6-43.リサの不安(2)
カサマドさん、リサ、私の3人で一緒に歩いて洞窟の外まで出る。
武器は訓練用の木刀を2本。リサは大人用の長いままで良いとか言ってる。
まぁ、そこで一々いってたらキリが無いからスルーしておくよ。
防具は、着の身着のままの格好なので、カサマドさんは立ち合い場まで行ったら、簡易的な服装になるのかな?
まぁ、これも行ってから考えればいっか。
それにしても、二人ともお互いを舐めすぎだよ……。
「じゃ、飛ぶよ」
と、二人に声を掛けて、ゆっくり目の時速50kmぐらいでとびはじめる。これくらいだったら、特に防具とか無くても、激しい風程度の感覚で移動できるからね。
で、ちょっと後ろを振り返ると、少し離れてリサがフヨフヨ、ヨタヨタと飛んでる。まだまだ高速で安定して飛行は出来ないみたい。
そして、そのもっと後ろの出発地点付近でモタモタしているカサマドさん。
あれ?カサマドさん、実は飛べない?
「リサ、大丈夫?大丈夫なら、このまま飛んでいって欲しいけど?」
「だ、だ、だ、大丈夫! ……ですっ!」
返事は力強いけど、飛び方に安定感が無いっていうか……。
プールで泳ぎが上手じゃない子が一生懸命泳いでる感じ?
もし、これ、飛んでる途中で力尽きて落下したら、崖下2000mに落下だからね?
ま、まぁ、いっか……。
次は、カサマドさんだけど……。
ちょっと、戻って声を掛けて来ようかな?
「カサマドさん、飛べますか?」
「あ、あの、ヒカリ様、セレモニー等で宙に浮いたり、飛行して移動することを仰っていませんでしたか?」
「いや?とりあえず、リサが飛んでるようにあの崖の上まで移動して欲しいのだけど」
「……。リサ様は女神見習いでしょうか?」
「何を言っているのか分かりません」
「ヒカリ様は女神様なのでしょう?」
「カサマドさん、それ、もう良いから……。
リサと立ち合ってくれるなら、あの崖の上まで行きたいんだけど。
一人で飛んで、私達と合流できますか?」
「お待ち頂ければ、何とか自力で辿り着きます」
「うん、じゃ、上で待ってるから」
もう一度、すれ違いざまにリサに応援の声を掛けて、私は一足先に昨日野営した場所まで飛んでくる。一応、後片付けはしてあるから魔族の貨幣を密造していたのは分からないはず。空飛ぶ卵も光学迷彩で隠してあるから問題無し。
じゃ、この辺りに大き目の石を敷き詰めて、立ち合いが出来る武道場みたいな場所を作ろう。
先ずは、簡単に整地。
10m四方で深さ1mくらいまでをラナちゃんのナイフでザックザックと掘り返す。 掘り起こし終わったら、下の方に50cmぐらい細かく砕けた石を敷き詰める。この作業は北の飛竜族が魔封じの印で囲われていた場所で体験済みだから特に問題なし。それに今日はエーテルも十分に使えて、重力遮断も使えるのだから楽勝だね!
この基礎作りが終わったら、今度は1辺が1mの立方体の1石を100個ほど切り出してくる。そして、さっきの10m四方の基礎の上に100個の石を10x10の正方形に並べる。すると、高さが50cmで、10m四方の武道場の床の様な物が完成!
あとは、石と石の継ぎ目とか、がたつきの調整に関しては、削りだした石で隙間を埋めたり、揺れが無くなるように固定をしていく。最後に上面全体をナイフで数cm削りだして、平面を出しておく。ただし、ツルツルになり過ぎると滑るから、靴の摩擦が残る程度の面精度に抑えておけばいいかな。
そんな作業に夢中になっていたら、いつの間にか到着していたリサが、昨日作って食事をしていたテーブルで飲み物を飲んで休憩している。
流石に疲れたのかな?
「リサ、お疲れ。大丈夫だった?」
「……。
お、お母様、は、話かけ、ないで。
息を、息を整えてます」
そう……。
そもそも、身体強化のレベル2っていうのは、呼吸法込みでの技だと思うだけど……。浮いたり、身体強化掛けたり、飛んだりするなら3重に詠唱が掛かれば良いと思うんだけどね……?
