7-32.後始末 ラナちゃん
最後にラナちゃんに挨拶に行くよ
ラナちゃんがどこにいるかを聞いたら、ペアッドさんと一緒に食堂にいるって。
拠点の傍に作った食堂というか、掘っ立て小屋が何棟か連なった食事をするところにきたよ。
ラナちゃんが一人で寂しそうに木製のテーブルに備わった長椅子に腰かけてボーっとしている。念話を通している感じでも無いから、話しかけても大丈夫かな?
「ラナちゃん、遅くなりました。今回は各種支援ありがとうございました」
「ヒカリ、私は悪くないと思うの。どうかしら?」
「すみません。意味がわかりません。誰も悪く無いです」
「そうなのよ。でも、私が居ながらヒカリを危険な目に遭わせたわ」
「ラナちゃんは見守っていてくれました。私が模擬戦に手を出すなとか頼んだ訳でもありません。そして、私が倒れる直前にお願いした治療とか服の着替え、そして不在時の指揮も執って頂いたと伺っています。
私は大きな支援を頂いたと思っています。そして感謝しています」
「私が傍に居ながらヒカリを危険な目に遭わせたことが問題だと考えている人がいるの」
「すみません。誰でしょうか?私が説明に伺います」
「お父様、シルフよ。アマテラス、ドリアードとルナは関与しないわ」
「いや、ちょっと、それはおかしいです。私が説明します」
「ヒカリ、よく聞きなさい。
ヒカリは私達妖精に自由を与えた。
本来妖精たちに自由は無いの。
だから初めて『ヒカリを守る』と、皆で約束をしたの。
私はその妖精の長達の約束を守れなかったわ」
「いや、ですが。
今回サンマール王国に来て倒れたのは2回目です。
1回目のときは皆様不在でしたが、それでも倒れたことには変わり有りません。
その様な意味では妖精の長の方達が常に全ての責任を負う必要は有りません」
「ヒカリだけでなく、他の人の願いがあったの。妖精に自由は無いの。
だから、ヒカリ個人を守護したいという自由よりも、ドリアードを連れてくる義務を果たすことが優先されたの。
この場合、生き物たちの願いを叶える存在としての立場が優先されるので、ヒカリの守護が出来ないことは問題視されなかったわ。
今回は誰の願いもなく、ヒカリの守護が出来なかった。そういうことなの」
「ま、待ってください。
私を守ることに失敗しそうになったからと言って、その場に居合わせたラナちゃんが責められるのはおかしいです。
私の傷の処置も無事に終えて頂いて、このように無事に回復できたのですし」
「それなりの手段を講じたもの。ヒカリが言う所の禁忌に該当するのかしら」
「そこまでして救って頂けたのですね。感謝の至りです」
「あとは私の処罰ね」
「処罰?」
「いったでしょ。ヒカリを守護できなかったことへの処罰よ」
「そんな、そんな……。
『ラナちゃんを処罰しないで欲しい』と、願うことは出来ませんか?」
「ヒカリ、それは私達への願いと反する願いになるわ。
貴方と出会ったときに、ウンディーネ、シルフ、わたし、お父様の4人でヒカリへ問いかけをしたわ。そのときの貴方の答えが、
『自由に過ごしてください。不都合があり、旅立ちたいときに連絡ください』
と、ヒカリが私達に願ったの。
だから私たちはヒカリの願いを聞くために自由に行動することにしたわ。
『ヒカリを守護する自由を得た』
ということなのよ。
そこで今度ヒカリが『ヒカリを守護しないことを望む』のであれば、それはヒカリの一番最初の願いである『自由に行動してください』を否定する願いになるわ。これは私達にとって『ヒカリの下を去ってください』という願いと同義なの。
だから私が処罰を受けるわ」
「あ……」
「分かって貰えたかしら?」
「それは、私が願ったから……ですか?」
「ヒカリは気が付いていると思うのだけれど、妖精は願いを聞く存在なのよ。支援をする存在。願われたらそれを拒むことは出来ない。けれど、ヒカリは私達に自由を与えたの。
妖精だって意思や感情がある。けれども存在意義には逆らえない。それを変えたのがヒカリなのよ。だから私たちの気持ちが理解できるなら、ヒカリが願おうとしている願いをしないことが私達双方にとって良い関係になると理解したかしら?」
「……。」
返事に詰まるね。
そうですか……。そうですよね……。
何かおかしいと感じることは有ったのですけど、その違和感が解けました。
なんで、こんなにも私のことを守ってくれているのかと思えば、妖精の長の自由意志で守護を頂いているってことなのね。
そもそも、加護と守護の違いがわかりませんが、この辺りはステラに聞いておくとしてて……。
「ヒカリが受け入れられるなら私は処罰を受ける。それだけのことよ」
「あ、あの、ライト様、その処罰の内容を聞くことは可能でしょうか?」
「簡単よ。私とヒカリの関係を断つだけだわ」
「ライト様、その期間はどのような……」
「私たちの間で一ヶ月ということになっているわ」
「……。」
「ヒカリ、私だって悲しいわ」
「短くなったり、処罰の内容が軽くなったり……。
そういう交渉は出来ませんかね?」
「ヒカリがそれを願うことは、さっき言った結果になるとだけ伝えるわ」
「……。」
「ヒカリが悲しいのは私も悲しい。私としても悲しい。でも仕方ないの……」
「ライト様、その一ヶ月の間、どちらへ行かれるのでしょうか……」
「何処へも行かないわ。貴方たちの傍にいるわよ」
あ、れ?
