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7-25.試験2日目(7)

 試験2日目の昼食後の休憩中。

 ズィーベンさんチームとの第三回戦が始まるよ。

 模擬戦会場は第二回戦の中途半端な決着のつきかたと、少しルール決めの間が空いてしまったことから盛り上がりに少し欠けている感じ。

 まして、受験者全体を統率しているズィーベンさんと実力を一度も見せたことが無い私が対峙しているから、なんだかどうでも良い雰囲気が漂っている……。

審判役のコウさんから三回戦のルール変更の通達が有ったけれど、ますます普通の騎士の一騎打ちみたいなルールになっているだけで、私が勝てる要素がほとんどなくなっていて、さっきのリサの様な勝ち方も無理だし、一回戦の力負けの様子からしても勝負する前から勝負が決まっているような雰囲気……。


 でも、変な終わり方をしないようにしないとね。

 クレオさんと冒険者ギルドの前で練習していたときみたいに、ひたすらズィーベンさんの攻撃を躱して受け続ければそのうち疲れてきて諦めるんじゃないかな……。


「では、第三回戦を始めます。はじめ!」


 ズィーベンさんの身体強化の様子と力のバランスをエーテルの動きに切り替えて確認すると、何故だか額の部分と掌に気持ちが集中しているのが判る。

 木刀を握り込むため、手首や掌に力が集まるのはわかるし、それ以外の部分は力を抜いて何時でも柔軟に反応できる様にしておくのが良い。


 でも、力のバランスが不自然だし、額に意識が行っているのもちょっとおかしい。

 これって、木刀を捨てて、組み合いからの頭突きで勝負を決めようとしてるのかな?確かに脳震盪を起こさせてしまえば、戦闘不能になって審判がズィーベンさんの勝ちを宣言してくれるだろうしね。


 だとすると、掌をギュッと握り込むのは少しおかしい。こっちの衣服を掴む前提であれば、木刀を握ったままの指の筋肉が固まらないように、リラックスしておく方が良いからね。かといって、私の木刀を受ける前提であれば、額で攻撃しようと意識しているのも違和感がある。


 ちょっと揺さぶりを掛けないと判らないかな……。

 5mの距離を空けて対峙したまま、そこから木刀を素振りしてみる。ちゃんと隙を突かれない程度にきちっとした構えだよ。そのあと、相対的な位置を変えずに構えを変えたり素振りを繰り返したけどズィーベンさんの反応に変化がない。


 ということは、こっちが間合いに踏み込むのを待っていることになる。

 そうすると……。

 握り込んでいるのは何か別の意図があるね?


 よし、奥の手だ。


<<ナビ、正面で対峙しているズィーベンさんを探査。特に木刀と握り手付近を綿密に>>

<<ヒカリ、木刀と掌の間に滑り止め以上に多くの砂を確認しています。また、口の中には血糊のような粘性のある液体を含んでいます>>


<<ナビ、ありがとう>>

<<ヒカリが傷つくと悲しむ人が沢山います。お気をつけて>>


 ふぅ~。

 目潰しの砂、毒霧のような目潰し、そこから頭突きアタックね。

 姿を消す光学迷彩も、頭上を越えるような飛空術も使えないから背後に回り込むことは出来ないね。とすると、接近して相手の間合いに入るしかない。

 目潰しの砂とか毒霧の射程が判らないけれど木刀の範囲の少し外側まで届くと想定して2mの範囲内には入らない方が良いね。


 あ、なんか対人戦を本気で考えた事って無かったから少し緊張してきたよ。

 とりあえずフェイントで真正面から突っ込んで、相手の目潰し攻撃を目をつむったままかわして横に逃げる。これを何回か繰り返せば相手の種切れを狙えるかな?

 ま、魔獣相手以外で攻撃を仕掛けるのは初めてだけどやってみよう。


 ジリジリと少しずつ間合いを詰めるのでは無くて、木刀を肩に載せた姿勢のまま距離を詰めるために走り出す。相対距離が2mから軽く跳んで肩の木刀を上段から振り下ろす。まぁ、見え見えの初心者の攻撃だけど相手に行動させないとね。

 間合いギリギリで叩き落されるか、手に隠した目潰しが飛んでくると思ったけれど何もしてこなかった。仕方ないからズィーベンさんの木刀に当てて、その反動で右わきに飛んで逃げる。

