5-16.王都でのお茶会(1)
「ヒカリ、無事か!」
うん?
なんか、声がする。
ユッカちゃんじゃない。
シオンでもリサでもない。
あ……。リチャード?
「あ、リチャード、おはよう。寝坊した。ごめんね」
「ヒカリ、無事なんだな?」
「ああ?あ……。寝てた。ごめん」
いや~、だってさ?
朝から幌付の馬車に入れられてさ?
これじゃぁ、熱中症になる危険があるってことで、熱交換と風の循環を上手く作用するようにエーテルさんに頼んで、涼しい風が常に換気してる状態にした。
その状態で目隠しも猿轡もされて、縄で縛られて身動きも取れないんだから、横たわって居たら寝ちゃってた。
ちょっと、お昼ごはんが食べれてないからお腹が空いたかな?
「ヒカリから念話が無くなっていたから、危ないと思ったんだぞ?」
「うん。寝ちゃってたね。つまんないんだもん。私もフライドポテト一緒に作りたかったな……」
「フライドポテトは後でいくらでも作って食べてくれ。
家探しをしていた指揮官はクワトロに拘束させた。
クレオさんの居場所を聞き出して救出に向かって貰う。
我々二人は先に王都へ馬で向かう。
それで良いな?」
「うん。途中まで起きていたけど、リサやシオンは大丈夫?」
「ああ、シズクさんとユッカちゃんが上手くやってくれている。連れて行くのか?」
「『私たちじゃ、上級迷宮なんか行けそうにない』って、印象付けるにはあの子達が居ると良い。
だけど、ここまで強硬手段に出てこられると、王宮でも何が有るか分からないから、シズクさんやユッカちゃん達に面倒を見て貰っていた方が安心だね」
「そうだな。この家探しも『部下が勝手に動いた』ことにする気だろう。その前提がある以上は、いくらでも無茶をして、『狂信者が勝手に行動した。申し訳ない』で、王宮内で事件があったとしても外交上の問題にならないように済ませてくる可能性があるな」
「その辺りは相手の出方を見つつ、『王姉殿下の指示があった』ことを皆の前で明確に示した上で、話を進めて行きたいかな」
「ああ。此処まではヒカリの予想通りだ。上手くいくと良いな」
「うん。まぁ、そうだね。相手がこんな強引な手段に出るとは思わなかったけれど、上手くいくと良いね」
ーーー
「ただいま、戻りました」
と、サンマール王国の王都に戻ったリチャード殿下が妃であるヒカリを連れて発言する。
歓談の席では、丁度お茶の入れ替え中であるためか、それともリチャード殿下の次の発言を待つためか、シンっと静まり返っていた。
「少々お尋ねしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
リチャード殿下は、扉を開けて立ったまま、次の発言を続けようとするが、朝から続く接待の場は静まり返ったままであった。
本来であれば、「ご足労掛けて申し訳ない。どうぞお掛けください」だとか、「御妃様、この度は不手際により招待できずに申し訳ありませんでした。お席を用意してございます」などの発言が続くはずである。それらが無くとも、「どうされましたか?」ぐらいは有ってもいいが、それも無かった。
「我々は歓迎されているのでしょうか?」
と、リチャード殿下が真面目に、そして、声を張ってその場で問いかけた。
全員が黙ったまま、そちらを向くが、やはり発言は続かなかった。
「ああ、リチャード殿下、丁度お茶の入れ替えのタイミングであり、話題が途切れていました。ご足労戴いたお礼もせずに申し訳ございません。
直ぐに御妃様の席を用意させますので、先ずはお座り戴けますか」
と、王姉殿下。
だが、その発言を無視するように、リチャード殿下は続ける。
「その前に確認させて戴きたいことがございます。
先ほど妻を迎えに行ったところ、世話になっている商人のマリアの館がサンマール王国の騎士団により制圧されていました。妻も拘束され朝から馬車に押し込められていたそうです」
「そ、それは、いったいどういう事でしょうか?」
「私もそれを伺いたい。このまま席に着くべきか、そうで無いかを知りたいのです」
「直ぐに衛兵を向かわせましょう。人数などはお判りでしょうか?」
「1個中隊の約100名。他にメイド長のクレオさんも召喚されたとのことです」
「そ、それで、その、皆様はご無事でしょうか?」
「はい。どうやら強盗することが目的では無くて、身体強化の秘薬を探している様でした」
と、ここで安否を気遣う態度を示していた王姉殿下が黙る。そして、家臣達は動揺を見せないようにして、視線を王姉殿下に向けて発言を待つ。
「おや?どうかされましたか?話を続けさせて戴きます。
指揮を執っていた中隊長は屋敷の中を丁寧に案内させ、交易の荷物や旅の荷物を片っ端から開けたり、ひっくり返していました。彼らが捜していた秘薬は見つかっていません。そして残念なことに、こちらへの友好の証として差し上げる予定であったガラスの器の多くが、雑に扱われたため破損してしまいました。
私は王姉殿下に署名戴いた通行証を彼らに見せると、私の言葉に素直に従ってくれました。武装を解除させた上で、全員拘束させて戴きました。
妻が拘束されていたこと、クレオさんが何処かへ連れ去られていること以外は、人的な被害は双方生じておりません。クレオさんは尋問官の所にいるらしいとのことで、無事であればこちらへ事情説明をしに来るでしょう」
「リチャード、皆様に失礼では無いかしら?
