7-06.試験1日目(1)
夜のうちに、ユッカちゃんやサポートしてくれるメンバーと合流を済ませたし、簡単な調理器具や食事に必要な食器類、調味料なんかも準備を済ませた。
試験内容や名簿の作成も済ませたので準備はバッチリだ!
で、トレモロさんからの事前情報によると、エスティア王国から到着した騎士団員300名とサンマール王国で犯罪奴隷に落とされた騎士団員50名のうち、試験に応募することになったのは100人だけ。
内訳はエスティア王国からの派遣が50名。サンマール王国の所属だった人は50人全員が応募していた。
試験官の担当がユッカちゃんと私という話は周知されていたから、エスティアから来た人は『ユッカ嬢は本当に40km走破する』って、知っていたみたいで、体力に自信が無い人は諦めたみたい。
一方で、サンマール王国の人達はユッカちゃんのことも私のことも知らないのだから、トレモロさんからの通達に対して、『そんな試験をしても誰も評価できず、自己申告になる。であれば、参加しておくだけ損は無いだろう』みたいな感じで、『自信がなくても参加はしておこう』って考えた人が多かったたみたい。
実力があれば何でも良いんだけどね。
で、夜も明けはじめない暗いうちから集合して、改めて試験方法と試験官がユッカちゃんと私であることを紹介した。機材なんかは馬車で後から運ぶから、走って狩りをするのに最低限な装備以外は不要であることを説明したよ。
「では皆様、前半戦の体力試験を始めます。先頭はユッカちゃんに率いて貰いますので、迷わないように着いて行ってくださいね」
と、ここでユッカちゃんから質問が……。
「お姉ちゃん、飛んでもいい?」
「いや、ダメでしょ」
「だって、暗いし、道もデコボコが残ってるよ?」
「妖精の子に足元を照らして貰えば良いよ」
「私は大丈夫だけど、他の人は危ないかもよ?」
「私も妖精の子100人分は出せないよ……。っていうか、ユッカちゃんだけ飛ぶつもり?」
と、私も良い解決策がなくて言葉に詰まっていると、背後から声が掛かった。
「ヒカリ、私が出すわ」
って、ラナちゃんが……。
そしてラナちゃんに負ぶわれているリサも……。
「ラナちゃん、ええと……」
「私が居たら、ヒカリは困るのかしら?」
「あ、いや……」
「ユッカやリサは良くて、私を除け者にする気かしら?」
「え?」
「皆で散歩して、狩りに行くのよね。手伝うわよ」と、ラナちゃん。
「お母様が皆に酷いことをしないように監視しに来ました」と、リサまで。
「ラナちゃんは農園やチョコの開発でお忙しいのでは無いのでしょうか?」
「農園はユーフラテスとシルフが居るし、チョコはとルシャナさんとルナが居るわ」
「そ、そうですか……。
でもアリアが欲しがっていた小型のガラス炉にはラナちゃんの印が必要だと思うのですが……」
「ドワーフ族に印を彫った石板を何枚か渡してあるわよ。魔石はヒカリが渡すか、アリアが持っている物を設置するのが良いわね」
「なるほど。ラナちゃん、もし参加いただけるの余裕があるのであれば協力をお願いします。
それで……。リサは魔族の世話もあるし、お父さんの方が心配じゃないの?」
「お父様は迷宮探索の準備に3日かかります。魔族の方達は今日到着してから住居の整備で3日は掛かります。その間私は暇です」
「リサ、暇っていうか、ドワーフ族の洞くつに行ってきたばかりだから、少しは休んでゆっくりした方が良いよ?」
「お母様は私を邪魔者扱いするのですか?」
「いや、違うって。でも手伝ってくれるならお願いします」
「ヒカリ、分かったなら始めてもいいかしら。
事前に作ったらしい試験参加者の名簿を貰えるかしら。個別に光の妖精を配置させて、自動追跡と照明を施すわ」
「あ、はい。こちらに」
と、事前に羊皮紙に記載していた名簿をラナちゃんに手渡す。
「ふむ。良いわね。
ユッカ、準備は5分で終わる。
参加者に体慣らしをしてから走ることを伝えて頂戴。
リサはこのまま私が背負うのと自分で走るのと、どちらを選ぶのかしら?」
「ラナちゃん、ここまで高速飛行で連れてきて頂きありがとうございました。
普通の人族のペースであれば自力で飛んでも走っても着いていけます。お母さまに同行しようとおもいます」
と、いきなりきて、いきなり合流して、共同の試験官になってる……。
リサは私を監視する試験官の様子だけども……。
気を取り直して、この場に合わせて行動を変えよう。
「でしたら、ユッカちゃんとラナちゃんが先頭で、私とリサが最後尾。遅れた者はリストに記載して、後からくる馬車で運んでもらいましょう」
と、仕切り直しを終えて試験開始!