 こちらの意図が読まれているのか、フェイントが見切られているのかわからないけれど、目だけはこっちを追っていて、横に逃げた私を正面に捉えるように体の向きを素早く変える足さばきを見せた。


 無視している訳でも、私の速度についていけてない訳でも無く、自分の防衛範囲に入ってきたら撃ち落す作戦なんだろうね。

 まぁ、私もクロ先生との組手のおかげで受けるの得意だけど攻めるのは不得意だから、ズィーベンさんの気持ちも判らなくは無い。

 相手に消耗させて勝ちを狙っていたけれど、相手が消耗戦を狙っているとすると、私の方が多く動き回るのだから攻め側が消耗しちゃう。面倒な相手だね。


 傷つけずに倒す方法が知りたいなぁ~。

 どうしよっかな~。

 さっき踏み込んだ感じからすれば目潰しを貰う前提で踏み込んで攻撃してしまえば相手にダメージを与えることはできる。あるいは小手狙いで木刀を手放させることも出来そうだけど、寸止め禁止だから手や腕の骨が骨折するのは必然だよね……。

 試験官が受験者を試験の範囲外でケガをさせるとか後で色々な人から怒られる……。


 あっ!

 ちょっと閃いた。

 ズィーベンさんが構えている木刀を縦に真っ二つにすればいいんじゃないかな?

 そうすれば流石に握り込んでいる手を離すだろうし、そこから素手でのつかみ合いをしてくる。私はその掴んでくる手を木刀で薙ぎ払う……。いやでも、結局素手を木刀で薙ぎ払ったらケガさせることには変わらない……。

 まぁ、隠し玉としてとってある目潰しの砂を無効化できるならそこから始めれば良いかな?


 よし!やってみよう


 2回目も1回目と同様に間合いを詰めて振りかぶる。

 今度は横に薙ぐのではなくて、上段から振りかぶるようにして相手の木刀を縦に叩き割るイメージで行くよ。当然、木刀同士が接触した瞬間にこちらの木刀は強化のコーティングをしてダメージを受けないようにしつつ、相手の木刀の木目もくめにそってダメージを通せば上手く割れるはず。

 ここからはエネルギーの流れを追えば良いから握り込んだ目潰しの砂が飛んでこないように目をつむっての作業になる。


 普通であれば木刀が1日で2本も破壊されることを体験することは無いだろうけれど、本日2回目の木刀破壊を目の当たりにして、ズィーベンさんは驚きで目を開く様子を感じた。私も縦に割くイメージはしていたけれど、木刀同士がぶつかった瞬間に相手の木刀が弾けて破裂するとは思っていなかった。


 木刀が破裂するとズィーベンさんが握り込んだ目潰しの砂が巻き散らかされ、木刀の破片が無防備なズィーベンさんの顔の方へと飛んで行くのを感じた。

 これまで無機物の動きをエーテルで動きを捉えることは出来なかったけれど、今回は飛散していく欠片を感知出来ている。これって、ズィーベンさんが自分の木刀に何らかのコーティングをしていて、私が流し込んだエーテルの流れが衝突して木刀の破片を検知出来ているってことだね?


 これは不味い。

 手の骨折ならなんとかなるけれど、爆散した木の破片が目に入ったら失明してしまう。下手したら眼球まで破損するし、両目を失明したらその後の人生真っ暗だ。

 結果を考えずに攻撃してしまったことを瞬時に理解した私は自分の木刀を投げ捨て、ズィーベンさんの向かって飛散する破片よりも高速で移動してズィーベンさんの顔と破片の間に自分の体を割り込ませる。これで木刀の破片が目に刺さるのを防げたはず。


 本来であれば、この二人で倒れ込んでいく姿勢のまま、私はズィーベンさんに肩を掴まれて、目潰しの毒霧を吐かれて、頭突きを貰う流れを想定していた。

 けれど、そんなことは起こらずに私の慎ましやかな胸をズィーベンさんの顔に押し当てる形で一緒に地面に倒れ込んだ。二人ともちゃんと受け身を取れずに、私の高速体当たりを受けて地面に激突したので、夫々は身体強化をしていたとしても、そこその衝撃をうけていたみたい。


 私が先に地面に手を付いて起き上がって、横に落ちている自分の木刀を拾うと、倒れ込んだままのズィーベンさんの顔に木刀を突き付けた。一本も取って無いし、参ったも言ってない。審判の止めも入らないルール範囲外の寸止めの状態。

 ルール上は勝敗が着かず、ズィーベンさんは新しい木刀を用意して試合再開になるんだけどね。まぁ、形だけも決着できる状態であることを示しておくよ。


 と、ここで倒れ込んだまま起き上がれないズィーベンさんは口に含んでいた液体を横を向いて吐き出してから、「参った」と小さく声を発して負けを宣言した。その声が聞き取れたのか、審判役のユッカちゃんからも私の勝利が宣言された。


 あ、あれ?

