1-13.出汁を作ろう(2)
『エイサン、エイサン!久しぶり!』
『……』
『あ、あれ?エイサン、ヒカリだよ。覚えてない?』
『ヒカリ……?水の妖精ウンディーネの子……?海神の御使い……?』
『ううん。エイサンの友達のヒカリだよ。
難破船から皆を救ったときに、一緒に居たよね?』
『……ヒカリ様!』
『エイサンは族長だから、私のことを呼び捨てにして良いのに。
それで、今、このまま念話を通しても大丈夫?』
『ヒカリ様。
一族の恩人のお名前を思い出せなかったこと申し訳ございません!
言い訳ではございますが、念話を通せる存在として認識している範囲が、神、族長、妖精の長であったため、人族のヒカリ様を思い浮かべることに時間を要しました。貴方様への御恩と記念に抱いている奴隷印のことは片時も忘れておりませんし、海人族へも日ごろから教育しております』
『エイサン、私のことを覚えてくれていて、ありがとね。
私もエイサンとはお別れして以来、全く交流が無かったしね。
今頃になって、突然連絡してごめんなさい。
それはそうと、エイサンは随分と流暢に喋れるようになったね』
『陸上で人族の言葉を発音するのは難しいですが、念話であれば、それなりに思考を伝えることは可能です。
また、ヒカリ様とお別れして以来、一族を率いて種族の立て直しを図る必要がありましたので、それぞれの関係者と打ち合わせを通じて切磋琢磨したためかもしれません。
なお、ヒカリ様よりお声かけ戴いたことに関しましてですが、私ども海人族で助けになることがございましたなら、何なりとお申し付けください。
このまま念話を続けて戴いても結構ですし、直ちにそちらへ伺って、打ち合わせに臨むことも可能です』
『そっか、そっかー。いろいろあったんだね~。
エイサンも大変だね~。
それで、私の用事なんだけど、多分、念話で済む話だと思うの。
ちょっと、海産物で分けて貰いたいものがあるんだけど、相談に乗って貰っても良いかな?』
『ヒカリ様の求める海産物といいますと……。
7色に変化する真珠ですとか、人が入れるような巨大シャコガイといったものでしょうか。
あるいはもっと伝説級の何か……。
尚、クジラやタコに関しましては、既に飛竜族の方やユッカという少女が捕獲されに来ているようです。定期的に必要とあれば我々でも支援させて戴くことが可能です』
『ううん。そんな大層な物じゃないよ。
昆布と鰹節が欲しいの。
昆布は寒い地域で育つ、幅が50cm、長さが4~5mぐらいになる肉厚の海藻だよ。
鰹節は、体長1mぐらいの魚を蒸したり、干したりしてカチカチにしたもの』
『ヒカリ様、
昆布はこのあと直ぐに採取してから移動し、1日程度戴ければお届け出来ると思われます。
鰹節に関しましては、生憎と、火を使う文化が海人族にはございませんので、陸上に暮らす種族を当たって戴いた方が話が早く進むかもしれません』
『うん、じゃぁ、昆布だけでいいよ。関所で待ってるね。
今の関所はエイサンが居た頃より、建物の数も人も増えてるからびっくりさせちゃうかも?
それと、人が増えてるから空を飛んでくるときは、人目に付かないように注意してね。もし、馬車で移動する必要があるなら、メルマの港まで迎えに行かせるからね』
『お気遣い戴きありがとうございます。移動と運搬手段はこちらで準備します。また、少量の海藻で宜しければ本日夕方にでもお届けに上がれると思いますが、如何でしょうか?」
『うん。家族でちょっと料理したい分量で十分だよ』
「承知しました。後程お会いできることを楽しみにしております』
『わかった~。また後でね~』
ーーー
「ゴードン、エイサンが来てくれるって」
「ヒカリ様、族長自らでしょうか?」
「う~ん。さっきの念話の感じだと、そんな感じと思う」
「リチャード様やモリス様はご存じなので?」
「ううん。今決まったし。リチャードには念話のこともエイサンのことも伝えて無いし」
「ヒカリ様、私は多くを申し上げられませんが、モリス様と打ち合わせをされた方が宜しいかと」
「そんなに重要?」
「私はヒカリ様のされたいことを全力を挙げて支援します。
ですが、領地の経営となりますと、私の範疇を超えます。
私の口から領地経営と昆布を同列に語ることは差し控えさせていただきます」
「あ、そう……。なんかわかんないけど、モリスに言っとく」
あれ~~?
なんか、変なことしてるかな……。
子育てに専念する。離乳食を作る。そのためには昆布が必要ってことだよね。手間が掛かって、大事になりそうな鰹節の話はしてないし……。
ま、いっか。モリスに伝えておこう。
ーーー
台所にいるゴードンと別れて、領主の館の中をうろうろして、モリスを探す。リチャードは視察だか接待だかで、モリスを探している最中には見かけなかった。ま、そんな大したことじゃないから後でも良いよね。
で、丁度モリスが執務室から廊下に出てくるところだったから、声を掛けた。
「モリス~。エイサンが来るって」
「ヒカリ様、少々声が大きいです」
「え?」
「ヒカリ様、海人族のエイサン様のことで宜しいですね?」
「うん。『昆布を頂戴』って、お願したの。離乳食に必要だから」
「ヒカリ様、少々私の執務室でお話をさせてください」
「う、うん……」
なんか、モリスに緊張感が漂うね。
誰か、重要なお客様でも来てるのかな……
それとも、昨日の海賊退治の件が問題になってる……?
