1-12.出汁を作ろう(1)
「ヒカリ様、そろそろ打ち合わせをさせて戴いても宜しいでしょうか?」
と、朝食を摂っている最中にゴードンから声が掛かる。
ああ、綿菓子事件から続いた海賊事件のせいで、ゴードンとの打ち合わせをすっぽかしてたままだったよ。
離乳食と出汁の打ち合わせだったよね?
「ゴードン、離乳食の準備の話で良かったっけ?
砂糖については迷惑をかけちゃって、ごめんね」
「砂糖の件は大丈夫です。
翌々日にユッカちゃんが樽を2つも運んできてくれました。また、あのようなイベントが無い限りはしばらく足りるでしょう。
それで、離乳食の準備についてなのですが、ヒカリ様はどの様に考えられているかお聞かせいただけますか?」
「ええと、私が飛竜さんを助けた後で、意識を失ったでしょ。
あのときに食べさせてもらったポタージュみたいな、ああいう消化に優しくてペースト状にすりつぶしたものかな」
「ビスクとか、ゼラチンとか、煮凝りでもよろしいですか?」
「あ、ええと、小さい頃はアレルギー反応とかも心配だし、濃い味付けの物は止めた方が良いらしいの。
だから、ジャガイモのポタージュにするにしても、出汁と薄い塩味とか。ビスクには海老やカニの成分でアレルギーを起こす場合があるの。ハチミツも場合によっては良くないって聞くよ」
「ヒカリ様、出汁ですか……」
「あれ?ゴードンと一緒に出汁を取ったことって無かったっけ?」
「ペースト状にしたスープやソース、後は煮物は話として伺っていますが、出汁と言われましても……」
「野菜とか、肉とかを煮るでしょ。煮た後の残り汁に旨味成分が出てて、それを一般的に出汁っていうよ。
ただ、私が言ってる出汁はアジャニアの魚や海藻を使った方法だから、もっとサッパリとした味わいになるね」
「出汁を取ったら、その元の身の部分はどうなるのでしょう?」
「捨てちゃうね」
「それは、とても贅沢な食材の使い方ではないかと?」
「うん。ペーストにしたり、ソースにするときは全部を混ぜて使うけど、出汁は、その成分だけだから、勿体ないと言えば勿体ない。
だけど、余計な雑味がなくなって、とても研ぎ澄まされた味になるよ」
「ヒカリ様は、そのような料理を食べて育ったので、舌が肥えてらっしゃるのですね?」
「う~ん。うちの母は専業主婦だったから、和風料理が多いし、手料理が多かったからそれを贅沢だとは思ってなかったけれど……。
あ、ええと、私が居た国では、出汁をとるための乾物が手軽に手に入ったの。だから、肉や野菜を煮て出汁を取るのではなくて、乾物を買っておいて、必要なときに必要な量を煮出して、出汁をとるの」
「その、乾物って、なんでしょう……」
うう。そうきたか。
このまえアジャニアに行ったときは醤油、味噌、お酒はお土産にしたけど、乾物はほとんど無かった……。おせんべいとか海苔はあったけど、乾物を入手して来るっていう発想が無かったよ……。
そっか……。日本人は乾物から出汁を取るのが当たり前だけど、ここは盲点だったね……。乾物って売ってないのかな?
「ゴードン、魚から出汁を取ったりしないのかな?」
「先ほどの説明ですと、魚を煮込んだスープだけを取り出すイメージですね?
