0-02.リサの準備(2)
<<だれか、だれか……。助けてください……>>
<<呼んだ?>>
と、エミリーの魂の叫びに答える声があった。
<<魔族?>>
と、エミリーは何が起こったか分からない様子で呟く。
<<あなた達の世界の魔族ではないわ>>
と、エミリーの呼びかけに答えた声が返事をする。
<<誰ですか?私を助けてくれるのですか?>>
<<質問が多いわ。質問は1つずつ。
私は貴方の魂を別の体に移すことができる存在よ>>
エミリーと、呼びかけに答えた声が魂を通して会話を始めた。
<<あなたは、輪廻転生を司る神様ですか?>>
<<あなた達人族の考えの通りに世界は成り立っていないわ。
魂は作るもの。
けれど新しく魂を作るためには大変な作業が必要なの。
だから、助けを求める魂と遭ったなら、会話をして別の器へ移ってくれるか確認をするの>>
<<そ、それは!私をここから出してくれるということでしょうか?>>
<<あなたが私に助けを求めた。私は貴方を助けることはできないけれど、魂を他の器へ移すことが出来る。それでよいか確認をしに来ているの。答えになったかしら?>>
<<別の体に私の心が移るということは、私が私では無くなることでしょうか。他の人の体で共に生きるということになるのでしょうか>>
<<質問は1つずつ。そうであれば答えも1つ。
魂が移れば、貴方の肉体は魂の器としの役目を終える。つまり、貴方の魂は貴方の体から離れるという理解で正しいわ。
他の既に魂のある器へ貴方を移す場合、元の魂との干渉が起きる弊害があるの。そもそも異なる魂を融合させても魂の数は変わらないわ。そうであれば、新しく魂を作って増やす必要があるのだから、魂の融合は無駄なことね>>
<<分かりました。私は新しい体へ生まれ変わるのですね。
それで、私は何処へ生まれ変わるのでしょうか?
再び人族としての生をいただけるのでしょうか?>>
<<質問は一つずつ。
私は魂を移すことが出来る。けれど折角移した魂が、その器と共に簡単に死んでしまうのであれば、正直無駄な作業になるの。だから、移る魂が絶望の淵で直ぐに死んでしまわない程度には、望みを叶えることができるわ>>
<<で、でしたら!私を再び人族に生まれ変わらせてください。そして、魔族を滅ぼせる力をください!>>
<<判らないわ。
貴方の魂が新しい器に移った後で、魔族に戦争を仕掛けるのかしら?それとも、貴方一人の力で全ての魔族をこの星から消滅させるのかしら?
あら、私が複数の質問をしてはルール違反ね>>
<<わ、わたしは……>>
エミリーは考えた。
輪廻転生の神の質問の意味を考えた。
新しい人生で、あの魔族と戦う必要はあるのか?
戦うとしたら、私の求める勝利とはどのような形なのか?
魔族を滅ぼして、人族の王国をそこへ作る?
それとも単に魔族という生物をこの星から除去すれば良いの?
分からない……。
自分の体を通して得た情報は魔族への恨みしかない。そして、人族の絶望を払拭するには魔族を完膚なきまで遣り込める必要がある。
けれど……。
<<答えられないのかしら?
