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6-19.コーヒーを作ろう(2)

 ちょっとした感動に浸りながら、コーヒー作りを続けるよ!

<<じゃ、ナビ。ネル袋の次の話をお願いします>>

<<承知しました>>


<<まず、生豆の煎り方ですが、ネルドリップは深めが良いといわれています。

 いわれていますが、コーヒー豆そのものの質もありますし、好みの問題もあります。

 最初は少し表面が焦げるぐらいに、満遍なく茶色を目指せば良いと思います>>


<<その間にネル袋をコーヒー豆で煮だすことで、コーヒーの油成分と香りをなじませておくと良いです>>


<<鍋掴みをコーヒーで煮だすのね?>>

<<言い方はともかく、厚めの布でろ過しますので、その布の準備としてコーヒー成分と馴染ませます>>


<<ステラが失敗したというコーヒーの出涸らしを材料に、布を煮だしてみるよ。

 布に関してはみんなと相談するね>>


 と、一旦ナビとの念話を保留して、待たせてしまっているステラに説明を始めた。

 コーヒー豆には油成分があること。その油成分を溶かして抽出するために少し焦げるぐらいに煎る必要があること。

 そして、今度は粉にした後で、その油成分を布で濾す際に、布と予めなじませておく必要があること。


 ステラはコーヒーが「お茶では無い」という新たな認識になってくれているので、私がやりたいことをフンフンと頷いて、色々と一緒にアイデアを出したり、手伝ってくれる。

 うん。

 ステラだって、別にお茶で世界中を席巻したいとかそういう話ではな無いんだよね。

 あくまで、エルフ族とお茶の関係を尊重すれば良いわけでさ。


 で、まぁ、色々と台所を探して、鍋掴みでは無いけれど厚手の綿で出来た布を入手。

 それをステラの失敗作で煮だし始めた。

 

 並行して遠火で赤外線を利用しながら鉄鍋でコーヒー豆の深煎りを始める。

 こっちはコーヒー豆本体よりも鍋の方が重たいっていうね……。

 まぁ、身体強化してあるから大丈夫だけど、重いものは重い。

 下手に重力遮断とかかけると、鍋で振るった勢いでコーヒー豆がどっか行っちゃったりしたらエライことになる。この辺りは重くても我慢だね。


「ステラ、さっきはどうやってコーヒー豆を砕いたの?」

「布で包んで木槌で叩い後、器を移し替えてウインドカッターで細かくしたわ」


「ウインドカッター?」

「風の魔法よ。ヒカリさんは使わないのかしら?」


 『使えない』じゃなくて、『使わない』ときたもんだ。

 私は本当に魔法のことが良く分かってないんじゃないのかな?

 体を浮かす魔法も風には頼って無いし、風を使って物を切るという発想が思い浮かばない。前にアジャニアの手前の孤島の洞くつで、真空によるカマイタチの攻撃を風魔法の一種として捉えたことはあったけれど、私が風の魔法を使えたことにならない訳で……。

 

 うん。わかんない。素直にお願いしよう。


「ステラ、ごめん。私はウインドカッターが何か分からないかも。

 砕いた豆を更に細かくするなら、粉ひきの道具とか使う感じかな?」


「ヒカリさんにも出来ないことがあるのね。

 粉ひきの臼は色々な穀物をいていて、味や風味が混ざると嫌よね。

 今回は私に任せてもらってもいいかしら?」


「うん。お願いします。

 そろそろこっちの鉄鍋での煎っている豆が良い状態になってくるから、ステラがウインドカッターを使うための器とかを用意してもらってもいいかな?

 大きさは1mmぐらいの粒が良いです」


「ええ、分かりましたわ」


 と、軽く微笑むだけで何をすれば良いかがお互いに伝わるってのは良いね。

 そもそも、ステラは練習の段階でコーヒー豆を砕いている訳だから、力加減とか砕く大きさを整えることも任せておいて良いよね。


 薄っすらと焦げ目が付いて、コーヒー独特のかおりとこうばしさが辺りに漂う。

 うん、コーヒーを煎るところまでは完成だと思う。

 日本で嗅いだことがある匂いだよ。


 煎り終わった豆をステラに渡しつつ、今度はネル袋の準備だね。

 コーヒー汁に馴染ませて良くすすいで、良くしぼる。


「クンクン」


 うん、悪くないかな?

