7-20.試験2日目(2)
ワニは私が捕獲することにして、気を取り直して試験の二日目の試験を再開するよ!
「ヒカリ様、お待たせしました。班編成が終わりました。こちらが班構成とメンバーのリストになります」
「ズィーベンさん、まとめお疲れ様。じゃ、走ろうか」
「わ、分かりました……」
「え?何か不満?」
「いや、班の編成数とか人数をご確認されないのかなと……」
「班で移動して狩りしてポイント稼ぐのだから、今はどうでも良くない?
それよりも移動中に班がバラバラになったり、怪我人がでたり、狩りで上手く獲物を狩れない様なピンチを班で乗り越えるのが評価ポイントでしょ?」
「そ、そうですか……」
「納得いかない?」
「我々はストレイア帝国やサンマール王国で騎士団に所属しておりましたので団体行動には慣れておりますし、昨日は身体強化の秘術を伝授頂きました。昨日よりは試験の難易度が下がると思いますので、それで良いのかと少し不安になりました」
「いや、ワニは無理なんでしょ?だから普通で良いよ。普通で。
あと、普段以上のストレスが掛かったときに人間の本性って出る。疲れて団体行動ができなくなったり、上手く行かないのを他人のせいにしたりとかね。そういうチーム内のトラブルとその解決する姿を含めて皆の姿を見たいから、とっとと試験を開始したいかな」
「分かりました!早速全員へ伝えます」
「ありがとうね。よろしくお願います」
エントリーされた班編成とリストは合計人数だけ確認するよ。合計85人だから、ペアッドさんチームの15人を差し引いて、丁度合ってるね。昨日の試練を乗り越えて全員参加してくれるだけでも私は嬉しいよ。
と、資料を眺めていると肩の上のリサから声が掛かった。
「お母様、私は普通の人の扱いですか?」
「え?なんで?」
「お母様からみて、私は普通の人ですか?」
「私から見たら、私は普通の人だし、ユッカちゃんもリサも普通の人だよ」
「お母様、お母様の普通の範囲は広いですか?」
「難しいね……。私は『普通じゃない』と使われるのが嫌だから、普通の範囲が広いと私も普通で居られるかなって思う」
「つまり、普通の人からみた普通の範囲が直径1mの円だとすると、お母様の普通の範囲は直径が1kmぐらいありますね」
「リサは、まだ一歳なのに、円の直径とか、メートルとかキロメートルの単位を使いこなせるのは凄いねぇ」
「お母様の凄いは、『普通じゃない』という意味が含まれていますか?」
「お母さんは、『普通』『普通じゃない』って区切るのが好きじゃないかな」
「……。」
「うん?」
「考えてから回答します。受験者の皆様がお待ちです」
「あ……。そうだね。走りながら会話しよっか」
ーーー
まだ、朝方湿度が上がる前で日も差して無く冷え込みが少しあっる状況から昨日と同じように走り始めた。
先頭はユッカちゃんとラナちゃん、受験者の集団を挟んで私と肩に乗ったリサが追いかける感じだね。
「お母様、お話の続きです」
「うん。なに?」
「お母様は普通が嫌いなのですか?」
「普通が嫌いではなくて、『そんなの当たり前、常識』とか『普通は出来るだろ、出来ないだろう』という押し付けをすることが嫌いかな」
「何故ですか?」
「そこで使われる普通は、その人の価値観にとっての当たり前だけど、私にとって当たり前では無いことの差がある。その差を無視した価値観の押し付けだからかな」
「そんなことを言ったら、お互いに会話が出来なくなります」
「ん……。うん……。
儀礼上の表面的な付き合いであれば我慢できるけど、皆で協力して前に進もうとするときに、一方的な価値観の押し付けは好きじゃないね。
だから私は人とうまく交流できていないのかもしれないね」
「普通の人はそんなことを考えていません」
「私の周りで私を助けてくれる人は、リサの普通に当てはまらない人が多いってことだね」
「お母様の普通では、普通の人と仲良く出来ません」
「リサはとても素晴らしい考え方をしていると思うよ。
朝、受験者の皆さんに説明をしたときに、『集団で動くためにはお互いの協力が必要』って、私は言ったよね。
リサはそれが大切なことを知っていて、それを実践すべきだと言っている」
「お母様、戦争は一人でするものではありません。そのためには指揮官とその指揮下にある軍隊の間に信頼関係が必要です。
そのためには普通の人と協力関係が必要だと思うのです」
「うん。リサの言う通りだね」
「でも、お母様は普通の人が普通に考えでいることを否定していますね」
「リサね。普通という言葉を使うとき、それは人の数だけ普通があるのだから、その普通をそれぞれに当てはめていたら、集団はまとまりが無くなってしまうよ」
「お母様、国には国のルールがあって、軍隊には軍隊のルールがあります。教会には教会のルールがあります。そのルールを皆で尊重して守っているのだから、好き勝手なルールや好き勝手な普通はありません。
だから、普通と集団のまとまりは関係ありません」
「でも、村の普通とか、国の普通とか、軍隊の普通があるのでしょ?」
「それはルールです。普通とは言いません」
「うん……。
外交上、他国の王族を招いているときに、そこを襲撃して良いルールはある?」
「そんなルールはありません。普通で考えてください」
「じゃ、次にさ?
