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5-13.招聘と家探し(2)

「ヒカリ、これは何が起こっているのかしら?」

「ラナちゃん、私のせいかもしれませんが、迂闊に動くと余計面倒なことになります」


「ヒカリが関わって面倒なことになるなら、市場へ行きましょう。何か美味しい物があるかもしれないわ」


「そ、そうですね……。

 この家人達が強制調査の対象であれば、私たちは自由にしてても構わないかもしれませんね。確認してきます」


 子供を両脇に抱えている、ヒカリと呼ばれたお母さんは、7歳くらいの少女に話しかけられて、「観光客なら自由な行動をとれるか」、見張りの騎士団員の一人に話しかける。


「あの……。私たちは、たまたまここに滞在していたのですが、私たちは市場へ観光に行っても構いませんか?」


「ならぬ!

 証拠隠滅のために外部へ物を持ち出す恐れがある。そのまま立っていろ」


 非常に高圧的な態度である。

 ここで、もしこの騎士団員が身分証の提示を求めて、それが他国の王太子妃殿下であることが確認できたならば、すぐさま中隊長のご意見を伺うことをしたのだろう。

 だが、出発前に中隊長より、「王姉殿下の勅命である、命を懸けて任務を遂行しろ」と、命令されているので余計な感情を挟むことは出来ない。何せ、一時帰国中とはいえ、国王よりも王姉殿下を怒らせるほうが自身の危険にかかわることであると、王室の騎士団員達の誰もが知っているのだから。

 それこそ国際法などより、自分の命が一番大事に決まっている。家探し中の屋敷の住人が誰であろうと、知ったことではない。


「ラナちゃん。待ってないとダメ見たいです……」

「ヒカリ、いつ終わるのかしら?光学迷彩で隠れて移動してはどうかしら?

 それにユッカやシズクが市場へ買い物に出かけているのに、私たちが出かけられないのは不公平よ。

 ヒカリは不公平が嫌いじゃなかったかしら?」


「ちょ、ちょっと、聞いてみますね……」


 再度ヒカリが騎士団員に話しかける。


「すみません。身体検査を先にして戴いて、私たちだけでも観光に行くことはできませんか?」

「先ほど話した通りだ!

 おい!この家族は逃亡の危険がある!縛ってそこの馬車へ放り込んでおけ!」


 縄で手首をギチギチに縛り、それを腰に回した縄と更に結ぶ事で手の自由は無い。挙句、布で猿轡までされてしまう……。

 僅か2歳ぐらいの双子が居る前でその母親を拘束してしまうとは横暴極まりない。

 母親が幌が付いた荷馬車に荷物の様に運び上げられると、子供達二人と先ほどから話をしていたラナという少女が取り残された。

 普通であれば緊張感と母親が居なくなる怖さから泣き叫ぶところが、何故かじっと怒りの感情を抑えて黙って様子を見ているだけであった。

 あたかも、見えない声で<<私は大丈夫だから、我慢してて>>と、伝えてあるかの様である。


「いいか!特別な取り調べ対象に成りたくなければ、黙って我々に協力しろ!目的の物が発見出来れば、お前達には危害を加える必要は無いからだ」


 メイド達は、見せしめの為に客人が拘束されて馬車に押し込まれてしまうのを見ては、何も言いようが無くなる。皆、自分が一番大事なのだから余計なことをせずに、何も見ていない振りをして大人しく従うしか無かった。


 クワトロが執事長代理を務めて、中隊長と共に屋敷内を案内して周っているが、客室数も多く、商人の館だけあって倉庫や荷物も多かった。中隊長が個別に班を分けて、家探しを分担させているが、到底午前中で家探しが終わるようには見えなかった。

 まして、秘薬が見つかるまでは家探しを続ける必要があるのだから、庭の隅々の地面まで掘り返すことになるかもしれない。あるいは、壁を取り壊して壁の中を調べることになるかもしれない。