この大理石の体から妖精の長の魂だけを浮遊させるということ?
でも、それはとても不安定で危険だとも聞いたし……。
何も動かなくなったラナちゃんの石像について説明が必要になる。
蝶が蛹から脱皮する訳では無いのだから、それは不自然……。
どうしたら良いんだろう……。
「ライト様、その体は何処に保管しましょうか。人目に付くのは宜しく無いかと思いますが……」
「私はこのままで暫く大丈夫よ。ユッカとの身長差がそろそろ気になるところだけれど、まだ大丈夫じゃないかしら?」
ええっと……。
何か勘違いをしているかな……?
何だか、会話が噛み合ってない気がする……。
「ライト様、その体に魂が入ったままですと、皆様が普通に話しかけてしまいますよね。私だけ話しかけずにお互いが無視をするのは不自然ではありませんか?」
「私が少し大人しくするだけだわ」
「私はどうしましょうか……」
「今まで通りで大丈夫よ。
妖精の長の存在が知られない様にラナちゃんと呼べば良いわ」
「ライト様、あの……、私は何か勘違いをしていますでしょうか?」
「何がかしら?」
「ライト様と私の関係を一ヶ月断つことが処罰と伺いましたが、そのラナちゃんの体に入ったままで、普通に会話を続けていても大丈夫なのでしょうか。
それが処罰の規定に反することにはなりませんか?」
「ヒカリは大事なことが分かってないわ」
「はい……。その様です……」
「素直なのはヒカリの良いところね。
妖精に自由は無く、お願いをされる存在なのはさっき説明したわよね」
「はい」
「私たちは、お願いされた内容に沿うための指示、お告げ、命令は出せるけれど、私達から要望やお願いは出せないのよ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ!ヒカリと会うまでは!」
「クロ先生はラナちゃんの情報を探しているという願望がありましたし、シルフはラナちゃんが封印されているペンダントを欲しました。私は全然かまわないのですけど……」
「ヒカリが先に願っていれば、それに合わせた回答をしただけでは無いかしら?
『冷蔵庫の印が欲しい。けれど、クロにお願いは出来ないから、自由にしてもらいたい』という願いがあったならば、クロはヒカリの願いを叶えるために、自由に返事が出来たはずなの。
シルフの場合は、きっとステラが願ったのよ。『封印されているライトを解放したい』と。その願いをシルフは聞き届けて、その場で最善となる手段で私が封印されているペンダントの所有権を移す必要があると考えたはずよ」
「ああ……。ドリアード様にお会いしたいと願ったのも私だけでは無かったということですね」
「誰の願いかは言えないけれど、そういうことになるわ」
「なるほど……。
その……、それで……。お願いが出来ないことの説明と何が関係しますか?」
「私はヒカリにお願いを沢山しているのよ」
「そうですかね……?」
「例えば、私がチョコレートに興味を示したとするわ」
「はい」
「興味があって、具現化して、それを食べてみたいと考える」
「はい」
「私はどうすれば良いのかしら?」
「例えば、『妖精の長はチョコレートを貢がれることを望んでいる』とか、お告げを出すのは如何ですかね?」
「それは、私の要望なので、支援をするための告知や指示に当たらないわ。
仮に何らかの支援をした結果として、貢物が供えられたとしてもそれがチョコレートになるかは判らないわ」
「存在すら不明なチョコレートを貢物として提供されることは難しく無いですかね?」
「だったら、私はチョコレートの存在を知りながら、それが支援の見返りとして提供されるまでひたすら待ち続けるしかないわ。
多くの人間は祠を作って、日当たり良好な環境を作って、鏡や金属などのキラキラしたものを供えてくれることになるわ」
「そういわれると、光の妖精への感謝の気持ちとしては、それが相応しいと考えるかもしれませんね……」
「私はどうすればチョコレートに出会えるのかしら?」
「人族の彫刻に魂を移して、労働の対価として金銭を手に入れて、それでチョコレートを買うことになるのでしょうか……」
「ヒカリ、今、自分で言ったわよね。『チョコレートが存在しないのに、それが貢物となることは無い』って。お金が何らかの方法で手に入ったとしても、チョコレートが手に入らないわ」
