7-23.試験2日目(5)
試験2日目の昼食準備中。
私が余計なことを言わなければ良かったんだけどね……。
私の直属の部下になって貰いたいという気持ちが先走って、本人の意思を尊重出来ていなかったことが問題だろうね……。
後悔先に立たずだよ。
「ヒカリ様から教わった身体強化は長時間の移動に向いた呼吸法になります。1対1の戦いにおいては、一瞬の隙を突いた駆け引きが重要になります。ここは経験がモノを言いますので、過去の訓練時間の差はそう簡単に埋められませんが?」
あ~~~。
どうしよっかな……。
ユッカちゃん相手には剣を抜けない訳で……。
迷宮入る準備をしているリチャードを呼ぶわけにもいかない。
ま、私が悪い訳で、私が相手するかなぁ……。
「お母様、私では駄目ですか?」
と、リサが途中から話を聞いていたみたいで、話に加わった。
「リサが代わりに模擬戦してくれるの?」
「ええ。ズィーベンさんが構わなければですが。
私はお母様を下に見られて黙っている訳にはいきません」
「リサ、違うの違うの。
私がズィーベンさんの気持ちを理解せずに配下になって欲しいというお願いをしたから問題が起きているんだよ」
「お母様の指揮下にありながら、上司に文句を言うのは集団行動を乱します。まして、そのリーダー的な立場の人がその上位職の話を聞かないのであれば問題です。
力の差を見せるべきときなのです」
「リサ、正論だよ。
でもさ?エスティア王国に滞在している元ストレイア帝国の騎士団員達は、身分として犯罪奴隷であることを受け入れているけれど、実際には上皇様のお孫さんであるユッカちゃんの下に集まっている訳で、私の指揮下に居るとは本人達は思ってないよ」
「お母様の指揮下では無いのですか?」
「エスティア王国としては犯罪奴隷として受け入れているから、厳密にはエスティア国王の配下だね。私の領地に滞在している上皇様に指揮の権限を委託して、そこから私に委託されているから私の指揮下でも良いけど、私の身分は伏せているからリチャードが実質的な指揮権を持っているね」
「お母様はそのことを伝えているのですか?」
「伝えて無いよ」
「何故ですか?説明して指揮に従うように命令すべきです。
その上で、反逆であれば処罰対象であるか、その挽回の機会として上官との対決する権利を行使できるように説明すべきです」
「立場上は従ってくれているよ、昨日も今日も。そして私を守ってくれている。
でも、心は上皇様とその孫であるユッカちゃんが最優先なんだよ」
「私も女神の巫女としての立場が最優先で、その上でサンマール王国の騎士団員に属することになりました。騎士団員として行軍に従いますが、心は女神様のものでした」
「うん、それと同じだね」
「……。それでしたら、お母様がどうこう言ってもズィーベンさんの心は変わりません」
「うん。だから、軽はずみなことを言って反省している」
「お母様はどうしてそのようなことを……」
「聞こえていたかもしれないけれど、ズィーベンさんはとても優秀なの。だから直属の部下になって貰いたかったからかな」
「そうであれば、力ずくで従わせるしかありませんね。私が代わりましょう」
と、私とリサの問答を聞いていたズィーベンさんから声が掛かる。
「ヒカリ様はまた逃げるのですか?」
「うん?」
「初日の試験の際に『ヒカリ様の身分と実力を隠す』ことに同意しております。
ですが、試験官と王太子妃という立場、そしてカシム様の立場を尊重しているだけでして、本当の実力を拝見しておりません。
リサ様を相手に私が本気を出さないことを前提に模擬戦から逃げるのですか?」
「ズィーベンさん、そこまで言うなら模擬戦しよう。
無し無しの模擬戦で良いんでしょ?