 ここまでは、順調。

 

 ステラの様子を伺うと、ガラスの器に木製の皿で蓋をして更に上から手で押さえる。

 いきなり豆を入れちゃってるけど、ステラだから大丈夫なんだろうね。

 

 そこからステラは何かの文言を小さく詠唱をする。

 私はステラが前で詠唱しながら魔法を使う所を滅多にみない。

 きっと、とても繊細で集中力を必要とする魔法を使っているのかもしれない……。


 ここからはファンタジーの世界。

 ガラスのカップの中にはスターラーの様な羽がある訳でもないのに、豆がカラカラと音を立てながら回転を始める。

 単純に豆同士が回転してぶつかっているだけなら、音がするだけで、そう簡単には砕けないし、粉にはならない。


 ステラが追加で詠唱を唱えると明らかに豆の動きと形が変わった。

 カキン、カキンって、豆が砕けるような音が加わって、そこから砕ける音がガガガって連打する。

 そして最後はガラスに粉上のコーヒーが当たるだけだから音がしなくなる。

 

 詠唱を止めたステラは静かにガラスの器をテーブルに置くと、額にかいたらしい汗を拭う。ステラが汗をかくレベルの難易度ってことね?


「ヒカリさん、終わったわ。こんな感じでどうかしら」


 ステラが蓋をとって、砕いたコーヒーの粉が入った器を私に見せる。

 

 って、こ、これ!

 1mm角の形に切られてる!

 砕いて、おおよそのサイズが合うんじゃなくて、何かカッターの様な物で切ったみたいな?


 いやいや、待ってよ。

 確かに砕けば粉が出て粒径が揃わなくなる。

 豆一粒一粒を丁寧に高速カッターで切り刻むことが出来たとしたら、こういう形に成形できなくは無いと思う。

 それだって、現代の最先端の精密機械を使ったって、切り代部分が粉になるだろうから、粉が出ない訳じゃない。


 意味がわかんないことが起きてる!

 私が「1mm角の粒」とか言ったから、その形に切り出したってこと?



「ヒカリさん、不味かったかしら?」

「ステラ、出来てる!

 出来てるけど私の指示が悪かった。ごめん!」


「ヒカリさん、不味かったのならやり直すわよ?

 ただ、私に豆をくっつける方法は分からないから、新しく豆を煎ってもらいたいのだけど、良いかしら?」


「違う。違う。

 合ってる。合っているというか、凄すぎてびっくりしてた。

 これでコーヒーを淹れてみよう!」


 いや~。

 こんな魔法を使ったら、そりゃ、汗もかくよ……。

 だって、仮に豆が100粒あったら、その100粒を1mm刻みで縦横高さ方向に立体的に切っていくんだよね?

 あり得ない……。


 ま、まぁ、ステラをこれ以上待たせちゃいけないね。

 これでコーヒーを淹れてみようよ。


 一番下側がコーヒーが溜まる器。

 その上にネル布を支える格子状の網の様な物のせる。

 現代でいうところのドリッパーのような感じだね。

 そして、網の上に厚手の布を被せて、ステラの粉を入れる。


 さぁ、仕上げを御覧じろ!


 予め沸かしてあったお湯をゆっくりとネル袋に沿って注いで、ゆっくりと蒸す。

ネル袋全体にお湯が行きわたった頃に、下側からガラスの器に向かって透き通った褐色の液体が垂れ始める。


 このタイミングで今度はゆっくりと細くコーヒーの粉の中心部に円を描くようにお湯を注ぐ。

 香りがブワッと噴き出すとともに、曳き立て特有のコーヒーの粉の泡立ちが生じて、ブワブワとネル袋の中でコーヒーの粉が膨れ上がってくる。


 よしよし、良い感じだよ!

 日本でお父さんにコーヒーの淹れ方を教わったのと同じ感じになってる!

 このままゆっくりと、そして最後の出涸らしを出し切ってしまわないようにして、お湯を注ぐのを止めればお終い。


 大体2杯分ぐらいは取れたかな?


「ステラ、出来たよ!」

「ヒカリさん、良かったですわ」


 うん?

 ちゃんと、2杯のカップに別々に注いでいるのだから、一緒に飲もうとしてるんだけど、嬉しくなさそうだね。

 なんで?


「ステラ、飲もう?」

「は、はい……」


「あ、さっきの粉ひきの魔法で疲れちゃった?

 コーヒーの中のカフェインと油脂分は相乗効果で元気になるよ!」


「は、はい……。

 ええと、その……。

 是非とも、最初にヒカリさんに味わって貰いたいわ」


 あ、あれか!

 ステラからすればこのコーヒーなる得体の知れない物を先に口を付けるのは、これまでの苦い時間と苦い味わいを体験したことを考えると嫌なんだろうね。


 でもさ?

