幾つかの建物が並んでいる。その奥には四角く区切られた垣根の残骸みたいのがあるから、あの辺りが農園とか菜園だったのかな?
こういうちょっと上空からの景色はドローンの低空飛行の動画とか、そういった感じだね。けど、まぁ、ここには人も居ないし電線も走って無いし、法規制もない。
自分の目と体で全てを感じる感覚っていうのは動画で見せられる感覚とは少し違うね。
「リサ、どう?」
「お母様、こちらの方が説明し易いですね。
そこが教会で、その奥が菜園と農園です。
教会の奥の四角い低層の建物が物置き場と採取した薬草類の倉庫が並んでいます。
通路は全て草で埋め尽くされていますので、必要があれば刈り取ってしまって大丈夫です。
問題は……」
「うん?問題があるの?」
「菜園の跡に自生して残っているものは、昨日お母様が採取された物がほとんどです。
倉庫に乾燥した薬草類が残っているかもしれませんが、それでは栽培を始めることは出来ないでしょう」
「うん。そうすると?」
「少し森の中に入って、探すことになると思います。
場所は森を進めば少しずつ思い出せると思います」
「じゃぁ、リサが見慣れた風景を思い出しながらゆっくり進もうか」
「はい!」
菜園から続く森への入り口に着地して、そこからリサを片手で抱える様にして、私と目線を合わせる。視線の話があるからなるべく合わせた方が良いからね。
「お母様、抱っこより肩車の方が楽です。これでは正面が見られません」
「ん~。でも、視線の高さがズレるよ?」
「10年以上前の話です。植生や樹々の大きさが変わっているところもあります。大きな分岐点に立つ樹の種類を覚えていれば大丈夫なはずです」
リサを片方の肩に載せて、リサの記憶に合わせて少しずつ進む。
あれ?これって、昨日ナビと一緒に索敵したカルダモンの植生があった方に向かってないかな?
もし、リサが感覚的にそこを目指しているとしたら、凄い記憶力と閃きだと思うんだよね……。
森に入って、ゆっくり記憶を辿りながら30分くらい経った頃にリサから声が掛かった。
「お母様、この先に少し開けた場所があって、そこに市場でも昨日の小屋の周りにもなかった香りの良い薬草があります。その植物は確か種の房が2cmぐらいの少し大きめだったのでシオンの説明に合うかもしれません。
ここが違うとなると、かなり遠くにまで範囲を広げて捜索しないといけなくなります」
「そっか。ここで見つかると良いね」
と、会話をしていると直ぐに開けた場所に、一種類の草が群生しているのが見つかった。私は初めて見る草なんだけど、昨日ナビが索敵してくれたカルダモンで良いね。
「お母様、ここです!実が既になっているものは採取して、後は何本か植物を土ごと採取して帰りましょう」
「うん。なんか素敵な香りがするね。念話ではシオンに現物の確認がとれないから、とりあえず、ここに私の領地マーカーを置いて、これで良いか一度確認してもらいに戻ろうか?」
「そうですね……。これで良ければ後で沢山採取しにくれば良いです。
ですが、もし違ったらここまで戻ってきて別の採取地に向かいましょう」
日当たりが良くて既に実になっているものを小さな革袋一杯分を採取して、後は麻袋に苗を何本か詰め込んでから帰る準備をする。
ちゃんと、領地マーカーを設置することを忘れずにね。
さ、リサのセンスと記憶力の素晴らしさをシオンに感動して貰おう。
早速カレーを作りに帰るよ!
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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