5-10.閣議での議論(1)
「以上が、上級観光迷宮の調査結果となります」
大商人ハピカの邸宅で深夜に会合が開かれた、翌日。
国の治安に関する報告ということで、国王及び大臣が緊急報告会の場を設けることとなった。
国王の他には参加できた大臣、各ギルド長が居た。
大臣の中には、軍事担当のセリン、市場の組合やギルドの利権を管理するジュリアン、外交担当のコリンの他にインフラ整備に関する大臣や、税収などの金融に係わる大臣が招集されていた。
その他にも市場での組合、漁業組合のようなもの、冒険者ギルド等々、かなりの大人数が呼び出されている事態となっていた。
魔物が迷宮から溢れたとなれば、付近の村との交通にも関わるし、物流がどのようになるかは各生産者の組合としても、重要な情報となる。
何せ、生物を保管する手段が確立されていない環境であれば、何らかの方法で食料を加工して保管し、国家運営に必要な食料を提供し続けるために、協力要請が掛かるのだから他人事では無い。
「セリン軍務大臣、報告ご苦労であった。また、先遣隊を出した者や先遣隊の報告をまとめた者達もご苦労である。
それで、結局のところ魔物は溢れていたのか?」
国王の言い分は尤もである。
「魔物が溢れたらしいから、調査が必要だ」と、先遣隊を出したのだが、「そこには魔物が溢れておらず、封印すらされていた。そして、迷宮内部を調査しても問題が無かった」というのが、報告内容だからだ。
王都の城壁に囲まれて、先代の血を引くというだけで王位継承が出来て、側近の大臣達が先代と同様に尽くして国政を支えてくれているのであれば、お飾りのような国王が誕生してしまっても仕方ない。
「調べて問題が無いのだから、今まで通りで良いのでは?」と、単純に考えてしまう。そう言われればそうなのだが、それでは配下の者達の遣り甲斐が無くなるだろうとは思うのだが、それはそれで国策とは別の話である。
「ハッ。魔物が溢れた痕跡はございますが、今は問題ありません。
もし、不審な点があれば王国騎士団により追加の調査を行います。また、エルフ族に封印結界の強化を依頼するのであれば閣議決定します。
その他、何かご不明な点、ご指示はございますでしょうか」
「うむ……。姉上を閣議に加えて決めるが良い」
ーーー
何世代も前に、共闘して南の大陸で小さな町の様な物を興した初期のメンバーが世代交代していくについれて、リーダー格が国王となり、その周りのメンバーは貴族という北の大陸の有り方を継承していた。
ところが、各自の領地を拡張していくことはままならず、一つの国の形を維持し国王を支える大臣の様な合議制を取っていた。
合議制のリーダーは投票で決まる訳では無く世襲制であるため、各自の能力に依存しない。
今の国王はある意味で自分の能力を自覚しているのは、それだけでも素晴らしいだろう。大臣に支えられてい前提があり、そのメンバーに委託という名の丸投げをすることで、国王に相応しくない指揮を執る様子を皆に見せてしまうことを回避できたのであるから。
そして、国王の血筋だけあり、素晴らしい才能と頭脳を授かった者もいた。それが国王の姉であり、北の大陸にあるストレイア帝国へ嫁いた現皇后である。
サンマール王国が帝国の支配下にあれば、人質の身として帝国へ嫁ぎ、母国が財政困難に陥れば、その資金を供給すべく、各種手段を講じて帝国の潤沢な資金を母国へと還流させていた。
ここ最近では、偽物を流通させていた宝飾店が摘発されたり、その種族間の戦争勃発を収めるための調停金を支払う必要があったため、莫大な資金源の一部を失う形となったが、サンマール王国としてはこれまでの恩恵を考慮すると、無責任にその罪や原因を問い詰めることは出来ない。
また、そのような偽物ブランドの摘発と調停を執り行った上皇が、慰安旅行にをする際に、誘拐を企て、その身代金を辺境国に押し付けようしたが、これは土木工事を行っていた騎士団と傭兵により防止されてしまい、虚偽誘拐による身代金の搾取も失敗に終わっていた。