 ちゃんとした手順で淹れたコーヒーは美味しいんだよ?


 私が先にコーヒーに口を付ける。

 口に含んで口の中に広がるコクと酸味。

 うん、苦みも無いし、焦げ臭さも無い。

 そして、舌触りもちゃんと粉がされてるから大丈夫。

 それどころか、ステラが淹れてくれたコーヒー茶に近いスッキリ感すらある。


 そしてゴクリと飲み込んで、鼻から息を抜くとコーヒー独特の香ばしさと、そこに何か柑橘系の香りが漂う。

 ああ、これがフルーティーな香りってやつね。

 これほど強く香りを感じられるのは、きっと発酵段階の皮の成分とか、豆の煎り方、粉にしたときの粒子サイズ、そしてネル袋と、全ての兼ね合いで起きた芸術的な一品なんだと思う……。


 ふぅ……。

 たった一口なのに、なんだか日本を思い出すよ……。

 でも、これは日本で味わったコーヒーを超えてるね。

 コーヒーは本当に文化と科学の塊なんだな……。

 なんか、頭がグラグラするぐらい、気持ちよさに揺さぶられてる……。

 

「ヒカリさん?」

「え?」


「一口飲んで目を瞑って黙ってしまいましたので、何か毒に当たったのかと……」

「あ、ああ……。

 昔を思い出した。それくらの感動。

 ステラも飲んでみるといいよ。

 これがコーヒーだよ……」


 私の目の前で恐る恐るガラスの器に口を付ける。

 そして、一口だけ口に含む。

 私がしていたみたいに目を瞑って、鼻から息を出す音が微かに聞こえた。


 10秒くらい経過したかな?

 ステラが目を開けた……。


「ヒカリさん、これはお茶では無いわ」

「うん。私が悪かった」


「ヒカリさんは、これを知っていたのね?」

「知ってたけど、ここまで凄いのは初めてだよ」


「ヒカリさん、これは不味いわ」

「ステラ、ごめん……。

 お茶の文化を持つエルフ族であるステラの口には合わないよね……」


「違うわ。お茶の文化が壊れるわ。それが不味いの」

「うん?」


「エルフ族にとって、お茶は至高の飲み物なのよ……。

 これまで色々なお茶の作り方を身に着けてきたつもりだけれど、コーヒーと同じ味が出せないもの……」


「うん……。

 私が居た所では色々な文化が融合して発達していたから色々な飲み物が楽しめたよ。コーヒーも美味しくない苦い水みたいな物もあったし。

 でも、ステラが淹れるお茶も素晴らしいし、今日ステラと一緒に作ったコーヒーも一級品だと思う。

 だから、たぶん、誰もがこれと同じコーヒーを味わうことは出来ないよ?」


「つまり、コーヒーも人族が淹れると、人族の味になるということかしら?」

「うん。エルフ族がコーヒーの淹れ方を極めれば、エルフ族のコーヒーになるよ」


「ヒカリさん、スチュワートに教えても良いかしら?」

「え?」


「やっぱり、ダメかしら?」

「あ、いや……。

 良い悪いじゃなくて、まだ他種族と交易できるほどコーヒー豆が無いよ。

 暫くは個人で楽しむ範囲だよ?」


「ヒカリさん、ひょっとして私が淹れてるお茶が普通に市場で買えると思っていたのかしら?」

「ううん。特別だと思っているよ」


「でしたら、個人で楽しむ範囲で少し分けて頂いても良いかしら?」

「あ、ああ……。

 てっきり、人族とエルフ族で交易する権利のことかと思ったよ。


 そういうお茶会に招待するなら全然良いよ。

 ほら、ちょうどトレモロさんも来てるから、みんなでお茶会をすれば良いよ。アリアに帰りにコーヒー豆も持って帰って貰えば、エスティア王国でも楽しめるだろうし」


「個人で楽しむ範囲ではヒカリさんの許可が出たのよね?」

「え?ああ……。

 そんな大げさな話じゃないと思うけど、個人で楽しむのを禁止できないでしょ?」


「ヒカリさん、詳しいことはマリア様かモリスさんとお話するわ」

「う、うん。そうしよう」


 なんかコーヒーの感動以上に面倒なことに巻き込まれて無いよね?

 っていうか、コーヒーは今回初めて作ったものなんだからさ?

 それを禁止だとかなんとか言う前に、みんなで楽しんだ方が良いんじゃないの?


 ま、まぁ、みんなでお茶会でもして楽しむさぁ……。

いつもお読みいただきありがとうございます。

暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。


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