6-49.帰還(4)
マリア様とリサと合流するために、クワトロと向かうことにする。レイは、獣人族が来る住居の手配の世話なんかで色々と準備あるらいしので、そちらで動いて貰うことにしたよ。
「マリア様、お待たせしました」
台所へと向かった先には、ゴードンとリサが何やら小麦粉と格闘しつつ、それを眺めるマリア様が居た。
「ヒカリさん、フワフワパンケーキとパンとケーキの違いは何かしら?」
「簡単に申しますと、小麦粉を練った物に小さな空気の泡を入れ込む訳ですが、その方法が3種類とも異なります」
「さっきからゴードンとリサちゃんで挑戦しているのだけど、ペタペタでカチカチのホットミースの生地が出来あがるだけだわ」
「先ずパンケーキは、重曹と呼ばれる熱を加えると炭酸ガスがでる粉を混ぜ込みます。これを混ぜることで、ペタペタの生地が焼きあがる過程で記事の中に気泡を生成することが出来ます。
次に、フワフワパンケーキは、卵白と砂糖少しを良く混ぜて角が立つぐらいまで泡立てて、それをパンケーキの生地と一旦混ぜてから焼き上げます。すると、
メレンゲが焼きあがることで形成される気泡とパンケーキの生地に含まれている重曹からの気泡の両方により、フカフカでスカスカのパンケーキが出来あがります」
「そう……。
普段食べているフワフワパンの気泡はどうやってできるのかしら?」
「パンは、酵母と呼ばれる微生物を利用していまして、生地に含まれる糖分などを餌として、酵母が呼吸を行います。その呼吸により吐き出された二酸化炭素を空気として生地の中に生成することになります。
この場合、酵母による香りと長時間の発酵過程が必要になりますので、重曹などの薬品が必要でない分、手間が掛かりますね」
「なら最後に、リサ達の誕生会で登場したケーキのフワフワはどうやって作ったのかしら」
「あれは、細かい気泡を混ぜ込んだあと、気泡が熱膨張し、それをタンパク質の変性によって、形成された気泡が維持される効果の複合と考えられます」
「あら。最後のが一番シンプルじゃない?」
「シンプルではありますが、生地に気泡を入れるための労力が必要なことと、卵や砂糖を使いますので、割と甘めの調理結果となりますかね?」
「まぁ、ヒカリさんがレシピを書いて、ゴードンが再現出来れば良いわ。私は食べたいものを注文するだけだもの」
「そ、そうですね……」
「ゴードン、早速リサが食べたフワフワパンケーキを再現して欲しいわ。
ヒカリさんと一緒に作って貰えないかしら?」
「ハッ。承知しました。ヒカリ様、ご指導をお願いいたします」
この後は、おおよその分量とか、卵を卵白と卵黄に分けることがコツだとか、色々な意味合いを情報として伝えつつ、ゴードンさんなりのレシピの構築に励んでもらった。
「ヒカリ様、このメレンゲと生地を混ぜた割合ですとか、焼き固めるときのコツはございますか?」
「う~ん……。
メレンゲの泡が壊れない様に、メレンゲは固めになるまで少し時間かけておくと良いね。
次にメレンゲを混ぜた生地を焼き上げるときに、ゆっくりと全体を焼き上げることかな?オーブンが無ければ、鍋に蓋をして、上からも熱が加わると良いよ。
後は砂糖を使っているから焦げやすい。弱火でじっくり、少し蒸し焼きにする感じで調理するのが良いと思う」
「ヒカリ様、ホットケーキを蒸し焼きにするのですか?」
「あ、うん。ほら、ゴードンと|ミルクテロン|プリン》も、材料を混ぜたら蒸し焼きにしたでしょ?」
「ああ、なるほど……。時間を掛けて卵を変性させるときにゆっくりと全体に熱を加えるのが良いのですね……」
「ゴードンさん、そんな感じ。蒸し焼きの技術は色々な物へ応用が効くからね。
例えば、焼き芋なんかも、焦がさない温度でじっくり焼くと甘くてねっとりした美味しい焼き芋が出来るよ」
「焼き芋ですか?それはどのような……」
「あれ?サツマイモとかスイートポテトっていう、お芋の品種は無かったっけ?確かフウマがそんなようなお芋の種類を知っていたような……。
今度市場で見かけたら買っておくよ」
「ヒカリ様、承知しました。先ずはフワフワパンケーキを完成させて頂くことに注力します」
「うん。ゴードンなら直ぐに出来るよ。
あ、あと、ニーニャに言って、魔石で動く泡だて器を作って貰うと捗るね。シルフに頼んでも良いけど、結局どこでも使える調理器具にしておいた方が良いから」
「ヒカリ様、泡だて器の件も承知しました。ヒカリ様から一言口添えがありますと助かりますが……」
「うん。忘れなければ頼んでおくよ。ニーニャも気に入ってくれてたみたいだし」
この後、メレンゲの固さ加減を何回か試した。それと、ゆっくり蒸し焼きにする調理加減は炭火では難しく、かなり火の位置を遠ざけておくことがコツになることも解った。
と、そんな試行錯誤している間に、私はどこで入手したか判らない生乳をベースにした生クリームを泡立てて、デコレーション用のクリームにする。その他にもカットフルーツ、粉砂糖を準備しておいて、デコレーションの準備も整えたよ。
「マリア様、リサ、完成しました~!」
と、随分と待たせてしまった二人の前に、ゴードンと私で給仕する。
「ヒカリさん、大事なことを忘れて無いかしら?」
「え?」
まず、お皿はアリアのガラス皿だから、特に問題なし。フォークとナイフだけでなく、食べやすい様にスプーンも用意してあるでしょ?