 そのようなことをしても、事前に秘薬の形状として教え込まれている「小型のガラスの瓶に入った赤黒い液体」など見つかる訳が無いのだが……。


ーーー


 一方その頃、王宮では優雅なお茶会が催されていた。

 国王、王姉、そして大臣達が第一級礼装とは言わないまでも、貴族としての正装で列席していた。

 場所は王宮内の壁に囲まれた一室で、20人くらいが掛けられるテーブルの上座に国王陛下が座り、国王から見て右側に王姉や大臣達が。右側には今朝から半強制的に招聘されたエスティア王国から来た4人が座っていた。4人は動きやすい商人風の恰好であったり、冒険者風の身軽な姿をしていた。 外交目的に王太子が他国を訪問する予定が有ったならば、もう少し礼服に準じた装いで整えることも可能であっただろうが、余りにも招聘が忙しかったため着替えをするに十分な時間を取れなかったためであろうか。


 「ようこそ、サンマール王国へ。


 ストレイア帝国を構成する兄弟国として、エスティア王国の王太子であるリチャード殿下の訪問を心から歓迎する。


 また、サンマール王国所有の観光迷宮において、魔物が溢れた事件に際し、エルフ族の方達のお力添えにより、無事溢れた魔物を封印出来たことも感謝したい。


 そして、そのような人脈をもち、サンマール王国との交易を目指すマリア殿に感謝したい。


 突然の招聘で慌ただしくもありましたが、先ずは食事に招待させて戴きました。是非サンマール王国を心行くまで楽しんでいただきたい」


 テーブルに置かれているらしき台本に目を落としつつ、招待客の顔を見つつ、全ての台詞の朗読を終えた国王は、汗を拭いながら、大きくため息をついて、どっしりと自分の席に座る。


 本来、国王が来賓として招聘したのであれば、挨拶は前座であり、外交戦略など国の指針を語り合ったり、異国の様子を伺うなどして、話を盛り上げつつ歓待するべきであろう。だが、本人を含めて周囲の誰もが才能の限界であるとみれば、そこを責めても仕方ないであろう……。


 挨拶を終えて、呼吸を整えている国王へ向けて、王姉が視線を飛ばす。チラチラと見てても反応が無いため、気が付くまでジッと見つめているので、会場は異様な雰囲気に包まれる。


 が、誰も何事も発しない。

 そして、漸く王姉の視線に気が付いた国王が、「ああ、私は用事がある故、皆で食事を楽しんでほしい。私の姉が代わりを務める。ゆっくりと楽しんで戴きたい」と、言い残して、即座に退室してしまう。


「国王陛下も忙しい身。皆様とゆっくりと歓談する時間を取れず、申し訳ございません。私が代わりを務めさせて戴きます。何かあれば気軽にお尋ねください」


 と、ここで選手交代である。

 序盤は、お茶とお茶受けを楽しみながら、北の大陸と南の大陸での気候の違いをお互いに感想を交えて歓談を交わした。天気の話は万国共通のごとく、気候の違いを元にお互いの感想を述べ合うだけであれば、自然と緊張感も解れて行く。

 気候の違いから、文化の違い、食事の違い、「あれは南の大陸に無い食べ物だ」とか、「南の大陸では、果物が甘く、種類が豊富」だとか、これからの食事に期待を持たせるように話が進んでいく。


 他愛もない、政治的な要素も外交的な要素も全く含まない、市井の井戸端会議であるかのような、淡々と時間が過ぎて行く状態で在った。


 そう……。

 まるで、時間が過ぎるをの待つかのような、ゆっくりとした話題転換であり、そのまま昼食へと場を繋ぐような展開である。国王があのような形で挨拶をしたのだから、招聘される側の事情もあっただろうし、感謝の意を述べることが目的であるならば、礼節を弁えて、晩餐会へ招待すべきであっただろう……。

「我々は十分な接待をして頂きましたので、そろそろ失礼しようと思います」


 と、リチャード殿下。

 十分歓待されて、話も尽きないが、ビジネスの話にも繋がらないのであれば、お互いの時間を浪費してしまう。幾ら貴族の時間が無限であるとはいえ、相手方の大臣達が居並ぶ中で、お互いの時間が勿体ない。