運の悪いことに、辺境の王国にも【真偽の鏡】ならぬ、審議の魔術を駆使出来る者が居たため、皇后の指示で誘拐が行われたことが明るみになり、療養という名目で出身国であるサンマール王国へ帰国を強いられている状況で在った。
ただ、皇后としてみれば、元からサンマール王国が好きであり、大切な物として大事にする気持ちがあった。長男が王位継承するしきたりであったため、優れた才能があっても、王位に就くことはできなかった。それでも国と弟を立てて、陰ながら支えていただけである。
当然、今回報告にある一連の事態に対しても、なるべくサンマール王国の損失にならないよう、未来へのリスクを最小限にして閣議の場を愚弟である国王に代わり、まとめる必要があった。
「王姉殿下、閣議を始めさせて戴きますが、宜しいでしょうか」
「始めましょう。
先ほど口頭での報告は受けています。
ですがジュリアン、報告のために纏めた資料をもう一度確認させてほしいわ」
と、王姉殿下。
南のサンマール王国では製紙技術が進んでおらず、分厚い羊皮紙の重い束がハピカからジュリアンへ、そしてジュリアンから王姉殿下へ手渡された。
閣議の為に残った者達のお茶が十分に冷めるまでの時間を掛けて、その束を読み終えると王姉殿下から発言があった。
「メイドのクレオについての素性、クレオを雇っている北の国から来た商人の素性を知る者はここにいますか?」
「クレオにつきましては、B級冒険者としてサンマール王国の王都で登録済みであり、半年ほど前からマリア氏の館で専属メイドとして雇用されています
商人であるマリア氏につきましては、北の大陸のエスティア王国の商人として登録されています。保証人はストレイア帝国のトレモロ・メディチ卿の印が付けられております。」
と、ジュリアンが答える。これはハピカ氏やギルド長から事前に伝えられている内容で知っていたので全く問題が無かった。
「エスティア王国のマリア……。
マリアという名前はエスティア王国では多いのか判る者はいますか?」
「確か、エスティア王国の王妃もマリア様でいらっしゃったかと思います。それほど珍しい名前では無いとおもいますが、何か気になることがございますか
と、外交担当のコリンが即座に答える。
「いや……。エスティア王国でメイドをしているマリアという者をちょっと知っていて、名前が偶然一致していたに過ぎない。
が、しかし……。エスティア王国の3人目のマリアか……。
それで、そのマリアが半年で交易している内容は確認が取れていますか?秘密裏に冒険者として迷宮に潜っている可能性などはありませんか?」
「商人のハピカからは、人当たりが良く、理を弁えた交易を目指している様子の様です。
慣れない地であるため、冒険者ギルドから護衛のできるメイドを専属契約している辺りは、慎重さが伺えます。
冒険者としての才能は分かりませんが、王都内のカタコンベと今回魔物が溢れたとされる迷宮への入宮記録はごありませんでした」
と、ジュリアンが続けて答える。
迷宮管理からギルド管理から多くの許可証を発行しているだけあって、その手の情報を後から王姉殿下から問われる可能性を含めて、予め調査を終えているのは本人とその部下の手際よさが素晴らしいのであろう。
「ここに書かれている、クレア本人への調書はどういった形式で得たのかしら?」
「ハピカ邸にて、ここにいる多くの者やギルド長と共に、質問する形式で確認を行いました」
「【真偽の鏡】は既に用いましたのか?」
「後々、召喚されて【真偽の鏡】を使われる可能性があると前置きした上で、虚偽の無い内容を述べる様に、質疑を執り行いました」
「嘘を述べている雰囲気はありませんでしたか?」
「話の辻褄は合っておりました。エスティア王国のリチャード殿下も同席されていましたので、間違いないかと」
「リチャード殿下……。
すると、ここに名前が挙がっているヒカリという人物は、例のエスティア王国のメイドのことですね?」
「その通りでございます。現在は王太子妃となります」
「メイドのマリア、メイドのヒカリ。
何故リチャード殿下はマリアという商人を訪問していたのか……。
メイドのマリアとメイドのヒカリの繋がりを知っている者はいませんか?
