6-35.魔族との交渉(6)
「ニーニャ殿、それではこれより契約書の作成に入らせて頂きたいと思います。
過去の経験から以下の項目を明示しておくことが良いと思います。
1.契約者と契約の内容を行使できる者
2.金貨の種類のと交換枚数の明示
3.契約書の有効期間又は破棄の条件
4.契約を違反した場合の罰則
5.契約者の署名
と、なります。
如何でしょうか?」
「良いと思う」
「では、こちらから条件を提示させて頂きますので、何か疑問や気になる点などがありましたら、適宜お尋ねください」
「分かった」
ここからはカサマドさんが一方的に契約書に書く内容を読み上げていった。
1番目は、名前は種族と名だけでもよく、最後の署名に対して本人の血液を垂らしてくれれば、偽名であろうとなんであろうと、後で契約が履行できる仕組みがあるとか。
2番目は、売買できる通貨の種類については、このユグドラシルの樹が生える大陸に領地を持っている種族の通貨に制限すること。そして、魔族の通貨1枚に対して、その他の種族の通貨は100枚を割り当てて売買すること
3番目は、100年間、又はどちらかが死亡するまで。この契約は他人に譲渡できないこと。
4番目は、犯罪奴隷としての相手への隷属、あるいは違反者の種族の金貨1万枚のどちらか先方が望む方を賠償責任として差し出すこと。
と、説明があった。
「これまでの通貨の売買契約を行った際には、今説明した内容で進めてきました。
何か疑問が無ければ、最後に双方の署名と、血液で印をすることで契約書を完成させたいのですが、宜しいでしょうか」
「あの……。カサマド様、質問があるのですが宜しいでしょうか」
「何なりとどうぞ」
「魔族以外の種族の金貨によっては、金貨の大きさや金の含有量が違う場合があるのですが、売買は魔族1に対して、他の種族は100用意することで統一されている理解でよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
「そうしますと、もし私が帰路に着く際に、手元に残っている魔族の銀貨を旅費に充てるために、他の種族の通貨を購入するとします。
例えば、獣人族の銀貨とエルフ族の銀貨と人族の銀貨といった様にです。このとき、『こちらの指定する種族の通貨に交換出来る』ということも可能でしょうか?」
「ええ、種族ごとに必要な枚数を提示頂けたら、こちらで準備しましょう。
ただし、繰り返しですが、あくまでこの大陸に住む種族の通貨とさせてください。非常に入手が困難な通貨を指定されて、こちらの不備を謳われても、お互いに良好な関係を生みません。
宜しいでしょうか?」
「分かりました。
そのとき、売買の回数に依らず手数料は無料と考えて宜しいでしょうか?
例えば、銀貨3枚しか残っていないと思っていたが、後から銀貨が追加で1枚出てきたような場合のことです。銀貨3枚の売買と銀貨1枚の売買を同じ日にお願いしても許容頂けますか?」
「もちろんで数量は無料になりますし、何回でも構いません。
ですが、我々も生活がありますから、寝静まっている夜中に押しかけて、『通貨の売買に応じろ』といったお願いですとか、災害などでこの洞窟が大混乱に陥っている様な場合には、一時的に取引をお待ち頂くことはあるかもしれません。
そこは、1日の交換回数に制限が無く、手数料も無料と記載しておきましょう」
「ああ、それでしたら、『交換枚数の上限も無い』と、念のため記載頂けますか?」
「そうですね……。
たまたま、こちらで準備できる通貨の上限を超えている場合には、他の種族の通貨を合わせて提供させて頂いても宜しいでしょうか」
「ふむ……。
上限に至るとは考えておりませんが……。
旅立ちのときに、必要な通貨に戻すことが出来ないとなる可能性があるかもしれませんね……。
では、『同種族の明示された金額の契約書』でも、良いことにしましょうか」
「ニーニャ殿、それはどういった意味でしょうか?」
「例えば、ドワーフ族の銀貨500枚を買い戻す場合を想定します。
残念ながら、この洞窟にはドワーフ族の銀貨が100枚しかなかったとします。
その場合、『ドワーフ族の銀貨400枚を支払う』と、契約書を発行して頂ければと考えました。その契約書を元に他のドワーフ族の地を訪問した際に、その種族の支払いが行えると考えたからです」
「ふむ……。
では、『種族の金貨が足りない場合は、新規に借用書を作成する』又は、『既存の相当枚数の記載のある契約書を引き渡す』ということでは如何でしょうか?」
「なぜ、新規に契約書を作成しないのでしょうか」
「契約書の発行手数料が掛かることをお忘れでしょうか。
種族の通貨をお返しするはずが、その手数料で赤字になってしまっては本末転倒でしょう?