騎士団はその指揮に従う必要があって、指揮官の命令が間違っていると自分が感じたら、その指揮官の命令を無視して、好き勝手な行動をとって良い?」
「指揮官が『自身の判断で最良な行動をしろ』と、指揮官が命じていたならば、その中で好き勝手な行動をとって良いです。
ですが、お母様の例ですと、上官の指示に従わない部下は軍法の規定違反で処罰の対処になります」
「リサさ……?」
「お母様、少し待ってください。
お母様は、お母様を拉致して馬車に閉じ込めた騎士団員達に罪が無いと言いたいのですか?犯罪奴隷から解放されるべきだと」
「あ~。うん~。それは、まぁ、後で考えよう。
いまの例は、その人にとって『当然すべき行動』が変わるってことが言いたかったのね。それぞれの考えを持つ人からすれば、当然で当たり前で、普通で、皆に認められると信じて発言したり、行動したりしてる。
ここは良いかな?」
「お母様は、サンマール王国は国賓としてお母様をもてなすべきで、襲撃してしまうのは普通では無いとお考えな訳ですよね。
でも、王姉殿下はサンマール王国を侵略しようとしたエスティア王国の王子を撃退しようとして、襲撃をすることがサンマール王国の国益に適うと思い行動し、指示をだした。 そして、その指示をだされた騎士団員達は国から給金を頂いて生活している以上は騎士団のルールと上官の指示に従って行動した。
皆が普通に考えて、普通に行動しているのをお母様は見ていたということです」
「リサ、その通りだよ。それが、それぞの人の普通を尊重して得られた結果だね」
「お母様、立場によって人の考え方は異なるのです。それを普通のせいにするのはおかしいです。
それに、もしお母様が最初の時点で身分証明書を出して『私は国賓として扱われることを要求します』としていれば、こんな大ごとにならなかったかもしれません」
「リサ、普通に考えたらそうだよね。
その結果として、エスティア王国とサンマール王国が戦争になったかもしれない」
「お母様とその仲間の方達であれば、すぐに制圧を終えて、終戦協議に持ち込めたはずです」
「そうだね。みんなにお願いすれば、武力による制圧が可能だろうし、主要人物を拘束したり軟禁する措置がとれただろうね」
「だったら、それで万事丸く収まります。
普通に考えることが悪い訳ではなくて、逆にお母様が普通に抗議を申し出なかったことが普通に反しています」
「うん。じゃぁ、軍事行動による領土拡張政策が普通に正しいとしよう。
エスティア王国がサンマール王国を支配下に置けたとして、サンマール王国の税収が回復してストレイア帝国に税金を納められるようになるまで何年間掛かるかな?
