7-26.おかゆ
なんかいい匂いがする。
ご飯の炊ける匂い。
それとは別にほんのりと出汁の香りもする。
お母さんがおかゆを作ってくれたとき、こんな香りがしたよね。
ああ、私、今日は熱がでて学校休みなんだっけ……。
お母さんが何か話しかけながら木のスプーンでおかゆを口に運んでくれる。「無理してでも食べなきゃだめよ」とか、いつもパターンだね。
今日の学校の給食なんだっけ~。
美味しい物があるクラスの男子たちは取り合いになるのが面白い。
私が欠席した分を誰が食べるかでジャンケン大会になってるかな……。
私が居るときは私が学級委員だから仲裁役だけど、私がいないからみんな仲良くするんだよ……。
もう少し寝ようかな。
明日は学校に行けるといいな。
……。
ーーー
これ、なんだっけ……。
懐かしい味。
ゴードンさんのポタージュ。
私の初めての領地で採れたジャガイモで作ったって言ってた。
でも、これは少し緑臭くて、ヤギの乳なのか匂いが少し濃いめ……。
あれ、なんでポタージュなんか思い出すんだろう……。
夢か……。
夢から覚めたら、明日頑張ろう……。
ーーー
「今度は私の番です。お母様良いですね?」
うん……?
リサの声……?
リサの番って、なんだっけ……。
あ、模擬戦の最中!
リサの番!
寝てる場合じゃない!ちゃんと応援しなきゃ!
ガバっと、起き上がると、私の枕元に居たらしいリサが転がって吹き飛んでいた。
リサは病人が食べるおかゆの様な物が入った器をと木のスプーンを持っている。器の中身はリサが転がった衝撃で辺りに飛び散ってしまっている……。
あ、あ、何これ……。
リサが泣いてる……。
私が突然起きて吹き飛ばしちゃったってこと?
「り、リサ、ごめん……」
泣いてるリサを助け起こそうと、ベッドではなくて、土の上に敷かれた草布団の上で座り直して、四つん這いの姿勢でリサの所まで向かって、泣いているリサを抱きかかえる。
「リサ、ごめん。リサを応援しなきゃって起きたんだけど……。
夢だったね。リサを吹き飛ばしちゃったよ。
痛くない?」
「お母様、おかあさま、おきゃぁさば……」
「リサ、ごめん、ごめん。
おはよう。みんなで食事にしよう。
ところで、ここはどこ?」
「お母様のテントです。元気なら一人で食事をしてください。離してください」
「え?」
リサは私にそう言い捨てると、テントの出入り口から出て行ってしまう。
独り残された私は『お母様のテント』とよばれた室内を見渡す。確かに地面がむき出し。家具は無い。木と草でつくられた畳6畳ぐらいの大型テントぐらいの小屋の中。
ええと……。
ああ!思い出した!模擬戦!私の背中を治療する小屋だ!
でも、こんな小屋無かったよね?
リサを抱きかかえた拍子に零れたおかゆ塗れの自分を確認しながら、立ち上がってみる。小屋の高さは2m少しの高さが有ったので、少し狭苦しい圧迫感があるけれど、私が立って屈伸をするには問題が無かった。木と草の隙間から自然光が入ってきているから今は昼間なのかな?
服は貫頭衣でベルトの様な麻紐で体の横で結ぶタイプだけ。靴も下着もない。体の表面は清潔に保たれていて、何か香油の様な香りがしている。ああ、ピュアせずに体臭が臭うのを誰かがケアしてくれたってことかな?
手足を曲げ伸ばして、体を捻ったり、まわしたりしたけれど特におかしなところは無い。
あっ、背中の傷は……。
貫頭衣の腰ひもをほどいて、恐る恐る背中に手を這わせていく……。
ツルツルのスベスベ。
木の破片も無い、傷跡の様な陥没も無い。瘡蓋らしきボコボコもない。さらに言えば、産毛すら無かった。
あ、ええと……。
夢?
待って、どの辺りが夢?
模擬戦でズィーベンさんと戦って、背中に木刀の破片が刺さったのは覚えている。みんなに治療を頼んで、そのあと休憩して……。起きたら今なんだよね?
リサにも謝らないといけないし、みんなにも話を聞かないといけないからちょっと外の様子を見に行こうかな……。
テント小屋から出るとそこは模擬戦をした会場だった。厳密に言うと、模擬戦の会場と昼食を作っていた場所の間くらいの開けた平らな場所。景色は私が来たときと変わってない。変わってるとすれば、私が寝てた小屋が出来ていて、コウさんやペアッドさん達の馬車が無くて、受験者らしき姿も居ない。
臨時で竈を作ってあった辺りに人影が。あの後ろ姿はステラかな?何故かゴードンさんやシオンらしき子供の姿と……。あと、さっき小屋から出て行ったリサの姿もあるね。そんなに沢山の人数では無いけれど、ゴードンとシオンがここに居るのが少し違和感を感じるかな?
と、ステラがこちらを振り返って、歩いている私を見つけて声を掛けてくれた。
「ヒカリさん!」
「あ、ステラ、おはよう~」
「ちょっと、先に皆へ念話を通します。それが終わったらご飯を作ります」
ステラがおはようの挨拶も返してくれずに各所に念話を通し始める。目を瞑って作業が止まるのは、念話に集中する姿としては当たり前かもしれず。まぁ、ながらスマホならぬ、ながら念話ではいろいろミスも出るもんね。
「お母様、何を食べますか?ゴードンさんが気にされています」
「え?」
「立って歩ける程度に回復されたら、好きな物を食べれば良いのです」
「ええ?」
「シオンやゴードンだけでなく、私も病人食を作れるのです」
「あ、あ、あ……。リサ、怒ってる?」
「怒ってません!」
あ……。
これ、怒ってるやつだね……。
ええと……。
私は何日寝てた?