次に、フワフワのスフレパンケーキも見栄えはバッチリ。レシピの材料通りだから試行錯誤しているときに味を見たら味も触感も良し。デコレーションもカットフルーツを周囲に散らして、粉砂糖を振りかけて、アクセントに生ミントの葉を添える。現代日本のちょっとしたカフェでスイーツとして出しても遜色ないレベル!
あとは……。
お茶というか、飲み物?
ああ……。確かに香りを楽しむ紅茶やハーブティーよりも、苦みのあるコーヒーの方が、このパンケーキとの相性はいいか……。
「あ、あの……
マリア様、コーヒーは準備が整わないので、出来れば今日の所は紅茶かハーブティー我慢して頂けますでしょうか……」
「ヒカリさん、本気で言っているのかしら?」
「は、ハイッ!何か不味かったでしょうか!」
「人よ。人。招待すべき人が居るのではなくって?」
「え?皆様、各種作業に係られていて、私達のお茶に呼べるような状況では……。
今度お時間のあるときに、お茶会でも開いてお披露目すれば宜しいのでは?」
「ヒカリさん、直接的に言うわね。
ここにラナちゃんが突然通りがかったり、このお茶会の様子をみたメイドがラナちゃんと会話をしたらどうなるかしら?」
「いや、どうもこうも……。『今度作りますね』では駄目でしょうか?」
「ヒカリさんは本当に自由で羨ましいわ……。
よくこれまで、妖精の長達から愛想を尽かされなかったと思うのよ……」
「わ、割と、良く怒られてましたよ?」
「え?」
「ええと……、マリア様の『え?』とは、何でしょうか?」
「ヒカリさんは妖精の長の機嫌を損ねたことがあるのかしら?」
「機嫌を損ねたかと言われればそうですが……。
私の至らぬ点を窘めて頂くと言いますか……。
そこに少し感情の味付けがある感じでしょうかね?」
「ヒカリさん、一応聞くけれど、ラナちゃん以外の妖精の長に窘められるようなことはあったのかしら?」
「あったような、無いような……。
何せ判らないことばかりなので、色々な人に頼ってばかりでして……」
「では、ラナちゃんに関して言えば、ヒカリさん以外の人へ感情を露わにするシーンがあったのかしら?」
「余りないですかね……?割と冷静に『○○しておきなさい』的な表現であったと思いますが?」
「ヒカリさん、私もそういう話しかけ方をされる一人よ。
やっぱり、ヒカリさんが特殊なのよ……。
だったら、ヒカリさんだけ怒られれば良いわ。
私は『ヒカリさんの指示で』って答えるもの」
「え?」
「『え?』じゃ、無いわよ。
私が妖精の長を怒らせたくないわよ。
怒って、どこかへ行ってしまわれたらどうするのかしら?
呼び戻せるとでも思っているのかしら?」
「いや、多分無理ですよね。自分で自由に出ていきますので……」
「マリア様、お母様、お話し中のところ申し訳ございません。
クリームも粉砂糖も溶けて来ています。
ラナちゃんには念話で『良かったらお茶をご一緒しますか?』と、先ほど伝えました」
「リサちゃん!」
「リサ……」
「何か悪いことをしましたでしょうか?」
「ラナちゃんを呼ぶなら事前に準備をした方が良かったと思うわ」
と、マリア様。
っていうか、それだけじゃなくてね?
絶対に、その周辺にいる人達全員と、ユッカちゃんにも声を掛けて人を集めた上で飛んでくると思うんだよね……。
その後で、ユッカちゃんはユッカちゃんで、声を掛けられる人を全員呼んでくると思う……。
「リサ、リサはラナちゃんだけに声を掛けたのかな~?
そして、ラナちゃんはどんな返事をくれたの?」
「『ヒカリが一緒かしら。だったら直ぐに行くと伝えて』と、ご返事がありました。ちょっと不機嫌そうな感情が混ざっていたので、少し怖かったです……」
「ゴードン、いま完成したレシピを元に10人前を追加で作り始めて。
マリア様、お手数をお掛けいたしますが、カットフルーツの作成をお願いします。
リサは、とりあえず10人分の食器類の準備を手伝って。
私は粉砂糖と生クリームの準備をするよ」
「「「分かりました!」」」
いや、ええと……。
魔族との面談より緊張感があるんだけど……。
っていうか、帰ってきてまだ一回も食事してないし、寝てすらいない訳でしょ?
ま、まいっか。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定ですが、
チョコレートの日に備えて投稿日が変わるかもしれません。
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