だけど、普通の模擬戦ならリサは私より強いからね。
ついでに、ズィーベンさんが信頼を寄せる5人を連れて来てよ。
ズィーベンさんのチーム6人。私たちは母娘の二人で対応するよ」
「承知しました。昼食前と昼食後ではどちらが良いでしょうか?」
「私たちは先に昼食を食べてしまったから、そこは任せるよ。
あと、対戦方法も模擬戦のエリアも勝敗のルールも任せる。
出来れば相手を戦闘不能にせずとも、勝敗が着くルールがあると助かるかな」
「承知しました。本件は対戦メンバー以外に知らせても宜しいでしょうか?」
「そこも任せる。ただし、模擬戦で見た内容は口外しない方が良いかな」
「承知しました。昼食後までに準備を整えますので少々お時間をください」
まぁ、ねぇ……。
クワトロさんと無し無しで勝負したら負けるかもしれないけど、致死ダメージ無しなら大概の相手には勝てると思う。
後はどれだけ能力隠して勝てるかなんだけど……。
まぁ、やってみようかな?
ーーー
「ヒカリ様、こちら6名準備が整いました。
模擬戦の条件を説明させて頂いても宜しいでしょうか?」
「ズィーベンさん、試験の最中に余計ないことをさせてしまい申し訳ない。後顧の憂いを無くすためにも良い信頼関係を築けるための模擬戦としたいね」
「承知しました。こちらの模擬戦のルールを説明させていただきます。
1.勝負は3回戦。1回戦は6:2の変則集団戦。2回戦は6:2の勝ち抜き戦。3回戦は代表一騎打ちの大将戦とします。先に2勝したチームが勝ちになりますので、3回戦が行われない場合があります。
2.次の勝敗のルールですが、
(1)当事者が『参った』などの負けを宣言する
(2)模擬戦エリアを囲いましたので、その範囲外に逃げる、押し出されるなどした場合は負けとみなします。また、それに伴い浮遊、飛行等の陸地から長時間離脱した場合は、第三者が10カウント以内に地面に戻らない場合には負けとみなします。附則として、第三者が判断できるように、隠密や隠遁など視覚で存在が確認できなくなる術やスキル、魔法の使用は禁止とします。
(3)第三者が戦闘不能、意思表示の不能、あるいは圧倒的な戦力差に中止の裁定をだすことにより勝敗を決める場合がある。
3.武器は素手又は木刀のみで金属類の使用は認めません。防具は現在の着の身着のまま。
4.妖精召喚、放出系の魔法は模擬戦のエリア内外、開始の前後を問わず使用禁止。ただし、放出しない身体強化、速度上昇、反射神経の向上といったスキルや術の使用は可能とします。
早口ですが、簡単に申しますと、場外負けありの肉体戦とお考え下さい」
「ズィーベンさんありがとう。
ええと……。第三者の審判というか仲裁は誰に頼もう?
兵站部隊のコウさん、ペアッドさんあとユッカちゃんの3人で良いかな?」
「問題ありません。他にルールについての質問はありませんか?」
「場外への吹き飛ばしが有りだとすると、観客は少し離れていた方が良いかもしれないね」
「承知しました。第三者以外にも観客を許容するということで宜しいでしょうか?」
「良いけど、審判メンバーも観客も距離を保って危なくない位置にいて貰って欲しいかな」
「直ぐに通達します。
では、模擬戦エリアですが、1辺20mの正方形でおねがいします。地面に転がっている小石や土を武器として戦略に組み込むことは可能とします」
「飛び道具は模擬戦エリアにある物は取り込んで良いことだね。
ところで、不用意に滑って転んでしまったところを蹴り飛ばされるのは、勝敗は無効になりますか?」
「模擬戦のエリアにおいて、各チームが簡単に点検して、足場の確認をした後であれば、そこで足を滑らせるのは、滑った者の責任として勝負は続行としてください」
「わかった。
あとさ、分身の術みたいのはどう判断するかな?分身している状態が放出系の魔法とか、術の範囲で適用される?」
「本体が隠れているので無ければ不問というルールで良いでしょうか」
「わかった。
あ、あと第一回戦のチーム戦だけど、第三者の仲裁が行われない場合は、どちらかのチームが全滅するっていうことで良いかな?」
「そうですね。人数の不利を許容頂いたのはヒカリ様ですので、それは2回戦も人数の不利をのんでいただきます」