 なんか想定外の簡単さで勝てちゃった?


「では、2回戦、3回戦とヒカリチームが勝利したため、今回の模擬戦はヒカリチームの勝ちです。皆様拍手~~!」


 と、ユッカちゃんが今回の模擬戦の終了を宣言してくれて、観客からも静かながら勝者への称賛の拍手が送られた。

 こう、なんか、盛り上がりに欠ける感があるのは私だけじゃないよね……。


 チラッとズィーベンさんの方を振り向くと、手が痺れて使えなくなっているみたいで自力では起き上がれなかったみたい。ズィーベンさんチームの残りの5人のメンバーに肩を借りながら自分の陣地の方に戻っていった。歩けるみたいだし、肉体的に大きなダメージを貰っている訳でも無さそうだから、とりあえずは放っておけば良いかな?


 ふぅ~~。疲れた~~~。

 私は攻撃することに性格が向かないんだねぇ。

 脇役でサポートに回るのが性に合っているよ。

 あとは、帰路について、大人数用のレシピをペアッドさんと考えるだけだね。

 というか、帰りはペアッドさんと一緒に馬車で帰りながら打ち合わせをした方が良いかもね。


 と、そんなことを考えながらリサの待つ自陣に戻ると、リサとラナちゃん、そしてやぐらから降りてきたユッカちゃんの3人が出迎えてくれた。


「お母様の本気、凄かったです。それよりも大丈夫ですか?」

「ヒカリお姉ちゃん、背中の治療をしよう?」

「ヒカリ、その背中どうするのかしら。完治しないと私が怒られるわ」


 え?え?

 私の背中、そんなに酷いことになってるの?

 緊張のせいか、身体強化を掛けていたせいか、背中とかそんなに痛く……。

 

 ……ん……。

 痛いかも。

 手をゆっくりと背中に回すと、木刀の破片がガサガサ背中に刺さっている感じがする。そしてその隙間は血が滲みだしているらしく、服の上から汗とは違うジットりとした感触が伝わる。恐る恐る手を目の前に戻してみると、指が赤く濡れている。

 

 血だ……。


 あちゃ~。

 背中の傷もそうだけど、服が穴だらけの血だらけになって台無しだ……。今回の試験官用に適当な狩人の服を着替えに使っていたから、ニーニャ特製のインナーとかステラのコーティングとか掛けてない普通のやつ。だから木刀の破片のダメージも簡単に貫通していたんだねぇ……。

 

 これ、ズィーベンさんの手当は必要がなくなったけれど、私の服をなんとかしないと色々な人に怒られるやつ……。


「みんな、ごめんね。

 悪いけど交換用の服の準備をお願いできますか。

 あと、私は背中の様子が判らないからリチャードに模擬戦してたことが分からない程度に傷の治療も手伝ってくれますか?

 治療は服を脱ぐ必要もあるから、簡易テントのようなものを立てて貰わないとダメかも……」


「ヒカリ、ここにお父様達とステラを呼ぶわよ。治療に専念しなさい。

 リサは大量の綺麗な水を樽に溜めて準備しなさい。

 ユッカは簡易テントを建てて治療場所の確保と清潔な布を用意しなさい。

 私からコウやペアッドへ受験者と試験を継続するように話をするわ。

 皆、分かったかしら?」


「「ハイ!」」


 ユッカちゃんとリサがキビキビと返事をする。

 私は「背中が少し痛いかな~」とか、思いながら素早く指示を出すラナちゃんの言葉に軽く頷いた。


 あ、でも……。

 慣れない戦闘で緊張していたせいか、疲れがでてきたね……。


 皆には悪いけど、ちょ、ちょっと前屈みな姿勢でしゃがんで待っていても良いかな?

 横になると背中がドロドロになるからね……。

 

 なんだか、眠くなって……。

 周りが、ちょっと騒がしい……。



いつもお読みいただきありがとうございます。

暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。


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