2~3日経ってるとすると、本当はリサはリチャードと一緒に迷宮に入ってるはず?
ええと……。
多分、怒ってる原因はそれだけじゃなくて……。
『私も病人食を作れる』って、言ってたね?
ああ!
私が零したおかゆはリサが作ってくれた病人食?
それを私が散らかして怒られてる?
泣くほど悔しかったってことか……。
「り、リサ。
私が何日寝てたか判らないけど、起きたばかりだからリサが作ってくれたおかゆとかが食べたいかな?」
「仕方ないですね。お母様が零したから作り直しです。
看病して貰った期間とか、傷の具合はステラ様にきいてください」
「あ、リサ、作り直しさせてごめんね。小屋で待ってるね」
リサは無言で背後で手をヒラヒラさせてから簡易調理場にいるゴードン達の方へ向かっていく。その様子を見届けてから、ステラを見るとまだ誰かと念話の最中みたい。
念話を混乱させちゃ悪いから、テントの中に戻っていようかな?
ーーー
状況も判らないまま、とりあえずテント小屋に戻って草布団の上に座って待つことにする。私が皆に迷惑掛けているのに、『あれが知りたい、これが知りたい』って騒いだら余計に迷惑が掛かるからね。
最初にテントに入ってきたのはシオンだった。
「おかあさん、水です。少しずつゆっくり飲んでください。
リサお姉ちゃんが食事を作り直してくれています」
「シオン、ありがとうね。質問しても良い?」
「おかあさん、何でしょうか?」
「私はどれくらい寝てたの?」
「ええと……。ほぼ2日間でしょうか。
お昼ご飯の模擬戦でケガをされたとかで、妖精の長達と一緒にステラ様が呼ばれました。
その日の夜に、ゴードンさんと僕が呼ばれて食事当番をすることになりました。ですので、倒れてから約2日間おかあさんは寝たままでした」
「ええと……。妖精の長達は?」
「おかあさんが造られた城外の拠点でお仕事をされています」
「今、ここの狩場というかテント小屋というかの施設には誰が居るの?
ステラ様、ゴードンさん、お姉ちゃん、僕。そしておかあさんの5人です」
「ええと……。かなり不味いね」
「なにがでしょうか?」
「美味しい物を作れる人が偏ってる」
「『ヒカリシフト』と、ラナちゃんが名づけられていました」
「そっか……。ラナちゃんの指揮なら大丈夫かな……」
「おかあさん、それよりも背中のケガは大丈夫ですか?」
「えっと……。あまり覚えてないけど、背中がグチャグチャになったのだけど、それが治っている気がする」
「僕がここへ呼ばれるまでに治療は終わっていたのですが、かなり大変な事だったらしいです。傷の数も深さも……。
そしてそれがおとうさんに気付かれない程度に治すのは普通には無理だったらしいですよ?」
「シオン、いろいろ教えてくれてありがとうね。
あと、私が寝ているときの看病もありがとう」
「はい!治療の詳しいことはステラ様にお尋ねください。
あと、リサお姉ちゃんのご飯は食べてくださいね。お姉ちゃん、あれでも……」
「お母様、できました!
シオン、お母様に何か私の悪口でも言っているのかしら?」
「お姉ちゃん、なんでもないです。
おかあさんもお腹が空いてると思うのでお姉ちゃんお願いします」
と、シオンは水の入ったコップを置いて逃げ出す様にテントから出て行ってしまった。残されたのはリサと私だけど、リサが微妙に怒っている雰囲気。シオンが何か変なことを言っていないか気にしてる?
「お母様、ここの木の板を立てるとお母様の体を起こせる仕掛けがあります。クロ先生が作ってくれました。ここに背を寄りかけてください」
「リサ、ありがとうね」
私はリサが説明してくれたとおり、草布団の上で長座の姿勢になって木の板に背中を預ける。この姿勢ではちょっとご飯が食べ難い。さっきの普通に座っていた姿勢の方が食べやすかったんだけど……。
リサが器を持って近づいてくるからひょっとして……?
「お母様、口を大きく開けてください」
私は独りで食べられるけど、リサの好意を無にしないように口を「あ~~ん」って、大きく開けて待つ。
リサが近づいてきて、木のスプーンからパン粥らしきものを掬い取ってフーフーしてから私の口に入れる。
ああ、これは甘いパン粥だ……。
牛乳と白パンの耳を除いた部分。それとシナモンの香りづけと砂糖で味付けされている。美味しいかも?
「リサ、美味しいよ」
「飲み込めたら、口を開けてください」
リサに促されるまま、中型のスープ皿一杯分くらいを食べ終えた。結構お腹いっぱいになっちゃったよ……。
「美味しかったですか?」
「リサ、美味しいし、お腹もいっぱいになって、元気も出てきたよ。ありがとうね」
「お母様、おかあさま……」
リサはパン粥の入っていたお皿とスプーンを脇に置くと、私の胸に抱き着いてきて泣き始めた……。
リサ抱きかかえるよにして、頭をポンポンって優しく叩いてから、そのまま撫でてあげる。
何を話しかけてあげたら良いんだろう……。
うむ……。
私が話しかけずに、優しき頭を撫でていると、リサからスース―という安らかな寝息が聞こえてきた……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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