7-18.種族交流会(2)
ヒカリが居ない場でのヒカリ談義は続く……
問題は残された4名である。
カサマドは妖精の長の復活をしらないし、様々な妖精の長達がヒカリと共に行動していることも知らない。であれば、伝説級の人物を表現する尊敬の意味を込めて女神とか大聖女、あるいは妖精の長と言った表現をすることに何ら疑問を持たない。あくまで人知を超えた存在への表現の1ついう認識だ。
ニーニャは妖精の長達から加護の印や妖精の子、鉱石や印を描いた石板など様々な支援を直接的に受けているため、妖精の長は確実に存在しているし、同時に絶対に口外してはならないこととして理解している。
エイサンは海人族の族長であり、海人族は古くから水の妖精の長であるウンディーネを近い存在として認識しており、また保護の役目を司っているため、妖精の長は極めて当たり前のものとして認識している。
ただし、その当たり前が人族にとっては当たり前では無いことを、先日の飛竜族との仲介の際にラナちゃんに注意されたばかりであるので、不用意に人前で妖精の長の存在について語ることは出来ない。
トレモロは微妙な立ち位置である。ヒカリと共に行動する特殊な能力を持つ方達の中に、妖精の長達が居ることを明言されていないからだ。
トレモロは人族の皇帝に仕える立場として海上を交易路として開拓し、これまで各種族と交流を行ってきた。その際に様々な種族との文化交流や卓越した才能を持つ人物と接してきた経験がある。
ヒカリを含めてヒカリの周囲に特殊な人が集まっている。あのエルフ族の族長であるステラですらヒカリの仲間の中では普通な存在と化しており、過去の自分の経験は通用しない人達と遭遇している。
当人たちより『自分は聖女です』と名乗って頂くか、どなかの紹介によりその素性を明らかにしてもらわない限りトレモロが勝手にその存在を決めつけることはできない。
つまりこの4人にとって『妖精の長の存在』に関しては吟遊詩人の奏でるサーガ、あるいは酒場で冒険者が語る英雄譚の様に雑談交じりで話を合わせることは可能である。
だが種族の族長クラスが並ぶ中でその様な低俗な虚偽が入り混じる雑談が果たしてこの場に相応しいのか、そこの探り合いが始まる……。
「ヒカリ様に続いてリサ様も出て行かれてしまいましたね……。
確かにヒカリ様の作られるデザートは素晴らしかったです。噂によると北の大陸のロメリア王国に貴族向けの料亭があり、そこで出される料理は絶品なのだとか。ヒカリ様はそこのレシピをお持ちなのですかね?」
と、カサマドがラナちゃんの語るデザートが気になり、話題を食事の内容へと変える。他の3人からすると、本来であれば良い話題転換でありそこに追従すべきであるが……。
「そうですね」
と、無難に相槌をうつトレモロ。
ヒカリの作る料理の数々を知っているので今更ロメリア王国の料理を食べたところで大きな感動は得られない。ヒカリと食事をする機会を増やせることが美食への近道であるのだから仕方ない。
「そうなのですか……」
と、否定はしないが興味が薄いことが雰囲気として伝わってしまうエイサン。
海人族であり、根本的に陸上の人間たちとは生活感が異なる。食文化も異なる。ヒカリのクッキーには同意できるが、それ以外の人族の料理が美味しいのかどうかは興味の対象外である。どうやって食習慣の違いを克服して話題を合わせれば良いのかサッパリ判らないのであれば仕方ないかもしれない。
「カサマド様も機会があればご一緒に訪問してみましょう」
と、ニーニャだけが興味を示した。
実はニーニャからすれば食事よりも酒であり、人族の料理などどうでも良いのだが、先ほどの妖精の長達の話に戻るくらいであれば話題が逸れることに賛成なだけである。
残った4人では中々話が続かない……。
初対面でホストのヒカリがおらず、かといって食事に関しても根本的な食文化の違いがあるのだから、差しさわりのない話題のはずが、お互いの興味が合わないのは仕方ない。
自分の話題の振り方が悪かったのかと思案したカサマドは次の話題を試みる。
「そういえば、ニーニャ様は手の甲に入れ墨をいれてますね。とても綺麗でお似合いです」