 そういった申し出を客側からすることは失礼に当たらないだろう。


「いやいや、是非とも昼食を一緒に召しあがって戴きたく!」


 と、王姉殿下からの引き留めに合う。

 これを無下に断る訳には行かないだろう。「それではお言葉に甘えて……」と、接待を受け続けることになる……。


ーーー


 クレオが連れ去られたのは、冒険者ギルドでは無かった。 どちらかといえば、監獄の地下の様子。あるいは拷問部屋。薄暗く、ジメジメした石造りの地下構造の部屋であった。


 クレオは目隠しをしていた布袋のみを外されるが、猿轡はされたままである。そして、後ろ手に拘束されている手は、片手のみを解放され、その手は水晶玉の様な玉の上に置かれた。

 クレオの正面には鏡があった。これが【真偽の鏡】なのであろう。


「これから取り調べを行う。

 先ず、これは【真偽の鏡】である。鏡に向かって答えるとき、答えに嘘が有れば、その手を置いた水晶玉が赤く光る。本当のことを答えていれば青く光る。どちらとも言えない答えを持つ場合には、黄色く光る。

 これがルールだ。わかったな?」


 説明を受けたクレオは返事をすることが出来ない為、黙ってうなずく。すると、手を置いた水晶玉が青く光った。既に【真実の鏡】は動作を始めている様だった。


「秘薬の在処ありかをしっているか?」


 今のところは尋問担当が質問をする。もし、このまま思い描いた情報が得られなければ、尋問担当が拷問担当に変化するのであろう。

 クレオは首を横に振る。そして、水晶玉は青く光る。つまり、知らないということだ。


「お前が先遣隊に飲ませた薬だ。あれを隠している場所が判るか?」


 クレオは首を横に振る。そして、再び水晶玉は青く光る。

 クレオは本当に知らない。飛竜の血をどのようにして入手して、どれだけの在庫が有るか分からない。先遣隊の人数と、クレオ、そしてナーシャの6人分だけを所持して、上級迷宮に向かい、先遣隊と合流したのだから。


 そもそそも、その飛竜の血が秘薬として身体強化の能力を発揮できるか確認した訳では無く、そのように言われているだけである。

 既に初回の迷宮探査において、身体強化レベル2まで習得していれば、それ以上の性能を引き出すことが出来たとしても、生身の体の側が反応速度や皮膚、筋繊維といった生物としての性能を上回り、壊れてしまうだろう。

 つまりは、クレオにとっては飛竜の血の効能に頼らずとも、人体の限界に近い性能を知った上で、各種能力を駆使できているのだから、秘薬を秘薬として認識していない。


 ただし、クレオが「先遣隊に薬を飲ませた」部分の薬が飛竜の血を指す言葉だとしても、実際にはクレオは自分で小瓶の血を飲んで見せただけであって、クレオ自身が無理やり先遣隊に飲ませた訳ではない。


 【真偽の鏡】は問われている側の認識において、それが正しいときに青く光るのだから、質問者の意図を聞き手に正確に伝える必要がある。それが出来なければ宝の持ち腐れである。


 尋問は簡潔に、そして曖昧な情報を付与せずに一つずつ区切ってすべきであった。例えば、「お前は先遣隊に薬を飲ませたか?」とか、「先遣隊と合流して、秘薬を使ったか?」などの反応で情報を精査して、真相を追及していく必要がある。


「秘薬をこの国に持ち込んだのは、商人のマリアだな?」


 クレオは首を横に振る。そして水晶玉は青く光る。


「商人のマリアが薬を作っているのだな?」

「リチャード王太子殿下が持ち込んだのか?」

「エルフ族が製造したのか?」

「エルフ族が持ち込んだのか?」

「お前が作ったのか?」

「お前が持ち込んだのか?」


 全て、首は横に振られて、水晶玉は青く光った。


「どうやって、秘薬を作ったんだ?」

「どこから持ち込んだんだ?」

「誰が作ったんだ?」


 全て、首は横に振られて、水晶玉は黄色く光る。

 分からない物は、分からない。そもそも、YES/NOのCLOSEクエスチョンをすべきなのに、答えが特定されないOPENクエスチョンには答えが出せないのに、それを尋問官が理解出来ていない。

