6-23.チョコレートを作ろう(6)
ちょっと「チョコレートの滑らかさ」について、アリアと議論を進めることにしたよ
「アリア、じゃぁ、早速チョコレートの滑らかさについて話をするよ」
「はい、お願いします」
「科学的な見地からすると、粒粒したものを細かく砕いていくわけだから、ある部分までしか小さくできない。
そしてその細かさには分布が出来るよ」
「ある部分とは、綿菓子のときに勉強したような綿菓子の1玉の大きさのことでしょうか?」
「 う~ん。そこまでも小さくできないよ。
例えば、泥撥ねとかあるでしょ?
あの泥の一粒一粒ぐらいの大きさになると思うよ」
「泥が粒粒とは、顕微鏡で観察したら分かるのでしょうか?
ベトベトのドロドロの液体にしか思えません」
「そっか。そういう意味じゃ体験して貰えば良いんだよ。
庭から土を少し採取してきて、それを水と混ぜて攪拌するの。
その土が粒子別の大きさで沈殿していくから、細かい泥も粒から出来ているって分かるはずだよ」
論より証拠だ。
アリアの質問に答える前に、私が言っていることを見せるために、アリアからガラスの容器を貰って、そこに八分目くらいまで水をいれて、庭からゴミを取り除いた泥を溶かして、かき混ぜて放置しておく。
「ヒカリ様、この濁ったドロドロのものが粒粒から出来ているのはよくわかりません。
単に、水に溶けやすい物と溶けにくい物の違いかもしれません。
そして、水に一度溶けたものは、そのまま混ざったままかもしれません」
「確かにある粒のサイズまで小さくなると、水との親和性が高くなるね。その水の中から粒を取り出すことは難しいかもね」
「つまり、口の中の水分と親和性が高くなるまで小さくすれば、液体のような滑らかな舌触りになるということでしょうか?」
「簡単に言えばそうだけど、でもそれはアリアの求めている答えじゃないよね。
ちゃんと、粒の大きさを確認したい訳でしょ?」
「水に溶けてしまったものは取り出せないと、ヒカリ様が先ほど言ったばかりです」
「うん。でも、水分を蒸発させれば、また元の物体が取り出せるし、その取り出したものを顕微鏡で確認すれば、その粒の大きさが確認出来るよ」
「私が作った顕微鏡でも見えますか?」
「あ~。泥は見えるのと、みえないのが混在すると思う。
チョコレートは見えないサイズにまで小さくしておかないとダメかも。
ただ、チョコレートは小さくし過ぎると、今度は固まらなくなるらしい」
「ヒカリ様?」
「うん?」
「見えない大きさにまで小さくするのに、ある小ささよりも大きく留めろということですか?
目に見えないのに?顕微鏡でも見えないのに?」
「顕微鏡で見えないなら、ある種のクロマトグラフィーを使うのが良いかもね」
「ヒカリ様、全然話が見えてきませんよ。粒粒は何処に行きましたか?」
「目に見えない粒粒があって、その大きさを制御する必要があるってことが伝わったならそれでいいかな……?」
「その粒粒を目に見えず、舌触りを良好にするための科学的な見解を尋ねている訳ですよね?」
「うん。SEMとか無理だから、ある種のクロマト処理をしてみよう」
「セミは虫です。トマトは野菜です」
「SEMは電子顕微鏡。魔法が無い科学のみの世界で発展を続けても、後1000年ぐらいかかるからおていおこう。
クロマトは発想を理解できれば応用することができるよ」
「では、クロマトについて教えてください」
「簡単に言うと、篩のことだよ。
まだアリアとは分子の大きさとか極性とかの話をしていないから、そういった微小なサイズでのクロマトの話は置いておくよ。
さっき、泥を水に溶かしたでしょ?
そして、良い感じに水が透き通ってきた部分と、茶色が残っている部分と、泥や砂が沈殿している部分があるよね。
これは良いかな?」
「はい。見てのとおりです。
私の普通では、この下の方の色が付いているところよりも下の、ドロドロ下部分を泥撥ねとか言っていると思います」
「うん。この泥の上澄みの少し茶色く濁っていて、沈殿が終わってない部分があるでしょ?ここも小さな泥の成分なんだよ。
水との極性の問題もあるけど、色が付いているぐらいだから水に溶けていないはず。一晩ぐらいこのまま静置しておけば、凄く細かい泥の層が、今沈殿した泥の上に積み重なるよ。
ここまでも、なんとなく良いかな?」
「粒の大きさによって、沈殿するスピードが変わって、層状になっているのは分かりました。つまり、これが目に見えない粒の大きさを測定する方法ですか?」
「うん。
この泥を溶かした水に色が付いている部分あるでしょ?