こういった歓談の場において、初対面の相手の服装や所有物をそれとなく褒めて関心を示すのは話題の誘導として悪くない。人に見せたくない秘密の物をワザワザ、身に着けて社交場に持ち込むことは無いからである。
ところがこれまた大問題である。
この4人の中では妖精の長の印が見えるのは、カサマドとエイサンのみ。
妖精の長の加護を貰っているのはニーニャのみだが、ニーニャには見えない。
トレモロに至っては、妖精の長の存在も妖精の加護の存在もしらない。
「カサマド様、これは……」
「ええ。左右で異なる色使いですね。丸で太陽と夜をイメージするかのような対照的な色合いで興味深いです。ヒカリ様も同じ造形の物を……。ハッ」
ニーニャは気まずそうに、自分の手を見て、手の甲を皆から隠す様にして擦り合わせる。その様子を見たカサマドが追い打ちを掛けてしまう……。
「その様な入れ墨はみたことが有りません。輝いているかの様に見えます。普通の着色であれば、皮膚にのっぺりと張り付き、日焼けと共に色がくすんでしまいます。ニーニャ様のそれは浮かび上がっているかのような幻想的なものです。
やはり特殊なドワーフ族の伝統的な手法を活用した入れ墨なのでしょうか?」
「カサマド様……。これは……。全員が見える物ではありません。
ヒカリ様から話を聞いたのでは?」
「で、ですが……」
「分かりました……。再度私から説明しましょう……。
これは『妖精の加護』と言います。あくまで印であって、なんら効果を発揮しません。この加護を所有すること自体が稀有であるため、例えば、人族の間ではこのような加護の印を授かった人を聖女として称えることがあります。
つまり、この加護を所有していることは、平時であれば種族として敬意を払って頂けるでしょう。反面、戦時となりますと、敵対する種族からは重要な攻撃対象と見做すことができます。『敵方の聖女を討ち取った』となれば、敵方の指揮は落ち、味方の指揮は上がるでしょう。
ですので、普段は手袋や手甲あるいはアミュレットのような様な装飾品で不用意に多くの人に見せないように心がけております」
「つまり、ニーニャ様はドワーフ族の大聖女様でいらっしゃったと?」
「うむ……。
ヒカリの気持ちが少し理解できる……。
『面倒な会話をするくらいであれば、此方は黙って、相手の好きにして貰おう』という考え方……。
カサマド様、貴方が好奇心旺盛であり、実直な人柄であることは良く理解出来ました。ですが、この件に関しては私の配慮不足であることが原因であること、ご容赦頂きたい。これ以上この話題を続けることは、命の危険を伴います」
「命の危険ですか?」
「続きが聞きたければ、リチャード殿下やスチュワート・アルシウス様とご一緒に上級迷宮を探索して、無事に生き延びてきたらお話しましょう。
それで宜しいでしょうか?」
「サンマール王国の管轄下にある迷宮のうち、上級迷宮と申しますと、地下15階以上の深度があり、まだA級冒険者のパーティーでも攻略できていない、攻略が非常に困難な迷宮であると聞いたことがあります。
そこの探索に向かわれるのですか?」
「カサマド、ここからはお前の主として話をする。良いな。
探索は既に終わっている。
ヒカリ様が小銭を稼ぎに潜った話をした通りだ。
そこで訓練がてら実戦経験を積んできて欲しい」
「えっ?王都にあるカタコンベの話では無いのですか?」
「カタコンベは散歩にすらならない。
ヒカリ様の小銭は金貨数千枚。
上級迷宮にて馬車数台分の収集品を1週間で集めてくる。
その訓練に同行し、無事に帰ってこられたら話の続きをしよう。
エイサン殿、トレモロ殿、この後冷凍倉庫の構築や、その他諸々のヒカリ様からの宿題を片付ける必要があるので、先に失礼する無礼をお許しください。
また、私の奴隷であるカサマドが皆様への不愉快な話題を提供してしまったこと、主としてお詫び申し上げます。
では!」
詫びの口上を述べるとニーニャも小屋から出て行ってしまう。
問題なのは残された3人である。
何をどうやって会話を繋げるのか、あるいは解散するべきなのか……。
そもそも誰がこの後の場を仕切るべきなのか……。