「私は大体良いのだけど、リサは何か質問あるかな?」
「相手の木刀を壊したり、弾き飛ばすのはありでしょうか。
また、一回戦で負傷などにより2回戦に進めない人員が出た場合のルールも確認させてください」
と、リサ。
「木刀が壊れるとは考えにくいですが、その不運を込みでの試合は続行とします。弾き飛ばされた武器はエリア内であれば拾って再利用するのは構いませんが、場外に弾き飛ばされたものは再利用不可とします。それだけ力量に差があったとみなします。
負傷などの戦闘続行は、その離脱した人数のまま次の対戦に進むこととします。3回戦に予め準備した大将が参加できない場合は代わりの者が対戦するか不戦敗とします。
リサ様、宜しいでしょうか」
「わかりました。
念のためですが、時間制限なしで、負傷は自己責任で、本日行われている2日目の試験は模擬戦後に続行することで宜しいですね?」
「リサ様、我々はその覚悟でございます」
よし、じゃぁ、3人の審判の立ち位置を決めるために簡単な櫓を組んで、観客のための距離をとった観戦エリアを作ってから開始することになった。
会場設営が終わるまで、リサと簡単に打ち合わせをしておいた方が良いね。
「リサ、作戦を立てよう」
「お母様の作戦を教えてください。私はそれに合わせます。
多分、転ばせてそれを投げ出すのでしょうか?」
「中央から投げ飛ばすとダメージが出ちゃうよね。
力負けしている振りをしながら角に戦闘位置を寄せて行って、そこから光学迷彩で分身を作って、とどめを刺しに来たところを足を払うなりして場外へ落とす感じかな。
これだと大きく投げ飛ばす必要は無いよ」
「人数の利を生かして、全員が同時に掛かってくるとは思えません。
その方法では最初に2-3人しか追い出すことができません。
やはり、相手方の木刀を切ってしまって戦意喪失させるのは如何でしょうか?」
「多分、組技とか格闘術も備えていると思うよ。下手に抱き着かれたら首絞めとか関節を決められて負ける可能性があるね」
「お母様が転ばせてしまいましょう」
「転ばせてから蹴り飛ばす?」
「少し可哀想ですね……。
ああ、お母様の重さを軽くする魔法は使用可能でしょうか?
あれを掛ければ軽い力で飛んで行くはずです。
飛空術が禁止なのでそのまま飛んで戻って来れません」
「確かに、放出せずに転んだ相手に近寄って接触してから重力遮断を掛けて、場外へ吹き飛ばして着地寸前で重力遮断を解除すれば良いね。
リサ、頭良いね」
「お母様、私は目に見える力で相手をねじ伏せる方が好きです。観客も盛り上がりますし、私たちの力を見せつけることができます」
「リサ、そうしたらそれは2回戦の勝ち抜き戦でやろっか」
「お母様、そうしますと2回戦は私が一人で6人を勝ち抜いてしまいますよね。3回戦になる前に決着がついてしまいます」
「そうすると、1回戦は接戦で負けて、2回戦はリサが勝って、3回戦は私が勝てば良い?」
「でしたら、1回戦は何もせずに角に追い込まれて、そのままズルズルと場外負けが簡単で良いですね?
3回戦でお母様の実力を見せる都合があるので、1回戦は本気出さずに、お母様の陰に隠れている私がお母様の後退に巻き込まれて二人が同時に場外負けになる演出が良いと思います」
「リサ、そんな演出をするぐらいなら、演出料が欲しいね。勝ち負けの勝った側にご褒美が欲しいよ」
「そういうことはお母様が決めてください。
喧嘩を売ったのもお母様、試験を実施しているのもお母様、模擬戦のルールを承諾したのもお母様、そして試験に必要な資金や人員を集めたのもお母様です」
「リサ、そうだとすると私が賞品だしても面白く無いよ……」
「『勝ったチームは負けたチームに1ついうことをきかせることが出来る』を賞品にすれば良いのです。きっと盛り上がります」
「勝てる模擬戦でそれをすると、なんだか騙し討ちみたいで……」
「もうお母様が何を言いたいのかわかりません!好きにしてください!」
リサの提案というか意見はご尤もです。
ズィーベンさんに『何でも1ついうことを聞く権利』を追加して貰うことにしたよ。
7/12の分を補填する形で、ゲリラ的にアップロードさせて頂きました。
夏休み毎日更新が出来るほど、書き溜めが進んでおらず申し訳ございません。