7-19.試験2日目(1)
私が居なかった夕食会はどうだったかよくわからないけど、試験二日目を始めるよ。
昨日に引き続き、太陽が昇らない暗がりの早朝の集合だね。
「皆さん、おはようございます。
試験二日目です。
今日は、昨日と同じことをしますがチームを組んで行動してもらいます。
ちょうど、昨日の昼に『身体強化などのスキルでお互いのスキルを補える班に分かれて』という指示がユッカ試験官よりありましたよね。
あの班分けに分かれてください。そしてリーダーの人は班員の名前を確認して報告に来てください」
と、ここで直ぐに挙手があったよ。
ズィーベンさんとペアッドさんが同時に二人だね。
良い意味で機転が利くから助かるよ。
「うん。一人ずつ順番にお願いね。
先ずはズィーベンさん、どうぞ」
「はい。
昨日は身体強化のご指導とお食事の提供ありがとうございました。試験のことを忘れて皆が感銘を抱いている次第でございます。そして、今日の試験につきまして2つほど質問がございます。
1つ目。
先ほどの説明で『チームに分かれて登録』とありましたが、合否判定はチームごとに決まるのでしょうか。その場合にはチームの人数とか出身国の編成内容により能力の偏りなどが起こると思います。それ故、チーム編成による影響を避けて単独でチーム登録をする者も出てくると推測します。
この辺りを今日の試験結果への影響としてどの様にお考えかお聞かせください。
2つ目。
正直、筋肉痛が激しいです。ヒカリ様が教わった身体強化の方法を利用しようにも、最初から体が悲鳴を上げている状況になります。この辺り、何か秘伝の方法がございましたら試験開始前にアドバイス頂けないでしょうか。
以上になります」
「ズィーベンさん、ありがとうね。
ペアッドさんも被る質問があるかもしれないから、先に質問をどうぞ」
「はい。ヒカリ様、昨日のご指導ありがとうございます。
私も2点質問がございます。
1点目は、やはり食料調達チームは皆と同行して少量提供を実行することでその観点から評価頂くのは、昨日と同じ考えで宜しいでしょうか。
2点目は、今のズィーベンさんと同じく、筋肉痛が激しい者達が多いため、昨日の帰路と同じペースでの移動は困難と思われます。何かアドバイスが有りましたら幸いです」
「ペアッドさん、ありがとうね。
二人とも質問の内容はほとんど同じだね。
最初に筋肉痛対策から話をするよ。
昨日の時点でクールダウンやマッサージなどの処置をしなかったら駄目だね。今更何をやっても無駄だよ。2~3日はそのままだね。だけど、痛いからって言って何も体を動かさないと長引くし、まして怠けてしまったら次の行動でまた同じ筋肉痛になっちゃうよ。 これは身体強化のときに教えた呼吸器系の仕組みだけでなくて、筋肉を動かしたときの乳酸の処理とかリンパ管の仕組みになってくるね。時間のあるときに教えてあげるけど、今日は我慢しておいてね。
次に、チーム分けの話ね。
まずさ、仕事にしろ戦争にしろ、一人ですることってほとんどないんだよ。
例えば一騎打ちってのがあるじゃない?あれだって、事前にその状況、条件を作っているから一騎打ちの場が設けることが出来る訳。勝手に一人で乗り込んでいって、一騎打ちの申し入れとか出来ないでしょ?
その他にも今回で言えばペアッドさんチームによる食事提供とかコウさんの機材運搬チームとか、カイさんの船を漁場まで出してくれるチームとかあって試験が成立している。実際に戦争をするときにだって、輸送部隊、武器等の機材を調達する人、交渉を行う人、前線で戦争を担当する人等々が関わっているよ。
ということはね?
一人一人の力が発揮出来ることと、チームで行動してそのチームが力を発揮することは違うんだよ。逆に言えば、個人としての能力は普通であっても、チームを結成してその構成員の能力を引き出して、強固なチームを形成することに長けている人が居ても良い。
ただ、この考え方は『個人では大した能力がないくせに、なんであいつがリーダーなんだ?』なんて嫉妬が生じてしまう。そこはリーダーだけなく、チーム構成員が同じ方向を向いて行動しないといけないし、リーダーはチーム員に対して公平な態度で接する必要が出てくる。
まぁ、公平と平等の違いとか、持って生まれた能力とか意識レベルの違いとか色々あるけれど、その色々を合わせてチームだって言うことだね。
なので、1日目の試験と2日目の試験の課題内容は同じでも合格基準が全くちがうのね。だから昨日みたいに『一番多くポイントを稼いだ』『速く到達できた』とか、そういう基準では評価しないよ。
単独チームで登録しても良いけど、それは今の説明からすると物凄い減点対象になるわけだし、そこで昨日以上の能力を発揮できても二日目のポイントが高くなることは無いって判るよね?