貴方、新しい器で生を得ても死ぬわよ。
さっきも言ったけれど、無駄な作業はしたくないの。
魂を移しても無駄だもの。
そのまま、そこの器に入っていればいいわ>>
<<ま、待ってください!>>
<<何かしら?貴方の魂を移すのに多くの時間を費やすなら、もっと別の魂を移すために、別の場所へ移動したいのだけど>>
逡巡するエミリーに対して、魂を操る存在は冷たく答えた。
エミリーは覚悟を決めるしかなかった。
生きるための選択を……。
<<分かりました。
魔族のことは、私の考え違いです。
ステラ様の弟子に生まれ変わらせてください>>
<<ステラ様?>>
<<ステラ・アルシウス様です。若くしてエルフ族の族長になったと言われ、あらゆる妖精魔術を駆使できるらしいのです。この大陸で大変有名な方です!>>
<<ちょっと待ってくれるかしら。
ステラ・アルシウス……。
エルフ族の族長……。
……。
ええ、確かに居るわね>>
<<私の生まれ変わり先をステラ様の弟子にして頂けますでしょうか?>>
<<まず、貴方は人族の器を選択することになるわ。他種族より器と魂の融合が容易なのよ。そして、普通のエルフ族は他種族の弟子を迎えることは少ないでしょう。あくまで本人次第ではるけれど、私に決定権はないわ。
次に、彼女は既に子供を産み、育て終わって旅に出ているわ。だから、ステラ・アルシウスの実子としての器も手に入らないわね。
それに、ステラはこの大陸に居ないわね。行動履歴を確認すると各地を訪問している様ね。だから、定住して子育てをすることもないでしょうし、弟子入りしようにも、必ず会えるとは限らないわ。
ただ、魔族から離れた人族が多い大陸へ移すことはできるし、ステラが最近旅をしている地域の器を選択することは出来るわ>>
<<ありがとうございます……>>
<<あまり嬉しくなさそうね。私は既に生ある魂の意思を変えることはできないわ。だから出会いのチャンスが多くある場所を選択することしかできないの。
良いかしら?>>
<<あ、あの……。
それでしたら、シルビア様のお傍で仕えることは出来ないでしょうか?世界樹の妖精であるドリアード様の加護を戴いた聖女様でいらっしゃいます。今、北の大陸のストレイア帝国の皇后陛下になられているはずです>>
<<ちょっとまっててね。
ストレイア帝国……。
皇后陛下……。
シルビア……。
聖女……。
あら……?
皇后陛下ではなく、上皇后陛下のシルビアなら居るわね。
彼女で良いのかしら?>>
<<は、はい!
この国の出身で人族から数少ない聖女になられたお方なのです。魔族との戦争に参加したのも、世界樹の謎と聖女への憧れからなのです!
もし、お会いして仕えることができれば、魔族との戦いのことを忘れ、新しい器と共に、新しい人生を歩むことが出来ると思うのです!>>
<<そう。それは良いわね。魂を移す意味もありそうね。
でも……>>
<<何か不都合があるのでしょうか>>
<<貴方は魂だから良いのかしらね。シルビアはストレイア帝国には居ないわ。息子夫婦の墓地があるエスティア王国という辺境の地に居を移している様よ。
シルビアの身代わりはストレイア帝国にいるようだけれど、貴方はシルビア本人に会いたいのよね?>>
<<はい!
シルビア様が墓守をされている領地への転生を希望します。出来ればお近づきに成れるような環境が望ましいです>>
<<そう。
貴方はここから北の大陸のストレイア帝国の辺境に位置するエスティア王国にて生まれ変わるでしょう。そして、シルビアが墓守をする場所の近くであれば、尚更良いわね。それぐらいなら叶えることが出来るわ。
他に何かあるかしら?>>
<<え?>>
<<死なれたら困るもの。王族の子なら死なないと思うわ>>
<<あ、いや、いいです。戦争は嫌です。平民の家庭で十分です。
でも、例えば、貴族付きのメイドを母親として持つなら、シルビア様とお近づきになるチャンスが高いかもしれません。贅沢な願いでしょうか?>>
<<貴族と暮らすメイドを母親に生まれたいのね。平民としても猟師や兵士よりは生存率が高そうね。
分かったわ。その条件も付与して生まれ変わり先を探すわ。
貴方はこれまでの生を思い出すかはきっかけ次第。鮮明に思い出すことがあるかもしれないし、何となく潜在意識の中で、それを漠然と正しいことと感じるのかもしれない。でも、それは今の貴方の魂が導いている結果かもしれないわ。
とにかく、新しい人生を心行くまで生きて頂戴>>
エミリーは魂を操る存在に掛けられた言葉を抱いて眠った。
魔族に封印された魂は、やっと休息することができるようになった……。
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