当然、その税収が回復するまでの間はエスティア王国がサンマール王国の借金を返済し続けないとストレイア帝国や周囲の種族から文句がでるよ」
「お母様、そんなことはおかしいです」
「なんで?」
「サンマール王国の借金はサンマール王国が返済すればよいですし、サンマール王国が滅びたらその借金までエスティア王国が支払う必要はありません」
「そうだとすると、国を滅ぼして、借金を放置して、周辺国や周辺の種族のとの関係も壊して、サンマール王国の国民全員を見捨てろっていうことになるね」
「そんなことは言ってません。周囲の国や種族に助けて貰えば良いのです」
「サンマール王国は自分が他国の王族を拉致するような自業自得の行動をして、その反撃に遭って国を滅ぼされたのに、だれが周辺国に頭を下げて協力のお願いをしに行くのかな?」
「エスティア王国とお母様のお仲間の方達なら仲を取り持って頂けるのでは無いでしょうか?」
「うん。だったら、最初からサンマール王国を滅ぼすだけ無駄。
まして滅ぼした後の国民感情の縺れとか、経済の回復、農地や交易の復興、周辺国や種族との信頼関係の回復に注力する必要も無いよ」
「お母様?」
「なに?」
「お母様はそうなることを知っていて、黙って馬車に拉致されていたのですか?」
「そうならないように、行動してたと思う」
「そんなの普通じゃないです!」
「……。」
「あっ……」
「……。」
「お母様、すみません……」
「リサ、良いよ」
「お母様は、普通じゃないです。素晴らしい方です」
「リサ、ありがとうね。『普通じゃない』が無ければもっと嬉しいね」
「でも、お母様、どうしたら良いのですか?」
「ん?リサ、どうしたの?」
「お母様の普通に、普通の人は考えが及びません。
それではお母様が幾ら良いことを考えていても皆が協力してくれません」
「……。」
「あ、私は協力します!ナーシャ様だって協力してくれました!」
「ナーシャさんは、ステラかラナちゃんの協力のお陰で従ってくれているだけじゃないかな?」
「え?」
「リサ、そこで驚くの?」
「ナーシャ様はお母様を妖精の長かそれ以上に敬っていますよ。ステラ様やラナちゃんに指示を出せる存在として」
「え?」
「例の不思議の鞄ですとか、ラナちゃんが授けてくれた妖精の子達もお母様のおかげですよね」
「いや、だから、それはステラとラナちゃんであって、私が指示した訳じゃないよ。
不思議なカバンをクレオさんにあげるように指示はだしたけど、ナーシャさんは不思議なカバンを持っていないと思う。それに妖精の子だって10人くらいはナーシャさんは私達と出会う前から駆使できていたみたいだし」
「ですが、あの様な糞尿塗れの偽装をして門番に出会う演出に協力したり、魔物が溢れて酷い目に遭った迷宮にクレオさんと二人だけで向かうのでしょうか?」
「そもそも迷宮でナーシャさんと出会ったとき、既に酷い状態だったから、それほど気にしていないんじゃないかな。
クレオさんと二人で迷宮に入っていくことだって、ナーシャさんは付き人の役割を演じるだけで大きな危険は無かっただろうし。
ただ、まぁ、クレオさんだけに限って言えば、いくらメイドとして雇っているとはいえ、色々と危険な目に遭わせちゃっているね。今度ご褒美にユグドラシル登頂ツアーを開催しないとね」
「お母様の周りの人はお母様の影響を受けて普通の人では無くなっていますし、普通の人の考えには収まりません」
「うん。だから『普通』で人を区分けする考え方が好きじゃないんだよ。
私にとって、私と一緒に行動してくれる大切な仲間が『普通じゃない』なんて言葉で理解されない存在であって欲しくないからね」
「お母様、皆様が『ヒカリだから』と、仰っていることが良く分かりました」
「リサ?」
「これは、お母様へ最大限の敬意を払った言い方だと思います」
「リサ……。たぶん、それだけじゃないと思うよ?」
「でも、私は敬意を込めて『お母様だから』と思う様にします」
「そう……」
「お母様、そろそろ休憩するみたいですね。ペースが落ちてきました」
「あ、ああ……そうだね。受験者へお水とか軽食とか渡さないとね」
「はい!」
うん、なんか、リサと交流を深めたと思う。
会話は大事なんだともうよ。
さ、頑張って行こう!
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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