色の濃い部分と薄い部分があるよね。
ここも、大きな粒と小さな粒が混在していることになるよ」
「ヒカリ様は、色の違いを粒の大きさとして判断しようとしているのですね?
けれども、溶いた水の量や、静置させた時間によって、沈殿してしまう量が変わってしまい、それを定量的に再現良く測定することは難しいと思います」
「そこは溶質と溶媒を一定に割合になるように混ぜて、そのあと攪拌時間も指定して、その後で、適量を取り出せば再現性がでてくると思うよ」
「ですが、攪拌直後ではいろいろな粒がまざってしまっているので、議論は振出しに戻ります」
「今度はその液体を紙に吸い取らせるんだよ。
上手く行くか試してみないと分からないけど、紙に吸わせると、液体の吸い上がる位置が粒の大きさによって変わるはず。
つまり、泥が吸い上がっていく位置が高いほど、細かい粒粒が多く形成されていて、ほとんど液が吸い上がらないなら、大きな粒粒で紙の繊維の間が目詰まりしちゃって吸い上がらなくなってるはず。
ただ、これは紙漉きの精度とか厚さにもよるし、泥の性質にも依るから色々と適切な実験方法を試す必要があるけどね」
「ヒカリ様の言いたいことは理解できました。
念のためですが、これから作るチョコレートは水に溶けますよね?」
「あっ……。どうしよっか……。
アリアはアルコールを作れるんだっけ?」
「ヒカリ様?アルコールとは何ですか?」
「ああ……。蒸留酒すらない文明の発達度合いかな?
アリアはガラス器具を使って、水の蒸留とかしたことある?」
「煮沸して、細菌を殺すことは習っていますが、蒸留が何か分かりません」
「蒸留装置はちょっと複雑なガラス器具が必要になるね。
それが出来ると、分流装置が作れて、蒸留酒も作れるようになる。
そして、蒸留酒の濃度を濃くすればアルコールが作れるようになる。
チョコレートは、ある程度アルコールに溶けるはずだよ」
「ヒカリ様、シオン様が作られるカカオの実の発酵とニーニャ様が作られる磨砕機までに私の準備が整わないと思いますが、宜しいでしょうか……?」
「うん。
最初のうちは、カカオの実の投入量と磨砕機の稼働時間だけで水準を振って、その滑らかさは人の官能試験に頼るしかないと思う。
カカオ豆からチョコレートがたくさん作れるようになってきたら、次に定量的な分析方法を確立すれば良いと思う。
最後は、カカオの発酵進み具合、砂糖の分量なんかを変えたとき条件を考えれば良いと思うよ。
だから、カカオ豆を磨砕してチョコレートが作れるだけでも、今から始めて1~2ヶ月は掛かるだろうから、アリアが分析装置を作る時間は十分にあるんじゃないかな?」
「ヒカリ様、承知しました。3つほどお願いがございます。
1つ目は、私の滞在理由を観光ではなくて、何らかの工房で働く人員としての滞在許可証に変更をお願いします。
2つめは、私の工房をください。工房には住居、助手の雇い入れ、うちの子の世話のメイドの手配が必要になります。
そして最後の3つ目は、工房の中にガラス生成炉を作らせてほしいことです。
叶うでしょうか?」
「最後以外は、割と簡単になんとかなるかな。
1番目はトレモロさんが滞在中だから、必要な人数分の滞在許可の申請書を切り替えて貰えば良いよ。現地のギルドや用地の買い取りで揉める様なら、ハピカさんとかジュリアン・ジューンさんとか、その辺りの人脈を使えば大丈夫。
2番目は、ここのマリア様の館とは別に拠点を作成中なんだよ。その一角を工房にしてしまうのは有りだね。コーヒーやカカオの農園から遠くない位置に工房を作れば良いよ。
3番目はね……。
どうしよっか……。
『お願い』すれば良いんだけど、此処では使いたく無いというか……。
ラナちゃんが自主的に手伝ってくれるのが良いんだけどな……」
「ヒカリ様、ヒカリ様がラナちゃんにお願いするのが問題があるようでしたら、私からお願いしてみても宜しいですか?」
「あ、ええと……。
うん。
『お願い』すれば作って貰える。
それは私も知ってる。
それよりも大きな問題なのは『お願いすれば作って貰える』と、みんなが知ってしまうことが問題なんだよ……。アリアには説明していなかったっけ?」
「何がですか?」
「妖精の長は『お願い』を断れないんだよ。
だから、みんなが好き勝手にお願いをすると、それらの願いが全部叶っちゃう。
色々と不味くない?」
「ヒカリ様、すみません。その説明では良く分かりません」
「妖精の長は分かってるよね?
