6-52.緊急お茶会(3)
っていうか、魔族がそんな問題になるの?
過去に戦争した経験があるから警戒する気持ちは判るけどさ?
「ヒカリ、私が仲裁に入る。いいな?」
「リチャード、仲裁っていうか、価値観の違いの共有じゃないかな。
お互いに心配していることが違うのだから、そこの意識合わせをしないと」
「うむ。わかった。その調整を私がしよう。
コリン・コカーナ殿、魔族の奴隷を移民として受け入れる問題点、あるいはその条件をお聞かせ願えないだろうか?」
「リチャード殿下、その前にここでは人が多すぎます。
そして、音が漏れる可能性がございます」
「ここに集まっている方達は妻の知り合いなので、秘密を共有しても問題無いと考えます。
それとも、この館に勤めている執事やメイドに問題がありますか?」
「いや……。緘口令を敷いて頂けるのであれば問題有りません」
「承知した。
このお茶会に同席されている皆様、ここからの話はお茶会の領域ではなく、国家間の限定された者しか知り得ない情報を共有します。
この時点では、この場に居合わせることに問題があると考える人は離席頂きたい」
誰も手を挙げない。
っていうか、お茶会の真っ最中。みんなお茶が美味しいもんね。
ここから離席する人は居ないんじゃないかな……?
「皆、口外無用と認識して頂いている前提で残られるということで良いですね。
それでは、コリン・コカーナ様よりご説明頂きましょう」
「承知しました。
北の大陸の方や、人族でない方には馴染みの無い話かもしれませんので、簡単に歴史を振り返らせていただきます……」
と、ここから暫くコリンさんから人族と魔族の戦いに関しての人族の苦戦の歴史が語られた。
魔族はユグドラシルの登頂に向けて有利な、人族が確保していた崖登りのルートの入り口を侵略し、占有したこと。
当時、優秀な巫女が人族を率いて魔族を追い返したこと。その巫女を捕縛されて、人族は戦意を失い、なすがままに、再び魔族に領地を占領されてしまったこと。
その巫女を失った戦いでの惨劇が数年経過しても人族の心に沁みついて残っていること。
「と、その様な訳でして、未だに魔族に占領された村の教会には囚われた巫女の亡骸が残っているとされていますし、この前の上級迷宮から魔物が溢れたことも魔族の仕業の可能性があります。
その様な過去の軋轢のある魔族がこの王都に入ってくることは、人々にとって安心した暮らしを壊されると思い、恐慌状態になることが予想されます。
それ故サンマール王国としては、奴隷という身分であれ、魔族が王都に来ることを未然に防ぐ必要があるのです。
皆様、ご理解頂けましたでしょうか……」
う~ん……。
囚われの巫女はリサで、既に魔族を欺いて教会から体を回収してきているし……。
上級迷宮から魔物が溢れたのは私達がボス部屋を周回して何回もリセット掛けたせいだし……。
今回連れてくるカサマドさんは、賢い上に自ら負けを認めてくれて、リサとも仲良くなっている様子が伺えるのだけど……。
戦争を体験して、その被害が心に沁みている人たちにとっては、耐えがたい屈辱であったり、恐怖の対象であったりするんだろうね……。
「ヒカリ、何か意見はあるか?」
「サンマール王国で魔族の侵攻の被害に遭われた方達のご冥福をお祈りいたします。
また、その恐怖が沁みついている皆様の無念に同情致します」
「ヒカリ、つまり今の説明を聞いて、魔族を移民として王都に入れることを諦めるということか?」
「リチャード、魔族の特徴を有したまま、王都やその周辺で暮らすことは難しいと感じました。国交レベルでの親交ができる状態が成立するまではトラブルの元となるでしょう。
ですので、魔族の特徴をなるべく隠した状態で生活ができるかを確認した上で、特定のエリアのみで生活して頂く形になると思います。
また、私もその新設する居住エリアへ引っ越しておく必要があると思いました」
「なるほど。
サンマール王国の方々、妻の提案の通り人族の領域の何処かで人目につかない様に暮らす限りでは、奴隷としての身分証を発行いただけるのだろうか?」
「リチャード殿下、ヒカリ様、もし一見して魔族と判らない様に偽装して頂けるのでしたら、奴隷としての身分証を発行できると思います。
ですが、出来ましたらこの王都への立ち入りは極力避けて頂きたいのですが……」
「リチャード、そうしますと、サンマール王国の北側を流れる川を運河に改修して、直接船着き場を設けて、そこを港とするのが良さそうですね。
ほら、半年前ぐらいの海賊事件も解決していないままですし」
「ヒカリ、『ウンガ』とやらが何か判らないが、今開拓している農園や上級迷宮へ続く道の脇に港を設けるのは良いと思う。