そもそも、魚をそれほど多く食べません。直ぐに腐ってしまいますので。ヒカリ様が冷蔵庫だとか、冷蔵輸送馬車とかを考案したので、魚をここでも食べる様になってきていますが、メインの食材として魚を食べる発想がありません」
「メルマの港に行ってもそうかな?」
「私は良くわかりません。魚や乾物といった買い物をしようとしたことがありませんでしたので……」
冷蔵庫が無い世界で、魚を食べるってのはとても贅沢なんだね……。いろいろと間違ってたよ……。
そういえば、現代の地球でも、海外での魚料理は高級料理らしいし、スーパーマーケットで売られている魚は塩素の臭いがするとか、父が酷いことを言っていたな。そのスーパーマーケットが何処の国だったのかは知らないけれども……。
なんか、異世界に来て1年も暮らしてると、みんなと一緒に各地を訪問したおかげで、日本並みの食材が整い始めてて、出汁とか基本的なことを考えずに暮らしてたよ。
だって、お肉とか美味しいし、米が主食じゃないから、パンやパスタに合わせるとなると、魚を使ったおかずって難しいしね。
大きな白身魚が獲れるなら、フィッシュアンドチップスなんて料理方法もあるんだろうけれど、あれはどちらかっていうと、食べ歩きの軽食っていう位置づけだしね……。
「ヒカリ様、あの……?」
「ゴードン、何?」
「何か、見本のような物はございませんか?
例えば、アジャニアから持ち帰られた醤油や味噌、海苔のような……」
「あ~~~。無い!考えてなかった!
というか、味噌とか醤油とかお米で大満足だった!」
「そうでしたか……」
「どうしたもんだか……。
あ。
鰹節は無理でも、昆布ぐらいなら何とかなるんじゃない?」
「ヒカリ様、鰹節も昆布も判りません……」
う~ん。う~ん。う~ん。
ちょっと、海まで行って取ってくるかな……。
いや、でも、子育て中だし、マリア様にも海賊退治に代わりで言って貰ってる手前、私が勝手に昆布を取りに行ったら不味いよね。
馬車を仕立てて、メイドさん達と昆布を取りに行くとか……?
誰かいないかな……
海ねぇ……。海軍とか聞いたこと無いし。
トレモロさんも今回の海賊の件で大変なことになってるだろうし……。
海賊ならぬ、海族みたいのは、私の知人にいな……。
あ、いる。
1年ぶりだけど、念話で声かけてみよう!
「ゴードン、ちょっと待っててね。エイサンに声かけてみる。
ゴードンはエイサンのこと覚えている?」
「確か……。
ヒカリ様の前の男爵の男奴隷でしたか?
寡黙というか、言葉が多少不自由に見受けられましたが……。
そういえば、ヒカリ様のお仲間が増えた辺りから姿を消しましたね。
ヒカリ様が例によって、奴隷に自由を与え解放したのでしょうか?」
「エイサンは、海人の族長だったんだよ。
長老を奴隷船から救出したとき、そのままお別れパーティー開いて、さよならしたね。
で、1年ぶりぐらいだけど、エイサンを頼ろうかなって」
「ヒカリ様?」
「うん?」
「私は、エイサンが海人とは知りませんでしたが。まして、族長などとは存じ上げませんでした」
「私も知らなかったよ。口数の少ない人だったね。でも、私の奴隷の印が残ったままお別れしてるし、念話も通るから大丈夫だと思うよ?」
「は、はぁ……。
それで、その、海人族達は、ヒカリさんの求める乾物をご存じなのでしょうか……。
海の中で暮らしていては、乾かす必要が無い気がするのですが……」
「うん、まぁ、多分、乾物は無いよ。
でも、その乾物を作るための海藻とか、魚なんかは詳しいと思う。
ただ、私の求めるような海藻とか魚のことを理解してもらえるかが問題だけど」
「判りました。乾物はヒカリさんにお任せします。
私は根菜類から出汁をとって、ヒカリさんの魚系の出汁と合わせる準備を進めます。
あとは、ジャガイモやニンジンなどを柔らかく煮て、ペーストにしてみます」
「うん。じゃ、ちょっと分かれて行動しよう」
「承知しました!」
うんうん。
私の無知を改めて思い知ったね。
母の家庭料理のありがたさ、日本人の知恵、海に囲まれた地形。
日本が囲まれた環境には独特の文化が育まれていたんだねぇ~。
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