あるいは、商人のマリアとメイドのヒカリの繋がりを知っている者はいませんか?」
「王姉殿下、恐れながら申し上げます。
第一のマリアである、王妃殿下のマリアと元メイドのヒカリ様は王太子の結婚にあたり、母と義理の娘の関係になられております。
第二のマリアである、メイドのマリアにつきましては、本日初耳のため調査が行えておりません。
第三のマリアである、北の国から商人として訪問しているマリアにつきましては、トレモロ・メディチ卿を保証人として立てています。エスティア王国は外交に関して発展途上にあり、リチャード殿下も何らかの方法でメディチ卿との伝手が有り、たまたま同一国の出身としてリチャード殿下が商人のマリアの住居を滞在先として選定したと推測されます」
もし、ジュリアンがハピカ殿へ詳しくマリアとリチャードの関係を確認していたり、あるいは、マリアの屋敷のメイド達に詳しく聞き取り調査を行っていたならば、「商人のマリアが子供や孫を呼び寄せている」と、噂レベルの情報を入手出来ていただだろう。
そして、その関係性は今回の王姉殿下の質問に非常に大きな意味を持っていたのだが、短時間でそこまでの調査を求めることも難しい。「今から、調べなさい」と、要請があれば、直ぐにでも調べたのだろうが……。
「サンマール王国の国益を損なうような行動は、商人のマリアもクレオも行っていないと考えて良いのですね?」
「我々が知り得ている情報の範囲では、そのように考えます」
「そうであるならば、
(1)身体強化の秘薬の実在確認方法
(2)今後、魔物が溢れる可能性
(3)エルフ族の結界を維持する方法
この3点を閣議の議題とします。宜しいですね?」
同席している皆が肯定の意を示すために短く頷く。
その様子を確認してから、王姉が発言を続ける。
「先ず、身体強化の秘薬の効果を改めて説明して欲しいのです。
軍事面、経済面から、このサンマール王国への影響を推測してくれるかしら」
秘薬の効能の調査は、今朝方、先遣隊のメンバーを改めて呼び出し、王国騎士団の詰め所で身体技能の向上を確認した。ところが、秘薬の効果を示すような能力の向上は確認できなかった。きっと、効能が切れてしまっただめであろと、その場は結論付けていた。
先遣隊のメンバーが嘘を言っていないのであれば、効果は2日~30日という不確定な期間持続するらいしこと。未踏破階層のボスを簡単に倒すことが出来る程、身体能力が向上していることが確認されている。
だが、もし、先遣隊のメンバー全員が何らかの洗脳を受けていて虚偽報告をしているとも限らない。誰も実際に見た者が居ないのだから仕方がない。
ここで、軍事方面を司るセリンから発言があった。
「王姉殿下、大変申し訳ございませんが、効能の調査は今朝方失敗に終わりました。効果が既に切れてしまっていたためです。
秘薬を貰ったときに聞いた話によれば、効果期間は2日~30日と、そちらの報告書に記載のある通りになり、先遣隊のメンバー達は約7日間程度効果が持続した形となります。
効能ですが、能力向上の適用としまして、体の反射神経や動作速度が向上することが特徴でして、睡眠や水や食料といった生命を維持するために必要な素質が変化することは無かったとのことです。
つまり、長期間の行軍に際しては、一般的な騎士と変わらない性能になりますが、いざ戦闘となった場合には敵う者はいないでしょう。毒矢や遠方からの魔術による範囲攻撃でダメージを与え続けない限り、倒すことは困難でしょう。まして、一騎打ちの勝負を挑まれた場合には、先ず間違いなく負けると予想されます」
「セリン卿、魔石や金貨で換算すると、どの程度の価値になりますか?」
「副作用も無く、潤沢に供給できる量がありますと、国を制圧することが可能となります。
サンマール王国の税収が、1年間で凡そ金貨5000枚です。軍事費に約1000枚を割り当てて戴いていることから、その程度の価値は十分にあるかと思います」
「軍事費が1年間で金貨1000枚。秘薬に関しては1年間で金貨100枚以下の支出に抑えなくては、軍事力に対する費用対効果が期待できませんね?」
「は、はい……。
常時戦争をし続けるとなると、そのような計算になります。
緊急事態を想定し、例えば他国から攻め込まれたときや、今回の様な魔物が溢れたような緊急事態への対応が必要となりますと、通常の騎士団員では抑えきれません。
エルフ族等へ支援要請を行う必要があり、それ相応の謝礼を請求される可能性がございます。それが金貨100枚で済むかと言われれば……」
「緊急時の防衛に効果が発揮できるということですね……。
あっ……」
「王姉殿下、どうかされましたか?」
王姉殿下はそのような身体強化の秘薬を所持している国を真正面から戦っても勝ち目が無いことが理解できた。
しかし、その一方で、長時間対峙姿勢を取って、相手の身体強化の秘薬を消耗させることで、経済的なダメージを与えることが出来ることも思いついたのである。
つまり、エスティア王国の経済特区を攻略する鍵を手に入れられる可能性が出てきたと思いついたことが、つい口からこぼれてしまったという……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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