5-12.招聘と家探し(1)
「王宮から招聘の伝言である」
と、午前中の割と早い時間に、マリア達が住んでいる館に王宮の使いの者が訪ねてきた。
最初は門の近くにいたメイドが対応する。その言付けをもって、メイド長又はクワトロへ一旦連絡を回し、その後でマリア本人へ連絡が届く。これがこの館のルールの様である。
この館の住人は、子供や孫が来訪してからは何故か朝練という形での訓練を取り入れる様になっていたため、皆が既に起きて、朝食までを済ませた状態で在った。
お茶をしたり、次の商流の作戦を練ったり、館の中に居てもすることは山ほどある様子。
この館で働くメイド達からすると、ご子息とお孫さんが来訪されてからは、中庭で色々な物を食べたり、ガラクタを拾って山積みにして散らかしたり、異種族の来訪を歓待したりと、普段の商人としての生活より、一段と外交的で慌ただしい雰囲気ではあった。
それ故、王室からの招聘が掛かるような雰囲気はどこにもなかったのだが……。
そんな疑問はさておき、はこの高給のメイド職を解雇されないように、職務に忠実に、迅速にメイド長のクレオか、主人であるマリアの付き人のクワトロを先ずは探す。そして、主人が先に見つかる場合には、直接話しかけて良いかの断りを入れてから、お客さんからの言伝を行う。
「失礼します。マリア様へ王宮から使者が来ております。『招聘したい』とのことです」
「分かったわ。『出頭要請』ではなくて、『招聘』だったのね。
先ずは、使者を第三応接室へ通しなさい」
一般的なメイドからすれば、王宮から招聘が掛かろうと、出頭要請が掛かろうと意味は変わらない。細かい意味はどうでも良くて、『国王から呼び出された』としか、分からないのだから。
これが貴族の子女が経験を積むためであったり、屋敷全体を取り仕切る執事長やメイド長であれば、言葉への反応が変わったかもしれない。『出頭要請』は、犯罪等の国への危害を与えたことを前提にする強制力のある呼び出し。一方で『招聘』では、あくま王宮として、その個人を招待したいという申し出なのだから。
つまり、「都合が悪い」とか「辞退する」といった返事を出すことも可能なのが招聘である。ただ、一般的には王宮からの呼び出しを辞退することは無いため、メイドの理解でも正しい訳なのだが……。
マリアが指定した第三応接室とは、数人が入れば窮屈に感じる程度のこじんまりした部屋に4人掛けのテーブルが用意されている。調度品は簡素であり、机や椅子も木製の質素なものである。この館の規模を考えると、メイドの控室ですらなく、掃除用具置き場を少し改造した程度の出来栄えである。
この時点で、マリアがサンマール王国の王宮から来られた使者への扱いが、非常に素っ気無いものであることが、使者側には伝わったであろう。
「この館の主人であるマリアと申します。
王室からの使者と伺いましたが、どういった御用件でしょうか」
「サンマール王国とエスティア王国の交流を深めるために、リチャード殿下を招聘したいとの、王姉殿下のお願いであります。
また、実務面での交易などについても話を伺いたく、エスティア王国から遥々来られて滞在されているマリア様もご同席戴きたいとの希望がございます。
更には、こちらに滞在されているエルフ族のステラ様とナーシャ様におかれまして、ご都合が付くのであれば、上級迷宮を封印して戴いたお礼を述べさせて戴きたく、合わせて招聘したいと、こちらに別の手紙がございます」
」
「そう……。
私はリチャード殿下のついでという扱いで良いのかしら?
それに、エルフ族のステラ様はこの館に滞在しているけれど、人族とエルフ族を同時に招聘して、同等の格式で扱うことに問題は無いのかしら?
まして、私は一般の商人の身分よ?」
マリアのいう事は尤もである。
エルフ族の族長、人族の王国の王太子、そこに一般市民のマリアが同時に招待されるのは、とてもオカシイ。
本来であれば、国王レベルでの会談の後、実務レベルの協議へと移ることで、そういった格式の差を徐々に均して行くべきだ。
それもこれも、王姉殿下の急遽思いついた案を実行せざるを得なくなったため、ちぐはぐな事態が生じてしまっているのである。
これを単なる使者に尋ねても答えは出てこない。
「そ、その……。
『王国の非常事態を救って戴いたが故に、至急かつ丁重に招待せよ』
とは、伺っております。ですが、その詳細につきまして、私に尋ねられてもこの場でお答えすることはできません。
きっと、直ぐにでも感謝の意を表したいとの気持ちの表れでは無いでしょうか」
「そうね。使者である貴方に尋ねても答えられないわよね。
ドレスコードと、お伺いする時間を教えて戴けるかしら。リチャード殿下とステラ様達へは私から伝えるわ」
「そ、その……。
『着の身着のまま、気軽に訪問して欲しい。出来るだけ早く』
と、なっております……」
「それは、『招聘』ではなくて、『出頭要請』なのでは無いかしら?」
「いい、いいえ。
馬車もあちらに用意させて戴いております。食事も王宮内で準備の用意があるので、気になさらなくて結構です。
国賓として丁重にお迎えに上がるように申し遣っております」
明らかに『招聘』という名の、『出頭命令』である。
現代日本であるならば、「そこにパトカーあるから、何の準備もしないで、直ぐに乗って」と、言われている様な物である。任意による事情聴取とは話が違う。
だが、全ての権限を握る王室から「直ぐに来い」は、そういう意味である。
「いいわ。一介の商人がどうこのできる話では無いもの。
