7-36.カレーを作ろう(4)
さぁ、さっさと採取する物採取して帰ってこようっと!
鞄から市場で買った香辛料と、パイスさんから貰った香辛料の袋を取り出して、モリスに押し付ける。
負ぶい紐を取り出して、リサを前側に、顔は私と同じ方向を向ける様に括り付けて、各種コーティングを施す。
「モリス、ここから飛ぶから。シオンを宜しくね。
リサ、念話か手で飛びたい方向を示してね。姿を消してもリサの中に流れるエーテルでリサの体の動きは検知出来るから大丈夫だよ。
じゃ、ちょっと行ってくるよ」
モリスとシオンの返事を聞かずに、光学迷彩を掛けて飛翔する。
「リサ、先ずはリサの亡骸が祀られていた村の方向に飛ぶよ。そこを起点にどちらの方向に進むかイメージしておいて貰えるかな?」
「お母様、分かりました。
ところで、お母様に抱かれているこの紐が切れると私は高速で落下しますよね?」
「落ちてもリサなら浮遊術が使えるし、多少なら飛行術も使えるでしょう?私が迎えに行くから大丈夫だよ」
「私はこんな高速で飛んだことがありません。上手く飛行術が駆使できるか分かりません」
「これ、そんなに高速じゃないよ。時速100kmも出して無い。時速100km以上出すときはガラスの仮面とかを装備して、服装も替えないと服も体もボロボロになるよ」
「お母様、そうしますと、私とお母様を繋いでいる紐もボロボロになって切れる可能性があるということでしょうか?」
「ステラのコーティングとニーニャのミスリル銀の糸で編んであるから大丈夫だよ」
「お母様、先ほど私が質問した際に、落ちる前提で『浮けば大丈夫』とおっしゃいました。でも、紐は切れないと知っていたのですよね?」
「うん。だから?」
「あ、ちょっと待ってください。シオンから念話で回答がありました。
お母様、『紐無しバンジー』とは何のことでしょうか?食べ物ですか?」
「リサには面白くもなんともない話だね」
「『お姉ちゃん、紐無しバンジーが体験できるなんて凄いよ』って。
シオンとお母様が共通で凄いことというのは、異国の食べ物の話に違いありません。確かに私にとって面白い話ではありませんね」
「シオンも随分と無茶ぶりというか、異世界の情報を簡単に持ち込むねぇ……」
「やはり異国の美味しい物の話でしょうか?カレーよりも凄いのですね?少し興味が湧いてきました」
「いや、面白くないよ。洒落にもならない」
「お母様、巫女が祀られていた村まで暫く掛かりますよね。つまらない話で結構ですので、そのお話を聞かせてください。
そしてできれば、もう少し地平線といいますか、体を立てた状態で飛んでいただけるとありがたいのですが……」
「う~ん、色々と注文が多いねぇ……。
私が体を起こすと風を正面から受けるから、眼も乾燥するし、顔は皮脂も水分も失われるし、髪の毛もぱさぱさになるし、音も聞こえずらくなるし、服もダメージを受けるよ。 いいかな?」
「ちょ、ちょっとだけ試して貰っても良いですか?」
「うん。声が出し難ければ念話でストップって言ってね」
まぁ、時速100km手前だから大丈夫かなぁ。
でも、時速80kmとかでも、普通は車や電車から顔をだす速度じゃないよ。
オープンカーだとかジープとかだって、結局はフロントガラスの風よけがある訳でさ? ま、リサの頼みだから聞くよ。
体を水平の状態から、グググっと垂直な向きに起こしつつ、速度はそのまま維持をしようとするものだから、物凄い風圧を受ける。簡単なコーティングはしてあるけれど、この風圧を正面から受けるのは厳しいよねぇ……。
ちなみに、台風の暴風圏が風速30m毎秒。ざっくり計算で時速108km。あの状態の風の中にたたされていることを想像すれば良いんだけどね?
そんなことを考えながら、片手で髪をかき上げて後ろにまとめつつ、ポケットから麻ひもを取り出して後ろに結わえる。
リサは大丈夫かな……?
「リサ、大丈夫?」
「何をいっているか聞こえません!」
「リサ、何を返事してるか判らないよ」
「お母様、こんなの無理です。すみませんでした」
「なんだか、全然良く聞こえないよ。念話にしてよ」
「お母様、もう、戻してください。歩いても構いませんから!」
「リサ、初めてだから無理しない方が良いよ?」
「お母様、お母様、無理です。ごめんなさい」
なんか、リサが手を振って暴れてる?喜んでる?
念話を返さないってことは、それほどピンチじゃないってこと?
流石は巫女様、根性はあるんだねぇ……。
<<おかあさん、お姉ちゃんが泣いてるけど?>>
<<え?シオンが何で念話を?>>
<<叫んでも、暴れてもお母さんが許してくれないって>>
<<ええ?なんでリサは私に念話を通さないの?
色々叫びながら手を振って喜んでるみたいだったし。
この風の中だと声が良く聞こえないんだよね……。
まぁ、良く分からないけど、一回地上に下りるよ>>
と、一旦速度を落として、少し開けた地面が開けた草むらの上にゆっくり着陸する。
まぁ、ちゃんと装備してから飛びなおせば良いかな?