拘束した中隊長さんも、誰かの指示に従っただけなのかもしれません。
そして、ここに居並ぶ皆様と無関係なテロ行為だとしたら、リチャードのしていることはサンマール王国へ汚名を着せることになりますわ」
と、ヒカリが冷静にだが小声では無く、同席する皆にも聞こえる声量で発言する。告発をしているリチャードに向けて、尚且つ皆にも配慮している素振りを見せるために……。
「ああ……。
皆様、無礼を許して欲しい。妻の言う通りです。
妻と子供たちの身に危険が及んだかと思うと、冷静ではいられませんでした。どうか、主犯の逮捕に向けてご協力頂きたい」
「ああ、ええ、はい。
皆さん、先ずは、お二人の席とお茶の用意を。
ヒカリ様は何か不調はございませんか?無ければ、不安もあるかもしれませんが、先ずは我々を信用して席に着いて戴けませんか?」
と、王姉殿下は余りの状況に驚いた様子で、この場の立て直しを図る。
リチャードの告発は会食前の閣議での話題、昼食後不在になったときの話題の流れから、真実を突いているのだが、それをヒカリ王太子妃の意向を無視して話を進める程、双方愚かでは無い。
もし、このままリチャード殿下の勘違いで済めば、戦争に突入することが避けられるためである。
リチャードとヒカリは王姉殿下に促されるまま、頭を軽く下げて用意された席に着く。
だが、リチャードはこの状況に納得がいったわけではない。
「それで、王姉殿下に尋ねるのも申し訳ないのですが、エスティア王国から来た我々が『秘薬の所持者』として、標的にされていることについて、何か心当たりはありますか?」
「そうなのです。丁度我々も秘薬の話題をしていたところなのです。
リチャード殿下には、先日相談にのって戴きましたとおり、上級迷宮で魔物が溢れたため、その対策の為にも先遣隊が服用したような身体強化が可能な秘薬の入手について伺っておりました。
そこで、『クレオさんが良く知っているはずなので、面談を申し入れるのも良いですね』と、話をしていたところでした。
ですが、その情報を入手した強盗集団がそちらへ先駆けて押し入る形になってしまった様子。我々の治める王国の治安が悪く、大変申し訳ございません」
と、王姉殿下はこの場に居ない強盗集団が押し入った様子であるかのように議論を誘導し始めた。証拠が無いのを良いことに、強引な犯人像のすり替えである。
「ですが、先遣隊の報告が有ってから、僅か二日ほどしか経っておりません。また、あの日のことは、私はマリアの館の住人には話をしていません。当然、家族へも話をしていません。
王姉殿下は何処から強盗集団へ情報が漏れたとお考えでしょうか?」
「さぁ……。私も昨日閣議にて報告戴いたばかりです。
閣議の内容は機密であるため、口外することは出来ませんが、凡そ先遣隊の報告を元にした内容でした。
確かに、魔物が溢れた原因はともかく、サンマール王国としては、報告の中にあった身体強化の秘薬について、迷宮を踏破したり、溢れた魔物を封じ込めできれば、非常に重宝すると考えもしました。
まさか、閣議に参加した臣下たちにどこかの密偵が潜入しているということかしら?
あるいは、先遣隊の報告会が有った商人の館に住む執事達。
更には先遣隊が冒険者ギルドの内輪話として身体強化の秘薬の存在を漏らしてしまった可能性がありますね」
と、王姉殿下は、容疑者となる候補が無数に広がっているかの様相を示すことで、犯人捜索が難航することを共有し、王国として支援したくても直ぐに回答がでないことを示唆した。
「つまり、王姉殿下のお考えでは、先遣隊の報告会が開かれた以降に身体強化の秘薬が存在する情報がサンマール王国内に広まったと疑われている訳ですね?