トレモロ・メディチ卿もそのような港があれば今後の交易において利便性が高まると思われますが、如何でしょうか?」
トレモロさんが少し考えた様子を見せたのは、素振りなのか本当に考える必要があったのかは判らないけれど重めの口調で話し始めた。
「交易の観点からしますと、河口から直接上流へ船を進めて、その上で交易が出来る港があるのであれば、今のように小型の船に小分けにして荷物を上げ下げする不便が無くなると思います。
また、半年前の事件の様に、荷揚げの最中を海賊に狙われることも少なくなるため、安全の確保がし易いですね。
あとは、関税と交易に関わる内容ですが……。
どなたが河口から船用の通路を切り開いて、河岸に港を設けて頂けるのでしょうか?かなり大掛かりな工事が予想されます。その港のオーナーと私の船のオーナーとで手数料などを交渉して頂く形となります。
また、王都の港を通さない形になりますのでサンマール王国の立場はどの様な形になりますか……。
必要な関税をお支払いすることは構いませんが、手続きが煩雑になるのは出来れば避けて頂きたい」
あ~。
何だか、悪いことしてる気がするけど……。
街道作って、運河作って、港作って……。
領地開拓して農園にして……。
上級迷宮を整備して、その収集品を帝国に販売しようとしている……。
本当は全部サンマール王国でやってくれれば良かったんだけどね……。
異世界チートを使いまくって、世界を崩壊させているかと言えば……。
どうなんだろう?
っていうか、この世界には絶大な力をもつ妖精さん達が居てさ?
だったら、まぁ、いいよね。
「ヒカリ、どうだ?」
「関税って、いわば利権だよね?
まぁ、運河と港が出来てから考えれば良いんじゃない?
どうせ、うちがその工事を引き受けることになるんだし……」
「ヒカリの言い分は分かった。
サンマール王国の大臣殿及び商人のハピカ殿の意見も賜りたい」
と、リチャードからの確認に対して大臣達からは手も声も上がらない。
そりゃ、まぁ、利権の話を手放す訳にはいかないのだろうけれど、それと交渉するに値する代わりの何かも無いし……。
そもそも自然港ではなく、人工港という概念も無いだろうからさ……。そこの工事がどんな風になるかイメージもできないし、初期投資費用の莫大さも想像できない。
だから何も言えないのは当たり前だと思うよ?
と、大臣達の手が挙がらないのを見かねてハピカさんから声が上がった。
「リチャード殿下、少々質問があるのですが宜しいでしょうか?」
「うむ。ハピカ殿、この場で確認できることであれば、何なりと答えよう」
「はい。では失礼しまして、幾つか質問をさせて頂きます。
先ず、我々は自然の海岸を利用して、そこに小舟を使って大型船との荷物輸送をしております。そこには多くの人が関わっておりまして、専門の職に就いている者も居ます。また、港周辺にも食事の提供や、必要機材の販売、宿泊施設などの関連した施設も多数あります。
つまり、港が移転してしまうと、仕事を失う人が多数出る可能性があります。その辺りはどの様にお考えでしょうか?
次に、人工の港を建設するという意味合いかと思われますが、これまで寡聞にして聞いたことがございません。護岸工事ですら一般的に行われてこなかったのが慣例です。
そのような未知の工事事業に関しての資金、資材、人材の調達。そして工事の指揮をこの土地に不慣れな北の大陸から来られた方達のみで実行可能なのでしょうか?
最後に、その港の使用権になります。
関税などは国がその交易を認めた際に、適切に設定すれば良いと思うのですが、例の事件以降、基本的にサンマール王国では関税を決める決定権を持っておりませんので、そこはリチャード殿下の采配で決めて頂ければと思います。
ですが、その人工港が出来た場合ですが、その港及び周辺施設を利用できる者が北の大陸から来た関係者のみに限定されたり、莫大な使用料を支払う必要があるとなりますと、サンマール王国としては、産業などの発展が望めなくなります。
ここだけは、どの様にお考えか予め方向性を示して頂けるとありがたいです。
思いつく範囲で言葉を並べて申し訳ございませんが、以上3点につきまして、何らかの見解を頂ければと思います」
「なるほど。ハピカ殿のご意見も尤もだと思う。
私なりに考えるところはあるが、今回の魔族の移民に関することがきっかけであるため、妻のヒカリの意見も確認したいと思う。
ヒカリ、何か意見があれば自由に皆様へ説明して差し上げなさい。
その上で、私の考えや皆様の考えと不整合がある場合には、この場で調整をしたいと思う」
な、なんか、私に振ってきた。
いや、まぁ、リチャードの言うことは判るよ?