逆にチームメンバーが多くても、全く中身がちぐはぐで成果が出せないなら意味がない。そこはバランスだし、チームとしての試験になっている意味だよ。
これはズィーベンさん達にも、ペアッドさん達にも同じことが言えると思うけど良いかな?」
「「ハイ!」」
少々冗長な説明に対しても、リーダ格の二人は納得がいったようで元気よくキビキビと返事を返してくれたよ。
「じゃあ、今から30分ぐらいで班を編成して、そのメンバー登録をしてね。それが終わったら昨日の狩場までの走って行くからその準備をお願いね。昨日の狩りで使った砂時計を置いておくから、時間の目安にしてね。
ペアッドさんチームは機材の補充とか調味料なんかで持って行った方が良い物があればコウさんチームに要請してね。もし早く準備出来たなら先に昨日の場所まで移動を開始して良いよ」
話を聞いていた受験者達は試験の中身が同じでもチームとしての結果を問われるとなると話が全くなることに動揺し、ザワザワと騒がしくなったよ。ただ動揺していても仕方が無いので、昨日の様子を思い出して手を組むべきメンバーを誘い込み始めているね。
一方で、昨日の実技で単独でポイントを稼げていた人からすると、どうやってチームメンバーを構成して、どうやってチームを成功に導くかを考えた上で行動する必要があるため、返ってこのチーム編成における難易度は高く感じられるのかな。
まぁ、その辺の臨機応変さと柔軟な考え方と決断力が必要でさ。チームリーダーとなる人には様々なシーンで求められるスキルだと思うんだよ。
と、ここで私の様子を見ていたらしいラナちゃんから声が掛かる。
「ヒカリ、私は今日も試験官よね?」
「あ、はい。今日もお手伝い頂けるならお願いします」
「昨日と同じものが食べられるのかしら。例えばワニとか。マンボウは普通ね」
「ワニがいれば捕獲して調理します。見つからなければハンバーグの様な肉の加工品になりますが、それではお口に合いませんか?」
「照り焼きハンバーグは美味しいわ。でもワニのお肉が美味しかったの。
ワニが無いとなると……。そうね……」
「ラナちゃん、どうかしましたか?」
「そういうを考えるのはヒカリが得意じゃないかしら」
「そういうのって……」
「だから、こう、なんていうの?
ビビッとくるっていうか、ガツンときて、ジワジワ~みたいな。
あとからホカホカ、フワフワと満足した気持ちになるの。
そういうのをヒカリが出してくれるのよ」
な……。
なんなん?
なんか、日本語で返事に困る感想文を貰ったよ。
ある意味で秀逸なグルメリポーター?
これは困った……。
フルーツ盛り?パンケーキ?なんの感想なのかも判らないよ……
少なくともフワフワしないからワニの照り焼きソースじゃないよね?
ハンバーグならジワジワかな~?
あ、ホカホカ、フワフワもハンバーグの条件に合ってる!
じゃぁ、辛目の照り焼きチキンソースがガツンの部分かな?
ニンニクとバターをベースにした醤油ソースとかとはチョッと違うけど、そんな感じ?
「ヒカリ?」
「は、はい?」
「ニンニクとバターをベースにした醤油ソースって何かしら?」
「ハイ!」
一生懸命考えている最中に心を読まれたよ……。
冷静に丁寧に回答しなくては!
「照り焼きソースよりも、もっと濃厚でガツンと来る感じですね。
ニンニクは見かけて無いので何処で売っているか確認が必要です。
バターも常時持ち歩いている訳では無いので食材として用意が出来るか確認します。
醤油は……。在庫があるかモリス経由でゴードンさんに確認します」
「それは美味しいのかしら?」
「鉄板かと」
「私に鉄板を食べさせるのかしら?」
「あ、いや、確実性が高く、ガチガチというニュアンスですね」
「鉄の板は硬くてガチガチよね?」
「すみません、すみません。比喩的な表現でして、食材用の調味料を評価するのでしたら、『万人受けする味付けであり、ハズレを引くことは少ない』という意味になります」
「ふ~ん。シャチやマンボウにも合うのかしら?」
「生肉との相性は悪いかもしれませんが、加熱して焼いた状態であれば、シャチでもマンボウでもハンバーグでも合います」
「ヒカリはその万能調味料を黙っていたのかしら?」
「醤油が無かったですし、照り焼きの方が私の好みです」
「もう良いわ。お昼はそれにしましょう。早く出発してワニを探しましょ!」
な……。
朝から2度目のなんなん?
ワニが居ればすべてが丸く収まるってことかな?
