5-11.閣議での議論(2)
「王姉殿下、どうかされましたか?」
「そのような身体強化の秘薬を所持している国を攻め落とす場合には、長時間対峙姿勢を取って、相手の身体強化の秘薬を消耗させることで、経済的なダメージを与えることが出来そうですね」
「はっ!確かにその通りかと思います!」
と、セリンがキビキビと答える。
王姉殿下はストレイア帝国の皇妃として、辺境のエスティア王国の話は夫である皇帝から聞いていた。
経済的に発展が目覚ましいと噂を聞く、辺境の地を直轄地とすべく、調査隊を送ったが、領地マーカーの上書きが起こったり、模擬戦で敗退したりと、散々な目に遭っている。そもそも騎士団500名を数十名の人員で打ち負かすことが可能なのだろうか?そしてオリハルコンを切り裂くような事が普通の人に出来るのかと、数々の疑問を呈することになった事件であった。
だが、今回の身体強化の秘薬が実在するとなると、直轄地の騒動で行われたような模擬戦の敗退結果が実際に起こり得たことになる。エスティア王国と3人のマリア。そして今回は例の経済発展の目覚ましい領地の領主を兼務しているらしい、リチャード殿下も滞在している。
となれば、サンマール王国の大臣達には身体強化の秘薬の出所を関連付けが出来ないが、王姉殿下の中ではエスティア王国が絡んでいる可能性が十分にあるとの疑惑が高まってきても当然のことと言えよう。
「なるほど。
北のエスティア王国から来ている商人のマリアが秘薬を提供して、クレオとその仲間が今回秘薬を使って事件を起こしている可能性も視野に入れる必要がありそうですね」
「王姉殿下、戦争をその秘薬を元に想定されることは、ご意見としてご尤もであると思います。
しかしながら、一介の商人として受け入れている者を無闇に取り調べたり、存在不明の秘薬の供出を強要したとなりますと、外交問題に発展する可能性がございます」
と、外交担当のコリンが慌てて口を挟んだ。
たまたまとはいえ、商人の所へ北の国の王子殿下が滞在しているそのタイミングで強制収用するような強権発動を行うとなると、外交問題に発展することは自明である。
まして、今回はエルフ族の族長として名高いステラ様と、他の族長の親族のナーシャ様が同行されているとなれば、単なる国際問題だけでなく、種族間の争いにまで発展しうる。
慎重に事を構える必要があると感じたのは外交担当としてみれば当然である。
「コリン・コカーナ卿、マリア達は違法な薬物を持ち込んで、サンマール王国が管理している迷宮で不当に騒動を起こして、エルフ族と結託して、その騒動の収束に掛かる費用を支援費用として、我々から請求しようとしてるのが判明したのです。
だから、何ら問題はないでしょう?」
「しょ、証拠がございません!
もし、騎士団による制圧後、家探しをして何も見つからないとなると、国際問題に発展します。
また、【真偽の鏡】は用いておりませんが、突然マリア氏の館を制圧したとなると、エルフ族のステラ様やナーシャ様の発言にも疑義を掛けたとして、種族間の問題を引き起こす可能性が高いです。
このとき、ストレイア帝国からすると、サンマール王国とエスティア王国は構成国同士のため、不介入を貫くか、双方を直轄地として召し上げる可能性が出てきます。
そのような最悪の事態に陥ってしまっては、サンマール王国存続の為に尽くしてきた先代達もお嘆きになることでしょう……」
「コリン、状況から明らかでしょう?
マリアとクレオが関わっていて、半年前から準備を進めていた。
専属メイドのクレオは秘薬を用いて、迷宮討伐の準備を進めていた。
商人のマリアは半年掛けて、この国の商人や大臣とのコネクションを確立した。
準備が整ったタイミングでリチャード殿下がサンマール王国を訪問する。
訪問して、外交担当としてパーティーに出席した翌日に、迷宮から魔物が溢れた知らせが届く。
クレオを雇うときの条件を、冒険者ギルド長に確認しなさい。
きっと単なる家事が出来るメイドではなくて、多言語を話せて、護衛任務が行えるような腕の立つ者を選んだはずよ」
「そ、その、確かに、その様に名前を読み上げられると、関係しているように思われますが……。
で、ですが、クレオという人物が二人存在しないと、王姉殿下の仮説が成立しないのです。
例えば、クレオに似せた全くの別人を雇っていて、我々の攪乱を狙っていたとすると、王姉殿下のストーリーは成立します。
ですが、もし、マリア氏が全くの別人を雇っているとしたら、敢えてクレオという人物名をだして、マリア氏本人と関連付けるような行動をとるのでしょうか?