あ。重力遮断が無いから、浮かす必要がある分だけエーテルの使用量が多かったのかな?
ま、いっか。
休憩しているリサを横目に、1時間ぐらいで武道場を完成させたけれど、まだカサマドさんは上がってこない。まさか、途中で墜落とかしてないよね?
崖の下を覗くと、翼をバサバサと操って、両腕は平泳ぎみたいに腕を回して登ってくる。
骨格とか筋力の使い方のタイミングが良く分からないけど、翼と腕を別々に駆動させることが出来るって、色々と運動神経が良いんじゃないの?
ま、飛竜も翼とは別に小さな腕があったからね……。この辺りの生態系とか進化の仕方は良く分からないから、ファンタジーの産物ってことで考えておくよ。
それにしても遅いね。1時間経過してもまだ八分目ぐらい?標高1600mってところ?もう少し時間が掛かりそうだから、リサの隣でお茶でもしながら待つことにしたよ。
「リサ、元気になった?これから立ち合いだよ?」
「お、お母様……」
「なに?」
「カサマドさんとの勝負はどれくらい掛かるでしょうか?」
「え?なんで?暗くなったら、光で照らしながら続ければ良いんじゃな?」
「そ、そんなに決着までに時間が掛かるのですか?」
「いや、リサもカサマドさんも強そうだから、時間が掛かるかなって。
何か心配なら勝負するの止めたら?」
「……っ!
そ、そんな訳ありません!」
いや、それ、相当悔しそうだから。
ライトノベルでいう所の「くっ……。殺せ」っていうシーンに近いぐらい絶望的なシチュエーションで出てくる言葉だから……。
そんな無理しなくても良いのに……。
「リサ、そうしたら、カサマドさんが来るまでゆっくり休憩したら良いよ」
「そ、それよりも……。
時間があるならお母様の飛空術を教えてください」
「え?」
「お母様の飛び方は楽そうです。その方法で飛びたいです」
「いや?直ぐには難しいよ?」
「何故ですか。練習なら今すぐにでも始めますから!」
いや、リサ……。
科学知識の問題で、それを自分がちゃんと理解して自分の中で正しい物として認識できるようにならないと、私が飛ぶときに利用している重力遮断や風の押す力による移動は駆使できるにならないから……。
重力とか風を理解するのって、ステラも相当苦労したんだよ?
「わかった。帰ったら一緒に勉強しよう。今日は我慢して?」
「が~~~~ん」
リサ、またショックな感情が声に出てる……。
いや、良いんだけどね?
何がそんなにショックなのさ……。
と、そんな会話をしているところにカサマドさんが汗をかいて、息を切らしながら到着したよ。
「(ハァハァ、ゼェゼェ)ひ、ヒカリ様、リサ様、 たい変、おまたせ、しました~」
それ、待っている私達よりカサマドさんの方が大変なんじゃないの?
まぁ、この大変なのは、「長らく」とか、時間的な量の意味なんだろうけどさ……。
「カサマドさん、休憩します……?」
「ヒカリ様、あの、その、飲み物も、食料も、持参、して、おりま、せん……」
私達が座っている石のテーブルに腰かけさせて、水分と簡単な食料を分けてあげる。
息も絶え絶えなカサマドさんは、呼吸が落ち着いてくると、お礼を言いながらそれらに手を付けて、エネルギー回復を図ったよ。
「それでカサマドさん、リサとの立ち合いなんだけど……」
「は、ハイっ!」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫とは、何がでしょうか?」
「ちゃんと、リサと木刀で立ち合いの模擬戦が行えるかの確認です」
「……。」
あ、黙った。
なにこれ?
「何か理解できなかった?」
「ヒカリ様、リサ様とはどれくらいの時間を模擬戦することになりますか?」
え?リサと同じ質問?
「なんで?」
「その……、遅くなると、暗くなりますし……。皆様も心配されるかと……」
「暗いのは光の妖精に照らして貰えば良いし。ニーニャ達に連絡してから来たから大丈夫だよ」
「そ、そうですか……」
なに、そのガックリした態度は……。
二人とも、朝の応接室で見せた意気揚々で余裕綽々な態度は何処行ったのよ……。
「あの、ごめん……。
リサも、カサマドさんも、立ち合いしたく無い様に見えるんだけど……。
ちゃんと、そこに武道場の床の様な物を作ったから、模擬戦できると思うけど……。
私だって、こんなとこに来てまで、模擬戦とかしなくても良いと思うんだよ?」
「お母様……」
「ヒカリ様……」
「いや、だから、二人とも何よ?
