7-17.種族交流会(1)
ヒカリが去った後の夕食会の場にて。
「ユッカ様、ヒカリ様は怒ってしまわれましたか?」
「トレモロさん、怒ってないと思うよ~」
「ですが、出て行かれてしまいました……」
「お姉ちゃんなりに接待の準備不足だったと思ったか、今日の試験官の対応で疲れたんだと思う。
トレモロさんが気にしないで大丈夫。皆で楽しんでくれればお姉ちゃんの機嫌は直るよ」
「そ、そうでしたか……。エイサン様、カサマド様、今後ともよろしくお願いします」
「ユッカ様、今日はステラ様はいらっしゃらないのですかね?いらっしゃればヒカリ様との間を取り持って頂けたのかと……」
「エイサンさん、ステラさんは鞄作ったり、チョコレ―ト工場の準備とか農園の準備とかしてるよ。お姉ちゃんとは別行動だよ」
「リサ様、何故ヒカリ様は出て行かれてしまったのでしょうか……」
「カサマドさん、分かりません。
ですが、皆様の顔合わせと食事の提供が済み、皆様の自由闊達なな交流を妨げないように自分が脇役に徹するために遠慮したのだと思います。
種族間の交流をして今後の関係を築くことに気持ちを切り替えた方が良いと思います」
ニーニャ・ロマノフを除いて三者三様に気持ちが沈んでいる様子。
ホストともいうべき立場のヒカリが出て行ってしまって、『何がヒカリ様の気分を害したのか?』と状況が判らず困惑している。
そもそも種族の長、王族、帝国の侯爵というその国ではトップに近い立場であり、本来なら接待されて、敬われて、気を遣われるべき存在。
ところが自分の立場を全て捨てて人族の女性一人に気を遣っている様は、ヒカリとの経緯を知らない各種族の重鎮がこの状況を見たら激怒してしまうところであろう……。
「ニーニャ様、ヒカリ様は怒っておられますかね?」と、トレモロ・メディチ卿。
「ニーニャ様、ヒカリ様は怒っておられますかね?」と、カサマド・ディアブロ殿下。
「ニーニャ様、どうしましょう……」と、エイサン族長。
「皆様、余計な気遣いは無用と存じます。彼女は喋っているうちは冷静な判断が出来るので大丈夫です。
問題は黙ってしまい、彼女が何をし始めるか判断判らないときです。そうなったら最大限の警戒をしてください」
「ニーニャ様、確かに……。初対面の際にステラ様に執り成しをして頂いたときも『ヒカリさんが喋れる程度に機嫌が直ったわ』と、申されていました」と、トレモロ。
「ニーニャ様、そうしますと、今日は私が怒らせてしまったかもしれません。シャチの件でヒカリ様が途中で無言になり立ち去ろうとされました……」と、エイサン。
「エイサン様、そのような危機をどの様にして回避されましたか?」と、ニーニャが問いかける。
「シャチの種の保存のためにお願いを申していたのですが聞き入れてもらえず、『砂糖工場を休業する』と、申したところ受け入れて頂きました」
「ヒカリ様は、シャチだろうが、ワニだろうが、クジラだろうが食料としか思っていなかったのでしょう。
ところが、砂糖工場が閉鎖となることはサンマール王国に拠点を設ける活動の基礎が瓦解するので譲歩戴けたと推測します」と、ニーニャ。
「ニーニャ様、ヒカリ様は何をしにサンマール王国へ来られたのでしょうか?砂糖工場の視察ですか?」と、エイサン。
「エイサン様、新婚旅行に来て、ユグドラシルの樹に登る予定であったご様子」
「ニーニャ様、魔族から人族の拠点を取り戻すため。あるいは鉱山で強制労働をさせられている各種族を解放するために訪問されたのでは無いのですか?」と、カサマド。
「カサマド様、あれはチョコレート工場の機材や靴を作る職人を求めての行動です」
「ニーニャ様、ヒカリ様はサンマール王国との交流よりも実効支配を目的とした制圧に来られたのでは……?」と、トレモロが続く。
「ヒカリ様が散歩がてら上級迷宮を制圧したために、無用な憶測を生む結果となったと理解しております。本人は悪気なく、皆のためのを思って小銭を稼ぐために観光迷宮で魔物がドロップする品々を収集していただけのご様子。