『お前が言ったんだから、お前が責任とれよ』的な発言は正しい。
それにリチャードだって全体像はイメージ出来ていないと思うんだよね。
これはロメリアで橋を架けたときのような特殊な土木工事と護岸工事の両方必要だからさ。
ま、私も指揮とか建設作業とか出来ないから、言われた物を提供するだけなんだけどね。
「リチャード、それでは私から簡単にイメージを共有させて頂きます。
河川の護岸工事と運河の造成、そして港湾施設の建築には並行して作業しても3ヶ月~半年程度は掛かると思われます。ここは基本的にエスティア王国からの助っ人か、エスティア王国が所有する奴隷、他種族からの支援によって行うつもりです。
これらの資金、資材、指揮などは全てエスティア王国で賄う予定ですので、ご心配には及びません。
次に、旧来の港で働く方達の雇用確保ですが、新しい人工港でも人手不足が予想されます。
同じメンバーへ同じ仕事の提供とはなりませんが、サンマール王国の交易が活発になることによって、サンマール王国の人々の経済の活性化に繋がるため、全体でみれば良い事業であると考えます。
旧来の利権者への局所的な影響については、この時点では補償を前提に話を進めることは出来ませんが、我々への協力度に応じて、新しい港での権利の提供をさせて頂ければと思います。
新しい港の使用権ですが、これまでの説明の通り、全てエスティア王国の采配で実施しますので、その使用権の発行も初期段階ではエスティア王国で行うことが望ましいと考えます。
ですが、港湾の整備や維持方法がサンマール王国で習得できた場合には、そのタイミングで管理権限をある程度共有すれば良いと考えます。
簡単ではございますが、説明になりましたでしょうか?」
これも、ロメリアで橋を架けたときと同じ。
工事費用は全部うちがもつ。工事が出来ないし建築物の維持も出来ないだろうし。
後からから文句を言ってきても、今日のお茶会の議事録が残っていれば問題無くなるんじゃないかな?
「ヒカリ、ありがとう。
私としては利権の設定については少々意見もあるところであるが、先ずはハピカ殿とイメージの共有が出来ていればと思う。
尚、似た大工事の事例として、北の大陸にあるロメリア王国の護岸工事や橋梁建設に携わったことがある。全く同じ条件では無いため、ヒカリが紹介した期間で終えられるかは現時点では不明であるが、何らかの方法で最後まで支援したいと思う。
質問をされたハピカ殿、及びサンマール王国の大臣の方々は如何だろうか?」
目を丸くして唖然としていたハピカさんから、間を置いて返事があった。
「あ、あ、あぁ……。
すみません。余りの驚きにより、私の理解がついていけませんでした。
簡単に言いますと、『エスティア王国で面倒見るから待っていろ』ということになるのでしょうか?」
それが結論になるの?!
だったら、私が長々と説明する前に話は終わっていたから!
でも、まぁ、ハピカさんが言う様に理解が追い付かないのだから仕方ない。
リチャードは少なくとも護岸工事、灌漑、空気搬送システムの敷設、築城なんかを新しい技術で施工した経験があるから、会話が同じ視点で出来ているだけだもんね……。
ここは私が我慢するべきだね。
「ハピカ殿、そういう理解になるのであれば、それで構わない。
サンマール王国の大臣の方々も同じ理解で宜しいだろうか?」
大臣の方々がリチャードの問いかけに応じて、ギクシャクしながら縦に首を振る。
ここで質問しても結局は経験と知識の差を埋められないから、質問が次の質問を呼んで、結局は完成した現物をみるまでは何も信じられないと思うんだよ……。
ま、話はまとまった感じかな?
「では、皆の意見が一致したところで、今日のお茶会の話をまとめさせて頂く。
・奴隷として連れきた魔族の住民許可証はサンマール王国で発行して頂く。
・住居及び生活圏はマリア殿が確保した領域内とし、王都内には立ち入らない
・なるべく、魔族としての姿をサンマール王国の人々に知られない様に振舞う。
・人工の港と航路をマリア殿が確保した領域内に造成する
以上になります」
って、リチャードがまとめてくれたけど、まぁ良い落としどころなんじゃないかな?
別途、夕食会のメンバーと留守だった間の報告会をしないといけないけどさ?
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定ですが不規則になります。
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