6-12.チョコレートを作ろう(1)
さて、カカオの実が集まったから、次だね。
カカオの実から、カカオ豆を作るよ。
クレオさんと一緒に樽を2つ背負って、マリア様の館に到着。
クレオさんはともかく、私も冒険者姿とはいえ、背は成人女性ぐらいあるけど、筋骨隆々って感じには見えなくて、か弱そうな女性が樽を背負っているのは、ちょっと人目をひいていた。
普段だったら、光学迷彩で見えない姿で直接館に荷物を運ぶんだけれど、今回はギルドの後処理とか、契約履行の報酬の支払いとか、ガイドさんが集めていてくれた分の荷物の回収とか、色々と普通な冒険者ギルドでの後始末が必要だった。
たから、多少のことは気にしていられない。何だかんだで、お昼過ぎになっちゃったよ。
まぁ、どんまい。
「みんな、ただいま~。カカオの実とコーヒーの実が集まったよ~」
みんなと言っても、リチャードやマリアさんはジュリアンさんやハピカさんと調整を進める必要があるから不在。妖精の長たちはステラやナーシャさんと一緒に街道を拓く予定の場所の樹木の清掃に言っているはず。
だから、居るとしたらシオンやリサ、あとユッカちゃんが居るかもしれない。そんな感じかな?
クレオさんと一緒に果物が収めてある倉庫まで樽を背負ったままで移動する。
と、そこへ行く途中の中庭でシオンが何やら一生懸命に作業をしている。どうやら、一昨日と昨日のうちに私が運び入れたカカオの実とコーヒーの実の仕込みをしている様子。
ちょっと、声かけてどんな感じか聞いてみようかな?
「シオン、ただいま。
今日も追加でカカオの実とコーヒーの実を採取してきたよ。当分仕込む分は手に入ったと思うから、今日からお母さんも一緒に作業できるよ」
「お母さん、クレオさん、お帰りなさい。お疲れ様です。
マリア様の指示もあり、ここで暮らしているメイドの方達にも仕込み用の道具や、カカオの実から種を取り出すことを手伝って貰っていました。
結構、粘々があって汚れるので、僕は水を出したり、皆さんへピュアをしていました」
「そう。困っていることとかは無い?」
「まず、完熟した赤い実からの採取ですが、ユーフラテスさんと相談したところ、『これならちゃんと芽がでる。苗木を育てよう』ということになりまして、丈夫に育ちそうな種のいくつかを、苗木を育てるために使いました。
つぎに、カカオの実の熟成ですが、お母さんに教わったことを考えて、いくつかの方法で熟成させることにしました。
一つはカカオの実の中身だけを素焼きの壺に入れて、蓋をしてから熟成させる方法。
もう一つは、バナナの実と一緒に混ぜて、同じく素焼きの壺にいれて熟成させる方法。 最後の一つは、バナナの葉で包んで、素焼きの壺を使わない方法です。
この3つの熟成準備を整えてから、
炎天下に並べる方法。
日向の土の中に埋める方法。
家の中で保管する方法。
ルシャナさんが作ってくれた温度を一定に保つ保管庫で、常に一定の温度にしておく方法。
合計で12種類の方法に対して、準備が出来た順番に日付を振って、どんどんと発酵の準備を進めています」
「シオン、凄いね~。科学の実験とかそういうことを前世でしていたの?」
「お母さん、僕は勉強をするのはほとんど独学でして、こういったときに何をしたら良いか、進め方が分かりませんでした。ですので、念話でアリア様と相談して、『条件を振ることを考えて仕込んでみたら?』と、アドバイスを頂きましたので、条件を考えてみました。
お母さんは『サンマール王国の産業とする』と、皆さんに説明をしていましたので、なるべくサンマール王国にある物と地場の人達が作りやすい条件を考えてみました。ですが、お母さんやラナちゃんは直ぐにでも成功を納めたく、そしてルシャナさんの助力もありましたので、恒温槽のような保管庫で発酵を促進する方法も試しています」
「シオン!シオン!シオン!増々凄いよ!
私はどちらかというと、試作で上手く出来れば良くて、大量生産は後からみんなで考えれば良いかなとか、簡単に思っていたよ!