そうだとすると、先遣隊の報告会の様子とは異なる推測をされた人物がいるということになりますね」
「リチャード殿下、何か気になる点がありますか?」
「私は商人のハピカ殿の屋敷にて、先遣隊の報告をその場で同席させて戴いていたのです。
そのとき、報告者として名を連ねた者達は『後日、真偽の鏡で確認されることを前提に発言して欲しい』と、念を押されたため、皆で誓いを立てた中で報告書を作成しました。
秘薬の在処について、エスティア王国の者達を疑ったり、クレオさんの発言を疑うということは、先遣隊の報告の場に同席しなかったため、報告書の内容に合意してない人物の可能性が高いです。
また、クレオさんは尋問官のところに囚われています。王姉殿下からの許可証を見せた上で、中隊長に確認をしたため、彼が嘘を付いているとは考えにくいでしょう。
つまり、その指示を出した人物は中隊長への指示が出せるだけでなく、【真偽の鏡】という特殊な魔道具の使用許可を出せる人物。そうなると、その指示を出した人物は僅かな人数に絞られると思います」
「なるほど……。真偽の鏡の使用許可権は、ここに居合わせる大臣達と国王が持っていますね」
「つまり、クレオさんを真偽の鏡を使って、尋問にかけることが出来る人物は非常に限られているということですね」
「その中隊長の発言が真実であれば、クレオさんが尋問官から無事に救出されることを祈るばかりです。
そして、私としては身内を疑いたくは無いけれど、その指示を出した人物が明確になった際には厳罰に処すべきと考えます。
ただ、私として申し上げておきたいことは、狡猾な人物がそのような指示を出している場合、先遣隊の報告会に同席していた人物が敢えて、疑惑の目から背ける様に画策している可能性もあります。
つまり、安易に先遣隊の報告会に同席してメンバーを容疑者か除かず、犯人の候補に残しておく必要があるかと思いますわ」
「王姉殿下の仰る通りかもしれません。
ただ、先遣隊の報告会の場では『真偽の鏡の前では嘘は付けない』と、念を押されていた為、もし今回の様に事件が発覚してしまった場合、真偽の鏡の前で告白を迫られたら、その人物の嘘は明るみになると考えられます。
先遣隊の報告会に居合わせたなら、『知らなかった』という言い訳が通用しませんから」
「しかし、リチャード殿下。私からも尋ねたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
「王姉殿下、何でしょうか?」
「もし、身体強化の秘薬が実在していて、それがエスティア王国から持ち込まれたと確信している者が居て、国防のためにその様な秘薬の取り締まりに動いたとしたら、私としてはその者の忠義に鑑みて、厳罰に処することは再検討する必要があるかもしれない……」
「それは、帝国を構成する兄弟国として、エスティア王国がサンマール王国の制圧に来たと言いたい訳でしょうか?」
「いや、そうは申しておりません。
その様な勘違いをした者が居た場合には、その者が自主的に反省の弁を述べたとするならば、私としては情緒酌量の余地があるのでは無いかと、申し上げているだけです」
「主犯を庇って、その様な自首を宣言する人物がいるかもしれませんね。
もし、自首される方が居た場合には、その方が真実を述べているか、サンマール王国の真偽の鏡の前で宣言して戴くことは可能でしょうか?」
「わ、私としては……。許可できる……。
ですが、あの魔道具は魔石を大量に消費するのです。
もし、ここに居並ぶ大臣達がお互いをかばい合って、多くの者が同時に自首の宣言をした場合には、全員を真偽の鏡で確認するのは、少々費用が掛かり……」
「必要な魔石の大きさと個数は如何ほどでしょうか?
北の大陸にも魔物はいますので、ある程度は魔石を産出しています。まして、エスティア王国は辺境に位置しますので、魔物狩りが帝都よりは盛んであるので、ある程度融通が利き、帝都よりも安価に入手が出来るのです。
今回、南の大陸の通貨を余り所持していなかったため、換金性が高く、嵩張らないため、通貨の代わりに多めに魔石を所持しているのです。
こんなところで、実利用するとシーンに遭遇するとは考えても見ませんでしたが、是非協力させてください」
「そ、そうでしたか。それは助かります……。
それでは、先遣隊の報告会のメンバー全員を呼び、順番に……」
「いえいえ。それでは効率が悪いです。先ずは先遣隊の報告会に参加しなかった大臣、国王から試して頂くべきかと」
「国王は、本日別件で不在です。日を改めて準備をさせて戴いても良いのでは?」
「昨日開かれた閣議に参加されて、先遣隊の報告会に参加されなかった方達全員を先に調べて戴けますでしょうか。
もし、主犯が見つからなければ、国王陛下の前に先遣隊の報告会に参加された方達をご確認戴いて結構です」
「わかりました。準備を始めさせましょう……」
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