「その……。カサマド様……。あまり気になされない方が宜しいかと。
軽んじることは問題外ではありますが、自分に出来ないこと、判らないことがあり、それに失望したり、不甲斐ないと嘆く必要は御座いません。
私はヒカリ様とその仲間の皆様とお会いして、いつも学ぶことばかりです。
ですので、カサマド様も早く慣れることが宜しいかと」
と、トレモロがこの場を繋いだ。
そしてトレモロの言葉にエイサンが腕を組んでウンウンと頷く。
カサマドは魔族が営む銅精錬の工房での契約書を結んだ際に、ヒカリの加護の印について質問をしていた。そして、『内緒だよ』と、聞いていたことを改めてこの場で思い出した。「これは、ひょっとして、エイサン殿やトレモロ殿へも秘密にしておくべきことだったのでは?」と、考えるも後悔先に立たずである。
「お二人にも大変申し訳ございません。
今の加護の印の話は忘れて頂けないでしょうか。 私も詳細については分かりかねますが、ヒカリ様が秘密にしておくべき事項であり、ニーニャ様の助言によると命を掛ける覚悟が無いと触れてはいけない話題でした。
大変申し訳ございません!」
とりあえず、ヒカリには普通には共有出来ない秘密が沢山あり、夫々が命の危険を伴うことであることを重々理解する3人であった……。
「そういえば、トレモロ殿にお伺いしてよいか判りませんが、コンブやカツオブシは帝国では流通しているのでしょうか?砂糖工場の品物は北の大陸で交易されているとは伺っておりますが……」
「エイサン殿、コンブ、カツオブシですか……?」
「ええ。ヒカリ様がオーナーを務める工場ですね。海産物を主原料とした調味料の一種と伺っております」
「それは、ショウユという物ではありませんか?さきほどのマンボウの刺身に付けて食べた黄色っぽい液体の様な塩味とコクのある調味料ですが……」
「ショウユとは伝説の調味料ですよね。ヒカリ様が必死に探しておられるそうですが。トレモロ殿の伝手では入手できそうでしょうか?」
「はい。ヒカリ様の指揮でアジャニアにて発見し、持ち帰ることが出来ました。確かヒカリ様はアジャニアの職人を連れ帰ってきたと思いますが……」
「流石はヒカリ様です。求めた物を必ず入手してしまう……」
「トレモロ殿、今、アジャニアという土地の名前が出てきたように思われますが、それは科学を軍事展開して独特の発展を遂げている国のことでしょうか?」
「ええ、まぁ、多分そのアジャニアで宜しいかと」
「トレモロ殿、ですがストレイア帝国も我が魔族の王国でもアジャニアのある大陸までたどり着く航海技術はもっておらず、アジャニアの独占技術であったかと……」
「ここ数年で色々な事情が変わったと申し上げておきます」
「まさか、それもヒカリ様に関係があることなのですか?」
「カサマド殿、醤油や調味料の話は出来てもアジャニアの話は簡単に口に出来ない話題です。ご容赦頂きたい」
これまた、軽い気持ちの英雄譚を話として伺おうとして失敗である。
ほとんど興味も無く、訳の分からない調味料の話で盛り上がるにはカサマドには料理に関する知識が薄すぎた……。
下手にヒカリの行動や成果物に触れる内容を語ると、これまで情報操作を念入りに行ってきた活動が破綻してしまうため迂闊に喋ることが出来ない。裏を返せば、ヒカリさえ押さえてしまえば、各国を簡単に属国にすることは可能ともいえるのだが、ヒカリは戦争が嫌いだし、奴隷のように支配下に置くことも嫌う。
ヒカリを力づくで従わせることは各族長クラスを敵に回すことになるし、死に至らしめることが出来たら、それはそれで飛竜族からの襲撃を受けることになる。
衛兵につかまって馬車に閉じ込められたり、冒険者の罠に掛かって木に吊るされたりする割に、国家間での動きとなると扱いが非常に面倒な存在である。
その片鱗の一部が共有出来ただけでも、この3名にとっては大きな収穫となった夕食会であったかもしれない……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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