シオンみたいな考え方は今後もっと必要になってくるから、これからもお母さんを助けてね」
「お母さん、僕は手伝って貰っている皆さんにピュアや水を配っているだけです。皆さんのおかげです」
「それにしては、みんなが一生懸命働いているよね。シオンが何か人の心を操る魔法とか、命令とか出してるの?」
「僕にはそのような魔法はありません。ただ、ピュアをすると皆さん大変喜びます。ピュアや水を出すだけでしたら、僕にでも簡単に出来ますから。
ただ、それだけです」
「女性にとって体臭とか、清潔さは大事な要素だからねぇ~」
「そうですね。お母さんは汗をいたときに良い香りがします!」
「え?」
「みなさん、そう思っているはずですよ。気づかれていないのですか?」
「えっ……。リチャードに……、そういわれたことがあるけど……。でも……」
「僕を手伝ってくれる皆さんも、体を良く動かして、水で流したり、ピュアをすることで、体臭が良くなったらしいです。おかあさんには及びませんが」
「シオン、それ、褒めてる?」
「日本人は、元から湿度の高い環境で過ごして、汗との付き合い方が上手かったのかもしれません。ですが、ここでは汗や体臭に対して、他の香料で相殺する付き合い方をしているので、体そのものから発する臭いにたいしての付き合い方が上手くないのかもしれません。温泉とかサウナに関しての文化も発達していない様ですし。
あと、おかあさんは発酵食品を食事に取り入れるのが上手いので、そいった体内からの微生物の効果によって、体臭が変わっている可能性もあります」
「だとすると、シオンは、女性にとって、とても頼りになる存在じゃない?ハーレムも夢じゃないね!」
「おかあさん、僕にはそのようなことはしません。複数の女性を囲うお金もありませんし」
「あ、まぁ、それはシオンが大きくなってから考えればいいよ。
私は日本の一夫一婦制の社会で育ったから、お金持ちの人が複数の奥さんを所有する考え方に馴染みがないんだよ」
「ですから、思想や考え方だけでなく、お金がありません」
「このまま無事に成長して、私の遺産を相続すれば困らないと思うよ?」
「お母さんがお金も職も無いのは皆が知っていることです。大丈夫です。僕は自分の力で自分の家族を養える範囲でがんばろうと思います」
「あ……。え……」
「おかあさん、お母さんとクレオさんが背負っている樽の分の仕込みを指示出しますね」
気遣いの達人のシオンに荷物を下ろすように言われて、慌てて荷物を引き渡す。
ついつい、立ったまま込み入った話になっちゃってたね。
しかし、会話がかみ合わない。
だって、シオンは長男なんだから、無事に成長すれば国王になる訳だし。だから、私の遺産とかいらないってこと?私だって、結構いろいろな利権とかコネとか持っているはずなんだけどな……。
あれ?それとも王位を継ぐつもりが無いって、暗に意味してる?
ま、まぁいいや。
シオンの将来については、これからいろいろ考える機会もあるし。
チョコレートでも作りながら考えよう!
ーーー
樽と中身の処理とかはクレオさんとシオンに任せて、マリア様の館で私室として使わせてもらっている部屋に一人で戻ってきて、チョコレートの作り方の作戦をナビと一緒に立てることにしたよ。一人でなら、考えてメモしてても不審に思われないからね。
<<ナビ、チョコレートの作り方の続きを教えて!>>
<<ヒカリ、お待ちしておりました。どこから始めましょうか?>>
<<概略から教えて!>>
<<練る。混ぜる。型に入れる。すると、苦い、ザラザラ。疲れた。二度とやらない>>
<<え?>>
<<「カカオ豆からチョコレートを作成しよう!」そのようなキットが通販で購入できるそうです。そういった物を自由研究のような感覚で試した方達のレポートになります>>
<<ここでそういうこと言っても、誰の迷惑にもならないよね?>>
<<ヒカリが日本に戻って来られることは無い前提です。自由研究のレポートをされているのはヒカリではありません>>
<<そ、そうだよね。それで、具体的には?>>
<<正直、カカオ豆の効能は昔から知られていたようですが、甘味の材料などへと展開されるようになったのは19世紀頃のことの様です。
その後も各種技法がチョコレート製造技術の秘伝として伝わっていったようですが、未だに解明されていないことが多いようです>>
<<え?端折り過ぎて無い?>>
<<簡単に言いますと、仮に粒も成分も揃ったカカオ豆が毎回生産できたとしても、そこから滑らかで舌触りが良く、甘みを感じられるチョコレートに仕上げるためには途轍もなく、管理すべきパラメータが多いのです>>