そうであれば、既存の契約書で、それ相応の金額の記載のある契約書を代わりに差し上げようと考えているのです。
不都合がございましたか?」
「確かに契約書を新規に発行するには魔族の銀貨1枚が必要でした。
ご配慮いただきありがとうございます。
ですが、例えば、『種族の銀貨99枚を購入したいです』となっているときに、既存の契約書に『種族の金貨1枚または種族の銀貨100枚の借用書』と記載がある場合には、我々としましては余計に貰い過ぎてしまうことになります」
「それもそうですね……。
こうしましょう。『1日1回、1種族に限り、不足した種族の通貨以上の既存の契約書を引き渡すことで補うことを可能とする』
これであれば如何でしょうか。
1日1回と限らせて頂くのは、こちらが不足している種族の通貨を狙って、何枚も契約書を引き渡さざるを得ない状況を想定しました。まぁ、それをするには何枚も魔族の通貨を持っている必要があるので、必要ないとは思いますが……」
「カサマド様、ご配慮いただきありがとうございます。
そうしますと、1日1回だけ、不足額を補う目的で過去に作成した借用書の金額が超えていても、それで補うことが出来るのですね?」
「ニーニャ殿、ご安心いただけたでしょうか?」
「はい」
「それでは、最後の違約金についての記載ですが、
『契約の不履行に陥った者は、犯罪奴隷として身柄を引き渡すか種族の金貨1万枚を引き渡すことを相手の望む形で提供する』
これもご納得いただけますでしょうか?」
「カサマド様、少し宜しいでしょうか?」
「何か問題でも?」
「これは通貨の売買契約書ですよね。
契約の不履行とはどういったケースが考えられるのでしょうか?」
「多くの場合は、この売買契約書に従って、魔族の通貨を入手するのですが、値引き交渉をされる方がいらっしゃる場合がありました。
サービスや物品に関しての値下げ交渉はともかく、通貨の売買の値下げ交渉には応じることが出来ません。ここを壊すと色々なところで不公平が生じますので」
「つまり、他で生じた借金を減殺して貰う方法として、通貨の交換レートを変えることを要求することがあるという理解で宜しいでしょうか?」
「そうですね。あらゆる種族に対して1:100の交換を行っているのに、特定の売買だけこの交換を変更することは出来ません。ですので、契約書を結ぶのです」
「承知しました。
それで……。
あと2点、確認させてください」
やっと、契約結べそうで、ホットした様子のカサマドさんの様子がチラッとイラつきの表情を見せたよ。けど、直ぐに何もなかったようにスマイルに戻したね。
「ニーニャ様、何でしょうか?」
「種族の金貨の不足分は、契約書以外にも、物納での対応も考慮頂けますか?」
「それは、いったいどういう意味でしょうか?」
「例えば、鉱石や魔石といった換金性の高いものでお支払いすることです」
「ああ、残念ながら過去にはそれを認めておりません。
ただし、鑑定書付きの物品で、そこに金額が明示されている場合には、物品と鑑定書のセットで対価に充てることを許容したことがあります。
例えば……。
少々お待ちいただけますか」
と、カサマドさんは何かを取りに出て行ったよ。
「こちら、ロマノフ家の名工が作成されたとされるオリハルコンの指輪になります。そして、こちらが鑑定書になります。これを人族の金貨1000枚と記載がありましたので、魔族の金貨10枚相当で引き取らせて頂きました。
中々素敵な指輪でしょう?」
と、持ち出してきたオリハルコン製の指輪を自慢げにニーニャに手渡した。ニーニャは表情を変えずに、「貴重な物を拝見しました」と、丁寧にその指輪を返した。
遠目には金属光沢からしか判らないけど、あれってストレイア帝国の皇妃が作った偽物と偽物の鑑定書だね。ニーニャは良く我慢したよ……。
逆にいうと、皇妃もこんな偽物をまんまと魔族に売りつけて、『してやったり』って、思っただろうね。
「このような国の鑑定書や信頼できる鑑定機関が発行した鑑定書が付いた物品と価格が記載されたものであれば、物納でも構いません。
如何でしょうか?」
「承知しました。最後の質問になりますが……」
「何でしょうか?」
「『契約の破棄条件は100年または死亡』とあり、譲渡不可能とあります。
ですが、契約の不履行が起きて、『犯罪奴隷とする』を選択した場合に、契約者同士が主人と奴隷の関係になるため、実質上、契約の破棄の状態に相当しませんか?
まして、契約が継続したまま奴隷を他人へ譲渡したとなると、譲渡先の主人との契約が継続してしまう場合があります。何故なら奴隷の借金や犯罪は主人が責任を取らないといけないからです
どのようにお考えでしょうか?」
「ああ……。そこまで考えていませんでした。
確かに奴隷として引き受けて、その奴隷を売却した際に、売却先で問題を起こす可能性ですか……。
では、その懸念を払拭するためにも、『契約の不履行が発生した時点で、この契約を一旦破棄する。契約の継続が必要な場合には新規に契約を締結することとする』と、追加で記載しましょう。
これでご満足いただけましたか?」
「はい。その内容でお願いします」
カサマドさんは、少し疲れた様子でありながらニッコリとスマイルを作って、ニーニャに頷くと、羊皮紙に契約書の内容をドワーフ族語で記した。ものの数分でその契約書を仕上げると、ニーニャに向かって再度説明をする。
そして、契約書の末尾に自己署名をして、針で左手の人差し指を刺してから血を署名した場所に垂らして印の処理を行った。
ニーニャも内容に問題が無いことを確認して、後ろから見ていた私も念話で確認したことを伝えてから、自己署名と血による印を行った。そして共同の契約書だから、ちゃんと2部つくったよ。
「ニーニャ殿、無事に完了しました。
では、こちらの魔族の金貨1枚を契約書の発行手数料として頂きますね」
「はい。通貨の売買契約に関する契約書の作成に助力頂きありがとうございました。
では、この契約書は双方で一部ずつ持つこととして、早速昨日のサービスの対価を支払いたいのですが宜しいでしょうか?」
「ええ、構いません。お支払いはどちらの通貨で?」
よし、舞台は完全に整ったよ。
ここからはニーニャがシナリオに沿って全てをひっくり返すよ!
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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