元気出たら、やることやって帰ろう?」
「お母様、怖いです……」
「ヒカリ様、私も少々怖気づいています……」
「多少のケガなら私でも治せるし、込み入ったのはリサが治すよ。
っていうか、そんなに怖いなら、最初から立ち合いとか言わなくても良かったんじゃないの?
二人とも同意したよね?」
「お母様、ですが、こんなところに来るとは言ってません!」
「ヒカリ様、ユグドラシルの聳え立つ高台に来るとは聞いていません。
無断で聖地に入ると、門番の飛竜に撃退される可能性がございます」
「リサは、昨日来たし。
カサマドさん、この高台は大丈夫。安心して」
「お母様、人がここまで飛べるのは普通ではありません。常識で物を考えてください」
「ヒカリ様、私も寡聞にして、このような高さま飛行できる人間を聞きません」
「いや、でも、二人とも飛んできたし。大丈夫じゃないの?」
「「帰りはどうするのですか!」」
うわっ。
二人がハモッた。
帰りも飛んで帰れば……。
って、そういうこと?
もう、飛ぶのが嫌な訳ね……。
だったら、そういうの最初に言ってよ!
私が一生懸命作った、武道場の床はどうするのさ?
はぁ……。
なんか、ため息出たのは、とっても久しぶりな気がするよ?
「あ~。じゃ、もう、帰ろうか……」
「……。」
「……。」
「え?帰りたくないの?」
「……。」
「……。」
「ど、どうしたいの……」
と、黙っていたリサが怖いものに立ち向かう冒険者であるかのように、勇気を振絞った声で、少し震えながら声を発した。
「お母様、帰りたいですが、無事に帰れる自信がありません……」
「え?」
「途中で力尽きたら、落ちてしまうかもしれません」
「ええ~~?
『遠足はおうちに帰るまでが遠足』とか、『登山は下山の方が危ない』とか、
そんな感じ?」
「遠足も登山も良く分かりませんが、帰るまでは気を緩めてはいけません」
「あ~~。カサマドさんもそんな感じ?」
「わりと、そういう気分です……」
「二人とも、歩いて降りるの?」
「「……」」
「え?」
「「……」」
「今度は何を察しろというの?」
「お母様、飛ぶのも怖いし、力尽きる恐怖もあります。
しかし、こんな高い崖から歩いて下りる道も解りません。食料や水も無いので、途中でお腹が空くかもしれません。暗くて手や足が滑って落ちるかもしれません。
説明しないと分かって貰えませんか?」
「ええと、なんか、私が二人を下山できない高台に連れてきて、閉じ込めてる悪者みたいに見えるけど……」
「「……」」
「分かった。
私が抱えて二人を降ろすよ。そこは貸し一つね。
そこの問題は解決したから、二人で立ち合いする?」
「「……」」
「二人とも、安心したでしょ?やることやって帰ろう?」
「お母様、もう、私はやる気が失せました。
お母様に、カッコイイところ見せようと思っていましたし、魔族に負けないことを示そうと思っていましたが、これで格好がつきません」
「カサマドさんは?」
「もし、ここでリサ様に勝てる立ち合いをお見せすることが出来たとしても、リサ様は大変疲れているご様子ですので、意味が無いでしょう。
私が負けたとしても、リサ様が私の体調に気を遣いながら勝負して頂いているのであれば、その差は歴然としたものですので、やはり勝負する意味は無いでしょう」
「二人とも、そんなに飛ぶのが嫌だったのね?で、帰りのことを考えると憂鬱なのね?」「「ハイ!!」
凄い元気な声が返ってきたよ……。
まぁ、二人を紐で結わいて帰ることにするよ。
当然、二人に万が一のことがあると嫌だから重力軽減もしておいたよ。
こう、なんというか……。
ドワーフ族の人達との調整に必要な貴重な一日が無駄というか……。
武道場をどう処分しようかとか……。
いつもの『勝負!』みたいな展開にすらならないというか……。
こんなんで良いの?
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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