「ヒカリ様、その、なんと言いますか……」
「うん?」
「ヒカリ様は、人族の範疇に収まりません。ですが、リチャード王子はこの領地経営を大変上手にこなされています」
「はい……」
「この領地へ海人族の族長を呼ぶとなると、領主自ら出迎える必要があります。そして、表向きはリチャード様が伯爵領の領主ですので、リチャード様を通さない訳には参りません」
「うん~。友達にちょっとお土産を貰うくらいだけど?そんな大事になる?」
「人族と領主の体面あるいは、面子というものでしょうか。
他種族の重鎮を出迎えるとなると、アポイントメントを取った上で、人族として恥ずかしくない対応をする必要があります。まして、族長クラスとなりますと、国賓扱いになりますので、エスティア王国の国王に相談すべき事案にもなりえます。
幸いにして、ここの領地には王族であるマリア様やリチャード様がいらっしゃるので、問題が無ければ事後承諾でも宜しいとは思います。
そして、戴き物があるとなると、相手種族の格に応じた応の返礼品を準備します。その際には、相手の文化や習慣に合わせて失礼にならないよう、いろいろな観点から精査した上で用意しないといけません。
更には、双方との贈答品が、それぞれの種族にとって商業的な意味合いを持つものであれば、交易権の制定にむけて調整を始める必要があります」
「うわ~。ほんとに?」
「リチャード様は領地経営をそのように捉えております。マリア様が海賊退治に向かわれましたので、今では、よりプレッシャーを感じられているご様子です」
「そっか~。これがゴードンの言ってたことか……」
「ゴードンも、同様な懸念をしていたのですか?」
「うん。『昆布のことは任せますが、リチャード様やモリス様にも話を通しておいてください』って、言ってた」
「ヒカリ様」
と、私の名前を一度呼んでから、声を区切る。
こう、この間があるのは、何か覚悟して話しかけたいってことなんだろうね。
「ヒカリ様はここで自由にして戴いて結構です。子育てに必要な物があれば、私も協力して調達しましょう。
ですが、ここはエスティア王国であり、次期国王となられるリチャード様が領主を治める土地でもあります。
ここに配慮戴くことは可能でしょうか?」
あれ……。
私って、ダメダメってこと……?
でも、リチャードだって、新しい貴族との交流とか、直ぐに役に立つわけでもないのに、毎日のように接待とかしてるよね。
子育てとか、家事は私に任せっきりでさ?
私は子育てに必要な準備として、離乳食が必要で、それを誰にも迷惑を掛けない様にやってる訳だし……。
う~ん、う~ん。
考え方の相違ってやつなの?
とにかく、準備するのに油脂分の少ない昆布とか鰹節で出汁をとって、離乳食を作りたい!
うちの子らとか、アリアの子は日本の母子手帳に書かれている成長速度より、ちょっと早い。だから、3-4ヶ月で離乳食のお試しが必要!
私は何も間違ってない!
「ひ、ヒカリ様?」
「うん?なに?」
モリスが悪いわけでは無いけど、面倒ごとを考え中だったので、ついイラっと答える。
「顔が怖いです……」
「え、あ……。そう?」
何々?そんなに顔に出てた?
「口調もイライラされておりますが……」
「まぁ、ちょっとね」
相当気にさせてる?
でも、私は悪くない!
ちょっと、寝不足で機嫌は悪いけど、それとこれとは別!
「ヒカリ様、こういうのは如何でしょうか?
『私こと、モリスの旧友が、たまたま、こちらの領地を訪問した。
そして、たまたま、手土産のなかに、ヒカリ様の欲しいものがあった。
そして、それの入手元を尋ねたら、海人族であった』
これを事後でリチャード様に伝えるのです。
その上で、リチャード様に、海人族との交流の仕方について相談に乗って貰い、今後に繋げるというのは……」
まぁ、そっか。
私は欲しいものが手に入り、急場は凌げる。
一方で、リチャードは自分なりに他種族との交流や交易を面子を保ったまま、順序立てて行うことが出来る。
モリス、流石だね?
「モリスの案が良いと思う。
エイサンに念話が通るなら、その段取りで進めてくれる?
私は昆布を洗って干す準備を始めるから」
「承知しました!」
なんか、なんか、なんかな~。
結婚って、こういうこと?
子育てって、こういうこと?
いつもお読みいただきありがとうございます。
余裕がなくなったら週末1回のペースにさせて戴きます。
ブックマーク登録をして頂いたり、感想や★評価をつけて頂くと、作者の励みになります。