リサを負ぶい紐と一緒に体から離して座らせる。そして背負った荷物からガラスの仮面やら丈夫な皮鎧なんかを一式取り出しつつ、お茶の準備を始める。
「お、お母様?」
「うん?」
「急いでいるのにお茶ですか?」
「急いでたけど、リサが泣いているってシオンから念話が入ったから装備整えてから再出発するよ。ついでに休憩もしよう?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。
なんで私が大声で怒鳴っても、体をブンブン振り回しても何もしてくれずに、シオンのことは聞き入れるのですか……。
そんなに私が嫌いですか?」
「あ……。
私さ、体を起こす前に、『声が聞き取れない場合は念話をして』って言ったよね?リサから念話が無いから大丈夫だと思ってたよ。
私だって風を受けて体も服もボロボロになるから、あまりやりたくなかったんだよ?
リサがちょっとっていうけど、全然ちょっとじゃないし」
「お母様、私は聞こえていると思って叫んでいましたよ?」
「リサが何か叫んでいるけど、こっちは聞こえて無いって返してたよ?」
「そんなの判る訳ないでしょ」
「リサが聞こえて無いなら、私だって聞こえて無いんだから念話に切り替えてよ」
「怖くて、怖くて、それどころじゃないです。
なんでお母様はあんな高速で飛行しながら、風を受けているにもかかわらず、私と会話をしたり、シオンと念話をして、状況に合わせて行動を変えることが出来るのですか?」「いや、ユッカちゃんとかステラと行動していると、割と普通だよ?」
「お母様の普通を私に押し付けないでください」
「いやいや、押し付けてないっていうか、する前にちゃんと念話に切り替えてねって言ったよね?
そもそもリサがちょっとだけってお願いをしたんだよね?」
「どうして、お母様が人と仲良く出来るのか不思議で仕方ありません」
「別に最初から仲が良かった訳では無いし、今日だってモリスに貶されていたよね?
さ、お茶を飲んで、着替えたら出発しよう?」
「お母様、怒ってますか?」
「怒って無いよ。けど、スピード上げても良いかな?」
「お母様、質問に対する会話がおかしいと思いませんか?」
「これから明るいうちに移動するために、とってもスピードを上げて、さっきより怖い思いをさせちゃうから、予め断っているだけだよね。
あ、リサが索敵と念話で私に位置を伝えられるなら、私の体側に向いてても良いよ?
で、お茶を飲んでリラックスしつつ、これからの大変な旅に備えようって気遣いをしているつもりだよ」
「お母様、そこだけ切り取って会話をすると、とても普通で親切な方に思えるのですけど、どうしてこうなりますか?」
「たぶん、リサはこの後、『やっぱり、お母様は酷い人ですね』って言うと思う」
「なんで、それが判っていて、そのようなことをするのですか?」
「結果として、良い方向に向かうことが分かっているから、リサが耐えられそうな範囲で無茶をするからかな?」
「もう良いです。お母様の普通に任せます。文句は後から言います」
「わかった。そしたら、お茶とお菓子で気持ちをリラックスさせて、服も壊れて良い皮鎧に着替えて、私が抱っこして飛ぶね」
「はい」
どう考えても、私が悪いと思えないんだけど、リサからすると怖い思いをしたのは私のせいってことにしたいんだよね……。
ま、安全第一で飛ぶことにするよ。
ーーー
「リサ、起きて?」
「……。」
「リサ、リサってば!」
飛びながら抱きかかえているリサのほっぺたをプニプニと突くけど反応が無い。
寝ちゃっていると念話も通らないしねぇ……。
また、一回地上に下りるしかないかな……。
この辺りは、もう魔族の領域だから余り目立つことをしたくないんだけども……。
ま、さっきみたいな空き地の草むらに着陸すれば大丈夫かな?
「リサ、リサ、起きて?」
「あ、お母様、どうされました?」
「巫女様が祀られていた村に着いたよ。正確にはそこの外れの空き地だけど。
ここからの方角が判らないからリサに起きて貰った」
「まだ、明るいですね。あれから何時間ぐらい経ちましたか?」
「30分ぐらいかな?リサは良く寝てたよ」
「サンマール王国の王都からここまで1時間も掛からずに到着するのですか?」
「アリアとニーニャとステラと一緒に研究した装備があるからね。
無いと時速200km以上で継続して飛行することは無理だよ」
「分かりました。この先の道案内ですね。
ここからでしたら、歩いて半日です。距離として20kmぐらいでしょうか」
「リサは俯瞰した地形から位置を示すことが出来る?」
「ふかんですか?」
「上から森や川の位置を把握して、ここから何処へ行けば目的地へ辿り着けるか、方角を示すことができる?って言うことなんだけど……」
「やったことが無いので分かりませんが、高台の目印と太陽の位置と自分の影の角度が判れば大体の方角は分かります」
「へぇ……。リサ、凄い。
そうやって、動かない物や太陽の位置を元に現在地を把握するのは航海術の基本なんだよ。こういった陸の目印が無い場所でも同じことが言えるよ」
「お母様に褒められても嬉しくありません。きっとお母様はもっとすごい方法で位置を把握しているのですよね」
「いや?普通に領地マーカーを設置しておいて、そこに向かうだけだよ。
ここは前回来てるから直線的に飛んでこれただけだよ」
「初めての場所ではどうされるんですか?」
「道案内人を頼むか、リサみたいに方角が判る人と一緒に行動するよ。
それでも偶に酷い目に遭うんだけどね」
「酷い目とは?」
「あ、リサ。飛びながらで良いかな?方向さえ判れば話ながらゆっくり飛ぶから」
「分かりました。早速向かいましょう」
なんか、リサが途中で泣き出すトラブル以外は順調なんじゃないかな?
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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