 王姉殿下の命令は国王兵の陛下の命令を上回る。目的を達成できない場合には、処罰を受けるのは自分である。焦るのは分からなくも無いが、完全に空回りしている。


 もし、王姉殿下が此処に居たら、秘薬の存在確認、先遣隊の服用確認、そこを確定してから、製造された場所や時期を絞り込んでいくだろう。要は、YESに引っ掛かる広義の質問をして、徐々にYESの範囲を絞り込まなくてはいけない。

 

 秘薬の入手元が分からないとみると、尋問内容は飛竜へと移った。


「飛竜を使って移動したか」

「飛竜を隠しているか」

「エルフ族が飛竜を操れるのか」

「飛竜を操れる人がいるのか」


 クレオの答えは全て「いいえ」


 尋問官は自分の思い通りに行かずにイラつくと、質問は全てOPENクエスチョンになっていった……。


「どうやって、移動したんだ?」

「誰が連れて行ったんだ?」

「馬なのか?」


 もう、滅茶苦茶である。黄色や青がグルグルと点滅する。

 質問されるクレオも何を聞かれているかすら分からなくなりつつあるのだろう。

 何せ、「誰が、何処へ移動するときの話」という条件が抜けている。ある意味で、広義の質問に該当するのだが、聞かれた相手が質問の意味を理解出来ない時点で答えようが無くなる。非常に残念である。


 終いには、


「お前はクレオか?」

「女か?」

「人族か?」

「メイドとして働いているか?」

「先遣隊と会ったか?」


 青、青、青、青、青。


「何!お前は先遣隊と会っているんだな?」


 青。


「迷宮を一緒に調査したのか?」


 黄色。非常に惜しい。


 先遣隊とは、商人のハピカの家で面談している。だが、上級迷宮で合流したときに会ったとは言っていない。というか、猿轡をされていては、喋ることは出来ないのだが。

 一方で、上級迷宮やカタコンベであれば、ヒカリ達と一緒に調査もしているため、「どこの迷宮」を「誰と」が不明なため、「何の質問をしているか分からない」が、答えとなる。


「お前は迷宮を調査していないのか?」


 黄色。

 YES/NOで、黄色の答えが出たのだから、そのまま逆の質問をしても黄色のままなのは当然。条件を少しでも変えたなら、色が変化した可能性もあったのだろうが……。


 このままでは、クレオは秘薬も持っていないし、迷宮にも行っていないことになる。ただ、先遣隊と会ったことは認めているし、迷宮の調査に関してはあやふやである。


 ここで、尋問担当は、とうとうクレオの猿轡を外す。


「先遣隊とは会ったのだな?」

「商人のハピカ殿の館でお会いした。これは記録に残っている」


「迷宮は調査したのだな」

「先遣隊が遣わされた時期に、カタコンベの迷宮に入っていた。記録が残っている」


 もし、ここで、「先遣隊と一緒に、上級迷宮を調査したのか?」という絞り込んだ条件の質問が出ていたならば、大きく進展した可能性があった。


 ただ、審議の魔法が使えるマリア王妃と、論理的な質問を構築するヒカリによって、真偽の鏡の回答の回避方法を徹底的に仕込まれていた為、並の質問の仕方では、正解を導くことは困難で在っただろう。


 なにせ、「クレオ、いい?クレオは迷宮に潜る前のクレオと、いまのクレオは同じだと思う?身体強化レベル2が使えて、念話が使えて、高速飛空術が使えて、伝説の不思議なカバンまで持ってるよね?」と、問われていた。


 クレオは、自分自身の意識の下で、上級迷宮に潜った自分、先遣隊と一緒に潜った自分、そして今現在の自分は、全て変化してしまっていると、意識的に思い込まされている。


 このような場合には、公的な身分証明書によって、そのときのクレオと今のクレオは同一人物であると証拠を示す必要が有るのだが、先遣隊と会ったときに示したのは一見して分かる偽造された冒険者登録証であるため、公的に同一人物であると示す証拠が無い。

 現代の様な監視カメラがあって、「この画像に映っているのはお前だな?」と、認めさせることができれば、それはそれで有りだが、ここではそれも出来ない。


 こうなっては、王姉殿下が巧みな質問で絞り込んだとしても、クレオに「先遣隊と一緒に迷宮の調査に潜った人物である」と認めさせることはできなかったであろう……。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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