5-14.招聘と家探し(3)
「ラナちゃん、何かたべよう?」
荷物を抱えたシズクとユッカがマリア様の館に戻ってきた。
館に戻って来てお茶なり、昼食なりしようとしても、門から中へ入ることは出来ないし、調理場も使えなければ、食堂も使えない訳だが。
「ユッカ、何が食べられるのかしら?」
「ヒカリお姉ちゃんが作るよ」
「ヒカリは無理よ。その馬車に閉じ込められているわ」
と、平然と答えるラナちゃん。シオンとリサはラナちゃんに手を繋いでもらって、悲しそうにユッカとラナちゃんの会話を見守る。
「あの……。シズクさんは、何が作れますか?」
「ユッカ様、ラナちゃん、私は料理はあまり得意ではございません。
食事とは栄養補給を前提に摂取するものでして、生肉でも干し肉でも食べられます」
「ラナちゃん、クレオさんにお願いしよう!」
「ユッカ、クレオは連れて行かれたわ。帰って来てないの」
ユッカにしては珍しく、眉間にしわを寄せて不機嫌になる。
「ラナちゃん、私もシズクさんと同じ様に、お肉があれば焼いたり、料理したりできる。だけど、ゴードンさんやヒカリお姉ちゃんみたいに、味付けをすることは出来ないの」
「ユッカ、『皆で市場に食べに行こう』はダメよ。ヒカリみたいに縛られて馬車に閉じ込められるわ」
「……」
ラナちゃんのコメントを聞いて、ユッカの眉間の皺が増々深くなり、腕組みまでする始末。このような少女が腕組みをして困った様子を見せるのは可愛らしいのだが、本人としては相当悩んでいる証なのだろう。
「誰が悪いの?」
「ヒカリのせいらしいわ」
「ヒカリお姉ちゃんが悪いの?」
「本人はそう言っているけれど、きっとそう思って無いわ。
だって、ヒカリが大人しく捕まっているなんて、何かあるに決まっているでしょう?あの子が動くときは、結果が出るときだけ。場合によっては、動くことすらせずに結果を出すことで、自分の存在を隠しているわね」
「じゃぁ、フライドポテトを作ろう!私でも作れるよ!」
「ユッカ、館には入れないけれど大丈夫かしら?」
「簡単なの。ジャガイモはエイサンさんの所でいっぱい貰ったの。油は今日買ってあるよ。ここで作ろう?」
ユッカがタコ丸を作りたいと言い出さなかったのは、道具が無いのか、タコが無いからなのかは分からない。だが、昔領地の誕生パーティーでヒカリがユッカ達へフライドポテトを作ってあげたのをユッカが覚えていたのだろう。
塩やスパイスもふんだんに使えるこの地であれば、北の大陸とは一風違ったフライドポテトも期待できるのだが、この辺りはゴードンやヒカリが関われない為、ユッカのセンス次第になるのだろう……。
と、ユッカは自分のカバンから調理器具を一式取り出し、油をコンロの上に置いた鍋で温めつつ、隣でスティック状に切ったジャガイモを軽く茹でつつ、水分を飛ばして待機。 ジャバーっと、油で揚げつつ、次のフライドポテトの仕込みを始める。
背中に背負った小さなカバンのどこからとりだしたか分からない量の機材と食材の量である。吟遊詩人の話の出てくるような不思議なカバンは存在が知られていない為、周りで見張りをしている騎士団員達からすると、きっと買い物に付き添っていたシズクという女性が荷物を肩代わりしていたと思っていただろう。
あれよあれよという間に、大皿に何枚分ものフライドポテトが出来上がる。味付けは塩とスパイスだけの様だが……。
「ユッカ、これがフライドポテトかしら?」
「うん。ラナちゃんは初めて?」
「そうね。記憶にないわ」
「私も一回だけしか食べたことが無いよ。ヒカリお姉ちゃんは同じものをいつでも作れるのに、色々な物を考えて出してくれるね」
「そうよ。だから、ヒカリを一人にしておけないの」
「お姉ちゃんは、ラナちゃんのことも、皆のことも大事にしてるよ」
「ユッカ、分かっているわ。
ヒカリが馬車に閉じ込められているのに大丈夫だと自分で言うなら、私は何もできないじゃない。フライドポテトを食べましょう」