そのヒカリ様の存在を隠蔽するための画策がサンマール王国の王姉殿下との駆け引きになり、今回の事態に発展したと考えております」
「ニーニャ様、失礼ですが新婚旅行のための旅費でしたら私共でも提供させて頂くことができたかと……」と、トレモロ。
「トレモロ様、ヒカリ様はユグドラシルに登頂する権利をサンマール王国から取得するための資金を集めていました。
推薦人一人当たり金貨1000枚程度を賄賂として必要な様でして、登山希望者を丸ごと1チームに編入するためにサンマール王国の金貨で数千枚が必要でした。
ちょっとした新婚旅行の旅費ではなく、国家の年間予算に匹敵する規模だったと伺っております」
「なるほど……。それで金貨1万枚が必要になったと……」と、トレモロ。
「ニーニャ様、ですがヒカリ様は私を購入する際に魔族の金貨5000枚を提供頂いております。あの資金があれば、人族の金貨数千枚など……」と、カサマド。
「カサマド様、今だから申し上げますが、あれは契約書を作る前日に作成したものです。ですので、ヒカリ様は魔族の金貨を最初から所持していた訳では無いのです」
「ニーニャ様、お言葉ですが魔族の金貨は偽造できません。金貨と同じ重さを持ちながら、金貨より遥かに熱に強くて硬いのです。仮に魔族の金貨を真っ二つ切断し、その中身を見ることが出来たとしても、その中身の金属を調達することは不可能なはずです。
何故なら法王によって齎された金属ですから普通の人間では製造出来ないのです!『交換レート1:100』という、偽造出来たら魔族の経済が崩壊してしまうようなリスクがある契約であっても、そこを覆すことは出来ないのです。
また、この交換レートが魔族に富を齎している根源でもあります。ここをヒカリ様とニーニャ様が攻略出来たとすると魔族の国の経済は転覆可能となります」
「カサマド様、詳細は省きますが『今のこの星の技術では、ニーニャが作った金貨を偽物として証明する手段は無いよ』とのヒカリ様のお言葉です。
ですが、ヒカリ様の目的は魔族の王国を乗っ取ることではなく、あくまでドワーフ族を開放することを目的としておりました。そこは悪気が無いのです」
「ニーニャ様、そうしますと……。
ひょっとして飛竜族との交流も何か深い意味や経緯が有ったのではなく……」と、エイサン。
「私は良く分からないが、『ユグドラシルの登頂途中で飛竜に襲われたら面倒だから話を通しておこう』といった経緯であったと思います」
「ニーニャ様、つまりヒカリ様にとっては……。
新婚旅行で小銭が必要になり、上級迷宮を突破したら大事件になってしまった。
ユグドラシルの観光前に飛竜族に挨拶に伺えば、飛竜族がボロボロになっても勝てない様な高速飛行を実現して、飛竜族との飛行術の勝負で勝利してしまう。
雇用者の靴を加工するためにドワーフ族に支援を求めに行けば、魔族の経済を破綻させることが出来るような貨幣を作り上げてしまう。
そういうことで宜しいでしょうか?」と、エイサン。
「エイサン様、他にも色々と事件を起こしておりますが、おおよそその様な理解で宜しいかと」
「リサ様、本当にヒカリ様は人族なのでしょうか……。全知全能の神が遣わせた天使、あるいは女神である可能性はございませんか?」
と、エイサンとニーニャの話を受けてカサマドがヒカリの存在に疑問を抱く。
「カサマド様、一応、私の母であることは間違いないと皆が申しております。娘としましても、あの人の存在を信じられません。
ですが、私がこの年齢でこの様に流暢に喋ることが出来たり、空を飛ぶことが出来るのは全てお母様のおかげですので、少なくとも私の味方であり、信じて良い可能性が高いと思っています」
「なるほど……。
もし宜しければ、ニーニャ様がドワーフ族の職人を集めて作ろうとしている靴について伺っても宜しいでしょうか?」
と、カサマドが興味津々に重ねてリサに質問をする。
「お母様がこの旅行を始める前に靴を作ってくれました。それが伝説の靴となりつつあるようで、人族の技では到達できない領域にある様です」と、リサ。