冒険者ギルドから派遣された人たちと馬車3台、補助役のハピカさんとコウさんも動き始める準備を開始した。
トレモロさんとカイさんは残ってすることがあるから同行はしないよ。
ユッカちゃんが可愛く出発の掛け声を皆にかけた。
「みんな、頑張って私についてきてね。美味しいご飯をたべよ!」
なんか、こう……。
とても可愛くて微笑ましいよ。
全然試験っていう雰囲気じゃなくて、登山遠足とでもいいますか……。
ユッカちゃんとラナちゃんがまだ夜が明けていない暗い中を走り始めた。それを見て100人の男たちが追いかけ始める。
これが試験じゃなかったら、阿鼻叫喚の地獄から逃げようとする二人の女の子とそれを追いかける鬼たちの様相となるところだけれども……。
実際のところ、先頭の二人は和やかに顔を見合わせたり、何かの会話をしてるっぽく。周りを光の妖精が明るく照らしているので悲壮感は無い。
一方、追いかける鬼ならぬ騎士団員達は手に武器とか荷物を持たず、旅人が着る様な布製の軽装。暗い中を松明も持たずに、これまた光の妖精が夫々に蛍のようにまとわりついていて、縦に2~3列の一塊の集団の周囲を照らしていた。
時速10kmぐらいの駆け足。1kmを6分っていうと、マラソンや駅伝の選手の半分ぐらいの速度。
でもね?暗い舗装されていない凸凹の道をその速度で走り続けるのは結構怖いよ。明るくなるまでは体慣らしでこのスピードで行くのかな?ユッカちゃんには試験であることを説明しておいたから、ちゃんと加減してくれているのかもしれない。
ちなみに、私はリサを肩に載せて抱える様にして走りながら様子を伺っているよ。
と、ここでユッカちゃんから念話が届いた。
<<お姉ちゃん、これくらいのスピードなら、みんながついてこれてる?>>
<<うん。良いんじゃないかな。これくらいなら午前中には到着できて、狩りも出来ると思うよ>>
<<お姉ちゃん、初めての場所で狩りをするなら、索敵して獲物を追いかける手間があるから、獣が寝ている暗いうちに到着した方が良いよ?>>
<<ユッカちゃん、でも、あと1時間ぐらいで夜が明けるし……。ちょっと無理じゃないかな?>>
<<う~~ん。皆が獲物を見つけられるといいけど……>>
<<あと1時間で着く方が難しいから、狩りはみんなに頑張って貰おう。
ユッカちゃんなら見本で獲物を狩って来れるでしょ?>>
<<私は大丈夫だよ>>
<<うん、じゃ、もう少しこのペースで行こう~>>
と、真っ暗闇の凸凹道を時速10kmで走り続けていると、周囲から爬虫類とかサルと思われる鳴き声なんかが聞こえてくる。日本人には馴染みの無い悲鳴とか雄たけびに似た感じの音だから、ちょっと不安になるね。
「リサ、リサはこういうの怖く無いの?」
と、私の肩に載せているリサに声を掛ける。
「お母様の肩の上なら安心です」
「あ、いや、それはそれで良いのだけど、周りが真っ暗だったり、密林から色々な動物とかの声が聞こえてくる雰囲気の話だよ」
「お母様、私の前世の話はしましたよね。
このような密林での行軍は当たり前のことです。
張り巡らされた罠もなく、魔族が居ないのであれば余裕です」
「そ、そう……。もしお尻が痛くなって肩から降りたくなったら言ってね」
「はい」
う~ん、なんか順調。
こういうのって、トラブルが続出して試験が破綻するようなイメージがあるのに何で順調なんだろう?