「うん!」
ユッカは大皿を持って、館で働いていて、門の外で待機しているメイト達の皆に配り歩く。ユッカに続くシオンやリサは、館のメイドさん達と仲が良いため、お互いに気兼ねなく提供されたものを喜んで食べていた。
家探しをされているという緊張感や悲壮感は吹き飛び、皆でワイワイと非常に楽しそうに振る舞っている。美味しい物でお腹が膨れれば、最初は気を遣っての作り笑いが、本心からの笑顔へと変わる。ユッカ達のお陰でとても良い雰囲気になってきた。
一方で、見張りをしている騎士団員達は、気になって仕方が無いのだが、役目上勝手に家探しをしている家の者から食事や物品の提供を受ける訳には行かない。
昼も近く、朝から駆けつけて見張りをしている騎士団員達にとっては、非常に酷な状況であるが、かといって、かれこれ3時間以上掛かっても何も報告が得られないことから察するに、館の中の家探しも上手く行っていないのだろう。
見張りが成果を出せずに処罰されることは無いだろうが、家探しをして何も出ないとなると、騎士団員の面子にも関わるし、王姉殿下からの厳しい叱責を直撃することにもなる。
何であれ、今日、家探しのメンバーに選ばれてしまったことが不幸な訳であるが、じっと耐えている騎士団員達は、必ず成果がでると信じて待っているのだろう……。
マリアが借りて住んでいる館では、馬車に閉じ込められているヒカリを除いて、家探しは進行中だが大きな争いも生じておらず粛々と進行している。かといって、騎士団員達の捜索目的である秘薬に関する痕跡は一向に見つからないまま、数時間が経過しようよしていた……。
ーーー
その頃、昼食を済ませた王宮では……。
「突然の招聘により、このような御馳走を振る舞って戴き、大変感動しました。
我々の領地では、工芸品の創造にも取り組んでおりまして、もしよろしければこちらの器を交流の証に受け取って戴けますでしょうか」
と、リチャード殿下が王姉殿下に向けて、カバンの中からガラス製の四角い器に色や切子で造形された物を差し出す。
北の大陸では直接的に帝都に住んでいた頃の上皇様へ手土産として手渡されていたり、エスティア王国で催されたリチャードとヒカリの結婚の儀で出席者へのお土産に手渡されていたりしている。話としては王姉殿下も聞いていたかもしれないが、実物をマジマジと見る機会は少なかったことだろう。
「こ、これは、ひょっとして、噂のガラスの器でしょうか……?」
「ええ、流石は王姉殿下、ご存じでしたか。まだ一般には流通させておらず、特別な交流の機会が有った方達へプレゼントしているだけでですので、まだまだ手に入れることが困難な品物であると思います」
「そ、それは貴重な物を……。これは国王へ献上させて戴きましょう……」
「ああ、王姉殿下へ差し上げる分もございます。少々お待ちを……」
と、十分に用意があるのか、リチャードは自分のカバンを漁り始める。
が、大して大きくないカバンを探るのだが、中々目当ての物が出てこない。
少々、焦りと戸惑いの表情を見せながら、申し訳なさそうにリチャード殿下が発言をする。
「あの……。慌てていた為か、他の旅の荷物に包まれたままの様子です。使いの者を遣って、妻に持って来させても宜しいでしょうか?」
と、ここで王姉殿下はギョッとした反応を見せる。
残念とか、喜びでは無く、驚いた表情。
余りの喜びに驚いていると思われなくも無いが……。
「そ、その……。それは大変ありがたい申し出です。
ですが、そちらの品物は後日改めてでも構わないです。今日は折角招待させて戴いておりますので、お土産のことなど気になさらずに、ごゆるりとお楽しみいただきたい」
朝から、実質的には召喚をし、家人の尋問を行い、挙句の果てには家探し迄強行している。それを悟られない様に、歓談の場を繋ぎ、昼食をセッティングして、朗報が届くのを待っていたが、昼食が返って逆効果だったか……。