「うむ。リサ様の靴は私がドワーフ族の本国から連れてきた腕の良い職人が作りました。
リサ様、宜しければカサマド様へリサ様の靴をお見せすることは可能でしょうか?」
と、ニーニャが補足説明を行う。
「ええと……。食事中に失礼だとは思いますが……。
ただ、こちらの靴は各種魔道具のような設定がされているようでして、外見は普通の革袋ですが、中身は靴底が有ったり、ミスリル銀が編み込んであり、靴の中の汗を外に逃がすことが出来るようなのです。
ですので、1日中履いていても靴独特の異臭を感じさせることがありません」
「リサ様、是非とも拝見したいです」
「出来ましたら私もお願いします」
「私もお願いします」
と、カサマドだけでなく、トレモロ、エイサンが続く。
皆の興味を引いて、共通の話題を提供できる逸品であることは間違いない。
食事中に1日中履いていた靴を鑑賞するのは如何な物かと一考の余地が残っているが、女神の様な存在が娘に与えた靴で、それをドワーフ族の飛び切りの職人が作ったといえば、普段は靴に興味が無くても芸術作品として鑑賞したくなるのも致し方ない。
「では、失礼して……」
リサが自分の靴を両方脱ぐと、クンクンと臭いを嗅いで問題無いことを確認してから右側のトレモロと左側のカサマドへと片方ずつ渡す。
渡された靴を見たり触ったり、靴の中へ手というか指を入れてみたりと、外観だけでなく中身の作りも確かめてから、夫々が次のエイサンとニーニャへ回覧する。
「リサ様、リサ様は女神様の娘でいらっしゃって、それ故汗をかかなかったり、あるいは体臭が無かったりすることはございませんかね?」
と、リサ自身は自分が人間であり、人族の転生者であるにも関わらず、丸で人扱いされていない問いかけに少々困った様子。
「私は先ほども申しました通り、多少発育が良いですが、人族の子供と考えています。普通の人族の方達と同様に汗もかきますし、多分放っておけば体臭も臭います。
ただ、ピュアのスキルを教わっておりまして、なるべく体臭を纏わないように適宜ピュアのスキルで浄化をしております」
と、答えになるより余計に謎が深まるかのような回答をリサがする。
『ピュアが何か判らないけど、汗を処理できるのであれば、靴が凄いのかリサ様が凄いのか判らない』と、皆が思ったはずである。だが、大人が子供にその質問をしない程度に配慮ができるメンバーが揃っていたことはリサにとって幸いであろう。
「リサ様、防臭効果につきましては大人が使っても大丈夫なのか実際に試験をしてみなければ分かりません。ですが、この靴が1日中駆け回って行動してきた後の靴とは思えません。
それだけでなく、靴としての構造もリサ様の足のサイズにフィットして、尚且つ柔軟性を保ち、それでいて靴底は堅牢さとクッション性を備えているという優れモノであると拝見しました。
軍隊のみならず冒険者にとっても垂涎ものと言えます」
「お褒めに預かり光栄です。母も職人もきっと喜ぶことでしょう。
ただ、足の成長に合わせて毎回金貨200枚を母が自前で用意できるかは甚だ疑問が残りますが、母のことですからきっと誰かに資金を提供させてしまうのでしょうね……」
「リサ様、補足ではございますが、そちらの靴一足で金貨200枚ということは御座いません。裁縫に使うミスリル銀の銀糸は材料費として負担いただく必要はありますが、ドワーフ族の者が同様な靴を作成するだけであれば一足当たり金貨10枚もあれば作れると想像します」
「ニーニャ様、ですが、母は確かに金貨の革袋2つを職人さんへお渡ししていたかと思いますが……」
「リサ様、それはヒカリ様の配慮かと思われます。迷惑料、口止め料、余計な金貨を領地に持ち帰るとリチャード殿下に知られて面倒なことになる。そういった込み込みで、担当の職人に手渡したのだと思います。
私が連れてきた職人には『ヒカリ様の訪問は全てに優先しろ』と、伝えてありますので、ヒカリ様の金貨の受け取り拒否が出来なかったと想像します」