リチャード殿下とステラ様達は本日は、この館で寛いでおいでの様子よ。きっと、王室からの招待に喜んで応じてくださると思うわ」
「そ、それは助かります……」
この後、何故か10分も経たずして、ステラ様、ナーシャ様、リチャード殿下、マリアの4人が準備を整えて、準備された馬車に乗り込んだのである。まるで、いつ出頭要請があっても、それに応じる覚悟が出来ていたかの手際の良さであった。
王宮からの使者としては想像以上にすんなりと事が運んで大助かりであるが、果たしてこの意味を理解出来ているのだろうか……。
使者に命じられて、御者は静かに馬車を王宮に向けて走らせた……。
ーーー
メイド達がこの王室の馬車が去るのを見届けていると、直ぐに次の訪問者があった。まるで、順番待ちをしていたかの様である。
「冒険者ギルドの者であるが、クレオ氏のギルドへの出頭要請である」
先ほどの王宮からの使者のような王室御用達といった礼服ではなく、冒険者ギルドからの使者だけあって、身軽そうなチュニックなどを着た格好である。ただし、徒歩であり、尚且つ後ろには騎乗した冒険者が4名、その他にも直ぐに戦闘が始められるよな武装していると思われる姿格好の人が更に4名いた。使者と合わせて合計8名で取り掛かる、犯罪者の大捕り物の様相を見せていた。
メイド長として見送ったばかりのクレオは門扉から、主人たちを見送ったばかりであるため、館に入る前に声を掛けられた。
冷静な様子でありつつも、反応が少し遅れてから驚いた素振りを見せたのは、余りの驚きによる緊張のためか、それとも王室からの使者を無事に対応できた緊張の解れから意識が自分事へと戻ってきたためか。
それともそれとも……。驚いた素振りを見せる必要があると感じたためなのかは、本人に聞いてみないと分からない所ではある。
「あ、ああ……。
私がクレオです。いつもであれば、もう少ししてから冒険者ギルドに顔を出すのですが、今日は何事でしょうか?」
「私には貴方と余計な会話をすることは禁じられている。大人しく従って欲しい」
と、一昨日の夜にハピカ氏の屋敷で会合が開かれてから1日半しか経過していない。あの場ではサンマール王国の重鎮達に対して全面的に協力していたにもかかわらず、この待遇である。
それどころか、出頭要請であるにもかかわらず、足首に枷を付けて、そこに鎖で錘を左右の足に括り付けられる。両手は手首から先に革袋を被せた上で、背中側に高手小手に縛りあげ、その両手首を縛りあげた縄尻は首に掛けた輪に繋がっている為、常に後方に首を絞められる形となっているのは、犯罪奴隷に対する処遇にしか見られない。
仕上げに棒状の口枷を加えさせられた挙句、その上から麻袋を被せられる。もう、死刑執行の場に向かう囚人なのか、誘拐犯に連れ去られる人物なのか、完全に出頭要請とは異なる次元の処置が施される。
出頭では無く、強制連行なのか、収用なのか全く状況が分からない状態でメイド長が突然連れ去られてしまい、呆然とする残された館の人員。メイド数名と執事代りのクワトロ。あとは最近リチャード殿下とともに来られたお客様の方達である。
ぼ~っとしていても仕方が無い。クワトロに促されて、皆が普段の家事などに戻るべく、門の中に入って行く。
ところが……。
第三波が来た。
完全武装した騎乗した騎士が数にして凡そ20騎。何らかの装備を積んでいると考えられる馬車が5台。歩兵の騎士たちが凡そ100人。戦争を想定した陣容である。
どこに隠れていたの、あるいは隠していたのか全く不明であるが、王宮からの使者、ギルドからの使者が夫々の役目を果たした後に騎士団1こ中隊による強襲が為された。
「禁制の秘薬製造又は持ち込み又は所持の疑いがある。
全ての家人、及び滞在者は武装解除の上、両手を頭の後ろに組んで門扉の前に並びなさい。
従わぬ者は証拠隠滅の幇助者として、即時処刑して構わないとの命令である」
形式的に門扉の外側から、大きな声で声を掛けると、ずかずかと淀みなく騎士団員達が屋敷に侵入していった。
家人たちは幸いにして朝からの大騒ぎに付き合っていたため、ある意味で緊張感があり、ある意味で火家事に戻っていなかったので、すぐさまその騎士たちの侵入に対応して、頭の後ろに手を組みながら、門の外へと出て並び始めた。
問題は、滞在していた客人たちである。
王太子妃殿下となれば、上級貴族であるが、朝一番の招聘者のリストから漏れていた。当然そのお子様二人も漏れている。
次に、ドワーフ族の王族と推測されるニーニャである。ロマノフ家と血縁にあることは間違いないため、下手な扱いをしては種族間も問題に発展するのだが、第三波を率いる中隊長には、そのようなことは伝えられていない。
そして最後に、人族達の間には認識することが出来ないが、冒険者風な恰好をしている妖精の長達が人族に扮して滞在していた。
要は、屋敷に残された客人達に重要人物がいないとみなされていたため、何ら配慮がなされないまま、強行な手段が用いられていた。
余りにも杜撰すぎる行動であるが、国際法よりも国内で完全に問題を封じ込めることが出来れば、証拠も無く国際裁判所といったものも無いので、問題とならないのが現状である。
やりたい放題。勝てば官軍。そのままの状況である。
ただし、国際法よりも重要なことはある。
それは、魔法や科学を駆使した、完全制圧することができる武力である。それを所持していないのであれば、この状況は一転してしまうことだろう……。
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