ま、いっか。
ーーー
出発から1時間が経過して、空が濃紫色から茜色へのグラデーションを作り上げる様になったころ、足元も段々と見えるようになってきた。
そろそろ一旦水分補給の休憩をした方が良いかな?
<<ユッカちゃん、明るくなってきたし、一度水を飲むために休憩をしよう>>
<<もう?>>
<<うん、水分は取っておいた方が良いよ。場合によっては多少の食料も摂取しておいた方が後々楽になるよ>>
<<お姉ちゃん、優しい?>>
<<優しいっていうか、まだ行きの途中だし。ここで脱落されると最後まで試験を受ける人が残らなくなっちゃうよ?>>
<<そっか。帰りに本気で走れば試験になるよね。じゃ、お水の準備するね>>
と、ユッカちゃんが手を振って、皆に止まるように合図を出した。
それに気が付いて、皆が徐々にスピードを落として衝突することもなく集団が綺麗に静止した。
この辺りって、元騎士団だけあって指揮に従って行動がきちんとが取れる証拠なんだろうね。
ユッカちゃんが前の方で「これから水分と食料の補給をする休憩とします」って、皆に向かって声を掛けている。
その脇でラナちゃんとリサがサポートに周るみたい。私は何をサポートすれば良いかな……。
「お姉ちゃん、100人分のコップ出して」と、ユッカちゃん。
「え?無いよ。馬車が食器を運んでくるよ」
「お姉ちゃんが、水飲みの休憩って言ったよね?」
「水は何処から出すの?そこから手で受けて飲めばいいでしょ」
「ステラさんの樽。今から組み立てる。組み立て方はニーニャさんから習ったから大丈夫」
「そう……」
私ですらできないニーニャの技術をユッカちゃんはどんどんと習得していくわけね。ユッカちゃんは自分の鞄から樽の元になる木片の材料をひとまとめに取り出して、組み立てを開始した。凄い早業で一分も掛からずに樽が完成して、水が溜まり始める。
「お姉ちゃん、出来たよ。でも100人が順番に並ぶと時間が掛かるよ?」
「う~ん。私が直接水を呼び出してもいいけど……。食料の配布もした方が良いんだよね」
「お母様、でしたら私が水を配布します」と、リサから声が掛かる。
「ええと、リサ……。水は出せたっけ?」
「シオンの教えかたでは分かりませんでしたけれど、ステラ様から教えて貰い、水を出せるようになりました」
「そ、そういうもん?」
「「リサ(ちゃん)は、凄い」」
と、ユッカちゃんとラナちゃんの評価が被る。
それを聞いているリサが少し照れ恥ずかしそう。
わが子ながら、ちょっと可愛い。
「そしたら、私が簡易食糧を分けるから、ユッカちゃんとリサで水を配布して?」
「「ハイ!」」
「ヒカリ、私のおやつは何処かしら?」
と、ラナちゃん。
いや、貴方は試験官の協力に来てくれたんだよね……。
こういう受験者のサポートも試験官の役割の一つだと思うんですよ?
もう、本当に遠足に参加してるだけになってるよ……。
「ラナちゃん、少々お待ち頂けますか?鞄から何かお菓子を準備します」
「あるなら良いわ。早くね。
あと、もう明るくなってきたから光の妖精は仕舞うわよ。良いわね?」
「はい。ありがとうございました。帰りに暗くなっていたらまたお願いします」
と、お礼を返しつつ、鞄から適当な果物と焼き菓子を取り出して、小皿に盛ってラナちゃんに捧げる。もう、神様へのお供え物みたいになってるよ。
で、私がラナちゃんと会話をしている間に、ユッカちゃんとリサはどんどんと作業を進めていて、永遠に水が出る樽と、魔法で掌から水を出す幼女の前に2列に列を作って、水を配っていた。
私はその水の列の脇でパンと肉の塊を一切れずつ配布する準備。
こっちは大皿にパンをきりわけておくのと、ローストビーフの様に外側をしっかりと焼いた肉の塊をスライスして盛り付けておくだけ。勝手に取って、勝手に食べて貰おう。100人分は量も必要だからちょっと時間が掛かるね。
今ところは順調だね。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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