と、靴が一足で金貨200枚の謎がニーニャによって解き明かされる。逆に言えば、ヒカリが手ぶらで訪問して、『この子の靴を作って欲しいの』と言っていれば、リサの靴は無償で手に入ったともいえる訳だが、ヒカリからすればそれは無かったのであろう。
「ニーニャ様、そのお気持ちわかります。私もコウとカイには『ヒカリ様の命令には私に確認を取らずとも最優先で対応しろ』と、常日頃から申し付けてあります。
今回の試験官の支援の話も彼らには王姉殿下を帝国までお送りする手配よりも、最優先で対応するように命じてあります」
「ニーニャ様、トレモロ様、そのお気持ち良く分かります。私も3つの工場を経営させて頂いておりますが、最上の品は必ずヒカリ様へ献上すべく、売り物とは別に確保しろと命じてありますし、何らかのトラブルがあれば全てにおいてヒカリ様の支援を優先するように一族の者達には指示をだしてあります」
「エイサン様もですか……。そうですよね……」
「ヒカリ様であれば、そうするべきですね……」
と、トレモロとニーニャが同意しながら相槌を打つ。
カサマドを除いて大絶賛中のヒカリ。
本人はここに居ないし、本人は居ても『そんな、なんで?』と疑問を抱くところであろう。当然、皆はヒカリに気を遣わせないために本人の前でそのような事は言わないであろうが。
ある意味で、種族を超えたヒカリを頂点とする組織の完成である……。
「あの……。皆様、申し訳ないのですが……。
私はニーニャ様の奴隷契約を結んでおりますので主の命令は絶対です。ですが私自身が絶対服従であっても、私の部下の中には奴隷契約を結んでいない者がおります。私がその者達にも指示を出せますが自由意志で行動できます。
他の種族の皆様は組織ごとヒカリ様と奴隷契約を結ばれているのでしょうか……?」
と、余りの異様な雰囲気にカサマドから疑問が口に出る。
「カサマド様、私は自由意志でヒカリ様に従っています。従うという表現はおこがましいですね。ヒカリ様の役に立てる機会があれば全力を尽くす様に心掛けているといったところでしょうか」
と、トレモロ。
「私個人としてはヒカリ様の願いがあれば全力で叶える。私もヒカリ様へ遠慮なくお願いをする。
その結果として、私を支えてくれるドワーフ族も皆がヒカリ様を支える様になっています。ここに否は無いのです」
と、ニーニャが続く。
「私はお二人とは違うかもしれません。どちらかと言えば種族の在り方に変革を齎した方として周知しているだけです。
その齎されたものがヒカリ様がきっかけであれば、その状況を作られた方を崇めるのは自然な成り行きでしょう」
と、エイサンに至っては崇拝の概念までがとびだす。
「そうしますと……。
南の大陸では伝わっていない、女神様の降臨であったり、封印されたとする妖精の長の復活がヒカリ様という形で具現化しているのでしょうか……?」
カサマドとしてみれば出会って一週間も経たないヒカリの存在が種族を超えて浸透している状態が気味が悪い。人知を超えた存在として片付けたくなるのも不思議ではない。
と、ここで黙って話を聞いていたラナちゃんが声を上げる。
「リサ、ユッカ、カサマドは何を知っているのかしら?」
「ラナちゃん、私はカサマドさんと今日初めてお会いしました」と、ユッカ。
「ラナちゃん、お母様はカサマド様へ何も伝えておりません」と、リサ。
「そう……。なら、仕方ないわね。
ここで待っていてもヒカリは戻って来ないし、デザートは出てこないわ。
ユッカ、リサ、デザートを食べに行きましょう」
「「ハイ」」
リサは回覧から戻ってきた靴を履くとラナちゃんの後ろに付く。ユッカもその二人の後ろに付いて仮設で立てた小屋から3人が出ていってしまった。
さて、残された4人はどうなるのだろうか……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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