今日のお昼の課題は「一チームに付きワニ一頭」って、条件を加えようかな……。
「ズィーベンさん、ちょっと相談。ちょっと来て」
「ヒカリ様、何でしょうか?」
「昨日さ、私がワニ獲ってきたでしょ。あれ、獲れる?」
「ヒカリ様が皆に『死ね!』という指示になりますでしょうか……」
「え?」
「ヒカリ様、丸太級のサイズのワニですよね。
基本的な武器の刃が通りません。
つまり、ロープなどを引っかけて陸上まで引き上げてから袋叩きにするしかありません。毒を与えたら食用に適さないですからね……」
「へぇ……。
あの皮はそんなに硬いんだ。結構良い鎧の素材になりそうだね。大事に解体しておいてよかったよ。それで?」
「運よくロープを引っ掛けることに成功したとします。
ワニに川に引きずり込まれて食われます。
以上になります」
「え?」
「あのサイズのワニを相手にすると、大人10人でも水中にいるワニと綱引きをしたら勝てません。あるいは引き上げている最中にロープを食いちぎられてしまいます。実質的にあのワニを陸上に引き上げる方法がありません。
いうまでもありませんが、水中戦であのワニに人は勝てる様にできていません。近くに仲間がいたら一巻の終わりです」
「困ったねぇ……。試験にならないか……。
っていうか、昨日はそんな危険な川を渡って狩りをしてたってこと?」
「ユッカ様はちゃんと川を避けて狩場へ案内して頂きました。成果は我々の実力がなくさえない結果となりましたが……」
「いや、川が危険とかより、みんなが飛べないから一緒に川に入って濡れるのが嫌だっただけじゃないかな?替えの服とか持ってないし。光学迷彩掛けて裸になるわけにもいかないし……」
「ヒカリ様、ユッカ様はあの幅の広い川を飛び越えられるのですか?」
「飛び越えることも出来るかもしれないけど、無理せずに普通に飛べばいいんじゃないかな」
「ヒカリ様、普通に人は飛べませんが?」
「いや、試験官の4人は全員飛べるよ」
「すみません。大魔法使いのラナ様は飛空術を駆使できるとします。ヒカリ様も女神の化身であられるので、そこも可能とします。ユッカ様とリサ様は無理ではありませんか?」
「色々間違っているけど、少なくとも4人は飛べるから。
リサ、ちょっと飛んでみて?」
さっきから片側の肩の上で私の頭にしがみついているリサに話しかける。
「お母様、そもそも私が流暢に話が出来る年齢ではありません。飛べることは余計におかしいと思いませんか?」
「いや、昨日手から水だして配ってくれてたでしょ。リサも魔法使いな訳だし……」
「お母様、掌から水なんかは、ちょっと訓練した人なら誰でもできます。
ですが、飛ぶのは無理です」
「クレオは飛べたけど、魔法は使えないよ?」
「クレオさんはA級冒険者です。メイドです。魔法使いや聖女見習いではありません」
「え~~。何か良くわかんなくなってきたよ?
ズィーベンさんの普通では何が出来るの?」
「普通は、北の大陸と南の大陸の2ヶ国語を流暢に話せる人は専任の通訳として職を得ることが出来ますが、私にはできません。
普通は、馬より速く多くの荷物を運ぶことが出来れば、密使や伝令役として莫大な富を稼げることが保証されますが、私にはできません。昨日教わるまでは出来ませんでした。 普通は砂時計なる、時間を計る魔道具を持っていません。
普通は突然姿を消すことは出来ません。
普通はワニの外皮を傷つけることが出来る刃物を持っていません。
普通はワニを捕獲することは出来ません。
普通はワニを調理して美味しく食べる方法を知りません。
普通は短時間で狩りの獲物を手に入れるか、転移門を使って食料を調達できません。
普通はシャチを捕まえられませんし、海から運んでくることもできません。
私は確認できませんでしたが、普通は空を飛べません。
参考までに、私は手のひらから100人分の飲み水を出せる人をこれまで見たことがありませんでした。
これが私の普通になります」
「リサ、リサから見てもズィーベンさんが言っていることは普通なの?」
「私も本当は普通のはずですが、お母様のせいでズィーベンさんの普通の範囲からかなり外れています。お母様のせいです」
「そっか……。
じゃ、受験者の皆さんは訓練してワニを捕獲できるようになっておいてね。
今日は私が探して獲るよ。
班分けの編成が出来たらすぐに出発ね」
ワニがそんなに難易度高いとは知らなかったなぁ……。
そうだとすると、上級迷宮で収集品を回収して資金を得るなんて出来ないんじゃない? 色々と作戦変更が必要かもねぇ……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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