そして、『これは人族かエルフ族のいたずらに違いない』と、自分達が仕組んでいることであると、わざわざ結び付けて想像させるような言葉を残すのでしょうか?
挙句には、そのことを王宮に伝わるように契約までしているのです!」
「コリン卿、つまりあなたが言いたいことは……。
『サンマール王国が、マリアを疑って制圧することを狙って罠を張り、待ち構えている。
我々が踏み込むと国際問題に発展させ、その上で正当にサンマール王国を制圧しようと目論んでいる』
と、そういういことですね?」
「いや、あの……。
そこまでは想像しておりませんでした……。
ですが、確かに、そのような罠を仕掛けていて、国際問題に発展させてから秘薬を使って制圧を試みられると、我々としては手の打ちようがありません……」
コリンとしてみれば、外交問題に発展させない方向に穏便に済ませようと誘導しているつもりが、王姉殿下の想像力豊かな発想に拍車をかける形となってしまった。
そして、その王姉殿下の突飛な発想が正しい場合には、サンマール王国の国防に関する大問題に発展するとなると、コリンがその意見に反対し続けるのは難しい。
「証拠……。
もう一人のクレオがメイドのクレオと同一人物という可能性は無いのかしら?
出頭要請ではなく、今回のお礼の意味で王族やエルフ族を招聘してしまいましょう。そして主要メンバーが不在の間に、クレオやその他のメイドを制圧して家探しをするの。
証拠が見つかれば逆に外交問題へ発展させることが出来るわ」
コリンの方策では誘導しきれなかったとみて、今度は軍務担当のセリンが事実を並べて、穏便に済ませる方向へ誘導を試み始めた。
「王姉殿下、二人のクレオが同一人物として存在するためには、馬車で片道7日間かかる距離を日帰りどころか、半日以内に移動出来ないと辻褄が合わないのです。
今回、先遣隊のパーティーが昼夜馬車を走らせて、ようやく3日半の距離です。馬車も特殊な仕様ですし、馬にはエルフの秘薬を使い、活性化させた状態でです」
「セリン・トーシス卿、何故半日なのかしら?」
「ナーシャ様という、エルフ族の方が、こちらの王都で発見されたのが6日前の朝方です。
先遣隊は2日間の迷宮調査と3日半の移動をしてから、こちらの王都に報告に戻ってきました。
6日前に、クレオは王都で我々と会話をしており、翌日にもマリアの館にて、大商人のハピカ氏が目撃しています。その翌日には再度冒険者ギルドで確認されています。
普通に考えれば、ほぼ毎日王都に居たため、先遣隊と迷宮調査を行うことはできません。
仮にマリアの館で見かけたクレオに似た容姿の人物が替え玉であったとしても、我々や冒険者ギルド長と会話をしているクレオが王都に不在であった期間は2日間しかございません。
すなわち、半日以内、長くとも2日以内に王都と上級迷宮を往復できる移動手段が必要になります」
「セリン、例えばエルフの族長が転移門のような物を設置して、それで移動した可能性は無いのかしら?」
「『てんいもん』ですか?」
「吟遊詩人のサーガに出てくる伝説の移動手段よ……」
「は、はぁ……」
「A級冒険者が束になっても敵わないような敵を簡単に倒せる秘薬があるのだから、転移門があっても不思議ではないわ?