長老、クロ先生、ルシャナさん、シルフ、ラナちゃん、ルナちゃん。
あと南の大陸で合流したユーフラテス様。
今のところこの7人だけど良いかな?」
「はい。色々と助けて頂いています。そして加護の印も頂きました」
「うん。加護の印は友達の印みたいなものだから、それ自体はそれほど重要じゃないんだけど、問題はお願いの仕方なんだよね」
「と、言いますと?」
「私は、私のやりたいことを伝えて、それを妖精の長の自由意志の範囲で助けて貰っているの。
逆に私が『それは助けて欲しくない』というお願いの仕方をして、制限してもらっていることがあるの。
科学技術の過大な発展は、人間たちの意識レベルが低いと簡単に悪用されて、人類が滅びかねないから、無闇な発展は望まないようにしてるの」
「それは、私が以前ヒカリ様に『火薬の研究をしたい』と、お願いした状況に似ていますね」
「そうそう!あの感じなの!
悪意を持って科学を活用したら戦争が高度化してお互いの被害が大きくなる。
そうならないように、私が知る範囲で科学が急激に進歩するようなお願いをしないようにしてる。
ガラス炉について、簡単にお願いして作っちゃうのは不味いんだよ。
妖精の長達からしたら、人のお願いを断れないし、それを無かったことにすることも出来ない。
けれど、妖精の長たちの自由意志で作ったら、自由意志で壊したり人から取り上げたりすることが出来るはずなんだよ」
「ヒカリ様……。それは契約なのでしょうか……?」
「契約じゃないから困るんだよ。『言ったもん勝ち』みたいなところがある。
だから、『封印されろ』っていうお願いすら叶っちゃう……」
「それは、ルシャナ様が火山の孤島に閉じ込められていたことでしょうか?」
「ああ~。ある意味では正解。
でも、ルシャナ様は封印されている通路以外に溶岩の中を泳いだりできたから、完全に封印されていた訳ではないでしょ?」
「でも、それだけではお願いが何でも通る訳では無いのではありませんか?」
「長老もシルフも奴隷印が付いてるし、ラナちゃんもクロ先生も人の手によって封印されていたんだよ?
ラナちゃんは500年くらい前に、人族と一緒に戦争をしてドラゴンに追い回されるきっかけにもなったらしいし……」
「ヒカリ様、それを皆さんはご存じなのですか?」
「知らないんじゃないかな?」
「ど、どうやって、お願いしているのですか?」
「ニーニャやステラは『恐れ多くて、個人的なお願いは出来ない存在』として尊重していると思うよ。
ユッカちゃんなんかは『一緒に遊ぼう』って、自然にお願いしてるかな。
私は『大前提として自由に暮らしてください』と『その上でロメリアとの戦争終結を間接的に支援してください』っていう、二つの大きなお願いはしたかな。
最近だと、ロケットの軟着陸とか、ユーフラテスさんのスキルを教えて欲しいとかもお願いした……」
「ヒカリ様、それでは妖精の長たちが自由意志で我々を支援して頂いているのか、我々が無意識にお願いをしているのか良く分からないと思います」
「うん。
その場限りの消滅してしまうような個人的なお願いなら、影響の範囲は小さいから気にしなくていいと思うよ。『一緒にご飯食べよう』とか『水を汲むのを手伝って』とかね。
あと、お願いではなくて、『雨が降ると良いな』『植物が良く成長すると良いな』という漠然とした気持ちを共有して、それを妖精の長達が自由意志で『結果としてそうなるように動いてくれる』のは問題無いと思うよ。
だって、他の人の気持ちが、好意をもって妖精の長に受け入れられるかは、その人たちの関係になる訳で、必ずしもその願いが叶う訳では無いから」
「加減が難しいですね……」
「基本的に、自分以外に影響したり、後世に物体や知識が残るようなお願いは気を付ければ良いと思うよ。
それか、今回みたいに自主的に協力してもらうようにして、不要になったら妖精の力で消去して貰って良いような範囲に限定しておく感じ」
「確かに、妖精召喚や魔法といった類ですと、その人の個人の才能やセンスに大きく依存して、それが他の人に伝わりにくいです。
ですが、ヒカリ様の科学の力は教わることさえ出来れば、誰でも再現良く使えるようになります。この影響の違いは大きいですね……」
「うん。
その辺りだけ気を付けておけば、自由にお願いしても良いと思うよ。
ただ、お願いばっかりしてると、嫌われちゃって、自由意志で助けてもらいにくくなるかもしれないけどね。その辺りは良く分からないよ」
「わかりました。
新しい工房の準備などはヒカリ様にお願いします。
私は今出来る範囲でコーヒーとカカオ豆の準備を進めます」
よしよし。
とりあえず、アリアにお願いしたいこと、進めて欲しいことの説明は出来たかな。
新しい工房の準備はマリア様とと相談して、建設場所とか打ち合わせをしよう。
それが終わったら、ようやくドワーフ族を訪問できるかな?
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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