<<シオンが今、一生懸命カカオ豆の発酵は進めてくれるから、そこの最初の出発点の条件は何とかなりそうだよね>>
<<そうですね。実際には、カカオの実に含まれてる油脂成分量が重要でして、チョコレートメーカーは現地で農場を抱えている様です。そこはチョコレートメーカーとしての品質管理としても重要なのでしょう。
次に話を進めても良いでしょうか?>>
<<あ、うん。メモ取りながらするから、ゆっくりお願いね>>
<<ざっくり言いますと、
1.発酵後、乾燥させたカカオ豆の皮を剥いて薄皮や胚の部分を取り除きます。お米で言うとことの精米に近いでしょうか。
2.コーヒー豆の様にロースト後、細かく砕いてペースト状にします。
3.砂糖やミルク、ココアバターを添加します。ココアバターとはカカオの実からでる油脂成分のことになります。
4.さらにキメ細かくなるように練り上げます。リファイニング等と書かれています
5.結晶粒を整えます。テンパリングというようです。
これが概略の工程になります。もう少し詳細についてお話しても大丈夫ですか?>>
<<ちょっと待って。一回待って>>
<<はい>>
<<単に、材料混ぜて練るだけじゃないの?3番を型に入れて終われないの?>>
<<それが、最初に申しました、『苦い、ザラザラ。疲れた。二度とやらない』です>>
<<い、一応聞くけどさ。自由研究とかだからって、小学生くらいの自由研究レポートだったりしないよね?>>
<<料理レシピを投稿するサイトで、それなりの道具を用いた人が書いたレポートですので、ヒカリ以上には料理についての基礎知識を蓄えられている人と考えてください>>
<<道具は?>>
<<現代日本の調理器具、家電を試しておられましたね。調理用ミルとかブレンダーとか。ただし、粘性が高くなると家庭用の家電ではモーターが発熱するそうです>>
<<ええ?>>
<<油脂成分が出始めると、粘り気が出てくるようです。しかし、全体を均質になるまで粒径を整えるためには、その後数時間を要する様ですが、その途中でモーターが発熱して作業を継続できなくなるようです>>
<<ま、待って。粒径を整える?ミルを数時間連続稼働……?>>
<<そこまでしても、『苦い、ザラザラ。疲れた。二度とやらない』です>>
<<一応聞くけど、粒径を整えるという話は、その料理レポートに書かれていたの?>>
<<いいえ。専門書あるいは、その専門書の要約からの照合した情報になります>>
<<今さらだけど、ナビ、あなたは凄くない?>>
<<最近、ヒカリの世界では大学生並みのAIが登場した様ですよ>>
<<え?でも……>>
<<はい。チョコレートの製造方法を提供することであれば、そちらのAIにも説明できるでしょう。
ですが、ヒカリが私に何を求めるかを考えるのがヒカリの役割でもあり、私の役割でもあるのです。ヒカリが何を求めているかを普段の行動から推察して、最もふさわしい情報になるように展開した上で提供させて頂いております>>
<<そうだよね。
「簡単なチョコレートの作り方を教えて!」とか
「工業が15世紀以前の発達度合いでカカオ豆からチョコレートを作って」
とか言ったら、最初にナビが示してくれた『苦い、ザラザラ。疲れた。二度とやらない』になっちゃうよね。
ナビは優秀だよ!
私が大変なことを選びたいのか?失敗して諦めたいのか。それを最初に提示してくれるなんて、普通は無いよ!>>
<<私はヒカリにパーソナライズされていますので。違う方へパーソナライズされていたら、違う提案をしたことでしょう>>
<<例えば?>>
<<「この地にチョコレートの木は存在しません。故に、チョコレートを実現するのは困難です。代替品での甘味を探求しましょう」とかです>>
<<そうだよね……。無理してチョコレートを作らなくても良いよね……>>
<<本当に宜しいのでしょうか?>>
あ、ナビに挑戦されている?
いや、でもだよ?
これ、手を付けたら莫大な費用と時間が掛かるんじゃないの?
大雑把に道を拓くとか、農場を作るとかならなんとなく進行具合が目に見えるから待たせている人にも状況が分かりやすいけど、「舌触りが悪い」とか、そんな官能データを元に逆に分析してレシピを考案するとか、どんだけ手探りなのよ?
さて、どうしよっかな……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
暫くは、毎週金曜日22時更新の予定です。
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