一方、リチャード側は各所から念話が届いているので、居ても立っても居られない。普段はヒカリに対して素っ気無い態度を取っているが、とても大事にしている妻が馬車に縛られて放置されていると知って、自分達だけのんびりと昼食を食べている場合ではない。
妻から言われた作戦を全うする必要はあるが、かといって、その作戦を逸脱しない範囲で妻を救出に向かおうとするリチャードも何ら咎められるものではない。
「いやいや、王姉殿下とお会いできる機会は少ない思います。
そして、こちらの器は貴重なだけでなく、壊れやすくもあるので、品物が無事なことをその場で確認してから、手渡しで差し上げているのです。
ご理解戴けますでしょうか?」
家探しが失敗に終わっていることは、この経過時間からみても明らか。
リチャードはこの茶番を早く終わらせたいので、王姉殿下へ、家探しの打ち切りをするように仕向ける。ただし、妻の作戦を壊すことなく、気が付いていない振りをしながら、状況の打破をするために楔を入れている訳だが……。
「そ、そうでしたか……。
ですが、残念ながら国王に付き従って、先触れの使いの者が出かけてしまっている様子。マリア殿の館へ人を遣るには、少々お時間を戴きたく……。
その者の用事が済むまでの間、お茶でもご一緒にいかがでしょうか?」
王姉殿下としては、未だに何ら報告が無いことから、家探しが難航していることも推測できる。そしてクレオの尋問に際しては、真偽の鏡を貸し出していながら結果報告が無い。自らが直接尋問をすれば、もっと早く結果がでると信じているのだが、兄弟国の王子殿下がいるのを承知で強行することは、外交上問題になることは、大臣達からの諫めによって理解していた。
とにかく、今は結果が出るまでは時間を稼ぎ続けるしかない。
「でしたら、マリアに代わりに向かって貰いましょう」
「いや、私はエスティア王国の特産物や交易に関しても興味があります。色々な話を伺う良い機会と考えています。是非ともこのまま同席願いたい」
「なるほど。でしたら、私が直接行きましょう。
申し訳ないですが、王姉殿下から『自由に出入りして良い』と、一筆戴けますでしょうか。馬を一頭お借りできれば、直ぐに行って戻って来ますので。
その間、マリアやステラ様とご歓談ください」
普通、呼ばれた客が一旦下がって、戻って来ることはあり得ない。
有り得ないが、貴重なお土産を直接渡したいという、リチャードの申し出は、非常に貴重で価値が有る物であるのであれば、その無作法な内容であっても、手渡ししたいという気持ちに説得力をあったのか、同席する大臣達からは反対する声が挙がらなかった。
「そ、そうですか……。
ですが……、
であれば、同席している大臣達に向かわせましょう。
お客様に向かわせるわけには参りません」
王姉殿下もしどろもどろ。
だが、リチャードも粘る。
「先ほども申しました通り、壊れやすい物です。
私や妻が運搬中に破損しても、我々の責任で済みますが、万が一のことが有りました場合には、責任をとって戴く方法もなく、当人が良心の呵責により苛なまれることとなります。
ですから、私が取りに行きましょう」
と、席を立ち、旅人用の簡易な服装であったため、そのまま入ってきた門扉に向かおうとする。「王姉殿下の通行許可証」とは何だったのか。
「あ、ああ、であれば、私は許可する。
私は反対の意を示していない。
許可証を直ぐに書きましょう」
もう、開き直りである。「何か意図して足止めをした訳ではない」と、言い訳を始めている様なものである。
あとは、リチャード殿下がマリアの館に到着するよりも早く、家探しの部隊を撤収させることができるか、そこの指示が伝わるかの勝負になる。
だが、そこはリチャードが馬を使わずに、身体強化で駆け抜ければ馬には負けないことになるのだが……。
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