「いや、ですが……。それは私の思考が漏れてしまった訳でして……。
それはこの世界の人間の文明の発展の仕方とは関係なく……」
「だったら、直接的にお願いするしか無いじゃない!」
「はい。ですので、チョコレートの開発を優先させて頂きました」
「いい?」
「はい」
「『ヒカリだから』お願いが出来たのよ」
「と、いいますと?」
「妖精の長達はお願いが出来ないのだけれど、ヒカリのお願いが『自由に過ごして欲しい』訳だから、自由にして良いのよ。ヒカリの願いを叶えるためにね。
他の人がヒカリと同じお願いをしていれば良いけれど、ステラですらその様なお願いをすることは無いわ」
「まぁ、ステラは妖精の長達との出会いを種族の宿命として探求されていましたから……。それを『自由意志でどうぞ』とは言いにくいですよね。なんとか一緒に過ごさせて欲しいみたいな願いが優先されてしまうと思います」
「そうなのよ。皆が私達を敬ってくれるし、大切に祭り上げてくれているわ。その気持ちに感謝しているし、全力で支援をしているの。
でも、自由は無いわ」
「そんな大変なことになっていますかね?」
「私たちの機嫌を損なわない様に最大限の配慮をしているわ。というか表面上は親しく振舞ってくれていても、内心は緊張している思念が漏れているもの」
「そういわれると、そうかもしれませんね……。
種族間の戦争にならないように、色々な権謀術数をお持ちでしょうし……。
自分の本心を表面に出さない様に振舞っている可能性は高いです……」
「そうなの。妖精の長の存在を認識出来たり、加護の印が読み取れるような人たちであれば、私達を囲い込むために全力を尽くすの。そして失敗は許されないから非常に慎重になるわ」
「確かに、妖精の長達の全力の支援があれば、戦争に負けることは無いでしょうね」
「昔、地形が変わる様な戦争が起きたこともあったもの」
「ドラゴンに封印されることになった件でしょうか?」
「封印はされなかったけれど、その戦争地域から撤退し、人々がドラゴンの封印に成功したわ」
「なるほど……」
「そのあと、歴史が風化した頃に……。まぁ、そんなことはどうでも良いのよ」
「はい」
「私の処罰は『一ヶ月間ヒカリにお願いが出来なくなること』なの。
とても悲しいことだわ」
「なるほど……」
「驚きの感情も、悲しみの感情も感じられないわね」
「ええ?
いや!過去のこの星の歴史の話をされていたので、思考が追い付いていませんでした。
お互いに自由に行動が出来ないことは面白くなく、非常に残念だと思います」
「そう……。本当に?」
「ええと……。
余り考えたことが無かったですし……。
どのような問題が起こるか分かりませんし……」
「ヒカリを一ヶ月も放置したら、お願いがいくら出てくるか判らないのに、全部できなくなるのよ?」
「はぁ……」
「全然分かってないわ……」
「あの、でしたら、直接的ではなくても、他の人との会話の中から間接的に私の行動を促す発言は大丈夫ではありませんかね?」
「そこには一切の私の願いが含まれてはいけないのよ」
「ええと、『皆で美味しい物を食べたい』などは、子供としての発言であれば誰も問題視しないと思いますが」
「人間の子供の普通では大丈夫よ。でもそれは主観的なお願いだから、妖精の長がお願いをすることは出来ないわ」
「『美味しい食事は人々の生活を豊かにするので、それを心掛けるべき』と、人々へ支援のアドバイスを出すのはどうでしょうか?」
「そもそも美味しいが主観的。
次に、美味しい食事を食べられるのは貴族や王族だけで、普段の生活に苦労している人たちが多いの。『食料の自給率を向上することが人々の発展に繋がる』という助言は出来るかもしれないわね」
「そんな……」
「少しは理解できたかしら?」
「かなり……。かなり絶望的な悲しさに襲われました……」
なんてこった……。
私が妖精の長とそんな契約をしていたなんて知らなかったよ?
いや、普通に妖精の長の要望があるのだと思っていたのに……。
制約が大きすぎる……。
こ、これは、かなり反省すべき事象……。
迷惑の掛け方が半端ないね……。
「ヒカリ、そういうことで伝えたから。理解したかしら?」
「はい……」
私は頷くしかなかった……。
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