でも、セリンは納得が行かない様ね……。
それなら、『飛竜を使って飛行する』のはどうかしら。北の大陸のロメリア王国では、飛竜を操る兜を用いて、飛竜に騎乗する騎士団がいるわ」
「飛竜騎士団ですか……。
確かに、南の大陸にも飛竜は生息しておりますが……。
北の大陸から来て、飛竜を新たに捕らえて、支配下に置いていると……
それは、それで大変な脅威ですね……」
現実に存在する飛竜騎士団を例に挙げられては、セリンとして実現不可能という誘導はできなくなってしまい、とうとう王姉殿下の進みたい方向を逸らすことに失敗しそうである。
「た、確かに、伝説ではエルフ族の大賢者が飛竜に騎乗したとの言い伝えが残っています。これは吟遊詩人のサーガではなく、民間伝承のような形ですので、ある意味で信ぴょう性が高いかと」
と、ジュリアン・ジューンが王姉殿下のアイデアを補足する。
王姉殿下の突拍子もない発想に付き合っていても仕方が無いのだが、全面的に正論で叩き潰すと、機嫌を損ねてしまう。
『勝手にしなさい』と、権限を放棄してくれるなら良いが、独断で騎士団を率いて、マリア氏の館を強襲しかねない。そうなっては閣議の意味が全くなくなってしまうので、激昂させないように気を使いつつ、何とか穏便に済ます方向へ誘導しなくてはならない……。
中々に、困難な閣議である……。
「ジューン卿、なるほど。
エルフ族は飛竜に騎乗できた可能性があるのなら、それは面白いわ。丁度二人のエルフ族が居るのだから、何らかの手助けをしていたのかもしれないわね」
「ただ、王都内で飛竜を見かけたという情報がありませんので、エルフ族の伝手が使えても、クレオが飛竜に騎乗出来たかは定かでは無く……」
「別に王都の中でなくても良いわけでしょう?
門から出て、密林に入って、隠れた場所で騎乗すればいいのよ。北西の門から密林まではそれほど遠くないはずよ」
「王姉殿下、恐れながら申し上げますと、先遣隊が調査をしていた頃から、王都に戻って来るまでの期間で、クレオが城外へ出た記録がございません」
「クレオが別人に変装したり、荷物に紛れて馬車で城外へ出た可能性もあるでしょう?」
「そ、それは……」
軍務担当のセリンとしては、そのような不法出国や入国ができるような管理の甘い門番を城門に立てていないし、権利を許可するジュリアンとしても、利権の管理の徹底のため、簡単に偽装して出入門されては困る事情がある。
だが、「ありとあらゆる可能性を考えて、絶対に起こらないか?」と、問い詰められたならば、可能性を否定できない……。
「あら、辻褄が合ったじゃない。
クレオは同一人物。
エルフ族の伝手を使って飛竜に騎乗して上級迷宮と王都を移動した。
城門の記録は、荷物に紛れるか違う人物に変装して潜り抜けた。
後は、家探しをして秘薬を見つけるだけかしら」
何でこうなった?と、その閣議に出席している王姉殿下以外の全員が思った。
もし、真偽の鏡を使い、仮定の話どれか一つでも、否定されたならば、全てのストーリーが崩れてしまい、外交問題に発展してしまう……。
もう、他に手は無いのだろうか……。
王姉殿下の仮説の不備を突く証拠がない。
現代日本や先進国の裁判制度では推定無罪のはずで、立証責任は王姉殿下側になる。
ところが、専制君主制が横行して、裁判制度が活用される環境が整っていなければ、三権分立などといった理屈は通らない。国王が軍事権も裁判権も法律も執行権も全て持っているのである……。
「王姉殿下、せ、せめて招聘という形で、彼らを王宮に招いて、その雑談の中で、それとなく王姉殿下の仮説を立証できる証言を聞き出すというのは如何でしょうか?」
と、外交担当のコリンが食い下がる。
「コリンは甘いわ……。
証拠隠滅の恐れがあるのだから、わざわざ招聘などせずに騎士団で制圧してしまいましょう。
けれど、国際問題に発展しそうな人物だけは招聘という形で配慮しておけば、コリンとしても妥協できるのかしら。
これなら良いわね?」
と、招聘と騎士団による家探しを同時に行う段取りを進めざるを得なくなったのが閣議の決定事項であった……。
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